始発恋愛










ACT 5










次の日の朝

僕はいつものシートを前にして、一瞬、固まった

昨日

あいつは、『気になるんなら俺の横に座ってろ』

そう言った

横・・・ってそれはつまり

いつもの僕の指定席の向かい側

やや端より

・・・・・・どうしよう

そう思ったら、あいつの次の言葉が浮かんだ

『座ってなかったら、あきらめるから』

あきらめる?

なにを?

そういう分けわかんない事を言うから気になるんじゃないか!

あいつの横に座る理由を

あいつのせいにして

僕は人一人分の空きスペースを保って

やや端よりの、その場所に座った

3つ目の駅が来て

そいつが、いつもどおりに乗ってきた

目があった途端

「・・・・よう」

と、口の端を少し上げた笑みを浮べて

ス・・ッと僕の横に座った

「・・お、はよ」

何でだか分かんないけど、緊張して返事が掠れた

「・・・おはよ」

お互いに視線は合わせていなかったけど

ちゃんと返事が返ってくる

僕はホ・・ッと息を付いて聞くことが出来た

「・・・ぁのさ、昨日、なんで終点まで?」

「・・・あんたが、泣くから」

「・・・え!?」

僕は思わずそいつの方へ視線を向けた

「・・・泣いてただろ?」

目があった途端、真面目な顔でそいつが聞く

「っ、な、泣いてなんか・・・っ」

口では否定してみたけど

既に顔が火を噴きそうなほどに熱くなっている

それが分かるから、余計に体温上昇に拍車がかかる

・・・・・バ、バカッ!!!

これじゃあ、泣いてましたって言ってるようなもんじゃないか!

いや、実際は泣きそうになってただけで・・・!

・・・って?

そ、そうだ、俯いてたから顔なんて・・・

なのに?何でこいつ、気が付いてんだ!?

その疑問が顔に出ていたんだろう

そいつが

「・・・なんで?って顔だな」

そう言って、シートの背もたれに深く沈んだ

「ずっと、見てたから」

「・・・へ?」

「だから、わかる」

「え・・・?」

ずっと、見てた?

なに?それ?どういうこと?

疑問符いっぱいの表情になっているのが自分でも分かる

そりゃ、こいつは僕の前の席が指定席だったから

見ようと思えば見れただろう

だけど

ずっと・・・って?

僕は全然そんな事・・・

「あんた、いつも寝てたから」

まるで僕の心の声に答えるように続けられた言葉に

僕は足の先まで真っ赤になった気がした

だって、それは

居眠りしてる姿を、ずっと見ていた・・・ってことで

だから僕が気が付くはずもなくて

俯いて、ジッとして寝ていたつもりだったけど

何しろ意識がない間の事

たまに身体がガクンッ・・・ってなってたし

よだれ垂らしていたことだって・・・

そんな姿を見られ続けていたなんて・・・!

僕は恥かしすぎて、死にたい気分になった

「・・・そんな・・変な寝方、してた?」

「・・・変って言うより、危なっかしいんだよ」

「あぶなっかしい・・・?」

「・・・・無防備すぎ」

「うっ・・・!」

返す言葉もないとはこの事

こいつの言う通りだ

だからあんな痴漢のおっさんなんかに・・・!

「・・・居眠りするんなら、俺の横でしろ」

「え?」

「俺が降りる時に起こしてやるし」

「え、そんな!いいよ・・・」
「よくない、あんた、絶対寝るだろ?」

僕の言葉を遮るように、そいつが断言する

なんだ?その決め付け方は?

ちょっとムッとして、言い返す

「ね、寝ないよ!!」

「・・・・・ふぅ・・・ん?」

僕の言葉をいかにも信用できません・・・といった面持ちで

そいつが鼻で笑った

ムカつく!!

更にムッとしてそいつを睨んだら

そいつが勝ち誇った様な顔つきで言った

「だったら、賭けようぜ」

「賭ける?なにを!?」

「あんたが居眠りしないかどうか」

「は?」

「これから毎日そこに座れよ。俺が見ててやるから」

「な・・・!?」

「それとも、自信ないからやめる?」

「っ、あ、あるよ!」

「じゃ、決まりだ」

そいつが、実に楽しげに、そう言った

それとほぼ同時に終点一つ手前の駅に電車が停まる

「また、明日な」

そいつは素早く立ち上がりながらそう言うと

ドアの外へと出て行ってしまう

僕が、肝心の賭けの「代償」を聞き忘れていた事に気が付いたのは

そのドアが閉まった後だった




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