「て・・・き・・・?どうして・・そんな・・・!!」
切り裂かれた心そのままに、リアンが悲痛な声で訴える
「・・・はっ!お前はいつでもそうだ、何も分かっていない!
同時に二人の王子が生まれて敵同士にならないわけがないだろう!?生まれる前から、俺とお前はこうなる事が運命(さだ)められてたんだ!そんな事も分からないのか!
古(いにしえ)の血の盟約の元、封印されていた竜は復活した。後はどちらが勝つか闘うだけだ!お前に止める術はない!!」
「なんで・・・!?どうしてだよ、フレイ!俺は、フレイと闘いたくなんてない!!」
「・・・もう、遅いんだよ。封印が解かれ、対峙した竜を止めることなど誰にも出来ない」
バサリ・・・ッ!!
フレイのその言葉を合図にするかのように、フレイの背後に居た紅き竜とリアンの背後に居た白き竜が、同時に翼を広げフワリ・・・とその巨体を空へと躍らせた
紅い光と白い光が上空でぶつかり合う
互いに互いの身体に噛み付き合い、もつれ合いながら激しい攻防を繰り広げ始めた
暗雲は稲妻を呼び、大気は竜が激しくぶつかり合う度に震え、痛みさえ伴って肌へとその振動が伝わる
古の昔、争う二匹の竜により、地上は荒廃の一途を辿っていた
エルフ族の大魔法使いと、王家に使える騎士・・・この二人によって封印された二匹の竜は、その遺恨を象徴するがごとく、封印された大地を割りこの竜の谷を出現させた
封印されてなお残るその力に脅威を感じた大魔法使いは、紅き竜と白き竜・・その二つの封印を、人とエルフの王族それぞれに地上に争いがはびこらぬ限りその封印もまた解かれぬ事を血の盟約として、施した
竜を封じた騎士もまた代々その血を繋ぎ封印が解かれた時に備え、かつて竜を封印した竜剣を使いこなせるだけの技量を伝えてきたのだ
だが、別たれてしまった人とエルフの地は、いつしかその心をも別つ結果になっていた
その別たれた心を繋ごうと為されたはずの婚姻が、封印を解くことになってしまったのは皮肉としか言いようがない
このまま・・・人とエルフは別たれたままかつてのように地上は荒廃し、争い続ける竜を止める術はないのか・・・
「ッ!危ない!!リアン、フレイ・・・ッ!」
リアンとフレイ、二人が立っていた別たれた岩の間めがけ、二つの竜が激しい攻防を繰り広げながら堕ちて来る
リアンを守ろうとユリウスが手を伸ばしたが、一瞬遅かった
落ちてきた二匹の竜の尾と竜翼が、リアンとフレイ、それぞれが立っていた岩に激突し、ユリウスの眼前で崩れ落ちた
「ッリアン!!」
崩れた先へ飛び出したユリウスが、岩にぶつかって再び旋回し、上空へ駆け上がる二匹の竜が巻き起こした竜巻に浮きかけた身体を伏せ、かろうじて吹き飛ばされるのを防ぐ
その崩れ落ちた岩場の下・・・先ほどの衝撃で数本のワイヤーだけを残して繋がっている橋の中央付近に、リアンとフレイの二人の姿があった
互いに竜に弾き飛ばされ、橋にぶつかり、その身体には無残な傷痕がいくつも刻まれている
今にも崩れ落ちそうな橋にかろうじて手をかけて落下を防いだフレイの足元には、もう片方の手で繋がれたリアンの身体が揺れていた
「・・・ッ、ク・・・、見境なく、争いやが・・・って」
はるかな上空で繰り広げられる竜同士の攻防にチラリと視線を流しながら、フレイがその視線を下に落とす
自分の手でしっかりと掴んだリアンの手首が、ピクリと痙攣した
「・・・・っ!?え・・・、フ・・レイ!?」
弾き飛ばされた衝撃で一瞬気を失っていたリアンが、橋にぶら下がるフレイに掴まれた腕によって、谷底へ落ちるのを免れた事を知る
「バ・・・ッ!何してんだ、フレイ!早く手を離せ!お前まで落ちる!!」
「うるさい!黙れ!!血で指が・・・!しっかり掴んでろ!!」
フレイの負傷した肩口から流れる血が、リアンの手首を掴むフレイの指に流れ込み、滑りのあるその温かな体液がリアンの体重を支える指先の力を奪っていく
負傷した肩で人一人支えるのは無理がある・・・傷ついた身体で二人分の体重を腕一本で支える事も
このままでは二人とも谷底へ落ちるのは時間の問題だ
フレイの指先からリアンの腕に伝い落ちて来る赤い血が、ポタリ・・とリアンの頬に落ち、さながら血の涙のようにその頬を伝い落ちていった
「・・・いやだよ」
「っ!?おい!?」
口元に笑みさえ浮べたリアンが、掴んでいたフレイの手首から指先を解く
掴まれていた事でかろうじてその力を保っていたフレイの指先から、ズル・・・ッとリアンの手がずり落ちた
「フレイが死ぬなんて・・・そんなの絶対いやなんだ。だから・・・ごめん、生きて、フレイ・・・」
ズル・・・ッ
なんとも言えない嫌な感触を残して、フレイの指先からリアンの温もりが堕ちて行った
「な・・ッ!ふざけるなーーーッ!!」
絶叫したフレイがその言葉と供に谷底へと身を躍らせた
「リアン!フレイ!!」
岩場の上から二人の姿を確認したユリウスが、急いで橋のたもとに降りようと駆け出した瞬間、はるか上空でもつれ合っていた二匹の竜が互いのシッポで弾かれあい、白き竜が谷底目がめて堕ちて来た
「ッ!?冗談じゃない!あのまま堕ちたら・・・!!」
振り返ったユリウスの視線の先で、リアンが・・フレイが、谷底へと堕ちて行く
「ッ!?冗談だろ・・ッ!!」
何の迷いもなく地を蹴ったユリウスが、堕ちて来る白き竜の竜翼にしがみついて竜剣を掲げ上げ、片翼を根元から切り捨てた
空気がビリビリと震撼するような鳴き声が竜の口から放たれる
流れ出た竜の血を浴びながら、切り落とした竜翼ごとユリウスが谷底へ向かって垂直に降下していった
谷底へ向かって身を投げたフレイが、堕ちながら自分の中に流れるエルフの血を呼び覚ましていた
「聞け!我が友、我が精霊、風の精シルフィード!風を・・・!リアンを・・・俺の弟を助けろ!!頼む!!」
フレイの全身から紅い輝きが放たれる
その輝きに渦巻く風が吸い寄せられ、伸ばしたフレイの指先に、リアンの身体が触れた・・・!
「リアン・・・ッ!!」
その名を呼んだフレイが、しっかりとリアンの身体を胸の中に抱き寄せた
「・・ッ、フ・・レイ?」
「お前、誰に向かって生きろだなんて命令してる!?俺を生かしたいなら、お前の中のエルフの血を呼び覚ませ!
俺一人の力では二人分の身体を支えるだけの風が呼べん!」
「エルフの血を・・!?でも、どうやって・・・!?」
「願え!風に!俺を助けろと・・・!」
「っ!や、やってみる!!」
リアンの全身からもフレイと同じく白い輝きが放たれる
だが、落ちる速度が速すぎて、上手く風が二人を捕らえる事が出来ない
渦巻く風で落下スピードはゆっくりと減速しているものの・・・このまま地面に叩き付けられたら、二人とも無事ではすまない
「・・・リアン!フレイ!!」
不意に上空から聞こえた声に、ハッと二人が振り返る
垂直に堕ちて来たユリウスが、徐々に減速する二人に追いついた
「ユリウス!?」
「これを・・・!」
同時にその名を呼んだ二人に追いついた途端、ユリウスが持っていた竜翼を二人に掴ませる
それまで垂直にしていたその竜翼をゆっくりと水平に動かし、二人をその上に乗せた
コウモリの翼と同じ構造の竜翼は、その丈夫さも相まってちょうど空飛ぶ絨毯のように風を捕らえ、渦巻く風に乗った
「これでなるべく遠くへ・・・!」
そう言い放ったユリウスが、竜翼掴んでいた手を離し大の字になったかと思うと、空気抵抗を利用してフワリ・・・と上空へ浮き上がった
「ユリウス?!なにを?!」
「ユリウス!?」
叫んだリアンとフレイに、ユリウスが浮き上がって遠ざかりながら笑み返す
「私は竜騎士(ドラゴンスレイヤー)、竜を殺すものです。お忘れですか?」
「っ!!」
ユリウスの背後には、堕ちて来る白き竜の巨体が迫っていた
「ユリ・・・」
思わずその後を追おうと離しかけたリアンの手を、フレイがしっかりと掴んで竜翼に縫い付けた
「バカが・・!ユリウスの努力を無にする気か!?二人で風を呼べば、堕ちるユリウスも助けられる!!」
「フレイ・・・!」
何とか風を制御する術を得た二人が、竜翼を操って竜の落ちる落下地点から遠ざかる
一方、片翼を失った白き竜は上手く身体を浮き上がらせることが出来ずにもがきながら谷底へ堕ちて行く
浮き上がったユリウスが白き竜の身体を捕らえ、その胸元へ這い上がり竜剣を掲げ上げた
「受け継がれし竜剣よ、貫け!心臓・・・!」
血に染まったユリウスの全身から溢れた闘気が剣に注ぎ込まれ、竜の身体に突き刺さった瞬間、一気にその大きさを増し巨大な竜の身体を刺し貫く!
谷底全体を震えさせるほどの絶叫が、竜の口から迸る
その声に呼び寄せられたかのように、もう一匹の紅き竜がユリウスめがけて急降下し、迫って来た
突き立てた竜剣を抜き去ったユリウスが、背後に迫る赤き竜が最も近くに迫るまで、待ち伏せる
巨大な口を開け、ユリウスの身体を一飲みにしようと襲い掛かってきたその口の中へ、ユリウスが竜剣を構えて飛び込んで行った
ガ・・・ッ!!
無情に巨大な口がユリウスの身体を一飲みにした、次の瞬間!
赤き竜の後頭部から閃光が煌き、巨大化した竜剣が竜の頭部を真っ二つに切り裂いていた
そのまま一気に振り抜かれた竜剣が赤き竜の身体を斜めに切り裂き、裂けた肉片から赤黒い竜の血で全身を染め上げたユリウスが這い出てきた
べっとりと全身にまとわりついた竜の血のせいで目を開けることも叶わず、滑る体液に任せたその身体が竜の身体からずり落ちる
「ユリウス・・・!!」
風を操り、旋回してきたリアンとフレイが竜翼でユリウスの堕ちる体を受け止め、風を巻き上げて谷の上へと上がっていく
その三人のはるか後方で、谷底へ墜落した二匹分の竜の振動が、竜の谷全体を地震のように震わせていた
谷の上、墜落の振動で起きた地震によって全ての橋が堕ちた崖の上にフワリ・・・と着地したリアンとフレイが、死んだように動かないユリウスを地上に横たえて、必死にその名を呼び、身体を揺すっていた
「ユリウス!!おい、目を覚ませ!!」
「起きろ!竜騎士!勝手に死ぬな!!」
ピクンッ!と動いたユリウスの指先が、掴んだままだった竜剣を握る指先に力を込めた
「まだ・・・終わって・・・ません」
「終わってない?」
「どういうことだ?」
ゆっくりと身体を起こしたユリウスが、未だ開けられぬ瞳のまま手にした竜剣を地面に突き立てた
「竜騎士の名を継ぐものには、大魔法使いが残した最後の魔法・・・王家にも伝えられない呪法が一つ、伝承として伝えられます」
「呪法!?」
突き立てた剣の柄に両手を重ね、まるで祈るようにユリウスがその伝承を言の葉に変える
「別たれた地を繋ぐのは、別たれることの悲しみ苦しみを知りえた者のみ。二匹の竜の血を吸った竜剣に誓え、二度と別たれることのない約束を」
ハッと顔を見合わせたリアンとフレイが、ユリウスの両脇に跪き、竜剣に重ねられたユリウスの手に、その手を重ね合わせた
「・・・誓ってください、もう、お二人が別たれることも、エルフと王家が争う事も、二度とないと・・・!」
悲痛ささえ漂う切実なユリウスの声が、二人に注がれる
しっかりと視線を合わせたリアンとフレイが、力強く頷きあった
「誓うよ」
「ああ、誓う」
剣の上で重なった3人の手に、グ・・ッと力がこもる
その直後、突き立てられた竜剣から眩しい光が放たれた
不意に地響きが響き渡ったかと思うと、大きく裂けていた竜の谷が、ゆっくりとその別たれた大地を引き寄せ始める
「な・・・っ!?」
「バカな・・!谷が、繋がる!?」
唖然とする二人の眼前で、やがて竜の谷と呼ばれた谷が消え去り、繋がった地表の上にどこまでも続く広々とした大地が誕生した
竜剣から放たれていた輝きが収まると同時に、剣で身体を支えていたユリウスの身体が傾き、倒れ伏す
「おい・・っ!?」
ハッとそのユリウスの身体を抱き起こしたフレイが、その妙に冷え切った身体に嫌な予感を感じて言い募る
「お前・・まさか、さっきの伝承、最後まで言わなかったな!?」
確かに、先ほどの言の葉は妙な感じに言葉が途切れていた
そのフレイの呼びかけに、ユリウスが最後の気力を振り絞って答えを返す
「・・・もう・・しわけ・・ありま・・せん」
「言え!その続き・・!」
「・・・さすれば・・竜騎士の血をあがない・・に・・竜の呪いも天へと・・・帰す」
「お前!!」
叫んだフレイが、ゆっくりとその体温を失っていくユリウスの胸倉を掴み上げた
「・・・う・・そ、だろ?なんだよ?血のあがない・・って!たった今、別たれないって、そう誓ったばかり・・・!」
ユリウスに詰め寄り、言いかけたリアンが、ハッとある事に気がついて言葉をなくす
そう、ユリウスが誓わせたのは、リアンとフレイ、エルフと王家・・・
そこに、竜騎士たるユリウスは含まれて居なかった
「・・・すみ・・・ませ・・・ん」
「ッ!?ユリウス!?ユリウスーッ!!」
その言葉を最後に、深い深い眠りについたユリウスは、いつ目覚めるとも知れない眠りに、堕ちた
やがて月日は流れ・・・繋がった大地は豊かな緑と森を讃える地へと変わっていた
降りそそぐ暖かな陽射し
耳をくすぐる小鳥のさえずり
サワサワ・・と草木を揺らす爽やかな風
咲き誇る、名もなき小さな花々
その小さな花影に、大地から突き出た蔦の絡まる緑の十字架・・・にも見えるモノがあった
それは、かつての誓いの証である、竜剣の末・・・・
そこに込められた願いがなんなのか、語る必要もない事を象徴するかのように、花で作られた王冠や小さな花束が絶えることなくその緑の十字架を彩っている
「・・・いい天気だ」
ふ・・と、その十字架に射した影が、天を仰いで呟きを洩らす
「・・・竜の呪いも天へと帰す・・・か。天へと帰ったのなら、そろそろあいつを返してくれても良いだろうに」
かつては長かった金糸の髪は、肩口で切り揃えられてそよぐ風に揺れている
赤い双眸を眇めて天を見据えていたフレイが、少しはなれた森の一画で上がった幼い声音の歓声に振り返った
大きな木の根元で、二人組みの男の子が何かを熱心に見つめている
その二人の背後に近付いたフレイが、声をかけた
「・・・何をしている?」
「えっ!?あ、あのね、卵にヒビが入ったんだ!」
「ねぇ、見てよ!凄く綺麗な色の卵だろ!?」
「卵・・・?」
覆い被さるようにして見ていた二人が、フレイのために視界を開ける
木の根元にあるウロの中に淡い桜色の卵が鎮座し、カリカリ・・とヒビが入った部分を内側から引っ掻くような音が聞こえていた
「結構大きいな・・・何の卵だ?」
「分からないんだ、だけどもうすぐ分かるよ!」
「あ!!ほら、何か出て来た!」
嬉々とした声をあげ、男の子達が顔を見合わせて笑いあう
よく見れば、片方の男の子はエルフ族の特徴の一つである尖った耳をしている
もう片方の子は、人間だ
あの、大地が繋がった日から、誓いの通りエルフと人はこうして幼い頃から一緒に過ごせる様な友好な関係になっていた
その二人の様子に、フレイの口元にも微笑が浮かぶ
キィ・・・ッ!
キュゥ・・ッ!
バリンッ!と割れた卵の中には、小さな小さな紅い翼竜と白い翼竜の・・・双子!
「わ!凄いや!!竜だよ!!」
「しかも双子だ!!」
歓声を上げた二人が、生まれたばかりの翼竜を一匹ずつソッと手の上に乗せて頭を撫でたり、翼に触れたり、尻尾を掴んだり・・・興味津々な面持ちで弄り回している
「・・・紅き竜と白き竜!?まさか・・・!」
ハッとその赤い双眸を見開いて絶句したフレイだったが、その小さな幼い翼竜達は、たった今生まれたばかり
天へと帰った竜達が、こうして生まれ変わって再び地上にその命を宿しても、何の不思議もない
ス・・ッと男の子達と同じ目線に降りたフレイが、問いかけた
「お前たち、その翼竜をどうする気だ?」
「もちろん、連れて帰って飼うんだよ!」
「ちょうど一匹ずつ居るし!」
嬉々として答えを返した二人に、フレイ静かに言った
「双子なのに、離れ離れにさせる気か?」
「え!?」
「お前達、こうして一緒に居ることが出来なくなったら、嫌じゃないか?寂しくないか?この竜だってきっとそう思うぞ?」
「っ・・・!」
「それに、竜はでかくなる。餌をどうする気だ?」
「餌!?うわ・・・そこまで考えてなかった・・・!」
すっかり意気消沈した二人の頭を、フレイがポンポン・・と撫で付けた
「竜はこの森に放してやれ。お前たちはこの竜の最初の友達なんだ、こうして毎日会いにきてやればいいじゃないか」
「っ!!そっか!そうだよね!」
「うん!そうする!」
たちまち満面の笑みに変わった二人が、揃って手に乗せた翼竜を大空へと解き放った
フワリ・・・と風を受けて小さな身体が浮き上がり、小さな2匹の竜が何度も男の子たちを振り返りながら森の奥へと飛び去っていく
「毎日来るからなー!白チビって呼んだら出て来いよー!」
「あ!じゃあ俺は紅チビだ!絶対だぞー!」
ブンブンと手を振りながら、翼竜の姿が見えなくなるまで見送った男の子達に、フレイが聞いた
「なあ、お前たち、この辺で美味しい茶菓子を売ってる所、知らないか?」
「え?お菓子?あ・・知ってるよ!」
「あ、あそこだろ?この先にある店!」
「そうか、じゃあそこへ連れて行ってくれないか?お返しにお茶会に招待するから」
「お茶会!?何のお茶会なの?」
問われたフレイが、ふふ・・・と意味深な笑みを口元に浮べた
「・・・きっと、凄く良いことが起こってるはずなんだ。だから、そのお祝いのお茶会だ」
「凄く、良いこと?」
「ああ。きっと・・・な」
確信に満ちた声音でそう言ったフレイが、晴れやかな笑みを天へと投げた
キィ・・・
カタン・・・
暖かな陽射しが降り注ぐ部屋のテラスへと続くドアが開かれて、爽やかな風がふわり・・と白いカーテンを揺らす
「うーーーん!いい天気!こんな日は外でお茶会とかしたいよね、ユリウス?」
呼びかけたところで返って来る返事はない
それはいつもの事だった
「あのね、今日はフレイも来る事になってるんだ。ユリウス、会うの久しぶりだよね」
そんな言葉をかけながら、リアンが明るい陽射しに溢れた室内にあるベッドへと歩み寄る
そこには、いつ目覚めるとも知れない眠りに堕ちたユリウスが居た
動き続ける心臓
低い体温
決して、死んでいるわけではない
ただ、眠っているのだ・・・目覚めることなく
けれどその顔は穏やかで、言葉を紡ぐ事はない唇が微かに笑っているかのように感じられることが、リアンにとってせめてもの救いだった
その穏やかな寝顔を、ジ・・ッとリアンが見下ろした
「・・・早く目を覚ませよ、ユリウス。俺、まだお前にちゃんとお礼も言ってないんだからな」
一瞬揺れた瞳を伏せ、リアンがソ・・ッとユリウスの顔に手を添える
「・・・・え?」
一瞬触れた指先が、信じられない出来事に、ビクンッ!離れた
「・・・ッ、ユリウス!?」
もう一度、確めるようにその頬に手を添えたリアンが、確かに感じる温かな体温に目を見張った
いつもは冷たいユリウスの身体が、リアンと変わらないほどの温もりを取り戻していたのだ
「・・・ユリウス、」
震える指先を両頬にあてがったリアンが、その名を呼ぶ
ピク・・・ッ
微かに、ユリウスのまぶたが痙攣する
「ユリウス・・・!」
もう一度、思いのたけをその名に込めるように、リアンが、呼んだ
ゆっくりと開いたユリウスの瞳が、目の前に居るリアンの顔を写し取る
「・・・リ・・・アン?」
言葉を紡ぐことのなかった唇が
確かに
その名を呼んだ
開け放たれたテラスの向こうから、お菓子が溢れるほどに盛られたカゴと、両手いっぱいの花を抱えた少年達が駆け寄ってくる
その後から現れたフレイに、リアンが泣き笑いでグシャグシャの顔のまま抱きついていく
そんな二人を、ベッドの上に起き上がったユリウスが笑みを浮べて見つめていた
=完=