ヴォイス
ACT 10
慣れ、というものは恐ろしい
一番最初は驚いた出来事が、毎日続くとそれが当たり前になってくる
更にそれが習慣化していくと
それをしないと何か物足りないような・・・
何か忘れているような・・・
そんな気さえしてくる
そう
今、高木の目の前で平然と漂う紫煙の煙にも
「・・・・久我、お前・・あんま煙草吸うなよ」
「は?なんで?」
「なんで・・・って、その歳から吸ってたら、歳くったころには肺が真っ黒になって肺ガン患者予備軍だろーが。それに第一、喉に悪い!」
「・・・んじゃ聞くけど、お前のその指にあるのはなんだよ?」
久我が呆れ顔で指し示した先・・・
そこには久我と同じく紫煙を昇らせる煙草が一本、挟まれていた
「お、俺の場合はいいんだよ!声なんて気にしなくていいんだし。お前が吸ってるから付き合ってやってるだけだし!」
「・・・・・どーゆー理論展開だよ、それ。ぜんっぜん、説得力ないんですけど?」
鼻で笑った久我が、飲みかけのテキーラが入った小さなショットグラスを口に運ぶ
久我の一番好きな酒はテキーラだ
煙草は、あまり見かけないマイナーなWinstonの赤箱
お気に入りの香水はAZZAROのピュアベチバー、サムライの47、セクシーボーイ・・・
高木が見たことも聞いた事もない銘柄ばかりだ
小さい頃からかぎっ子で
特に口うるさく言われることもなかったらしく、親公認で久我のお気に入りが堂々と棚に並んでいる
金髪・・・という派手な容貌からすれば、それはあまりに似合いすぎる嗜好品の数々・・・なのだが
学校に居る時の久我は、別に不良なわけではなく
ただ、髪の色が派手・・・というくらいで、いたって普通
それがまさか、家に帰ったらこんな風に煙草を吸い、カクテル類の酒やブラックやシルバー系のオシャレなアクセサリーが大好きで、香水なんかにも気を使っているだなんて
この久我の部屋に来るまで、高木は全く知らなかった
ついでに
久我本人が以前に言った、男も女もいけるバイでリバOKなんだという・・・その属性も
もっとも、久我自身がそれを隠していたのだから、当然と言えば当然なのだが
その上で
初めてこの部屋で久我のボイスアクターの練習相手になった、あの日、その属性を証明するかのように、久我は高木にキスをした
その日、高木は目隠しをされていたから、キスされた時、逃れようがなかったのだ
そうして気がつかされた・・・久我が好きなんだ。と、いう想い
同時に感じた、後戻りできない嘘で固めてしまった現実
それらから目をそらす為に、高木は目隠しをして久我の練習に付き合うことになった
全てを、ただの芝居でただの演技・・・にすり替えてしまう為に
目隠しをすることで、空想の闇に沈むために
結局
それから毎日のように高木は久我の家に寄るようになった
一緒に煙草を吸ってみたり
本を見ながらカクテルを作って飲んでみたり
そして
久我の、ボイスドラマの練習相手になってみたり・・・
そんな中
それはいつも、不意に始まる
漫画を読んでいたり、本を読んでいたり
決まって、高木が、何か違うものに気をとられて居る時に
「・・・・好きだ」
そんな言葉と供に耳元に落とされる、久我の艶めいた声音
「・・っ!!」
ハッと高木が身を硬くしたときには、時すでに遅く
その声が、高木の抵抗を奪うように、続けざまに艶めいた台詞をその脳内に注ぎ込む
「ずっと昔から」
「お前だけを見てた」
「ずっと、好きだった」
これは芝居で演技で、リアンがユリウスに言っている台詞
久我が、高木に向かって言っているわけじゃない
高木が、目を閉じて、そう、自分に言い聞かせる
高木が目を閉じるのを合図のように、久我が目隠しをする
慣れ・・・っていうのは本当に恐ろしい
ここ何日か、ほぼ毎日のようにその台詞を聞かされて
そして
当然のように、久我は高木にキスをする
いつの間にかそれが当たり前になって、今では違和感さえ感じなくなっていた
目隠しをする・・・その、非日常的行為も
高木が照れないで済むように
キスされても平気でいられるように
そんな理由が違和感を失くす
練習を終えると目隠しが外される
それが、現実に戻る・・・キスしたことを空想の世界に置き去りにして、ただの友達に戻る、瞬間
その日も
いつもの台詞の後、久我の唇がフワッと高木の唇と重なった
いつもなら
ここで終わる
本当は・・・高木が依頼したボイスドラマの内容は、もう少し・・・先まである
ユリウスがリアンを組み敷いて、リアンがユリウスを受け入れて・・・喘ぐ・・・ところまで
だけど
まさかそこまで出来るはずもないから、いつもここ止まり・・・だった
一応ヤバい事になった・・・と分かった時点で、高木は久我宛に”全部やってもらわなくても構わないので、やれるところまででお願いします”と、メールを出しておいた
そのメール内容も効いているはずで・・・久我はここまでで止めるつもりなんだ・・・と、高木は内心ホッとしていたのだ
ところが
重なった久我の唇が、いつもと違う動きを始める
・・・・・・・・え!?
いつもならとっくに離れていくはずの久我の唇が、重なったまま、舌先でゆっくりと高木の歯列を割って侵入してくる
その日、たまたま久我のベッドの上で胡坐をかいて漫画を読んでいた高木は、不安定なスプリングの上、小柄だとはいえ全身でのしかかってきた久我の身体を支える事が出来なかった
されるがままに久我に押し倒されて・・・思わず『久我・・・!?』と叫びそうになって開いた唇に割り入るように、久我が深く唇を合わせてきた
・・・・・・・・え?ちょ・・っこれ・・って!?
高木が驚いて久我の身体を押し返そうとしたが、柔らかいスプリングの上に二人分の体重がかけられているのだ・・・下になって沈み込んだ高木の身体は、思うように動かすことができない
どうしよう・・・!と、焦っている間にも、久我の侵入してきた舌先が、高木の咥内をなぞるように辿り、驚きで萎縮している舌に絡み付いてくる
「・・・っん」
思わず高木が、くぐもった声を上げる
はっきり言って、女の子とキスをしてこんな風に積極的に仕掛けてくる子など、居ない
高木にしてみれば初めての経験で・・・
そしてそれは、止めろと拒絶するのが惜しいほど、気持ちの良いものだった
口の中で絡まる互いの舌先と、咥内を擦れ合う温かな濡れた感触・・・
ゾクゾク・・と痺れにも似た電気が高木の背筋を這い上がってくる
それはやがて拒む・・という意識を麻痺させていった
どうせこれは久我のボイスの練習の為の物なのだ
みっともなく抗ったところで、久我にただの芝居で演技じゃないか・・・とあきれた口調で言われるのが落ち・・・というもの
だったら、このままやらせれば良い
久我にとっては、ただの演技で、自分はそれに付き合わせられているだけなのだから
高木の中で、そんなズルさが芽生える
いつも
いつも
久我に煽られて、翻弄されて、焦っているのは高木ばかり
どのみち、高木は抱えている秘密のせいで、久我に好きだと言うことなど出来ないのだ
たとえ言ったとしても、久我が高木をそんな対象として見ていないことは明白・・・
どうせ全部、演技で芝居
そう言ったのは久我だ
なら、今だけ、久我との行為を受け入れたって構わないはず
仕掛けてきたのは久我の方
何がどうなろうと、高木はただ、その行為を受け入れていればいい
高木から仕掛けさえしなければ、その責任は、全部久我が負うことになるのだから
・・・・・・・・俺って、どうしようもないサイテー野郎だよな
そう思いながら、高木は久我のされるがままに、キスに没頭していた