ヴォイス
ACT 17
2階の自室へ一気に駆け上がった高木が、鞄を放り投げベッドへとダイブする
「ッ、くそ・・・っ!!」
苦々しい想いを込めて叫んだ高木が、ボスッ!と拳をベッドにのめり込ませる
ひょっとしたら・・・
そう、思ってはいた
だけど、
ああもあからさまに肯定され、その上
『最初から友達なんかじゃない』などと言い放たれたら・・!
『もう、いい!』と、そう、叫ぶ以外何が出来ただろう?
「・・・最初から?あの時からずっとかよ?は・・っ!俺って・・・!」
ジワリ・・・
涙が目尻に滲む
・・・・・・・・バカだ
今頃気がつくなんて
いつの間にか
こんなに、久我の事が好きになっていたなんて
気がつかなかったわけじゃない
恐れていたからだ
気がついてしまうことを
こうなってしまうことを
久我が芝居だと割り切って、演技で、キスしたりセックスしたりできるのは、自分の事をなんとも思っていないから・・・
それは分かっていた
だから、今更誰かの身代わりだと・・・そう言い放たれても、それは・・・まあ、仕方ないか・・・とも思う
だけど
『最初から友達じゃない』と・・・久我はそう言った
最初から・・・
一番最初の・・・あの、自転車の荷台に飛び乗ってきた・・・その時から!
あの時から、ずっと・・・
久我は友達というものを演じ続けていたという
その上更に
『お前が気付かないのが悪いんだろ!お前が気付いてくれさえいれば、俺だって・・・!』
久我は、確かにそう言った
高木がただの演技だと気がつけば、その時点で止めるつもりだったと・・・そういうことなのだろう
全ては
気がつかなかった自分自身のせい
もう、こうなっては、あきれてモノも言えない
ただ
今、こうして涙が滲むほど悔しいのは
自分が、その身代わり以上のモノになれなかった事
こんなにあっさりと、簡単に、切り捨てられる程度のモノでしかなかった・・・という事
自分・・・というものがつくづく嫌になる
しかも救えないのは
そうだと分かっても、久我を嫌いになれないでいる自分が居る事
考えようによっては、ずい分ひどい扱われよう・・・だというのに
それなのに
今、高木は、
・・・・・・・・まだ、ネットの中では久我と繋がっている!
そう思って、心のどこかでそれに安堵している
久我が、ネット上の”りゅう”が高木だと知りえない限り、高木は、”来夢(らいと)”としての久我と繋がっていられるのだ
どのみち
卒業まであと少し
卒業してしまえば、久我とは離れ離れ・・・になる
久我は自分の事なんてなんとも思ってない
結局はこうなる運命だったのだ
それが少し早まっただけの事
ハァ・・・ッ
高木が一つ、大きく深呼吸する
ネットの中で連載している『竜国物語』は、今、クライマックス
ラストまで、後もう少し
「・・・っよし!」
ガバッと身体を起こした高木が、机へと向かう
久我は、高木の描くこの漫画が好きだと言ってくれた
だったら
卒業するまでに本編を描きあげてしまいたい
卒業すれば、大学がある東京への引越しなどでネット落ちになって、更新どころではなくなる
机の前に陣取った高木が紙を広げ、ラストまでのネーム切りに取り掛かった
卒業まであと数週間
週一の自由登校になるものの、受験や就職活動の最終活動で忙しく登校できない生徒も多い
久我はあの日以来、学校へ来ていないらしかった
定時に久我の家の前を高木が自転車で通っても、そこに久我は立っていない・・・
唯一の繋がり・・だと思っていたネット上の”来夢”も、あの日『体調不良で喉の調子がおかしいので、もう少し待ってください』という主旨のメールが着たきり音沙汰なし
”来夢”のヴォイスブログも更新が止まったままだ
確かに、あの時の声の変わりようはいつもよりひどかった
風邪が長引いているのかもしれない・・・そうは思っても確める術が、今の高木にはない
心配になって”りゅう”からお見舞いメールも出してみたが・・・返事は返って来なかった
だからといって久我の家を訪ねることも、どうしたのか?と誰かに聞くこともなんとなくはばかられ、高木はただ悶々と時を過ごし、その苛立ちを漫画の更新にぶつけていたと言って過言ではない
そうして
漫画もラストまで後一歩
もう数日後は卒業式・・!
という日の登校日、久我はやっぱり家の前で高木を待って立っては居なかった
「藤井!」
堪りかねた高木が、帰り際久我のクラスの前を通った時、ちょうど見かけた藤井に意を決したように声をかける
「あ?高木じゃん!なに?」
「久我、今日も休みなのか?」
「ああ、なんかさ、ちょっと喘息の発作が出たとかで自宅療養中とか言ってたぜ。ついでに向こうで住む家の下見とかもやってるみたいだな」
「自宅療養!?そんなひどいのか!?」
「あ、大丈夫だと思うぜ?病院には通ってるみたいだけど・・あいつ、学校嫌いだから。休む口実がある時は休むって。それに後は卒業式に出ればいいだけだし」
「そう・・なのか?」
「うん。こないだプリント持ってったらそう言ってたし。あいつ、勉強大嫌いだからさ、部活と絵を描くためだけに学校来てたよーなもんだから。もう部活ねーし。絵の授業もねーしな」
「そうか・・で、向こうで住む家って?久我、どこ行くか決めたのか?」
「あれ?高木知らねぇの?あいつもお前と同じ東京だぜ?今は亡くなったお父さんの方の従兄弟のトコで泊まって、住む家探しに行ってるみたい。あいつん家、母子家庭だから大変だよな」
「え!?久我も東京!?それに母子家庭って・・?」
「あ・・・、そか、高木は知らないよな。久我のお父さん、あいつが小さい頃に病気で亡くなったんだ。
それで名字も変わってさ、よく間違えそうになって焦ったよ」
そういえば・・・!と、高木がハッとする
久我の母親の話はするけれど、父親の話はした事がなかった
母親はいつも仕事が忙しくて、会った事すらない
本当に、自分は久我の事を何も知らない
何も・・気が付きもしなかった
・・・・・・・・久我の言うとおりだ・・・!
一瞬、高木がギュ・・と唇を噛み締める
「そう・・だったんだ。それ・・で、久我の前の名字って?」
少しでも久我の事を知っておきたくて、高木が問いかける
「久我の前の名字?雪村(ゆきむら)だよ。小さい頃は”ゆきちゃん”って呼んでたんだ。あの頃の久我って、ホント色白で女の子みたいでさ、ピッタリな・・」
「っ、”ゆきちゃん”!?」
不意に叫んだ高木が、藤井に詰め寄って言い募る
「それ・・っ!それ、本当か!?」
「は!?な、なんだよ、急に!?ホントだよ!」
「じゃ、下の名前は!?あの字、”あきら”って読むんじゃ・・?」
「あ!それ違うぜ。大抵みんなそう読むんだけど、あれ”晃”(ひかり)って読むんだ。女の子っぽい名前だからって言うんで、久我の奴、下の名前で呼ばれるの嫌がっててさ、知ってる奴ほとんどいないと思うけど」
「ひ・・かり・・?!」
”久我 晃”・・・みんな名字の久我で呼ぶから、高木も下の名前の読み方まで気にしていなかった
それに、字の感じで”あきら”だと、勝手に思い込んでいたのだ
「じゃ・・まさか、”ぴかちゃん”とか”ひーちゃん”って・・・?」
「へ!?何で高木それ知ってんの!?それも”ゆきちゃん”時代の久我のあだ名だぜ?」
藤井のその答えに、高木の表情が見る見るうちに険しくなっていく
「・・っぅそだろ!!」
叫んだ高木が、唖然とする藤井を残したまま外へと駆け出して行った
・・・・・・・・俺って、最低最悪なバカじゃねーか!!
そう、心の中での自分自身を罵りながら