ヴォイス










ACT 2










それから

全速力で逃走した高木は、学校から程よく離れた大通りの交差点で自転車を止めた


「・・・おい、おまえんち、どっちだ?」
「え?あ、こっち」


相変わらず高木の肩に両手で捕まり、荷台の下の出っ張りに足をかけて立ったままの状態で、久我が自分の家の方向を指差した


「・・・俺も、そっち」
「まじ!?やった!超ラッキー!んじゃさ、乗っけてってよ!」
「はぃ!?勝手に人を巻き込んどいて!?」
「もう、おせーよ!立派な脱走共犯者〜」
「はあ!?」


振り返った高木の目の前に、思わぬ至近距離で笑う久我の顔と、夕日に映える金色の髪
慌てて視線を反らして前を向いた高木の耳元に、久我のあの声が、吐息がかかる距離で注がれた


「・・・・ねぇ、だめ?」


不意に声のトーンを変えた・・・艶めいた声音
同じ声なのに、ほんのちょっと言い方を変えただけなのに・・・!

高木の鼓動がドキンッと跳ねた


・・・・・う、うわ・・・っ俺、この声、マジで弱い・・・っ


カーーーッと高木の頭に血が昇っていく
必然的に短く揃えられた高木の髪から覗く耳も朱に染まり、久我の位置からはそれが丸見えだ


「あれ?なに?お前、ひょっとして、耳、弱点?」


如何にも嬉しそうに言って笑った久我が、高木の首筋に腕を廻しうなじ付近に唇を寄せた
途端に漂ってきた・・・高木があまり嗅いだことのない、香水の香り


・・・・・・何!?この匂い!?こいつ、香水もつけてんのか!


金髪といい、香水といい、どうやら久我という男は相当に洒落者らしい

ふふ・・・という、どう考えてもロクでもない事を考えていそうな久我の含み笑い・・・
その吐息がうなじに掛かった途端、高木は再び思い切りペダルを踏み込んでいた


「うわっ!?」
「・・っの!いい加減にしやがれ!本気で振り落とすぞ!」
「冗談っ!うっひゃー!きーもちいいー!ぶっとばせー!」


一瞬、仰け反って離れた久我の身体が、次の瞬間振り落とされてなるものか!とばかりに高木の背中に・・首筋に密着する
久我の声と吐息が、思い切り耳元に感じられる


・・・・・げっ、逆効果・・!俺ってバカ・・・!


ますます熱くなった顔の火照りを誤魔化すように、高木がペダルをこぐ事に神経を集中する
そんな高木の心中を知ってか知らずか、久我はますます高木の首筋に回した腕に力を込め、密着してくる

不意に


「あーっ!ストップ!!そこ、俺の家!!」


高木の首筋に廻していた腕を、まるで馬の手綱代わりのようにギュッと締め付け、久我が全身で仰け反って高木の運転にストップをかけた

「っ、うげっ!」と呻きつつ停まった高木の自転車の荷台から、久我が「よっ!」とばかりに飛び降りる
そこは、いつも高木が使っている通学路沿いで、似たような造りの家々が建ち並ぶ住宅地の一角だった

そこから高木が居候をしている祖父母の家まで、そう離れていない


・・・・・・こんな近くにいたのか・・・!?


そう思って高木は思い出した


ほんの少しの差だが、高木の家は高校の自転車通学許可圏、久我の家は徒歩通学圏になってしまう
今まで出会わなくても不思議でもなんでもない


「サンキュー!助かった。俺、久我。お前は?」
「え・・・あ、俺、高木。高木健人」
「そっか、じゃ!」
「あ?ああ・・・」


素っ気無く返事を返した久我が、くるりと反転して家のドアへと向かう


「あ・・・」


ハッと久我を呼び止めようとして・・・高木がそれを呑み込んだ
呼び止めてどうする気なのか?
ただ偶然、一緒に帰った・・それだけなのに


ずっと久我の声を探していた
久我の声を、もっと聞いていたい
だから、友達になってくれないか


そんな事言おうものなら、変態扱いされて終わりだ

はあ・・・っとため息をついた高木が、再びペダルに力を込めた時


「・・・高木!」


不意に、あの声が、高木の名を呼んだ


「えっ!?」


慌てて高木が振り返ると、久我が玄関先で肩に鞄を掲げ上げたまま、高木を見つめていた


「良いよな、チャリ通!明日の朝通る時、ついでに乗っけてってくれよ!」
「っ!?あ・・・い、いいけど」
「ラッキー!じゃ、また明日な!」


そう言い放った久我が、今度こそ本当に家の中へ入って行く
それを見届けた高木が、久我の姿が見えなくなると同時に

「・・・っしゃ!」

と、小さな掛け声と供にガッツポーズをとり、その顔に満面の笑みを浮べていた



それが



高木が久我と出会った最初の日、であり、それから毎朝一緒に学校へ通うきっかけとなった出来事だった




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