ヴォイス








ACT 4







高木は、今でも久我との出会いを鮮明に覚えている



あの日、記憶に刻み込まれ忘れる事が出来なくなった・・声

いつの間にか無意識に探すようになっていた、自分



思えばあの時から、既にその声の持ち主に惹かれていたのかもしれない

そして出会った、その声の持ち主・・・久我

中性的で透き通るような声音・・・その声と、自分が思い描いていたビジュアル・・・のあまりの合致に、高木は『こいつが・・・!?』と、現実に居るはずがない・・!と思っていたその意外さに、目を見張ったのだ

その声に思い描いていたビジュアル・・・それは、高木自身が描いている漫画の主人公、金髪で王家の跡取りでドラゴン使いの王子”リアン”だった

明るくて陽気でいつも周囲に笑い声が絶えない・・・リアン

久我を見ていると、そのあまりにそっくりな雰囲気に、空想と現実の境が無くなりそうになる

はっきりいって、リアンは高木の理想を詰め込んだキャラだ

女の子の柔らかいフォルムが描けないから男にしただけで、高木の中では理想の女の子そのもの・・・だ
だから性格も容姿も、高木が良いな・・と思うもので作り上げられている

その雰囲気そのままの久我に、リアンだったらこんな声だろう・・・と思っていたその声で、耳元で囁かれた途端、跳ね上がった鼓動

男のクセに小柄で華奢で、男のクセに良い香りを漂わせた久我に・・・高木は初めて現実の世界で、男と分かっていて、顔が熱くなるのを抑える事が出来なかった

そんな風に出会ったあの日以来、高木は久我に対して自分でもよく分からない感情を持て余している

久我の声を聞くのは好きで
艶めいたトーンで耳元で囁かれると、ドキドキもする

でも、だからといって自分で描く漫画のように、久我とそういう関係になりたいとは思えなかった

リアンは高木の理想で、決して自分自身の手で汚して良い存在ではない
ましてや久我は、女友達の多い、ごくごくノーマルな人間だ

そんな相手に高木が持て余している感情を告げた所で、気色悪がられて変な目で見られるのは目に見えている
高木だってそういうジャンルに興味があるとはいえ、実生活では普通に女の子に視線がいく

それになにより

リアンは高木にとって女の子の代わり・・・だが
久我は見た目が女の子っぽいとはいえ、その中身は誰より男っぽい

1年の時に出会って以来、この3年間、ずっと久我の側で久我の事を見てきた高木である

いつも笑って受け流してはいるが、『女の子みたい』・・と言われる事や『男の子として見れない』・・といわれる事が、どんなに久我を傷つけているか・・・くらい分かっている

だから久我の前では普通に友達だったし

それを壊す気など、高木にはサラサラなかった

空想は空想
現実は現実

空想と現実の世界に接点などありはしない・・・高木はそう思っていた

思いがけず、その日、昼食を食べ終わった後に久我からの誘いを受けるまでは












「なー、高木?」


最後のカレーパンを口の中に放り込み、コーヒー牛乳で喉を潤しながら、久我が上目使いで高木を見上げた


「あ?なに?」


高木も購買部で買ってきたウーロン茶を飲みながら、久我と視線を合わせる


「お前さ、もう受験終わったんだよな?」
「ああ、俺、公募推薦だったからな。昨日描きあがった絵で提出課題も終わったし」


高木は公募推薦で早々に希望の大学に合格し、昨日まで推薦合格者に課される課題絵を描いていた
わざわざ高木が祖父母の家に居候して、美術学科があるこの高校に通ったのも、そういった推薦制度に有利になるからだ


「じゃあ、さ、今日から早く帰れるんだよな?」
「・・・?うん、そうだけど・・・久我はあれだよな、就職するとかって言ってたよな?」
「そ。俺、勉強大嫌いだもん。1年か2年働いて、お金貯めるつもり」
「そっか。それでどっかのスタジオか専門学校に行くって言ってたっけ。凄いよな」


「っ、全然、凄くねぇよ。高木の方がすげェじゃん。ちゃんと夢を実現してさ・・・」
「実現なんてしてねぇよ。何をしたいんだかまだ分かんないから見つけに行くようなもんだぜ?俺の場合。ちゃんと成りたいものがあって、夢を追いかけてる久我の方が凄いって!」


そう言いながら、高木が今日の久我の歯切れの悪い言い方に眉根を寄せる

いつもならこんな話題、久我はハイテンションで自分の夢を熱く語ってくるのに


「・・・・で?なに?早く帰れるけど?」


『んーー・・・』と明後日の方向へ視線を向けながらしばらく逡巡していた久我が、決心したように高木の方へ向き直った


「あの・・・さ、帰り、後ろに乗っけてってよ」
「は?それだけ?もちろんいいけど?」


たったそれだけのこと?という風に高木がそのどこか煮え切らない久我の態度を不思議そうに見つめる


「・・・・でさ、ちょっと・・・俺の家に寄ってくれないかな?高木に相談したい事があるんだ」
「俺に・・!?そりゃ・・・いいけど?」


今まで高木と久我は部活の終わる時間がバラバラで、登校時は高木が久我を自転車の後に乗せて一緒に登校していたが、帰りも一緒に帰ったのは、数えるほどしかない

しかも

久我の家に寄るなど、初めてのことだ


「やった!んじゃさ、放課後お前の自転車の所で待ってるから!絶対だぞ!」
「あ・・うん。わかった」


嬉々として言い募った久我の雰囲気に呑まれる様に、高木が答えを返す

それと同時に、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた











「どーぞ、好きなとこ座ってて。今、お茶でも入れてくるから」


そう言って、高木が久我に案内されたのは、玄関を入ってすぐ横にあった階段を上った突き当たり

2階の端部屋の日当たりの良い部屋だった

久我の母親は仕事で忙しく、帰りは遅いらしい

久我の部屋は所々雑然と雑誌とか漫画とかが積んであるぐらいで、わりと片付けられていて小奇麗だ

部屋に入って高木の視線が釘付けになったのは、大きくスペースをとってあるパソコンデスクとその周辺機器

コンパクトなデスクトップのパソコンにキーボード、小型のスピーカーに小型のマイク・・・


「へぇ・・・すげぇ。久我もパソコンやってんだ・・・って、これマイクだよな?何に使ってるんだ?」


パソコンの下には機能的なラックが取り付けられていて、あまり高木が見たことのない機器が納められている

web漫画のサイトをやっているだけに、高木の部屋にもパソコンがある
でもスキャナーとカラーコピーつきのオールインワンプリンターがあるくらいでもっとシンプルだ

興味津々・・・といった面持ちでそれらの機器を覗き込んでいた高木に、スナック菓子とペットボトルの清涼飲料水を手にして戻ってきた久我が声をかけた


「あれ?なに?高木、そういうの興味あんの?」
「あ・・・まあ。一応俺も持ってるし」

「マジ!?なになに?じゃ、ネットもやってんの?」
「・・・・やってる」


高木が用心深く返事を返す
そういえば、そういった話題になるのを避けるため、今まで高木はそんな話を久我としなかった

何しろ下手にそんな話題になって、どこで口が滑ってどんなボロが出てしまうかも分からない
18禁のBLエロ漫画サイトをやっていることなど、死んでも知られるわけにはいかないのだから


「ラッキー!じゃ、話が早くていいや。高木さ、ネット声優とかって知ってる?」


その久我の言葉に、一瞬、高木の眉間にシワが寄る


「あ・・・・いや、知らない」


なるべく平静を装って答えを返した高木だったが、実はちょっと前にそういう存在がある事を、サイトに来る常連の一人から教えられ、ボイスアクター・アクトレスと呼ばれる世界がある事を知ったばかりだった


「そっか、知らないのか。あのさ、アニメの声優とかいるだろ?ああいう感じでさ、ボイスドラマって言ってオリジナルの小説とか版権物とかに声をあてるんだよ。
俺、3年位前からそういうのネットでやってて。仕事として依頼なんかも受けてるんだ」


そう言った久我が慣れた手つきでパソコンを立ち上げる

その様子を久我の背後に立って見つめながら、高木が背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた



・・・・・・ちょっ・・まてよ、これって・・・ひょっとしなくても・・・



やがて立ちあがったデスクの画面に映し出された、つい最近高木が見たばかりのボイスアクターのサイトトップ


「これ、俺のサイト。でさ、こないだ新しい依頼が来て・・・」


一瞬


高木の呼吸が止まり、久我の声が遠くなる


久我の言った『新しい依頼』


それは


高木自身が久我と知らず依頼した、ボイスドラマの仕事だった




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