飼い犬











ACT 16










最初は


幸せだった


目を開けると


いつもそこに真柴の笑顔があって


『・・・ジュン』


優しく俺の名前を呼ぶ、真柴が、居た



だけど
ある日その幻が終わる





それはある日突然、やって来た





カサカサカサ・・・・・・

何か小さいものが走り回っているような音

気にもかけずにいたら

だんだん・・とその音と・・・数が増えてくる気配がした

ハッと目を開けると

パイプベッドの下一面を這う、ゴキブリ

真っ黒でツヤツヤした甲殻虫が、カサカサカサ・・・と蠢いて

パイプベッドのパイプを伝い、上へと這い上がってくる

「・・・・っ!!!!」

恐怖で身がすくんだ

気が付いたらガムシャラに手足を振り乱し、絶え間なく這い上がってくるその黒い甲殻虫を払いのけていた

振り払っても

振り払っても

黒い虫は絶え間なく身体を這い上がり
全身を這い回る

振り乱す手と足の間でグシャ・・・と潰れて飛び出た虫の体液

潰れる瞬間の、硬い甲殻からはみ出るぬめった感触

そのおぞましさに
その嫌悪感に

気が狂いそうになる







ポト・・・・

何かが皮膚の上に落ちてくる

ふと上を見上げると

明かりなどないはずなのに

なんだか・・・白っぽい

動くはずのない、その白っぽい天上が
のたうつように蠢いている


ポト・・・・


再び皮膚の上に落ちた・・・何か

目の前に落ちたそれが

皮膚の上で蠢き始める


小さな

白い

うじ虫


得体の知れない旋律が背筋を走る


ポト

ポト

ポト


続く音
続く感触

波打つ天上
波打つ壁


雨のように降り注ぎ始めたうじ虫が


耳から
鼻から
目から
口から
後腔から


身体の中に侵入してくる


狂ったように暴れても


体の中に入り込んだうじ虫は
皮膚の中を蠢きまわる


腕を
足を


くすぐったいような感覚を伴って

うじ虫達が皮膚を盛り上げ
皮膚の下で這い回る


なんども
なんども


伸びきった爪で皮膚を掻き破り
うじ虫を殺す


白かったはずのうじ虫が


いつの間にか

赤黒く、染まる




なんども

なんども




襲う、幻覚という名の現実


もう


どれが現実で
どれが悪夢で
どれが幻覚なんだか


分からない



でも



暴れる身体を
掻き毟り傷つける指を


何かが


受け止めていて


受け止めるそれを


止める術すら知らず、ただ、傷つけていた









その日も
突然、やってきた









ぽっかりと、目が覚めた

まるで爽やかな青空の下にいるかのような
そんな、晴れやかな気分



・・・・・・ああ、凄く、気持ち良い



そう思って、気が付いた

何かに

包まれてる・・・感じ


凄く、温かくて
凄く、安心できる


自分のものじゃない
他人の、体温


「・・・・・だ・・れ?」


まともな・・・声じゃなかった

しわがれて
かすれて

自分の声だなんて
信じられないくらいの、声


ふわ・・・


ゆっくりと
空気が動いて
緩やかに拘束されていた腕が、解かれる


「・・・・・ようやく、お目覚め?」


笑いを含んだ・・・声音
どこかで、聞いた記憶のある、声音


「え・・・・?」


目を瞬いて、目の前にある顔を初めて視界に入れる


「・・・うん、クスリ、抜けたね。もう大丈夫」


そう言って、ふんわり・・・笑う、その笑顔



「ッ、み・・・ちゃん、せん・・せい!?」



最後に見た時より少し長くなった、茶色い髪
女の人かと見間違う、美丈夫な・・・人


「うん。おはよ、ジュン君」


以前のままの、ほんわか・・・とした雰囲気で


みっちゃん先生が



笑って



そう言った




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