ヴォイス









ACT 18







ピンポンピンポンピンポン・・・ッ!


まるで悪戯するピンポンダッシュ並の勢いで、高木が久我の家の呼び鈴を押す

けれど、いくら押しても人が出て来る気配がない
いや、家の中に人が居る気配すら感じられない


「っくそ!誰もいないのかよ!!」


ダンッ!と拳を思い切りドアに叩きつけて、高木がハァッ・・!と盛大なため息を吐いた

確かさっき、藤井が『久我は今、東京の従兄弟のトコに泊まって家の下見に行って・・』とか言っていたはず

だったら、今、久我はここには居ない


「・・・なんで、なんで・・・言わなかったんだよ!」


ぶつけた拳をそのままに、高木がその手に額を当てて項垂れる


違う

そうじゃない


ガツンッ!!


今度は思い切り、ドアに向かって高木が頭をぶつけた


「・・・なんで、気が付かなかったんだ!!」


叫んだ高木の脳裏に、10数年前の記憶が甦っていた





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あれは

高木がまだ5歳の頃

母親の出産のための里帰り・・・で、高木はホンの2〜3ヶ月ほど、今居る祖父母の家に居た事があった

直前まで仕事をしていた高木の母親は、様子見も兼ねて早めに入院し、高木は毎日祖父母の家から病院へ通っていた

総合病院だったその病院は、産婦人科病棟のすぐ横が小児科病棟になっていて、初日に迷子になった高木は、その小児科病棟へ迷い込んでしまったのだ

たまたま迷い込んだ病室

そこで

真っ黒な瞳に真っ黒な髪の・・・小さくて可愛い女の子が、ベッドの上で苦しそうに咳き込んでいた

その苦しそうな様子に、思わず駆け寄った高木は咳き込む背中を必死にさすって、『大丈夫か!?』と声を掛けていた

咳が治まり、その子の口から流れ出た声音

『ありがとう』

そう言って、ニッコリと笑ったその笑顔
その、まさに鈴を転がすような透き通った声音に、高木は初めて人の発する声というものが、特別な物になりうるものなのだ・・!ということを知ったのだ

その声がもっと聞きたくて、高木は夢中でその子と話をした
自分が迷子になったことさえ忘れて・・・

それがきっかけ

どのみち
母親の側にいたってする事などない

それからというもの、その子の元へ高木は毎日通うようになった
高木が久我に持って行ったミカンの缶詰・・あれも、その時によくその子と一緒に食べていたものだ
同じ皿から二人で分けっこして

供にお絵かきが好きだと分かるや、落書き帳を持ち込んだ高木は、今描いている『竜国物語』の原型・・ともいえる話をその子に話して聞かせるようになった

その頃からすでに主人公であるリアンとユリウスは名前も決まっていて、かっこいい竜騎士だったユリウスが気に入ったその子は、”ユリウス”という発音が出来なくて、”ゆーちゃん”と呼び、いつの間にかそれがその子の中で高木の代名詞になっていたようだった

その子の名前が”ゆきもり ひかり”

看護婦や周囲の皆は”ゆきちゃん”とか”ひーちゃん”、”ぴかちゃん”とその子を呼んでいた

高木は”ゆきちゃん”と呼び、その可愛らしい容貌と可愛らしい声から、その子を女の子だと思い込んでいたのだ

だが、高木が病院に通っていられたのは、母親が出産し終えるまで

その上

高木にとっても初めての妹の誕生・・・!
ちっちゃくて可愛らしい、初めて見る生まれたての赤ちゃんに高木の興味が移ってしまったとしても、それは仕方のないこと

妹が産まれた途端、高木は”ゆきちゃん”の部屋へ行かなくなり・・・やがて母親は退院

そのまま祖父母の家に帰った母親が一時体調を崩した事もあり、高木が妹に付きっ切りで世話をするようになった

その世話で忙殺された高木は、徐々に”ゆきちゃん”との記憶が薄れていった

高木の中で同じ女の子だった”ゆきちゃん”と妹
その記憶はやがて混ざり合い、混沌としてあやふやで不確かな思い出になって行った

その上間の悪い事に、一ヶ月検診で再び病院へ高木が来た時、もう”ゆきちゃん”は退院してしまっていて、会うことは叶わなかったのだ

小さい頃の、ホンの短期間の触れ合い
それを覚えていられる期間など、知れている

その思い出は、いつしか高木の記憶の片隅に追いやられ・・・忘れきってしまっていたのだ


ついさっき

藤井から”ゆきちゃん”という名前を聞かされるまで


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「・・・久我が、あの”ゆきちゃん”だったなんて・・・!」


今更ながらに自分の鈍感さにあきれる以外他ない
でも、高木の中で”ゆきちゃん”はずっと女の子だったのだ

男である久我とその思い出が繋がるはずもなかった・・・といえばそれまでなのだ

あの見舞いに行った日、高木が持って行ったミカンの缶詰
あの時話したコト・・・あれはそのまま”ゆきちゃん”と食べた思い出でもあった

それを、久我の前で平然と言い募り、あまつさえ、昔”ゆきちゃん”の前でも言った記憶のある

『”ゆきちゃん”の風邪ならうつってもいーよ。うつしたら早く治るって言うし!』

その言葉と同じ事を、再び久我に言ってしまっていた
そんなことに全く気が付かず、気が付いてくれる事をずっと願っていた、久我の前で

あの時、久我が高木に見せた表情の一つ一つが・・・今になってみれば痛々しくて堪らない

悔しくて、悲しくて・・・でもそれを言い募る事も出来なくて
久我はその腹立ちを紛らわせるかのように、キスを仕掛けてきた

それなのに

自分は・・・!

あの時自分が久我に対して言い募った言葉・・・
あの言葉はどれほど久我を傷つけてしまっただろう

高木が、久我を騙して嘘で塗り固めてしまっている事に罪悪感を抱いていた様に

久我もまた、高木に気が付いてほしくて演技し続けている事に罪悪感を抱いていたはずなのに


だが

そうだったのなら

久我の好きな”初恋の人”である”ゆーちゃん”は、高木自身だということ


久我は
最初から


高木があの”ゆーちゃん”だと気が付いていた


だから

『最初から友達なんかじゃなかったよ!』と、そう言ったのだ

『お前が悪いんだ!何にも気がつかないお前が!お前さえ、気がついてくれれば、俺だって・・・!』

そう言った久我の、その言葉の先は・・・なにを言おうとしていたのだろう?

そこまで考えて、ハタ・・と高木の思考が止まった


”ゆーちゃん”だという事を覚えていた・・・ということは、あの時高木が語って聞かせた『竜国物語』の原型の話

その頃から変えていない主人公たちの名前

それを久我は覚えている・・・!?


「・・・・ちょ、まて!まさか・・・久我、あれを描いてるのが俺だって、知って・・・!?」


言いかけた高木が、ある事に気が付いてハッと目を見開いた



・・・・・・・・ま・・て!待て、待て・・・!
       ”ゆきちゃん”・・・”ゆき”・・・・!?
       まさか、あの、”ゆき”って・・・!?


サイト開設以来からずっと通ってくれている常連

”ゆき”

嫌がらせで落ち込んだ時も
体調を崩して更新が止まった時も

いつも、いつも、親身になって励ましてくれた


「っ!まさか・・・!」


不意にきびすを返した高木が自転車に飛び乗り、家へ向かって走り出していた




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