ヴォイス








ACT 19






一目散に居候先である祖父母の家に帰り、自室に駆け上がった高木が、急いでパソコンを立ち上げる


イラただしげに立ち上がるのを待っていた高木が、立ち上がった途端”ゆき”からのメールやコメント書き込みから、IPアドレスを確める

次に”来夢”のIPアドレスを確めた高木の、マウスを握った指先にグ・・ッと力がこもった


「・・・っ一緒!嘘だろ・・なんで気がつかなかったんだよ!」


自分を思い切り呪ってみたものの・・・まさかこの二人が同一人物だなどと、思いつきもしなかったのだから仕方ない

でも

どちらも同一人物だと気が付いて初めて思い知る・・・久我の言った『気が付かないお前が悪い』という言葉の意味


ボイスアクター”来夢(らいと)”
”らいと”は、”ライト”

つまりは・・・”ひかり”


久我は、いたるところにヒントを置き、高木が気が付くのを待っていたのだ

いつか、絶対、気が付いてくれるはず

そう信じて


なのに
もう卒業も間近だというのに

高木は一向に気が付かない


だから、気が付いて欲しくて
あんな・・・ボイスの練習を言って来たのだ

自分が”来夢”だとばらして
高木が”来夢”に依頼をしてくる前から、漫画のファンなんだと・・高木に知らしめて


でも
それじゃあ


ボイスの練習だ・・・と言って高木に囁きかけてきたあの、とんでもなく色っぽくてゾクゾクくる声や

仕掛けてきたキス
仕掛けてきたセックス


あれは・・・?

芝居なんかじゃなく・・・?

久我の、本心・・・!?


高木が、久我は自分の事なんてなんとも思っていない・・と思い込んでいた様に

久我もまた、一向に気が付かない高木に、自分の一方的な片思いでしかない・・・と思い込んでいたとしたら

高木を騙している事に変わりない・・・その事に罪悪感があったからこそ高木の視界を奪った


そんな自分を見られたくなくて


それなのにそんな久我を見てもなお、気が付かなかった高木
あの時見た久我の冷え切った表情、怒りを滲ませた口調

もう、久我はそんな自分に愛想を尽かしてしまったのかもしれない
その証拠に、久我はあれ以来、高木の前に姿を見せていない


「・・・もう、遅いのか?気が付くのが、遅すぎたのか?」


ポツリ・・・と呟いた項垂れたままの高木の足元に、ポタ・・と黒いシミが滲んでいた







それから

まるで何かに憑かれたかのように、高木は『竜国物語』の本編を完結させた



ラストは、ドラゴンスレイヤーであるユリウスが白き竜と紅き竜の両方を倒し、全ての力を使い果たしたユリウスは、いつ目覚めるとも知れない深い眠りについてしまう

二匹の竜の死によって王家とエルフの間に掛けられていた呪いは解かれ、争いはなくなった

ユリウスによって、互いに大事な存在なのだと気が付かされたフレイとリアン

エルフと王家の間に産まれた平和の象徴として、二人は協力し合って竜国に末永い平和を築きあげていく・・・!

そして

ラストシーンは

いつ目覚めるとも知れない眠りについていたはずのユリウスの意識が、呼び覚まされ、目覚めるシーン


「ユリウス・・・!」


自分の名を呼ぶ、リアンの”声”で


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(この『竜谷物語』本編の最終章を読んでみたい方は、こちらからどうぞ。土井眠人さんから頂いた漫画挿絵イラスト付きです)
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これが、ずっと高木が描きたかったラストシーン

このラストの原型が出来上がったのが、あの”ゆきちゃん”との出会いだったんだ・・・と、今更ながらに高木が思う

”ゆきちゃん”の、澄んだ綺麗な声音・・・

思えば

あの声を聞いた時から、高木の中でリアンの声は”ゆきちゃん”であり、久我に決まっていたのだ



そのラストシーンをアップした、卒業式前日

”来夢”のサイトへ行ってみると、<休止中>の表示と供に一時的に閉鎖されていた

そこに書かれてあった、休止の理由・・・!

遅い変声期で声が変わってしまったため・・・!?


「・・・えっ!?変声期!?あ!だから・・・『待ってくれなかったんだ・・・!』とか言ってたわけだ・・!」


どうやら久我は、風邪で今までになく著しく声が変わった時点で、変声期になったことに気が付いていたらしい

変わってしまった声で、全てのサンプルボイスを録りなおすための休止と一時的閉鎖

久我らしい潔さだと・・・高木の口元に笑みが浮かぶ

何があっても、久我は久我らしく生きていこうとする
きっと内面ではひどく落ち込んで、不安でいっぱいなんだろうに

傍目にはそんな事を気取らせまいと、なんでもないように笑うのだろう

負けず嫌いで、意地っ張りで

でも

そういう久我が、やっぱり好きだと・・・そう高木が改めて思う

その時、不意にメール受信のアラート音が鳴り響いた
届いたメールの送信者名は、”来夢”・・・!


「っ!?久我!?」


叫んだ高木が急いでメーラーを開く

件名は『依頼のボイスをお届けです』


小さく息を呑みつつ、高木がメールを開封した


そこにあったのは、

『遅くなって申し訳ありませんでした。
音声は2種類あります。

一つは依頼のあったボイス。
もう一つはお詫びのメッセージです。

現在サイトは休止中で、このメールが届く頃には引越しの為ネット落ちしていると思います。
リテイク等はネットに復活してからになります。
ご不便をお掛けいたしますがよろしくお願い致します。』


そんな文面


そして
二つの音声

高木がヘッドフォンを装着して音声をクリックする

=ご依頼のボイス=(←音声が聴ける環境な方はこちらをクリック。ダメな方は以下を反転)

『「ずっと昔から、お前だけを見てた」

「ずっと、好きだった」

「お前以外いらない、お前さえ居てくれれば」

「好きだよ、高木」』




聞こえてきたのは、リアンを演じる久我の声ではなく、久我本人の、久我自身の声

最後の言葉を聞いた途端、一気に、高木の顔が真っ赤に変わる

それでも信じられなくて、もう一度再生しなおして更に真っ赤になってから、次の音声をクリックした

=りゅう様へ、来夢からのメッセージ=(←音声が聞ける環境の方はこちらをクリック。ダメな方は以下を反転)

『こんばんは、超鈍感な高木健人くん!
お前、全然気が付かないから教えてやる!

”来夢”も”ゆき”も、どっちも俺!久我だよ!久我 晃(くがひかり)!
でもって、俺の前の名前は雪森 晃(ゆきもりひかり)!
通称”ゆきちゃん”。
いっぱい嘘ついてごめんな。
これでも何も思い出せなかったら、俺の事、忘れてほしい。

もしも、覚えてて、俺の事許せるんなら・・今度は、気が付いてくれよ。
俺、一足先に東京行ってるから。
じゃ、一日早いけど、卒業おめでとう!高木!』



聞き終えた高木が、思わず拳をギュ・・ッと握りしめる

あきれられて、嫌われたわけじゃなかった
だけど
こんな形の告白って、あるか!?


言いたいことだけ言い放ち
相手に何も言わせずに逃げ出すなんて!


だが、久我も、高木と同じく嘘で固めてしまった現実と向き合うのが怖かったのだ


確めて、もしも忘れられていたら・・・!


その現実を受け入れる事との辛さに、耐えられないから

どっちもどっち・・・だ

お互いに相手を信じ切れなくて
お互いに現実を見なかった


嘘で塗り固めた仮想現実に逃げ込んで


「っ、じょう・・だんじゃねぇ!なにが・・忘れろ、だ!おめでとう、だ!いつも人のコトからかって、煽るだけ煽って逃げやがって・・・!
絶対見つけて捕まえてやるからな!覚悟してろ、久我・・・!」


今にもマウスを握り潰しかねない勢いで握りしめ、互いに逃げ場にした四角い箱を、高木が睨みつけていた




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