開かずの間
ACT 8(完)
ジ・・ッと巽の話を聞いていたみことが、いつの間にか暗くなった部屋の中が・・ぼんやりと明るく、ほのかに暖かい事に気づく。
「・・・!?え?暖炉!?本当に本物の火、ですか!?」
巽の方にばかり気を取られていて・・気づかなかったが、その部屋の一方の壁にレンガ造りの暖炉があり、そこには・・暖かい火がくべられていた。
その暖炉を囲むようにソファーが置かれ・・その一つにみことは寝かせられていたのだ。
「・・ああ、薪が少しだけ残っていたから試しに火を入れてみたんだ。まだ夜は少し冷えるから、丁度いい・・」
「・・僕、初めてです!何だか暖かくて・・とっても気持ちいい!」
「そうだな・・小さい頃の事を思い出すよ・・」
その巽の呟きに・・みことの顔が嬉しげにほころぶ。
「ちっちゃい頃の巽さん・・本当に可愛かったんですね!僕、思わずギュウッって、抱きしめちゃいましたよ!」
「は・・!?」
自分の小さな頃の事など知るはずのないみことの言葉に・・巽が怪訝な表情でみことの顔を覗きこむ。
「何で・・お前がオレの小さい頃の事を知ってるんだ・・?」
「え・・!?あの、さっき・・マリーがお礼だって言って、巽さんのお父さんとお母さん・・それにちっちゃい巽さんに会わせてくれて・・・」
唖然とした表情に変わった巽が、再びソファーに深々と身を沈め・・少し赤くなった顔を隠すように片手で覆う。
「・・・ったく・・!マリーの奴、余計な事を・・!」
「あ・・で、でも、僕、凄く嬉かったです!だって・・僕の知らない巽さんに会えたから!」
「・・・知らない方が良かったと思う事だって、あるかもしれないぞ?」
フッ・・と遠い目で炎を見つめながら呟く巽に、みことが重い体を無理やり起こして言い募る。
「そんな事、絶対、ありませんっ!どんな巽さんでも、巽さんは巽さんです!」
真剣な表情で言い切るみことの・・・お腹の虫がクルクルと情けなく悲鳴を上げる。
「・・・ぷ・・っ!」
みことの言葉と真剣な表情に、一瞬、何か言いかけた巽だったが、その情けない悲鳴に・・ソファーの肘掛につっぷして肩を震わせて笑いを堪える。
「う〜〜〜〜・・・そ、そんなに笑わなくったって!お、お腹は誰だってすくでしょう!?」
目じりに涙まで浮かべた巽が、まだクスクス・・と笑いをかみ殺しながら、みことの頭をクシャッとなでた。
「・・目が覚めたらそう言うだろうと思って、お前が寝ている間に作っておいたものがあるんだ。随分久しぶりに作ったから、味の方は保障できないけどな。ま、前鬼の奴がつまみ食いしてたから・・多分大丈夫だろ」
そう言って、また思い返したように肩を震わせつつ部屋を出て行った。
「むーー・・・巽さん、まだ笑ってる!だって・・もう夜じゃない!って事はお昼も食べてないって事だから・・しょーがないでしょっ!!」
プーーっと頬を膨らませつつ・・どうにか上半身を起こしたみことがソファーの背もたれに深々と身を沈め、丁度真正面あたりに来る暖炉の炎をぼんやりと見つめる。
ユラユラと揺れる炎の光と暖かさに、再び眠気を誘われつつ・・改めて見た暖炉のレンガの上部に、何か・・文字のようなものが彫り込まれている。
「・・・あれ?何・・だろ?何かの・・文字?模様・・じゃないよね?」
カチャンッ・・とドアが開き、大きめのトレーに大きなポットと大皿に大盛りの・・大きなクッキーのような物と数種類の小さめの深皿・・を載せた巽が戻ってきた。
そのトレーを、暖炉の前のフカフカの絨毯の上に置く。
「これ・・なんですか・・?」
初めて見るゴツゴツとした小石のような・・薄茶色のクッキー?に、ソファーから絨毯の上に座りなおしたみことが手を伸ばす。
「スコーンだ。小さい頃によく母が作ってくれたものなんだ・・。形をきっちり整えたほうが見栄えはするんだけどな、こういう風に形も大きさもバラバラの方が暖かい感じがして好きだから・・」
確かに・・なんでも器用にそつなくこなす巽が作ったにしては、大きさも形も不揃いになっている。
でもそれがかえって手作り感が増していて、おいしそうに見えた。
トレーに載せられていた小さな深皿には、それぞれにバターや蜂蜜・ジャム等が彩りよく入れられている。
ポットから大きめのマグカップに注がれた物は、濃い目に入れたミルクティーで。
「う・・わあ・・!何だか本格的にお茶会みたいですね!あっ・・!こっちのスコーンはレーズン入りで、こっちのはクルミ入り!で、こっちはチョコチップだ!」
手にするもの一つ一つに嬉々として歓声を上げながら、みことが次々にスコーンをほお張っていく。
まるで冬ごもり前の餌集めをする小リス・・のように両ほほを膨らませたみことの姿に・・胡座(あぐら)を組んで頬杖を付いた巽が再びクスクス・・と忍び笑いをもらしている。
「・・・○△◇×○!!」
口の中にほお張りすぎて言葉になっていないみことに、マグカップを手渡してやりながら・・みことの言葉を待っている。
「・・・んご・・ん。と、あの・・あれ!あの暖炉の上のとこ!何か彫り込んでありますよね?あれ・・なんですか?」
みことの指差した所を振り返った巽が・・
「・・・ああ・・」
と、目を細める。
「なんだと思う・・?」
意味あり気に問う巽の横顔と、その彫り込まれた文字を交互に見比べたみことが少し考えて言った。
「んーー・・何か・・凄く大事な事・・っぽいんですけど?」
「そうだな・・北欧の人達がとても大事にしている、一種のことわざ・・みたいなものだよ」
「北欧の・・ことわざ・・ですか?」
「そう・・あっちは凄く寒くて・・暖炉は必需品なんだ。だから自然と家族みんなが暖炉の前に集まってくる・・。これは、『暖炉の前が暖かい我が家』みたいな意味だよ」
「何だ!今のこの状態のことじゃないですか!あ・・!でも・・僕の場合、ちょっと違うかな・・?」
「・・・?何が・・?」
「暖炉の前・・じゃなくって、巽さんの居る所、が僕の我が家・・!ですから!」
目を丸くして・・絶句した巽のほほが、明らかに炎に照らされたせいだけでなく、赤く染まっている。
「へへ・・・っ」
と、ちょっと照れ笑いを浮かべたみことが、もぞもぞ・・と羽毛布団を引き寄せて・・巽の肩に自分の頭を寄りかからせる。
「お腹いっぱいになったら、眠くなっちゃいました。ちょっとだけ・・肩・・貸して・・・くだ・・さ・・・」
言い終わらないうちに・・スゥ・・と、みことの寝息が聞こえ始める。
「・・・腹が減るのと寝つきの良さは、誰にも負けない奴だな・・・」
苦笑しながら呟いた巽が、後ろにあるソファーを背もたれにして・・みことの頭を楽な姿勢になるように少しずらしてやっている。
みことの頭に自分の頭を寄りかからせて・・その暖かい温もりに、ホ・・ッと巽の口から吐息がもれた・・。
「・・・マリー・・。オレの願いが来るのを待っていたと、そう言っていたな・・。今ならその意味がはっきりわかるよ。みことがオレを必要としてくれる限り、オレは・・それに応えてやりたい。それが・・オレの願い・・だ・・」
自分のための願いなど・・何一つ持てない巽が唯一持てる願い・・。
それは・・自分より大切な誰かのために・・その願いを叶えてやりたいと願う事・・。
その事を改めて認めた巽の中で、今朝までわだかまっていた・・あの、気まずさが無くなっていく・・。
暖かい・・暖炉の前で寄り添って、いつしか眠ってしまった巽とみことのその場所が・・『暖かい我が家』・・そのものだった。
開かずの間 完
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後書き
番外編的な話になりました。
次にもう一本、短い短編が入ります。
「ある雨の夜の出来事」です。
この短編の後に、次の章『月虹御伽草子』を連載予定です。
この章で『柳』本格始動です(笑)
お付き合いくださった方々、本当にありがとうございます。
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モドル