ACT 13

 

 

 

ハッと目覚めた巽が、目の前のみことの寝顔を見つめる

夢の中で見た笑顔とは程遠い・・青ざめた少し苦しそうな寝顔だった

ズン・・ッと体の奥に思い鉛でも投げ込まれたような・・居たたまれない気持ちに苛まされながら、巽がみことの額に手を当てる

少し熱が上がってきているようで、みことの呼吸は浅く・・顔にも薄っすらと汗が浮かんでいる

もうそろそろ日も昇るらしく、カーテン越しに外の明るさが増していく

ーーーー巽・・・

自分の名を呼ぶ声に、ハッと顔を上げた巽が声の主に気づいた

「杉ジイか・・・」

この家の大黒柱であり、家守りともいえる老精霊だ

みことのベッドに一番近い所にあった壁の柱の一部分がわずかに澱み・・この家の家守りである杉の老精霊のシワくちゃな顔が浮かび上がってきた

ーー少し・・気になることがあってのぅ・・・

「何だ?気になることって?」

ーーみことの体の中の”水”・・ただの”水”ではないようじゃの・・違うか?

「ああ、確かに。普通の”水”じゃない。おそらくは何かの妖力によって作り出された”水”だ・・」

ーーどうりで・・みことの体の中に吸収されて、外に出る事も出来ずに騒いで居るわい・・・

「なに?どういうことだ!?」

巽の声音と表情に、いい知れぬ不安の色が駆け抜ける

ーーお前も知っての通り、この子は半分桜の木の精霊じゃ・・。木という物はの・・体の中に水を溜め込んで生きておる。
  一度吸収した水は、水蒸気として発散させない限り体の中から抜け出ることはない・・。
  我らのように体も木ならば外に向って発散させる事も出来るが・・みことの体は人間のものだ。
  体中の隅々に蓄えられたその”水”・・普通にしていては外に出す事は出来ないじゃろうのぅ・・・

杉ジイの言葉に、巽の顔色が青ざめていく

「・・外に・・出せなければ、どう・・なるんだ!?」

ーーさて・・そこじゃ。
  この”水”どうやら日の光を嫌うらしい・・夜が明けると同時に、みことの体の中で騒ぎ出しておる。
  人間としてのみことの体がそれを異物と判断して、体の中で戦い始めたんじゃろう・・
  熱が出始めておる・・・

みことの顔が紅潮し、呼吸も先ほどより速くなってきていた・・

「・・まさか・・このまま”水”が出て行かなければ、ずっと、このままなのか!?」

ーーもっと悪いことになろうな・・。
  放っておいたら衰弱して・・死を待つだけじゃよ・・・

「そんな・・っ!!”水”を外に出す方法はないのか!?」

巽が蒼白な面持ちで老精霊の顔を見つめる

ーーさて・・それについては、ワシよりお前の後におる人間の方がよお知っておるようじゃぞ・・・?

「・・・えっ!?」

後を振り返った巽の目に、ドアの所に寄りかかるようにして立つ、聖治の姿が映った

視線の合った聖治が、巽に向っていつもの笑顔を向ける

「・・・よ、おはよう。杉ジイもお久しぶりだね・・・」

ーー大昔から薬師として妖しと人間に関わってきた一族の末裔じゃ・・ワシよりもお前の方が詳しかろうて・・。
  ワシの力が必要なら、いつでも手を貸そう・・。
  みことはワシも気に入っておる・・死なすでないぞ・・・!!

浮かび上がっていたシワだらけの顔が、再び澱み・・ただの木の柱に戻ってしまった

「やれやれ・・・今回ばかりは僕の力じゃどうにもならないんだけどなぁ・・・」

苦笑を浮かべながらみことの方へ近寄った聖治が点滴を外し、脈拍と熱を測る

「熱もかなり上がってるし脈も速い・・その上悪いことに汗も掻いていない・・・」

薄っすらと浮かんでいたはずの汗もいつの間にか引き、高熱と悪寒・・熱は高くても体は寒くて震えている状態だ

「聖治・・お前、”水”を外に出す方法、知っているのか!?」

巽が切実な顔つきで聖治を見据える

ス・・ッとその視線をかわした聖治が、窓のカーテンに手を掛けた

「日の光を嫌う・・か。朝になると”水”がなくなってるっていうのは、そのせいだったようだね・・・」

シャ・・と細く開けたカーテンの隙間から、朝日の眩しい光が一筋射し込み、みことの寝ているベッドの上を明るく照らす

途端

みことの体がビクンッ!と跳ね上がり、苦しそうに身をよじり始めた

「ッ!?みこと?!」

巽の悲痛な声が虚しく部屋にこだまする

シャ・・っという音と共にカーテンが閉じられて部屋の中はもとの薄暗い状態に戻り、みことの体もぐったりと動かなくなった

「な・・んだ?今のは!?」

張り詰めた表情で、巽が聖治を振り返った

「・・・つまり、体の中の”水”を外に出さない限り、みこと君は日の光を浴びる事も出来ない、てことだよ」

「そんな!!」

巽の脳裏に、みことと初めて会った時の事が甦る

眩しい太陽の木漏れ日の中から顔を出した・・天使のような笑顔

それが二度と見れなくなるなど・・そんなこと、許されていいはずがない!

「そんな事させない!絶対、俺が助ける!!」

巽がみことに向って誓いを立てるように、真剣な眼差しを向ける

「絶対・・か。その言葉に嘘はないな?」

聖治が探るような目つきで巽の表情を伺う

「当たり前だ!!」

まるで疑うようなその聖治の視線に、巽の言葉に怒りが混じった

その怒りを見透かすように聖治が肩をすくめ、眼鏡をかけなおす

「・・・じゃ、言わせてもらおう。水に対して有効なのは火だ。火は水に負ける事もあるが、逆に水が火に負ける事だってある。焼け石に水・・って言うだろう?確かに水の中の場合、火に勝ち目はない。だけどここは水の中じゃない。充分、火の方に勝算がある・・そう思わないか?」

眼鏡の奥の聖治の瞳に力がこもり・・まるで巽を試しているかのように、口元には薄っすらと笑みすら浮かんでいる

「・・何が・・言いたい?」

聖治の言わんとしている事を察し、巽の表情が強張っていく

ハァ・・・と、ため息をついた聖治が巽を見据えて、言った

「・・・もう、分かっただろう?みこと君の中に在る”水”を失くすには、その”水”を蒸発させなきゃだめなんだ。それも、普通じゃない”水”に対抗できる”普通じゃない火”でね!」

「・・・朱雀の持つ”鳳凰の火”、か…」

巽が顔を歪めて力なく呟く

「そう。全ての邪を滅し、その火をもって聖と為す・・鳳の力の根源、”鳳凰の火”だ。絶対、自分で助ける!そう言ったな?だったら助けてみろ!自分の中に在る、朱雀の力で・・!!」

聖治の冷たい、冴え冴えとした声が響き渡る

巽は強張った表情のまま、ジ・・っとみことの苦しそうな呼吸を繰り返している青ざめた顔を見つめていた

(もし・・またあの時みたいに朱雀の力を抑えられなかったら?俺は、みことを・・この手で殺してしまう・・!!)

巽の膝の上に置かれた両方の手が、血の気を失って白くなるほど握り締められている

「・・・怖いか?12年前の時のように、あの男を・・僕の父を朱雀の炎で焼き殺してしまったように、みこと君も殺してしまうかもしれないと?」

ハッと顔を上げた巽が、聖治の顔を・・何かに怯えたような瞳で見つめる

その巽の瞳を、ス・・ッと眼鏡を外した聖治の氷のように冷たい・・突き刺すような視線が捉えた!

「・・その、目だ。時々僕を見るお前の目が、怯えたような目つきになる!その目を向けられる度に、僕がどんな思いをしていたか!分かるか?!僕は僕だ!なのにお前は、僕の中に父の姿を重ねて見てる!!僕は、御影 聖治だ!!御影 雅人じゃない!頼むから・・もう、逃げないでくれ!!」

聖治の冷たい瞳が、悲痛な・・懇願するような目つきになって、巽を見つめている

巽は灰青色の瞳を見開いて、そして・・震える声で言った

「・・・すまない。俺は・・知らないうちにお前まで傷つけてた。鳳の血の持つ力を認めさえしなければ、お前を・・鳳と御影の呪縛に縛らなくてすむと思ってた。けど、そんな甘いもんじゃない。分かってて俺は逃げてたんだ。ずっと・・目の前の現実から目を背けてた・・・!」

「なら、今、目の前にあるこの現実を、この子を・・みこと君を助けられるのはお前しかいない!この現実から逃げるな!!」

「逃げたくなんかない!・・・だけど、もし、失敗したら・・俺は、この手でみことを殺してしまう!」

居たたまれずに椅子から立ち上がった巽が、握り締めてろう細工のように白くなった両拳を開き・・震えるその手を見つめている

ダン・・ッと巽に掴みかかった聖治が、壁に巽を叩きつけた

「甘ったれるのもいい加減にしろっ!!お前がこのまま何もしなくても、失敗したとしても、どっちみちこの子は死んでしまう!結局お前は失うんだ!しかも今度は誰のせいでもない、お前自身のせいでな!!お前がこのまま何もしないなら、僕も失うと思え!それもお前のせいだ!おまえ自身の・・!!それを忘れるな!!もう少し頭冷やして考えろッ!!」

巽にこれ以上ないと思えるほどの冷たい一瞥を送り、聖治はきびすを返して部屋を出て行った

バタンッ!!と、苛立つ自分の心を表すように、思い切りドアを叩き閉めて・・・

 

 

 

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