ACT 14

 

 

 

聖治の言い放った現実に、巽は壁に打ち付けられたまま動けずにいた

自分がしなければならない事は充分すぎるほど分かっている

・・・・けれど

再び自分の手で大切な者を殺してしまうかもしれない・・・その恐怖がどうしても拭い去れなかった

『・・・た・・つみ・・さん・・・』

消え入るようなみことの声が、巽の体を壁から引き剥がす

『みこと・・!?お前・・気がついていたのか?』

覗き込んだベッドの上で、みことの銀色の瞳がぼんやりと開く

『ごめんな・・さい。さっき・・僕の中で・・水が暴れた時・・から・・・』

『・・・そ・・うか・・・』

思わず顔を歪め・・視線をそらした巽の、ベッドの上に置かれた手の指を・・みことがギュと握る

ハッとみことを見下ろした巽に、みことがしっかりと視線を合わせて・・言った

『あの・・ね、僕・・怖く・・ないですよ?巽さん・・ちゃんと心の中に・・朱雀の居場所・・作ってる。だから・・僕、知ってました・・・巽さんの中に・・あったかい・・太陽が在るの・・・』

『太・・陽・・!?』

唖然とした表情の巽に向って、エヘ・・・と、みことが照れたように微かに笑みを浮かべる

『・・・変・・かな?でも・・僕にとって巽さんは・・あったかい太陽なんです・・・。だから・・その太陽で、僕の中の水・・乾かして下さい・・お願いします・・・!』

『みこと・・・!?』

巽の指を握っているみことの手をくるむ様に包み、その上に自分の額を押し付けた巽が・・苦しげに呟く

『・・あったかい・・なんて・・そんな代物じゃないんだぞ・・!?下手をすればお前の体ごと灰にしてしまう・・!それでも・・俺に・・やれと・・・!?』

震える声と、押し付けられた額から伝わる冷えた感触が・・巽の心を浮き彫りにする

『・・信じてます・・巽さんの事・・。だから・・巽さんも僕の事、信じてください・・!絶対、死にませんから・・!!』

かろうじて掴んでいる巽の指先に・・何とか愛想ほどの力を込めて握りなおしてきたみことの手を、巽もそのくるんだ手に力を込めて握り返す・・・

その、いつもより熱いみことの指先から注ぎ込まれる暖かな波動・・・

どんなに自分の体が辛くても・・きっと無意識に注ぎ込んでいるのであろう、みことの力・・・

思えば・・初めて会った時から、巽はみことに与えられてばかりで・・何一つ・・与えてなどいない

その事を、ただこうして触れているだけで無条件に注ぎ込まれる力に・・・改めて巽が気づかされていた

打ちのめされて、闇色しか見えなかった心の中に差し込む一筋の光・・・

巽を信じていると・・・

自分の事を信じて欲しいと・・・

そう・・・笑って言ってくれるみことに・・・巽が返すべき言葉は一つしかない

ゆっくりと・・顔を上げた巽の表情からは、もう、迷いは消え去っていた

『・・・分かった。俺は・・お前を信じてる・・。俺は、絶対お前を助ける・・!絶対・・死なせたりしない・・!!』

真っ直ぐに・・みことを見返してくる巽に、みこともニコ・・っと精いっぱいの笑顔を浮かべて頷き返した

  −−−−決心はついたようじゃのぉ・・・?

再び壁の柱が澱み、老精霊の顔が浮かび上がってきた

『杉ジイ・・・?』

一瞬、眉根を寄せて杉ジイを見上げた巽に・・重々しく重厚な杉ジイの声が振り注ぐ

  −−−−巽よ・・。お前が朱雀を目覚めさせるには、もう一度あの日に帰らねばならない・・・。

      お前が自分を失っている間に起きた事を、その目で確かめねばならないじゃろう・・・

『俺が・・自分を失っている間・・・?』

自分では全く記憶のないことを言われた巽が、困惑の表情を浮かべる

  −−−−お前の記憶の中にポッカリと空いた大きな穴じゃよ・・・。

      それを知らぬ限り、朱雀はお前の中で眠り続ける・・・

『それなら・・!朱雀を目覚めさせるために必要だというのなら、もう一度あの日に・・戻る・・!』

みことの手を包んでいる巽の手に再び力がこもり、その瞳にもう・・怯えの色は見られない

もう、逃げてはいけない・・・!

逃げ続けていれば、みことはおろか聖治まで失いかねない・・!

その思いが・・巽の中に在る恐怖と怯えの気持ちに打ち勝っていた

  −−−−ならば、ワシも手助けできよう・・・。

      お前の意識を12年前に運んでやろう・・後はお前さん次第じゃ・・・

      しっかりのぉ・・!!

部屋全体・・・というより、家全体からキラキラ・・と輝く光の粒が巽の体に向って集まってくる・・・

小さな蛍火のような光が、だんだんと大きな光の玉となって、巽の体を包み込んでいった

その光の中で、巽は自分の意識がどこか遠い所へ飛んでいくのを感じていた・・・

『たつみ・・さん・・?』

椅子に座ったまま、倒れこむようにベッドの上に上半身を投げ出した巽の体に・・・包み込むように集まっていた光の粒が、吸い込まれて消えていく・・・

みことは不安げに首を捻じ曲げて、杉ジイの顔を見上げた

『・・杉ジイ・・巽さん・・大丈夫・・だよね・・?このまま・・戻ってこない・・なんてこと・・ないよね・・?』

体の中を這い回る”水”の気持ち悪さと、熱で朦朧とする意識の中でみことは、自分の手を包むように置かれたままの巽の手の指をしっかりと握り締めていた

   −−−−巽次第じゃよ・・・。

       巽が自分の中に流れる鳳の血を本当の意味で認めれば、朱雀は目覚める・・。

       みことよ・・お前はただ信じて待って居れば良い・・

       巽が、鳳 巽として帰ってくるのを・・な・・

『・・・うん。・・待ってる・・信じて・・待ってるよ・・・!』

そのみことの言葉と、浮かんだ笑みに・・・シワだらけの顔に一層シワを寄せた杉ジイの顔にも笑顔が浮かんでいた・・

 

 

 

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