ACT 15
ーーーーザワザワと、人の話し声がすぐ近くで聞こえる
目を開けて周りを見たいのに・・・自分の意思に反して、目の前は真っ暗で閉じられたままだ・・・
(・・・あ、そうか・・・俺、寝てるのか・・・)
自分が寝ている状態である事に気がついた巽が、体を起こそうとするが・・・自分の腕に額をくっ付けて寝ている体を動かす事が出来ない
『巽!おい、起きろっ!もう昼休み終わりだぞ!』
自分の肩をユサユサ・・と揺さぶられて、ようやく目を開けた体がゆっくりと頭を上げる
(ここ・・!学校・・!?それに、こいつ・・聖治だ!そ・・か、12年前・・中二の時の聖治だ・・!)
巽の目の前に、学生カバンを肩の上に乗せるようにして掲げ持った聖治の・・・まだ幼さの残る、変わらぬ笑顔があった
その背後に広がる背景は、昼休み中のザワザワとした懐かしい顔のクラスメートと、懐かしい教室・・・
『・・・なんだ?聖治・・お前、もう帰るのか?まだ昼から授業あるだろ!?』
まだ幼さの残る・・少し高いトーンの自分自身の声に、巽が驚く
喋ろうと思っていないのに・・勝手に体と口が動いていく・・・
(そうか・・!12年前の・・あの日の昼・・だ・・!)
『・・・そうなんだ。何か急に家の方から連絡があってさ・・早退することになったんだよ・・・』
『へえ・・・珍しいな。何かあったのか・・?』
笑顔ではあるが、少し気乗りしない風な聖治をジッと見つめる自分・・・
(そうだ・・・あの日、聖治は早退して帰っていったんだ・・・雅人さんに呼ばれて・・・)
だんだんと鮮明になっていく記憶の中で、巽が慌てて聖治の腕を掴み
(だめだ・・!帰るな!!)
と、体を動かそうとするのに・・その12年前の自分は、思いとは裏腹に全く動かす事など出来なかった・・・
『さあ・・な。・・あの男のする事は今だによく分からないからな・・。自分勝手でワガママで・・・!けど、悲しいかな僕はそんな奴の保護下にあるから・・親から学校への連絡とあっちゃあ・・逆らえないだろ・・?』
『聖治、自分の父親を”あの男”呼ばわりすんの、よくないぞ?それに・・・雅人さんは自分勝手でワガママじゃないだろう・・?』
ーーーダンッ!
と、巽が座っている机の上に、聖治が掲げ持っていたカバンを叩きつける
ビクンッと、12年前の巽の体驚いたように震えて反応した・・・
『お前は・・っ何も知らないから・・!あの男の表面しか見ていないから・・!あいつは・・お前の思っているような奴じゃないぞ!!』
笑顔を一転して、苦苦しく呟く聖治の顔を見上げ、
『・・・なんだよ?なに・・怒ってるんだ・・・?』
おそらくは、ムッとした表情で見返しているのであろう自分を・・・どうする事もできないもどかしさに、巽が苛立つ
その、ムッとした表情の巽の頬に、ス・・ッと片手を添えた聖治が、優しい・・何ともいえない切なげな表情になって言った
『僕が・・あいつからお前を守る・・。だから・・・いいか、あの男には気をつけろ・・!』
『・・・え!?』
間抜けな声をあげ、聖治の顔をマジマジと見つめる
(バカだ・・・!聖治は、ずっと俺の事を守ろうとしてくれていたのに・・!俺は、全然そんな事に気づかず・・逆に反発ばかりして・・・)
『何わけのわかんない事言ってんだ!?さっさと帰れ・・!』
頬に添えられていた聖治の手を乱暴に振り払い、フンッと顔を背けてしまう・・・
『・・・冷たいなー・・。じゃ、また明日な!』
おそらくは・・悲しげな表情をしているのであろう聖治を、振り返って謝りたいのに・・・!
昔の自分は顔を背けたまま、聖治の遠ざかっていく足音だけを聞いていた・・・
(バカッ!!聖治を帰らせるな・・!追いかけろよ・・・!)
決して干渉できるはずのない過去の自分に・・・苛立ち、怒りさえ覚える巽だった・・・
学校が終わり・・・
一人で家路についた巽の背後から、「プップッ・・!」と、車のクラクションの音が響く
その聞き慣れた音に振り返ると、聖治とよく似た笑顔を浮かべた男・・・御影 雅人が車の運転席から身を乗り出して手を振っていた
『・・・雅人さん!?』
少し驚いた・・しかし嬉しそうな自分の声・・・
(・・・そうだ・・俺は、あの頃・・誰よりも雅人さんを一番信頼し・・そして、一番・・大切な人だと思っていた・・・)
幼い頃に事故で父母を亡くし、誰一人として知る者の居ない父の故郷・・・日本へ来て、本当に一人ぼっちになった自分を、一番気にかけて優しく・・親身に接し、なんでも相談に乗ってくれた雅人は巽にとって・・・父であり、兄であり、そして・・一番大切なかけがえのない存在になっていた・・・
『どうしたんです?聖治なら、とっくに帰りましたよ・・?』
車に駆け寄った巽に、雅人が助手席を指差しながら言った
『ああ、もう会ったよ。ちょっと・・やってもらいたい事があってね、病院の方へ行かせてる。それより・・美園さんに届けてもらいたい物があるんだけど、僕の家に寄ってってくれないかな?家まで乗っけていくからさ・・・』
ニコニコとした笑顔の雅人に逆らうはずも・・疑うはずもなく・・車の助手席に乗り込む
(・・・懐かしい・・雅人さんの声・・もう二度と聞けないと思っていたのに・・・)
悪夢の中に出てくる雅人とはまるで違う・・・思慕と懐かしさだけが漂うその笑顔と優しい声音に・・巽がつい、昔の自分と雅人の交わす楽しげな会話に聞き入ってしまう・・・
ハッと我に返った巽が、昔の自分に向って呼びかける
(・・・だめだ!このまま行っちゃ・・行っちゃいけない!今日が何の日か・・忘れてたわけじゃないだろう!?ただ・・もう何年も”それ”が起こるのが夜になってからだったから・・・つい、油断していたんだ・・・)
今日・・・
この日は、巽の14歳の誕生日だった
だが・・・その誕生日は巽以外、誰も知らない・・知られてはいけない日でもあったのだ
その日・・・
巽は数時間だけではあったが、高熱と共に全ての体の自由と全ての能力を一時的に失う
それは幼い頃からずっと続いている現象だった
その数時間の間・・・巽はずっと一人になれる場所に隠れ、その事を他人に知られることなく隠し通してきたのだ・・・
(あの頃はまだ・・ほんの数時間の間だけだったし、まさかその事を雅人さん・・いや、御影の当主が知っているなんて・・思ってもいなかったから・・・)
後悔の念に駆られている間に・・・御影の家に着いた巽と雅人が、家の中に入っていく・・・
『・・・すぐ取って来るから、ちょっとそこで待っててくれる?』
客間用の和室に巽を案内した雅人が、笑顔でそう言って奥の自室へ歩いていった
顔なじみになっている家政婦がお茶を持ってくると、急な電話でしばらく時間がかかるかも・・・と、雅人からの伝言を伝えて立ち去っていった
暇を持て余していた巽が、出されたお茶を飲みながら・・ゴロリ・・と横になっていると・・・
ゾク・・っとする悪寒にも似た寒気に襲われて身震いした・・・!
(・・・来た・・!あの時も・・なんでこんな時に・・?!って思ったんだよな・・・)
そんな事を思っている間に・・いつもの発熱が始まった事を知らせる冷や汗と、震えが全身に走る・・!
その・・あまりに生々しい感覚に・・・
12年後の未来の巽であるはずの意識すらその感覚に取り込まれ・・過去の自分と完全に意識が同調し、自覚していたはずの異なった意識が・・12年前の巽の意識と同化していった・・・
体の奥底から冷たい物がせり上がってくる様な・・異様な感覚に思わず体を抱え込んだ巽の頭上から・・・いつの間に現れたのか、雅人の声がかけられた・・・
『・・・フウン・・やっぱり発熱を伴うのは変わらないんだね・・・』
ハッと顔を上げた巽の首筋から、スル・・っと母親の形見である銀色のロケット付きのペンダントを外した雅人が、見覚えのある小さな箱へ仕舞い込む
『・・・雅人・・さん!?それ・・?!』
驚愕の表情で雅人を見上げる巽に、普段とは全く違う・・冷たい顔つきの雅人が、薄い笑みを浮かべて言った・・・
『ああ、覚えてる・・?結構前に君に作ってもらった”封印の箱”だよ・・。ちょっとした憑き物とか災いを為す妖しを封じ込める事が出来る箱状の結界・・・。君自身の能力で作った結界だから、このロケットの中にいる式神君たちも・・まず破って出てこれないだろうね・・・』
そう言って静かに立ち上がった雅人が、自分が入ってきた部屋の入り口に札のような物を貼り付ける
『そして・・・これが君のおばあ様・・美薗さんに作ってもらった結界の護符・・・。気づかなかっただろう?もう、この部屋にこれが3つ貼ってあったんだ・・もう、何ヶ月も前から・・・。これがあるのが普通の状態になるように・・君に気づかれないようにね・・。それに、最後の1つを貼らないと結界として完成されないから・・・今、完全に結界が張られたことになる・・』
雅人の手が完全に護符を貼り終えると・・・途端に結界の存在が巽にも感知できた
それも・・・さすが鳳家当主の施した護符だけあって、かなり強力な力を持つ結界が・・・!
『・・なん・・で?雅人・・さん・・?』
雅人の行動が理解できない上、発熱した体も今までとは比べようがないほど熱く・・体も鉛のように重くなっていた
その上、その熱さの内側から・・・氷のように冷たい何かが・・・せり上がってきつつあった・・・
『どうして急にそうなったのか分からない・・・っていう顔だね?さっきのお茶にちょっと・・細工しておいたんだよ・・。それに、美園さんや君の式神くん達、聖治にも邪魔されたくなかったんでね・・こういう方法をとらせてもらったんだ・・・』
巽を見下ろす雅人の顔は・・それまで見せた事がないほど冷たく・・悲しい表情をしている
体を抱え込んで身動きできない状態の巽の顔を覗き込んだ雅人が、悲しい・・切なげな表情で巽を見つめる
『・・・どうして僕が今日という日を選んだか・・・分かるかい?君は知らないだろうけど、鳳本家の血を引く者は皆、誕生日に一時的にその能力を喪失するんだ・・・その血を継ぐ子供を作るためにね・・・』
『・・血を継ぐ・・子供・・・?』
震える体を必死に押さえ、巽が何とか言葉を紡ぐ
『君達の血の中に受け継がれる力・・・それは普通の人間にとってあまりにも強すぎるんだ。だから・・力のある状態のままでは子供を作ることが出来ない・・。だから・・一年に一度、ほんの数時間だけその機会が与えられる。その血を継ぐ子供を生み出せるだけの力を持った、鳳の分家の女との間にね・・・!』
『・・・っ!?』
一瞬、雅人の瞳に激しい感情が駆け抜けて・・巽がそのあまりに強い激情の色に戦慄を走らせる
『・・・だけど、君は違う・・。君は・・那月がその全てをかけて生み出した・・鳳の始祖と同じだけの力・・いや、それ以上の何かを秘めて生み出された人間だ・・・。覚えているかい?君と初めて会った時の事を・・・。あの悲惨な墜落事故・・あの事故で、君はたった一人だけ・・ほとんど無傷で生き残った・・。あの・・元人間だったとは思えないほど無残に潰された那月の遺体を確認した時、本当は一緒に死んでしまおうと思っていたんだ。・・・だけど、巽くん、君の顔を見た時・・幼い頃の那月に生き写しの・・この顔を見た時、那月が戻ってきてくれたと思った・・・。もう一度、那月と共に生きようと思ったんだ・・・!なのに・・・!』
雅人の瞳にこれ以上ないほどの冷たい光が宿り、巽の髪をグ・・っと掴んでその灰青色の瞳を上向かせた・・・!
『・・・その・・目だ!君が・・そんな・・あの女と同じ、灰青色の瞳さえしていなければ・・・!』
『・・・俺の・・目・・・!?』
巽が熱で潤んだ灰青色の瞳を雅人に向かって見開く・・・
そこに映った雅人の顔は、憎しみに歪んでいた・・・
『・・・そう、その瞳の色・・!僕から那月を奪った・・あの女と同じ瞳の色・・!その目が、もう、那月はこの世に居ないんだと・・!那月はお前の物じゃないんだと・・!そう、言っているようで・・!君のその目を見る度に、那月への思いと・・あの女への憎しみが渦巻いて・・苦しかった・・!苦しくて・・苦しくて・・堪らないんだ・・!!君が・・・憎い・・!そんな瞳の色で、那月と同じ顔で僕を見る・・君が・・憎くて・・堪らない・・!!』
いつも親身になって自分を支えてくれていた雅人が・・・
まさか・・そんな風に自分を見ていたなんて・・・!
その告げられた事実を・・・巽は容易に受け入れる事が出来なかった
いつの間にか雅人の存在は、巽にとって一番大切な・・かけがえのない存在になってしまっていたのだから・・・
『う・・そだ!・・・そんなの・・・雅人さんは・・・』
巽の否定の言葉を遮るように、雅人の刺々しい氷のように冷たい声が突き刺さる
『君は・・まだ完全に鳳の血に目覚めていない・・。だから僕の言う事も信じられないんだ・・。教えといてあげるよ・・鳳と御影の血に掛けられた・・・那月が解こうとしていた・・呪われた呪縛を・・・!』
巽の中でせり上がってきつつあった氷のような冷たさが・・・その雅人の言葉と冷たい視線によって、再び内側へと沈み込んでいった・・・
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