ACT 16

 

 

『鳳の本家の血を継ぐ直系はね、ある者を封印する容れ物として作られるんだよ・・。君だって感じていただろう?体の奥底に存在する氷のように冷たい物を・・・』

その言葉に、巽がハッと息を呑む

誕生日に意識を失いかける時いつも感じる冷たい存在・・・それは幼い頃からずっと体の奥底で息づいている、もう一人の自分といって過言ではない

そこに感じる強大な力・・・それは目覚めさせてはいけない物だと本能が告げるものだった

それゆえ、巽は物心ついた時からその存在を意識的に封じ込めてきた

けれど、その力は成長するにつれて強くなり・・先ほど感じたその存在もあのまま湧き上がってきていれば、押さえ込めていたかどうか・・・別の意味で背筋が凍りつくほどだったのだ

『その存在が表面に出て来た時、再び眠りに着かせるのが御影の役目・・・。そして、入れ物としての役目を終えた者を殺すのも・・御影・・・。それが鳳と御影の間に掛けられた血の呪縛・・君達鳳の本家の特殊な力を継ぐ者は、御影の当主の血を継ぐ人間によってしか殺せないんだ・・・』

『・・っ!?そ・・んな・・!?』

信じられずに雅人を見上げる巽の手を取った雅人が、その細い指先に歯を立てた・・!

『・・っ痛!!』

思い切り噛みつかれた指先から吹き出た血が、止めどもなく畳の上に血溜まりを作る

『・・・ほらね?鳳の直系が受け継ぐ驚異的な治癒能力も、御影の直系の血を継ぐ者がつけた傷には通じない・・・。僕達はね・・互いに殺しあうために生まれて来るんだよ・・・』

その流れ出る血を、ぺロ・・と舐めた雅人の表情が一瞬、懐かしげに目を細める

『・・・那月と同じ味だ・・。同じなのに・・君は那月じゃない・・・』

ク・・・ッと低く笑った雅人の顔が、ゆっくりと憎悪とやりきれなさに歪んでいく

自分の顔を真上から見下ろす雅人の・・・冷たく冷え切った色を浮かべた鳶色の瞳から、その色とは裏腹な・・熱い涙が巽の頬を伝い落ちる

その涙が伝う首筋に、氷のように冷たい雅人の指先が添えられた

巽は・・・

その添えられた冷たい指先が、徐々に首を締め上げていくのを感じながら・・・それでもまだ、その現実を受け入れる事が出来ずに・・ただ呆然と憎しみに満ちた雅人の顔を見つめていた・・・

『・・・君なんて・・生まれてこなければ良かったんだ・・!君さえ生まれなければ那月があの事故にあうこともなかったし、もう一度・・僕の所へ帰ってくるはずだった・・!約束していたんだ・・君が生まれた14年前のこの日に・・!!必ず帰ってくると・・必ず迎えに行くから待ってろと・・那月と約束していた・・・。なのに・・・!なんで那月じゃなく君が生き残ったんだ!?・・・・返せ・・・那月を・・・返せッ・・・!!』

雅人の両手に力が込められ・・巽の首を締め上げていく・・・

巽は、灰青色の瞳を見開いて・・動かない体を必死に動かそうともがいたが、体はピクリとも反応しない

薄れていく意識の中で・・・

昔の自分と同化していたもう一人の巽の意識が覚醒する

自分の中を流れる血が、沸き立つようにざわめき・・体が燃える様に熱くなった時・・・!

巽の体から紅蓮の炎が立ち上り、あたり一面炎の海と化した・・!!

(「・・・まさと・・」)

巽の口から、自分の物ではない声が流れ出た・・・

(−−−!?この・・声、俺じゃない!それに・・ここから先を・・俺は・・覚えていない・・!)

覚醒した巽の意識が、目を見開いたまま意識を失っているらしき自分から、その状況を見つめる

首を締め上げていた雅人の手の力がフ・・・ッと緩み、今にも泣き出しそうな微笑が浮かぶ

そして・・・

まるで夢見るかの様な顔つきで・・夢見るような口調で言った・・・

『・・・那・・・月・・・・?』

その雅人の言葉に、巽がハッと気がついた

(さっきの・・声・・!父・・さんだ・・!!)

巽の体から・・・もう一つの体がゆっくりと浮かび上がっていく・・・

燃え盛る炎と一体化したその横顔は・・間違いようもなく、巽の父親・・那月のものだった

(父さん・・?!どうして・・!?ま・・さか・・俺の中に?俺の中で・・ずっと・・雅人さんを・・!?)

巽自身が時々感じていた・・・雅人に対する思慕にも似た懐かしさが込み上げる感情・・・

わけもなく強く惹かれ・・・なのに、やるせなさが募る苦しい気持ち・・・

あの不思議な感情の波は・・・全て、父・那月の残留思念による物だったのか・・!と、初めて巽が気づかされていた

(「雅人・・・約束を・・果たしに来た。長い間・・待たせてしまったね・・?すまなかった・・・」)

聞き違えるはずもない、父・那月の優しい声と眼差しが・・そう言った

途端に雅人の顔が、例えないようもないほど満ち足りた・・・巽がかつて一度も見た事がないほど幸せそうな表情に変わる

『・・・待っていたよ・・。きっと・・巽君の中に居ると思っていた。そうでなければ、巽君が聖治より僕に関心を示すはずがないからね・・。それに・・僕じゃなければ他の誰も・・那月、君を完全に殺す事なんて出来やしないんだから・・・!』

(「・・ずっと、巽と一緒に君を見ていた・・。ありがとう・・君を裏切り続けた私を・・巽を・・待って、支え続けてくれて・・。許される物ならば・・ともに行こう・・!ずっと、一緒に居られる場所へ・・・!」)

炎の中の那月が雅人に微笑みかけ・・ゆっくりと、その炎に包まれた両腕を開く

その微笑を受けた雅人が、差し伸べられ・・広げられた那月の腕の中へその身を委ねた

途端に那月を包んでいた渦巻く炎が雅人の体を覆いつくす

その炎の中で幸せそうに微笑んだ雅人が、巽に向って・・・

『ありがとう・・・』

そう言い残して、那月の体と一つになるように炎の中で燃え尽きていく・・・

(雅人さんを殺したのは・・父さん・・・そして・・それは二人が望んだ事だったっていうのか・・・!?)

ずっと心にひっかかっていた・・・

炎に包まれる直前に聞こえた気がした言葉・・・「ありがとう・・・」

(・・・クッ・・!)

声にならない低い笑い声がもれる・・・

(あれは・・俺の聞き間違いじゃなかった・・・!)

何かが・・・

巽の体の・・心の中で変わっていく・・・

ずっと否定し続けてきた・・自分の中に流れる鳳の持つ力を・・全身全霊で感じ取り、受け止め・・受け入れていく・・・

記憶の中に在った雅人の燃え尽きていく姿が・・・

この上なく幸せな微笑みを浮かべて崩れ去る姿へと変わり、呪縛を解き放たれた二つの魂が一つに解け合って炎と共に駆け上っていった

それを・・・朦朧とした意識の中で見つめる自分を感じながら、昔の自分とは完全に切り離された巽の意識が昔の体から弾き出される

渦巻く紅蓮の炎が・・・やがて羽を広げた鳳凰・・朱雀の姿をかたどっていく

(・・・その時、俺は・・朱雀を拒み、俺の中で目覚めた朱雀を・・・封じ込めたんだ・・心の奥底に・・・)

再び目の前で、朱雀が巽の体に向って舞い降りていく・・・

(・・・朱雀!!)

干渉できないはずの過去に向って巽が叫ぶ

その・・・巽の心の叫びに、朱雀が呼応した・・・!

『・・此処に在らざる者、私を求め、呼ぶはお前か・・・!?』

横たわる自分の体の前に立ちふさがった巽の意識に向って、朱雀の黄金色の瞳が向けられる

『我は鳳の血に縛られしもの・・。その血の求める声に答えるもの・・!我が名を呼び、我が身を求め・・その血に力を与える者よ・・今一度問う!我が名と我が身を呼び、我が力を欲する者・・!求めるは・・お前か!?』

(・・そうだっ!朱雀、お前の力が必要だ・・!来い・・!朱雀!お前と俺は同じ者・・お前は・・俺自身・・!!)

朱雀が一際高く鳴き、全ての炎を渦巻いて迫る

『待っていた・・・その言葉を・・!我を求め、我の力を欲する者・・千年の長きに渡り・・我と完全に一つに成れる者を・・・!』

巽の意識に取り込まれた朱雀が、その本物の巽の血を・・体を求めて時間を駆け上って行った・・!!

 

 

 

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