ACT 17
みことの手を包んでいた巽の手が、ピクッと反応し、それに気づいたみことが巽の指を握り返す
『巽・・さん!?』
みことの呼び声に応えるかのように巽の体が震え、一瞬、黄金色の炎に包まれて光り輝く
その全ての炎が巽の体の中に吸い込まれるように、消えた
ゆっくりと体を起こした巽が、不安げに見上げるみことの方に顔を向けた
その、巽の顔に、みことが息を呑む
いつ見ても見とれてしまうほど整った端整な顔立ちに変わりはない・・
けれど
今までにはなかった、どこか儚い華奢でしなやかな艶っぽさ、すぐ側に居るはずなのに決して手の届かない・・どこか超然とした壮絶な美しさが加わっていた
『た・・つみさん・・ですよね・・?』
どこか遠い所を見ている風だった巽が、ハッとしたように首を振り、訝しげな表情になった
途端にみことの知る、いつもの巽の顔に戻っていく
『どう・・したんです・・?』
ホッとした様な顔つきで、みことが巽の顔を凝視する
巽はどこか不安げな、不可思議な顔で呟いた
『朱雀は・・確かに俺の中に居る。だが、朱雀の力を手に入れた時、もう一つの別の力・・炎の力とは全く逆の冷たい力を感じた。あれは・・なんだ?』
朱雀の持つ灼熱の炎・・その力を体の中に受け入れた時、体の内側から燃え尽きてしまう・・!と思えるほどの熱さと痛みが巽の体を貫いた
・・・が、
その炎が体の最深部まで到達した時、突然湧き上がって来た冷たい、氷のような存在
その存在が焼け付く体を冷やし、朱雀の炎の力を体の中に馴染ませ、溶け込ませていったのだ・・・
ーーーー手に入れたようじゃのぉ・・朱雀の力を。
今はまだ分からぬ事も、そのうち知ることになろう
あせらぬことじゃ・・
今はただ、自分の成すべき事を考えよ・・・
巽の呟きに答えを返した杉ジイが、グニャリと澱んで消えていった
その杉ジイの消えゆく顔を見つめながら、巽が深いため息をつく
『・・・分からない事が多すぎるな・・。鳳の血を認めて、俺は変わったんだろうか?まあ、とりあえず・・みこと、お前を助けられる手立てを手にすることは出来た。それだけは確かに変わった点だな・・』
フッと笑みを浮かべる巽の顔を、みことは熱で霞む視界で必死に見つめ返していた
少しだけ、巽が変わってしまったような・・
少し、遠い存在になってしまったような気がして、いい知れぬ不安を感じながら・・・
そのみことの視線に気づいた巽が、ソッとみことの前髪をかきあげる
『不安・・か?お前の血の流れにそって、朱雀の炎を力を注ぎ込む・・。体力の限界までその熱さと戦わねばならなくなるが、絶対に助ける!だから・・・』
『信じてます!だから、巽さんのほうこそ・・心配しないで・・・』
巽の言葉を先取りしたみことが、青ざめた顔でニコッと笑う
みことの不安を取り除こうとした巽だったが、その実、自分の中に在った不安をその笑顔に吹き飛ばされた気がして苦笑する
『・・あの、頑張れたら・・一つだけ、僕のワガママ・・聞いてもらえます・・?』
自分の不安を取り除く心の支えにするように、みことがすがるような顔つきで巽に聞く
『いいけど・・なんだ?』
まるで小さな子供がご褒美をおねだりするような物言いに、強張っていた巽の表情が緩んでいく
『・・へへ。秘密。頑張ってから・・言います。でも、約束・・ですよ?』
和むような状況ではないはずなのに、思わず巽がク・・っと低く笑い声を洩らす
『・・・お前って、本当に不思議な奴だな。いいよ、約束する。どんなワガママでも聞いてやる・・。じゃあ、始めるぞ・・!』
巽のは灰青色の瞳に、スゥ・・ッと赤い光が走った
巽の手で包まれていたみことの指先から、ゆっくりとうねるような細い炎の熱がみことの体を流れる血の流れにそって、広がっていく・・・
(・・や、やっぱ・・熱い・・かも・・!)
まだ耐えられない・・というほどの熱さではなかったが、ゆっくりと体全体に広がっていく炎の熱量は、確実に増えていっている
しかも、その炎に煽られて体全体に染み込んでいた”水”が、再びみことの体の中を逃げ回るように暴れ始めた・・!
『・・っ!?うッ・・っぐぅ・・!!』
みことの体がビクンッと跳ね上がり、身をよじる
(・・き、もち悪・・い・・し、あっつい・・!!)
体中から吹き出るように汗をかいているはずなのに、汗となって流れでる前に蒸発していくらしく、ピンク色に染まったみことの顔からも、体からも・・汗一つ流れていない
体中の体液という体液が沸騰して入るような・・そんな熱さが体中を駆け巡る
(・・う・・そ・・!巽さん・・よくこんな力を・・体の中に・・!?)
悲鳴を上げたくても、口の中はカラカラで呻き声すら上げる事が出来なくなっていた
巽の指先を握り締めていたみことの手から、徐々に力が抜けていく・・・
既に限界近くに達した熱さに、みことの意識が朦朧とし始めていた
熱さと、体の中を逃げ回る”水”の気持ち悪さに、何度も涙がこぼれたはずなのに・・閉じた瞳の中でその涙すら蒸発していく
(・・も・・だめかな・・?巽さんと・・約束・・した・・のに・・!)
そう思った時、みことの喉もとに何かが込み上げてきた
(く、くるし・・い・・っ!吐き・・そっ・・!)
それまでジッと耐えてみことの苦しむ姿を見つめていた巽が、ガタンッと椅子を撥ね退けて立ち上がり、みことの顔を上向かせながら叫んだ
『吐きだせっ!!みこと!早くッ!!』
ゴボッ・・とみことの口から、球体のような青白い水の塊があふれそうになった瞬間・・!
巽の唇がみことの唇を塞ぎ、その”水”を飲み込んでいく
みことの口から吐き出された全ての”水”を、自分の体の中へ移した巽が、ゆっくりと顔を上げ・・みことの、ビックリしたまま固まった顔を見下ろす・・
「・・大丈夫か?多分、これでもう、”水”はなくなったはずだ・・・」
ハッと我に返ったみことが、巽の両腕を掴んで掠れた声を必死に絞り出す
『巽さ・・・水・・!飲んじゃ・・・!』
結局、最後は声にならず、渇ききった喉が悲鳴を上げる
『バカッ喋るな!今のお前の体の中には水分なんて物、ないに等しいんだ!すぐに普通の水持ってきてやるから、待ってろ!』
バタバタ・・と部屋を出て行く巽の後姿を、呆然と見送っていたみことの顔が、見る見るうちに真っ赤に変わる
(う・・うわっ、ちょ、ちょっと待って!今の・・て、ひょっとして・・巽さんと、キ、キスしたってことに・・!?)
さっきまでの炎の熱さは嘘のように無くなっているにもかかわらず、みことの顔はクラクラするほど再び熱くなっていた
『・・・はい、お水。本当に大丈夫?顔、真っ赤だよ?』
フィッ・・とみことの目の前に、水差しとコップを手にした緑色の瞳を細めて笑う後鬼が現れた
『あ・・・!?』
声を出そうとみことが口を開いたが、パクパク・・と口が動くだけで空気の掠れた音しか出ない
クスクス・・と後鬼が笑いながら、コップの水をみことの手に握らせる
『喋るのは水、飲んでからでいいから・・。声、出ないでしょう?』
ウンウン・・と何度も頷いたみことがコップの水を一気に飲み干す
渇ききった体に冷たい水が染み渡っていく・・・
本当に涙が出そうになるほど、みことにとって美味しい水だった
立て続けに3杯ほどの水を飲み干して、やっと人心地ついたみことが掠れながらもようやく出るようになった声で、心配そうに聞く
『ふう・・、ありがと・・後鬼。あの・・巽さんは?あの”水”飲んじゃって・・・大丈夫なの・・?』
後鬼がちょっと視線をそらして口ごもる
『・・・ン・・ちょっと・・・』
『やっぱ大丈夫じゃないんでしょ!?巽さん、どこ・・・!?』
慌ててベッドを飛び降りようとしたみことの体が、グラ・・っと崩れるように後鬼に倒れ掛かる
『・・ほら、さっきので気力、体力共に使い果たしてるんだから、大人しくしとかなきゃダメだよ・・!』
『で、でも・・!』
『大丈夫!巽の体のほうは何とかなるよ・・。問題は・・心のほうだと思うんだ・・・』
『え・・?それって、どういう・・・?』
後鬼が優しくみことの体をベッドに戻す
『それにね、巽は決して他人に弱った所を見せたりしない・・特に、今のみことには一番みられたくないと思うよ・・?』
『そんな・・だって・・・!』
みことの顔が見る見るうちに自分のせいだと言わんばかりの表情に変わる
『そういう顔されるのも、多分、巽は嫌がるよ・・。さっきの場合、ああする以外に手段が無かったんだから・・。みことの体の中で全部の”水”を蒸発させていたらみことの体が持たない。あのやり方を選んだのは、あくまで巽の意志だから、その気持ちは分かってあげて欲しい。みことを自分の力で傷つける事だけはしたくなかったんだよ』
『う・・・』
みことの銀色の瞳が潤んで、今にも涙が零れ落ちそうになっている
『おや・・もったいない!せっかく水分補給したのに、また出しちゃう気?ちょっとの間、我慢したら?』
おどけたように言って、優しくみことの髪を撫でる後鬼の心使いが嬉しくて・・されるがままになっていたみことが、いつの間にか眠ってしまっていた
それを見届けた後鬼が、みことの耳元でソッと呟く
『今のうちによく眠って、元気になっておくんだよ・・?これからの巽には、きっとみことの存在が必要になってくると思うから・・・』
囁くような声を残して、後鬼の姿が掻き消えた・・・
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