ACT 18
後鬼がみことの部屋に現れる直前、体の中に”水”を取り込んだ巽は、みことの部屋を出るとすぐに反対側にある自分の部屋に駆け込み、崩れ落ちるように胸を押さえて倒れこんでいた
『・・・後・・鬼・・!!』
苦しげな呼び声に、すぐさま現れた後鬼が巽を抱きかかえる
『巽!?大丈夫か!?』
『俺は・・いいから・・みことに・・水、持って行ってくれ・・・!』
『・・っけど!!』
『早く行けっ!!・・命令・・だ!』
巽がキ・・ッと後鬼を睨む
人前で決して弱みを見せない巽にとって、例え自分にとって一番身近な式神たる前鬼・後鬼の前でも、その態度は揺るがない
それを痛いほど知る後鬼は、辛そうな表情を残して巽の前からフィ・・っと消えた
後鬼の姿が消えた途端、
『・・・グッッ!!』
体を九の字に折り曲げて、巽が押し殺した呻き声を上げる
朱雀と完全に同化した巽の体は、”水”のとって”火”そのものといっていい
そこへ封じ込められた”水”が、そこから出ようと必死になって暴れまわっているのだ
あの程度の”水”くらいなら、簡単に消し去る事が出来た
だが、”水”を体内に残しておかないと、あの”水”の壁の中へ入る媒体がなくなってしまう
そして水を生じさせている物を確かめる手段もなくなってしまうのだ
そのために、あえて体の中に”水”を封じ込めようと・・巽は暴れまわる”水”と格闘していた
『・・お前だけは・・絶対、逃がさない・・っ!!』
半精霊のみことの持つ木の性質と違い、”水”を体内に留める場所のない巽の体の中で、”水”が居場所を求めて体中を這い回っている
必死にその気持ち悪さと苦しさに耐えていた巽の体が、突然、ドクンッ!と、大きく震えた
『な・・んだ!?み・・ずが・・?』
巽の体の中でそれまで暴れまわっていた”水”が急に静まったかと思うと、まるで自分の居場所を見つけたかのように巽の体の一番奥深い場所・・・巽自身ですら認識できない場所へ、スゥ・・と集まり、溶け込むようにその存在が分からなくなった
(・・・消えた!?いや、違う・・!消えたんじゃない・・俺の中に同化したんだ・・・!)
信じられない事態に、巽が呆然としたまましばらく起き上がることも出来ずにいた
朱雀の”火”と”水”は相反する物・・そう、御崎も言っていた
決して同化するなんてことはありえない・・はずだ
それが一体どうして・・!?
ゆっくりと身体を起こした巽が、壁にもたれかかってうなだれる
(・・・朱雀と完全に同化した時感じた、もう一つの気配・・。氷のように冷たくて、蒼い深海の水のような気配・・あれは一体なんだったんだ?俺の中にあの気配があるのなら、この”水”もそこへ行ったということか・・?)
自分でも認識できない物の存在を感じて、巽の背筋が凍りついたようにゾッとする
『・・っ!?』
これと同じ感触を、前にも一度味わった気がして・・記憶を辿った巽がハッとする
『そ・・うだ!御崎さんの・・あの目を見た時!』
みことが”水”の壁の中へ落ち込んだ時、御崎がそれまで決して巽の前で外した事のなかったサングラスを外して、”水”の中へ入り込んだ
その時初めて見た御崎の目は・・灰色っぽい、瞼のない、まばたきをしない魚のような目・・・
今まで御崎の存在とその正体の事など、全く疑問にも思わなかった巽がその不自然さに気づき、動揺する
(・・どうして今まで何の疑問も抱かずにいたんだ・・?鳳の力の属性は”火”。だけど御崎さんの使うのは”水”だ・・!その、水属性のはずの御崎さんが、どうしておばあ様のお守り役なんだ?それに・・・)
幼い頃の記憶にまで遡った巽が、あることに気がついて驚愕の表情に変わる
(・・ま・・て!あの人、ずっと昔からあのままだ・・!聖治の家で見た古いアルバム・・あの中にあった御崎さんとよく似た写真!あれは、他人の空似なんかじゃなく御崎さん本人だ・・!)
その写真は、もう何代も前の鳳と御影の当主が写った物だった
その鳳の当主の後に影のように付き添っていた映っていた人物・・今までなぜか気にも留めなかったが、間違いなく御崎本人だといえた
確かに・・
あの”水”の中に入った御崎は半人半魚の姿に変貌している
普通の人間でないことは明白だ
けれど、それならなぜ・・”火”属性の鳳のお守り役として同じ姿のまま、誰からも何の疑問も持たれずに存在し続けているのか?
『なんなんだ・・一体!?何で今更こんなことに気づくんだ?俺が鳳の血を受け継いだ事と、何か関係があるのか!?』
苛立ちを秘めた巽の呟きが、虚しく部屋に響いていた・・・
2階へ続く階段の踊り場でひっそりと佇んで様子を伺っていた聖治が、ギリッと唇を噛み締める
『・・・まったく、たいしたもんだね・・みこと君。僕が10年以上かけて出来なかった事を、たった一ヶ月の間に可能にするなんて・・・恐れ入ったよ・・!』
クッ・・と、低い押し殺したような笑い声を上げる聖治の瞳は、ゾッとするほど冷たい氷のような輝きを放っていた
ゆっくりと階段を降り切った聖治の前に、血相を変えた美園と御崎が玄関のドアを思いきりよく開け放って現れた
『聖治君!?さっき、朱雀が・・鳳の力が解放されたわよね!?それって・・・』
言いかけた美園がハッとしたように口を噤む
いつもなら、完璧に心をガードして決して美園に心を悟らせることをしない聖治なのに、今は逆に濁流のような勢いで美園心の中に乱れた心情が流れ込んでくる
そのあまりに強い感情の濁流に美園が思わずよろめき、御崎がその身体を支えた
その様子を見つめる聖治の表情は氷のように冷たくて、流れ出る言葉も鋭い針のように刺々しい
『・・・だったら、なんです?鳳の力を解放してくれてありがとう・・とでも?礼なんて言われたら、あなたの事、殺すかもしれませんよ・・?今、自分で自分を殺してやりたいくらいですから・・!』
そう言い捨てて、聖治が二人の間をすり抜け外へ向う
『ちょっ・・待ちなさい!聖治君!!』
グイッと御園が聖治の腕を掴む
『・・御崎さん、点滴の予備が2〜3本残ってるはずだから、あの子に打っといてもらえます?多分・・脱水状態だろうから・・・』
振り返りもせずに冷たい声でそう言うと、聖治は御園の手を乱暴に振り払い、外に出て行った
その、冷たすぎる拒絶の背中に、美園もかける言葉を失っていた
『なに・・あれ!?子供なんだか大人なんだかわかりゃしない!!自分でそうなるように仕向けといて・・あんな顔してりゃ世話はないわね!おまけにご丁寧にその相手の心配までしてるんだから・・!そういう所が嫌になるくらい雅人にそっくりで・・・やりきれないわっ!!』
美園が震える声で毒づく
『・・どうします?あのまま放っておいては・・・』
御崎が心配そうに聖治の消えた格子扉の向こうを見つめる
フゥ・・っと深いため息をついた美園が、御崎の首に手を廻し・・耳元で囁くように言った
『放っておくわけにはいかないでしょ・・?あの子達の先が見えない私に出来ることは、例え後手後手に回っても・・二度と同じ過ちを繰り返さないように導いてやる事だけ・・。だから、あなたは巽の方をお願い・・。きっと、もうあなたの不自然さに気がついているはずだから・・・』
一瞬、ギュッと御崎の首に回した手に力を込めて・・顔を埋めた美園は、もう一度小さな声で
『どこまで話すかは・・あなたに任せるわ・・・』
そう言い残して聖治の後を追っていった
『美園さま・・聖治さまをお願い致します・・』
小さくなる御園の後姿に御崎が軽く一礼を返すと、意を決したようにきびすを返して2階へ向った
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