ACT 19

 

 

 

ーーーーガチャンッ!!

と、荒々しく鍵が開けられ

ーーーーバンッッ!!

と、近所迷惑なほど大きな音をたててドアが閉じられる

10階建ての重厚な高級分譲マンション・・・その最上階の2LDKの角部屋、そこが御影 聖治のとりあえずの住まいである

電話一本の呼び出しで、全国どこへでも医師として飛び回るような生活の聖治にとって、ただ眠るためだけの部屋・・と言って過言ではない

故に部屋の中も寒々として、殺風景極まりない生活の匂いの全くしない状態であった

朝だというのに閉め切った遮光性の分厚いカーテンのせいで、部屋の中は未だ夜の色を保っている

閉鎖された空間の中で、流れることもなくただ闇色に重く沈みこんだままの空気・・・自分の心の中そのままの色を見せ付けられた気がして、聖治の心を更に暗黒の闇色へと誘う

パチンと足元の淡い間接照明だけを付けて、ドスンッ・・と聖治がベッドの上に身を投げた

『・・・まったく、我ながら情けない・・いったい何をやってるんだか・・』

思い出すだけで、あまりの情けなさに笑いがこみ上げてくる

昨夜・・・

いったんこの部屋に戻りはしたものの、おそらくは普通の状態ではなくなるであろう、みことの容態が気になって・・結局数時間後には再び巽の家に足が向いていた

そして、巽に対して朱雀の解放を手助けするような言動を吐き、みことの存在が巽にとって既に特別なものになっているという事を自覚させたようなものである

挙句の果てに帰り際、脱水状態であろうみことの身体の事まで心配してしまっていたのだ

あきれるのを通り越して、自分で自分を殺してしまいたい・・!と、そう思ってしまうほどの怒りが聖治の内側で渦巻いていた

『結局、俺は巽にとって何なんだろうな・・?鳳と御影に掛けられた呪縛・・か。そんなものになど束縛されないと思っていたけど、確かに・・今なら巽を殺して共に死ぬ事を選んでしまいそうだ・・。あの男のように・・・!』

深々と枕に顔を沈め込んだ聖治の頭上から、穏やかな女の声が降り注ぐ

『・・・無用心ね。鍵、開いてたわよ?』

ガバッと身体を起こした聖治の目の前に、にこやかに微笑む美園が立っていた

『・・っ?!美園さん!?』

一瞬驚いて目を見開いた聖治だったが、もう次の瞬間には、氷のような冷たい表情を浮かべて言い放っていた

『何しに来たんです?朱雀の力を解放させた立役者にお礼でも言いに来たんですか?それとも・・見事にみこと君にしてやられた僕を笑いにでも・・!?』

聖治の瞳がこれまでにないほど冷たく、冷ややかな輝きを放っている

『相変わらずね、聖治君。・・・どうして、そんな風に自分を偽るの?あなたは何時だってそう・・。自分の気持ちを心の中に押し込めて、笑顔の仮面を張り付かせて・・!どうしてもっと素直にならないの?そんなんじゃ、誰にも本当の自分は伝わらないのよ!?
巽にだって・・あの、どーしよーもなく不器用で鈍感な巽になんて、それこそ永遠に伝わらないのよ!?』

美園が声を震わせて聖治を見据える

そんな美園の視線を跳ね返すように、冷たい瞳に力を込めて聖治が言い返す

『素直になったらどうなるって言うんです!?そんな事をしたら鳳と御影に掛けられた呪縛に拍車をかけるだけじゃないですか!それに抗って巽は、ずっと鳳の血を認めなかった・・けど、結局同じ事だ。僕の中の御影の血は、とっくに巽の中の鳳の血を認めてる・・!初めて巽と会ったあの事故の時からとっくに!
あそこで巽を見つけたのは僕だ・・巽の助けを呼ぶ声を聞いたのは僕だったんだ!あの時から僕は巽のことしか見ていないのに・・!それなのにあいつはそれに気づかないままあの男の言葉を鵜呑みにして、いいように利用されて傷ついて・・!挙句の果てに僕にあの男の影を重ねて見てた!
それをどうして素直になれって言うんです!?素直になった所で・・結局僕は巽を苦しめて、傷つけるだけじゃないですか!!』

灰暗い天井を漂う重い空気を、聖治の言葉が震撼させ・・足元から照らす淡い光が聖治の渦巻く怒りを露わにする

そんな聖治の怒りに燃える瞳を宿した顔を、美園が両手で優しく包み込み・・その瞳を覗き込んだ

『そうね・・。でもそれがあなた達御影の血を引く者に運命められた役割・・・鳳の血を引く者に魅かれ、その血の中に秘む朱雀が次の血へ受け継がれた後、役目を終えた容れ物としての人間を殺す事の出来る唯一の存在・・。そしてずっとその事に苦しみ続け、いつしか解放される事を望むようになった・・・』

美園のその言葉に、聖治の瞳が一瞬にして凪ぐ

『・・・ッ!!』

その瞳の変化を見て取った美園が、静かに微笑み返す

『やっぱり・・あなたは知っているのね?私の存在する理由を。ひょっとして、那月と雅人がしようとしていた事も・・?』

聖治が力なく、小さく首を振る

『いいえ・・。僕が知っているのは美園さんの事とあの男がやった事だけ・・。那月さんがいったい何を考えて、何をしようとしていたのかまでは・・・』

『そう・・。じゃあ、どうして御影が役割を終えた鳳の人間を殺してきたのか・・その理由は?』

『・・・知っています。父が・・あの男が教えていってくれましたから・・』

聖治の顔がわずかに歪んで「父」と言った事に後悔の色を滲ませる

『聖治君、雅人が教えなくてもあなたはいつか気づいたはずよ。医者としてずっと私たちを診ているんですもの・・。朱雀の再生の力を失った者の肉体がどうなるか・・?あなたなら容易に想像が付くでしょう?』

『・・・ええ。朱雀の力を人としての身体で使う事は、細胞を一気に活性化させてそのエネルギーを消耗させているのと同じ・・。再生の力を失った身体は加速度的に老化が始まる・・』

美園を見つめ返す聖治の視線が、痛々しげに揺れる

『そう、だから私は体の中に九尾の狐の力が込められた『殺生石』を取り込んだ。老化を防ぐために常に妖しや人の生気を摂取し続ける事で溜まる邪気を、その石で相殺させるために・・。ねえ、聖治君?私はいつまで人の姿を保っていられるのかしらね?石の力も永遠じゃないわ・・邪気がこの身体にあふれた時、もう、人の心も身体も保つ事は出来なくなる・・・』

『・・っ!?止めてください!美園さん!そんな事を僕に聞かせてどうしたいんです!?』

耐え切れなくなったように、聖治が美園の手の中から逃れようと身をよじったが・・美園はそれを許さなかった

『聞きなさい!繰り返されてきた呪縛の理由を!鳳は人でない物に成り果てる恐怖に怯えるあまり、妖しよりも邪気の少ない人の生気を一番効率のよい方法・・人と交わる事で取り込むようになるわ。そして御影はそれを止める事も、代わりに交わる事も出来ない・・。なぜなら御影は鳳と交わるとその取り込んだ生気を吸い取ってしまうから・・!鳳の中に眠るもう一つの力を封印するために備わった、御影だけに与えられた役割のせいでね。
そして、いつしかお互いに惹かれあいながら、決して結ばれる事のないその関係に耐え切れなくなるのよ・・!
そのずっと続いてきた虚しい連鎖を、那月と雅人が変えようとして巽とあなたが生まれてきた。
あなただって気がついているでしょう!?巽が今までの鳳の人間とは違うってことに!だからお願い・・あなたと巽でそれを完全に断ち切って!二人の思いを無駄にしないで・・・!』

聖治を見つめる美園の瞳に力強い光が宿り、その顔には諭すような笑顔すら浮かんでいる

美園の手の中で顔を伏せた聖治が、震える声で言った

『・・・あなたって人は、どうしてそんなに強いんです・・?あなたがそんな風になるのを承知の上で、そうなるように仕向けた那月さんが憎くないんですか?』

うなだれてしまった聖治の顔をようやく解放し、美園が聖治の隣に腰を降ろす

『・・憎んで、恨んだわよ?当然ね。でもね、海人がずっと一緒に居てくれると言ってくれたの・・。だから私は強くなれた。それにね、人を憎んでもそれは自分に返ってくるだけ。ただ周りを傷つけ、自分を苦しめる・・それはあなたが一番分かっているんじゃなくて?』

『だけど・・!あなたは・・・』

美園の言葉に弾かれたように顔を上げた聖治の唇に指を押し当てて、美園がその先を遮る

『お願いだから私の前でそれ以上は言わないでね・・?それに、あなたは那月に会った事がないから分からないでしょうけど、那月の瞳はいつもずっと先の、遠い未来を見ていたわ・・。少し先の未来が見える私でさえ、未来が見えても何も変えられないその無力さと絶望を味わった・・。那月はそんなものよりずっと深くて辛い、私達なんかじゃ想像も出来ないほどの絶望を味わっていたはずなの。それなのに那月の瞳はとても静かで穏やかで・・見るものを惹きつける輝きを宿していた。
だから私は那月がしようとしたことを・・那月が残した巽と雅人が残したあなたの行く末を、見届けたいと思ったの。
私の存在が意味のあるものだったと・・あの二人がしようとしたことが無駄じゃなかったと・・聖治君、私にそれを確かめさせて・・・!』

穏やかに・・木洩れ日を見つめるように目を細めて聖治に微笑み返す美園の視線を避けるように、聖治が弱々しく首を振りうなだれる

『僕は・・・!美園さんのように強くも優しくもなれない・・!!どうしても・・父を・・あの男を許せない!だから、あの男のようにだけはなりたくない!巽を傷つけるような事だけは、絶対・・したくないんです!!』

今にもあふれ出しそうな感情を、聖治が震える声で押し殺す

『・・・ねえ、ずっと聞きたかったんだけど・・どうしてそんなに雅人を目の敵にするの?』

うなだれた顔の下で組み合わされた聖治の指先が、血の気を失うほど握り締められている

『・・・あの男は、巽の心に一生消えない傷を負わせて・・殺そうとしたんですよ・・!?』

『それだけじゃないでしょう?』

美園の、心を見透かすような鋭い問いに、聖治が頑なに感情を遮断して・・身体を強張らせて黙り込む

『本当の事はまだ言えないし、知られたくもないってことね・・。でも、もし黙ってるのが辛くなったら・・誰かに聞いて欲しくなったら、いつでも聞いてあげるわよ?そのために私は、那月に用意されたようなものだもの・・・ね?』

その言葉に聖治が今にも泣き出しそうに歪んだ顔を上げ、美園を見つめる

『どうして・・!?どうしてそんな風に言えるんです!?どうして・・那月さんを・・御影を・・許せるんですか!?』

その聖治の頬にソッと手を添えた美園が、ゆっくりと染み透るような声音で言った

『・・・人を憎んだり、許せなかったりするのはとても疲れる事よ・・?たまにはあなたも息抜きなさい。泣きたい時には我慢せずに泣くのも、心が軽くなっていいものだから・・・』

頬に添えられていた美園の指先にそって、温かなものが流れ落ちる

聖治の顔を抱き寄せた美園が、その耳元で囁くように言った

『ようやくあなたの素顔が見れたわね・・・。いつか、巽にもその素顔を見せてあげて・・・!』

小さく身体を震わせながら、声なき声をあげて・・・聖治が、泣いていた

 

 

 

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