ACT 20

 

 

美園の後姿を見送って2階へ向った御崎が、ソッとみことの部屋に入っていく

みことがスヤスヤ・・とよく眠っているのを確認して、聖治に言われたとおり点滴を施すと再び部屋を出た

そして、反対側の巽の部屋をノックする

返事を待たずに部屋のドアを開けて入った御崎を、巽がハッと顔を上げて凝視した

『大丈夫ですか、巽様?みこと様は良くお休みのようですので、ご心配なく・・』

そう言って御崎は、巽に椅子を差し出して勧める

『どうぞ、おかけになってください。そんな所に座り込んでおられては、出来る話も出来なくなってしまいます』

『え・・ッ!?』

巽が小さく声を上げる

『・・・もう、お気づきでしょう?私の存在の不自然さに・・。それをお話しなければなりません』

ガタン・・ッと自分も椅子に座った御崎に連られる様に立ち上がった巽が、椅子に腰掛ける

『どういうことなんですか?朱雀の力を受け継ぐ事と御崎さんと・・一体どういう関係があるんです!?』

巽が、御崎の表情の読めないサングラスをかけた顔を問い詰める様に見つめる

その巽を真っ直ぐに見据え、御崎の穏やかな声音が部屋にこだました

『私は、人間ではりません。虎蛟(ここう)と呼ばれる龍族に属する妖魔です。これからお話しすることは、代々朱雀を受け継いだ方に語り継いできた遙かな昔の記憶です・・』

御崎が言葉を紡ぐと同時にサングラスを外す

途端に巽の目の前に、幻のような幻影・・御崎の映し出す絵巻物のような記憶の断片が広がった

 

 

遙かな昔・・・

人が人として生まれ出る以前から対立し、争う一族があった

水と海原を支配する龍の一族と、火と天空を支配する朱雀の一族・・・

その龍族の末裔として地上を支配した”青龍”の一族と朱雀の一族の末裔として天空を支配した”鳳”の一族、この二つの一族が互いの覇権を争っていつ終わるとも知れぬ戦いを続けていた

御崎はその青龍の一族の族長”葵(あおい)”に仕える妖魔であり、一族の中でも抜け出て力の強い妖魔だった

その頃現れた地上を住みかとする”人間”の種族・・なんの力も持たない種族であったが故、生き延びるための知恵と繁殖能力は青龍と鳳の一族を遙かにしのいでいた

その繁殖能力に目をつけた二つの種族は、互いの勢力を広げるため人間を利用しようとした

だが、青龍と人間との間に生まれる子供は姿形が異形と化し、闇の世界の住人へとその身を落としていき

鳳との間に生まれた子供は短命に終わった

そんな中、鳳の族長との間に生まれた娘・・”牡丹(ぼたん)”が奇跡的に成長を遂げた

そして戦いに終止符を打つための和解と称して、牡丹が青龍の一族のもとへ送られ・・葵と牡丹は結ばれた

けれど・・

それは和解などではなく、戦いに勝利を得るという朱雀の威信を利用した人間が、朱雀と共に仕掛けた罠であり賭けだった

結果、一時的に警戒を解いていた青龍の一族は朱雀の一族に打ち滅ぼされ、最後まで抵抗したのが葵といつしか葵を心から愛するようになった牡丹

この時既に子供を宿していた牡丹の命を助けるのを条件に、葵は牡丹を朱雀の一族へ返し・・御崎に生まれてくる子供を守るように言い残し、自ら命を絶った

時が満ち、生まれた子供が”柳(やなぎ)”

その柳は生まれながらにして二つの種族の力を併せ持つ、稀に見る強大な力の持ち主だった

葵を殺された恨みを持つ牡丹と柳を利用して、人間は朱雀の一族を打ち滅ぼし、その力を柳の中へ封印させた

この柳こそ、巽たち鳳本家の始祖

そして牡丹の血族が鳳の分家

強大な力を持つが故、人間でありながら妖魔と同じく永遠の時間の中に取り残される運命を背負わされた柳は、自分を利用してその運命を背負わせた分家を代わりに利用した

自ら人として生き続けるために

永遠に背負わされた運命からいつか解放される時を待つために・・・

 

 

 

ス・・ッと御崎がサングラスを掛けなおすと同時に、巽の目の前に広がっていた幻影も立ち消える

柳と呼ばれた人物の容貌は、髪の長さと瞳の色の違いを覗けば驚くほど巽自身とよく似ていた

柳の瞳は、人にはありえない・・妖しい魅力を放つ紫色の双眸

その瞳を見た瞬間、巽の身体を凍えるような戦慄が駆け抜けていた

(・・・朱雀を受け入れたと同時に感じた、蒼くて冷たい感じ・・!あれだ・・!さっきの紫色の瞳の奴・・!)

ギュッと胸を掴み、震える体を巽が必死に押さえ込む

『鳳の本家の血筋には、朱雀と青龍・・二つの血が存在しているのです。朱雀の力を受け継いだ巽様なら感じたはず・・柳様の持つ青龍の力の存在を。青龍の力があるからこそ、朱雀の聖炎の力を生身の身体で使っても自らの身体を焼き尽くさずに保って居られるのです・・』

ようやく納まった震えに、巽がホッと胸を撫で下ろして言った

『・・・じゃあ御崎さんは炎を使う鳳の人間の中に居る青龍の力・・柳とかいう奴を守るためにずっと、歴代の鳳の当主の側に・・!?』

『いえ、それは正確な言い方ではありません。私がお守りしてきたのは鳳の本家の血を受け継ぐ方々です・・。周囲から怪しまれないように人間の記憶を操作して、人間としてお仕えしてきました。ただ、朱雀を受け継いだ当主には見破られてしまいますが』

『ずっと・・その姿のまま?何千年も・・?』

『申し上げたはずです、私は人ではありません。妖魔は年を経れば経るほど力を増していくものです』

『でも、それなら柳だって妖魔と変わらない、いや、それ以上の力を持っていたんでしょう!?なのにどうして俺たちの存在が必要なんです?御崎さんのようにそのまま・・・』

言いかけた巽が言葉を失う

御崎の口元に、はっきりと苦悶の表情が見てとれたのだ

『柳様は・・妖魔ではありません!私など到底及びのつかない強大な力をお持ちになっていても・・あのお方は人なのです。人として生き続けることを・・人と共に生きることを望んでおられた・・。いかに朱雀の再生の力を持ってしても、人である限り肉体に限界が来ます。ですがその魂は永遠に生き続ける運命・・だから人としての容れ物を、鳳本家という存在を作り上げたのです』

『なんです・・それ?じゃあ、俺たちはただの容れ物ですか!?柳の魂が生き続けるためだけの・・ただそれだけの・・!?』

憤って声を荒げた巽に、御崎の押し殺したような声音が重なる

『柳様ご自身が望まれたわけではありません・・。人が・・柳様に望んだのです。その類稀なる力を失うことを恐れて・・』

サングラスの奥で、御崎の瞳に一瞬、押さえがたい怒りにも似た炎が揺らぐ

御崎の身体から押さえきれずに湧き上がった氷のような霊気が、ザア・・ッと渦巻くように吹き抜けた

(人が、望んだって・・!?)

巽の脳裏に幼い頃から言い聞かせられ続けた分家の人間の言葉が甦る

   「本家は分家の依頼をこなせ。それが昔からのしきたりだ」

   「お前のような化け物、分家の力で存在を世間から隠さねば生きられはしない・・!」

巽自身、そう望まれたように生きて来た

何度もそんな物から逃げ出したいと思い、抗おうとしたが・・その度に思い知るのだ

自分と同じ人間はこの世に居ない・・と

たとえどんな形であれ、自分の力を必要とし、その力と存在を無条件で認めてくれるのはここだけだ・・と

人として生き続けることを望んだという柳の気持ちを、巽が思い知っていた

(そうだ・・俺は化け物なんかじゃない!俺は・・人間だ!それ以上でもそれ以下でもない!)

どこにもぶつけようのない思いを秘め、唇を噛み締めた巽の表情を見つめる御崎のサングラスの下の瞳もまた、やりきれない思いで揺れていた

 

 

 

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