ACT 21

 

 

 

『・・・「人が望み、人によって掛けられた呪縛は、人によってしか解くことは出来ない」・・かつて柳様がそう、口癖のようにおっしゃっておられました』

その言葉に巽がハッと灰青色の瞳を見開く

『それ・・!父さんも・・!』

『はい。那月さまも常々おっしゃっておいででした・・そして、雅人さまと共に鳳と御影の間に掛けられた呪縛を解こうと考えておられたようです。その結果、ある日突然、我々の前から姿を消してしまわれた・・今まで一度も見失ったことがなかった私ですら、どこへ行ってしまわれたのか分からないほど完璧に気配を絶って・・。そして再びその気配を感じ取れた時には、もう、巽様・・あなたがお生まれになっていました。今までの鳳本家の人間とは明らかに違う客神の血と、力をその身に受け継いで・・』

御崎のサングラスで遮られた奥の瞳が、巽の胸元からわずかに見える銀色のロケットを見つめる

その視線には、畏怖ともいえるわずかに剣呑とした色が伺えた

巽が母親から受け継いだというロケットの中に封印された「オーディンの指環」、遙か異国の地において最古の神々とも謳われた力を秘めたその指環は、御崎ですらその力の度合いを測る事が出来ない、得体の知れない異質な力を秘めていた

本来、生み出した者の犠牲なくして生まれるはずのない巽が、それを必要とせずに生まれ5年間という短い間ではあったが、母親と共に暮らしている

それは那月が呪縛の一端を解いた事を意味していた

那月と雅人によって、何かが確実に動き出し、変わり始めている・・御崎にとっても初めての先の見えない未来がそこにあった

御崎の視線を感じた巽が、その視線を遮るように胸元のロケットを握り締める

『だからなんだと言うんです?俺にどうしろと!?捨てられるものならとっくに捨てている!だけど・・これはたった一つ残された母さんの形見だ。俺以外、誰にも受け継げない・・!

確固とした強い意志を持って、巽が御崎を見据える

その表情に、御崎の視線から剣呑とした雰囲気が消え去った

『朱雀の力も、指環の力もあなたが受け継ぐべくして受け継いだのでしょう。あなたなら、自分の運命を自分で変えていけるかもしれません。もう、たくさんです・・同じ事が繰り返されるのをただ見守る事しか出来ない未来など・・。
私はあなた方を見守るように呪縛された存在です。何も変える事も出来ず、人の記憶にも残らないようにその存在に気づかれないように・・ただ見守るためだけにここに居る。私は、始祖である柳様の苦しみと悲しみを知っています。だからこそ、待ち続けていました・・こんな輪廻を断ち切ってくれる方が現れるのを・・!』

人間ではないはずの御崎が、人と共に生き続けた事で人間以上に人間らしい感情を持ってしまった悲しみが、巽の心の中に流れ込んでくる

『・・・御崎さん、あなたは本当に妖魔なんですか?とてもそんな風には思えない・・!』

御崎の口元が、自嘲するかのようにフ・・ッとかすかに笑みを湛えた

『遙かな昔、私も柳様が人間にこだわる意味が理解できませんでした。弱く、儚い命しか持たない人間の一体どこがいいのかと・・!ですが、ずっと今まであなた方を見守ってきておぼろげながらその意味が分かりかけてきた気がします。人は、儚い命だからこそ強いのだと。そしてその力は、その肉体と存在が消えてなくなっても決して消える事のない何かを残していく・・』

言葉を切った御崎が、穏やかな包み込むような視線を巽に注ぐ

『ただの柳様の容れ物であるはずのあなた方なのに、一人一人性格も考え方も違う・・そして誰もが私を必要とし、それぞれの方々がそれぞれに私に名を与え、その名で私を呼んで下さった。私はその全てを忘れる事が出来きないでいる・・・』

『・・・じゃあ、御崎さんの名前はおばあ様が?』

『そうです。この名前で美園さまが私を呼んで下さる限り、私は美園さまをお守りします。ですが・・・』

急に顔色を曇らせた御崎が黙り込む

『御崎さん・・?』

急変した御崎の態度に、巽が訝しげな表情で問いかける

しばらく逡巡していた御崎が、意を決したように口を開いた

『美園さまが私の名を呼べない状態に・・つまり、人としての心も肉体も失った時、私は美園さまを守る事も、殺す事も出来なくなります。そうなった時、美園さまを殺せるのは、同じ血を継ぐ同族の巽様、あなただけです。それは覚えていてください』

『なっ・・!?』

思いもかけないことを告げられた巽が、次の瞬間、御崎に詰め寄った

『どういうことです・・!?』

『朱雀の再生の力を失うと同時に、人間の身体であるあなた方の肉体は急速に老化が始まり、妖しや人の生気を摂取しなければ人の身体を保ち続けることが出来なくなります。そして朱雀が持つ聖炎による浄化の力も失うせいで、身体の中に邪気が溜まり続け、人としての心も失っていくのです。生きながらにして人としての身体と心を失っていく・・その苦しみと恐怖がどれほどのものか、お分かりですか?巽様?私はあなた方を守るように呪縛されている・・そうなった美園さまを殺して差し上げる事が出来ないのです・・!』

『まさか・・本気で言ってるのか!?俺におばあ様を殺せと・・!?』

巽が怒りと驚愕の入り混じった表情で御崎を見つめている

『御自分がそうなった時の事を考えてください!あなたは自分が人としての身体も心も失って、それでも自分の意思と関係なく、ただ、人や妖しの生気を食らい続けるだけの存在になっても生き続ける事を望むのですか!?』

『・・・それは・・ッ!』

巽が言葉を失って絶句する

『・・・例え邪気が溜まっても、私が側に居れば人の心を失わずに居られそうだ・・と、そう、美園さまはおっしゃって下さいました。その言葉を聞いた時、私は初めて自ら望んで美園さまの側に居ようと・・何があってもお守りしようと誓いました。だから私はずっと美園さまの側に居ます。あの方のためだけに・・・!ですから、お願いします巽様・・どうかこの事だけは忘れないで居てください』

そう言って笑った御崎の表情は、今まで巽が見たどの表情よりも人間らしく、穏やかで暖かだった

それは、かつて自分を殺そうとしていた雅人が、那月を見た瞬間浮かべた表情とよく似ている・・・

自分の命を捧げる相手を思う時の・・ともに死ねる事を望んでいた、あの穏やかな顔つき

美園を何があっても守るということは、巽が美園を殺す時に共に殺してくれと言っているのと同じだ

そう・・巽たちを守るように呪縛された御崎は、決して巽達を殺す事は出来ず、自ら死ぬことも許されないが、巽達に殺される事は出来るのだから

『・・・俺は道具にされるのはもうたくさんなんです。だから、もう逃げたりしない。自分の運命は自分で決めます。とりあえず今は、自分に出来る精いっぱいの事をやるだけです。依頼の期限は今日を入れて後3日・・昼間のうちに調べておきたい事があるんで行ってきます。みことの事、よろしくお願いします』

もうこれ以上話すことも聞くこともない・・!という固い決意を秘めた表情になった巽が、御崎に軽く会釈を返して部屋を出て行った

その後姿を見送りつつ、御崎の口から感嘆ともいえる呟きが落とされる

『朱雀と巽様の波長が完全に同調していますね・・。歴代の当主の中でもあそこまで完全に同調されていた方は・・・』

記憶を辿った御崎が、ハッとした様子で窓に駆け寄り、格子扉の門から外に出て行く巽の姿を目で追った

『・・・同じ!?あの柳様と・・!本当の意味で呪縛を解くためには柳様が完全に目覚め、青龍の力も復活しなければならないはず・・ですが、そうなったら・・・痛ッ!?』

突然激しい頭痛に襲われた御崎が頭を抱え込んで、膝を付く

確かに何かを思い出しかけたはずなのに、その痛みが再び思考を停止させ、たった今思った事柄すら御崎の記憶から消え去っていく

『・・・私は今何を・・?』

眉間に深いシワを刻み、何も思い出せない頭を抱えながら立ち上がった御崎が、巽の残した最後の言葉「みことの事、よろしくお願いします」をようやく思い出し、みことの部屋へ向っていった

 

 

 

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