ACT 23

 

 

その頃巽は、依頼のあった店に到着していた

半日ほどの間に変わり果てた・・と言おうか、普通の人間には特に何も変わって見えはしないのだろうが、ありとあらゆる雑鬼や妖魔、雑霊たちが寄り集まって、店の階段付近から溢れ出ている状態を目の当たりにしていた

『・・・これはまた、凄い事になってるな・・』

店の造りを見た時から、雑霊たちの集まりやすい吹き溜まりのような場所だと感じてはいたが、昨日の今日でここまでの状態になっていようとは予想していなかった

時刻は昼前にさしかかり、明るい春の陽射しが降り注いでいるというのに、その一帯だけが暗くジメジメとして空気が澱んでしまっている

・・・と

その空気の澱みの中から這い出るように、数人の男達がヨロヨロと階段を上ってきた

背後には、みっしりと雑霊たちが取り憑いて生気を貪っている

巽はそのうちの一人が昨日店内の説明をしてくれた男だと気づくと、声を掛けた

『すみません、もう一度店の中を見たいんですが・・・』

男に話しかけながら、巽が視線に込めた”気”の力だけで雑霊たちを滅していく

男が、あれ?といった様子でしきりに首や肩を回しながら巽に答えた

『ああ、昨日の・・!すみませんが今日は何だか皆の体調が悪くてね。とてもじゃないけど仕事の出来る状態じゃないので打ち切りにしたんですよ。私もさっきまでそうだったんですが・・変だな?急に身体が軽くなって・・。あ、まあ、そういうわけですので今日はあきらめてください、失礼します』

そう言って、先を行く男達の後を追いかけて行ってしまった

『・・・ま、あれだけ憑かれれば体調も崩すだろう。それにしても、どうして急に・・・?』

巽が店の入り口に近づくにつれ、ザワザワと群がるように雑鬼たちが巽目掛けて集まってきた

けれど、その身体に触れることすら出来ず、巽の周りを囲った障壁のような見えない力の壁に触れた途端、チリとなって掻き消えていく

それは朱雀を継いだが者が放つ浄化の力によるものだ

しかし、後から後から湧き出るように集まってくる魑魅魍魎に閉口した巽が

『邪魔だ・・!失せろ!』

呟いた途端、灰青色の瞳に赤い光が走り抜けた

同時にゴウ・・ッと紅蓮の炎が湧き起こり、あっという間にあふれかえっていたもの達を焼き払う

『・・・朱雀の聖炎、浄化の炎か・・便利なものだな・・』

複雑な表情で巽が嘆息する

ようやく静かになった階段を降りきって店の前に立つと、わずかだが・・以前にはなかった妖気が漏れ出している

その妖気に巽の体が反応し、引きずられるような感覚を覚えていた

『なるほど・・。外に連れ出されたまま戻らない”水”を呼び戻すために妖気が漏れ出し、それに引き付けられた魑魅魍魎どもが集まってきたわけか』

ドアに手を掛けると、鍵が掛けられていてビクともしない

ス・・ッと目を閉じた巽が、鍵と連動した電気系統を辿って警備会社の警報を解除し、ガチャンと鍵を開錠する

店の中に入った巽の体が、ズ・・ッと一点に引き寄せられた

壁に掛けられた大きな振り子時計・・

その振り子の所にはめ込まれた真珠に引き寄せられていたのだ

『・・・こいつか!?』

だが、昨日の昼間に来た時には、真珠から放たれる妖気は微塵も感じなかったはずだ

『そうか・・!時計!太古の生物の化石と真珠と時間・・!この三つが共に共鳴しやすい夜にだけ妖気が溶け出し、昼間は何も感じなかったわけか!』

伸ばした巽の手を引き込むように、真珠の妖気が一気に強まる

と、同時に反発するかのように鋭く冷たい妖気が跳ね返ってきた

『引き込みたくても出来ない・・・ってとこか』

これがみことであったなら、恐らく真珠の妖気に引き込まれて閉じ込められてしまっていたに違いない

『この場でこの真珠を焼き尽くしてしまえば、あの怪現象もなくなるんだろうが・・』

ス・・ッと巽が視線を周囲の大理石に走らせた

そのどこかに居るのであろう、海蛇の化石の一部に向って巽が言い放つ

『お前には、借りが残っている・・!みことをあんな目にあわせた借りは、必ず返させて貰う!夜になるまで待ってろ!』

 

 

 

 

 

家に戻った巽を待ちかねていたように、御崎が捕まえる

『巽様!どうでしたか?何かお分かりになりましたか?』

『一応、収穫はありましたよ。それで、あの店のオーナーにインテリアとして飾ってある時計の真珠を消し去ってもいいか、確認をとって欲しいんですけど・・』

『時計の真珠・・?ああ!あの古い振り子時計ですね。あれがあの”水”の出所だったわけですか・・分かりました。すぐに確認してみます』

御崎が連絡を取っている間に、ソ・・ッとみことの部屋の様子を見に行った巽は、まだ眠り続けているみことを確認し、ほっとした表情で階下へ戻った

その巽に御崎が言いにくそうに告げた

『・・申し訳ありません。真珠は残してほしい・・とオーナーのご要望がございまして、別の方法を見つけて解決していただきたいと・・・』

『は・・!?そんな!別の方法・・たって、あの大理石を全部剥がす以外ないと思いますけど?もちろん、そんな事出来ないですよね!?』

巽があからさまに不機嫌な顔になって、怒ったように言い返す

『はい、その点は私も申し上げたんですが、当然ダメだと・・』

『・・・御崎さん、夜までにハマグリの貝殻を用意できますか?出来れば大きいのを・・』

『ハマグリ・・ですか?』

突然の巽の申し出に、一瞬首をひねった御崎だったが、次の瞬間・・ニヤ・・ッと口元が笑った

『ああ、なるほど。”蜃(しん)”のハマグリですね・・。あの中になら、”水”を封じられる』

『だけど、やはり真珠はあきらめてもらわないと・・。一度妖気を帯びたものは元には戻せない・・あれを消さない限りどこへやってもまた同じ事が起こるでしょうから』

『そういう込み入った交渉は美園様にお願いしておきます。あの方なら何とかしてくださるでしょう』

『・・・また、借りが一つ増えそうですね・・』

ハァ・・とため息をもらした巽が、ジッと自分を凝視している御崎の視線に気づく

『・・?どうかしましたか?』

『あ、いえ・・実はみこと様から巽様が例の”水”を飲んだと聞きましたので・・ちょっと心配になリまして・・。お体の方はなんともないのですか?』

『どうやら俺の中に同化してしまったらしくて、今どこに居るのか自分でも見当がつかない・・。鳳の血の中に朱雀と青龍の二つの血が流れているのなら、別におかしくはないと思ったんだが・・?』

『同・・化!?・・そう、ですか・・・』

御崎が珍しく動揺の色を顔に浮かべる

『御崎さん?それが何か・・?』

巽が訝しげに御崎の様子を伺う

『いえ。なんでもありません・・。巽様は夜まで少しお休み下さい。夜にまたお迎えに参りますので・・』

ス・・ッといつもの態度に戻った御崎が、巽に軽く一礼を返して家を出て行った

怪訝な表情のまま御崎を見送った巽が、2階の自分の部屋に入ってベッドに倒れこむ

昨夜から立て続けに起こった出来事を思い出して、ドッと疲労感が押し寄せてきた

『・・後・・鬼、御崎さんが来たら・・起こしてくれ。少し・・寝る・・・』

切れ切れに呟いて、そのまま深い眠りについた巽に、フィ・・と音もなく現れた後鬼が毛布を掛ける

その眠っている巽の顔を、後鬼が覗き込む

『巽、何だか・・嫌な感じがする。巽の中に別な何かが居るような・・そんな気がするんだ。頼むから、巽は今の巽のままで居てくれ・・!』

悲痛な声で呟いた後鬼の声は、深い眠りについた巽に届く事はなかった

 

 

 

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