ACT 24
『・・・誰だ?お前!?』
ハッと目を覚ました巽が、自分で自分の声に驚いて目を開ける
何か・・違う気配がすぐ側に居る・・そんな感じがしたのだ
(・・何だ・・?今の気配は?誰かが・・すぐ側にいたような・・そいつが何か言っていたような気が・・)
ぼんやりとする頭を抱えて起き上がった巽の目に、暗がりの中で浮かび上がる時計の蛍光文字と針が飛び込んできた
10時10分
時計の針が、そう時刻を告げている
(なん・・だ?この時刻、どこかで・・?)
まだはっきりと覚醒しない頭で必死に思い出そうとする巽の背筋に、冷たい悪寒が駆け抜ける
ザワザワ・・と自分の体の奥底で、何かがざわめいている
(これは・・!朱雀の時と同じ!?いや、あの時は熱い、焼け付くような炎の感じだった。これは・・冷たい、まるで氷のような・・・)
そこで突然、頭の中が鮮明になる
どこかで見たと思った時計の針の時刻・・・
あの、大きな振り子時計が時を止めていた時刻だった
『・・・ハッ!つまり、この時刻から”水”が溶け出しているって事か!』
その溶け出した”水”が巽と同化した”水”を、昼間とは比べ物にならないほどの強い力を得て呼んでいるのだと言うことに気づいた巽の体が、ユラ・・と水の中で澱むように揺らぎ始める
『ご丁寧に呼んでくれてるんだ・・。行ってやるよ!待ってろ・・!!』
そう巽が呟いた途端、巽の体が陽炎のように霞んで掻き消えた・・!
その数分後
御崎が巽の部屋をバンッと開け放って叫ぶ
『巽様!!』
ここへ到着する直前、ただならぬ”水”の気配と強力な妖気・・・それを感じて慌てて飛び込んできたのだ
・・・が
時すでに遅く、巽の姿は掻き消えていた
『先ほどのあの気配・・!あれは・・間違いなく青龍の力の気配・・!本当に、朱雀と青龍の力が同時に目覚めたとでも!?そんな事になったら・・あの方と同じように・・・!』
ガックリと膝をついている御崎の背後で、みことの部屋のドアが開かれる
『御崎さん!?巽さん、どうかしたんですか!?』
御崎の声に目を覚ましたらしきみことが、何とか血の気の戻ってきた顔色で御崎の背後から巽の部屋の中を覗き込む
部屋の中は真っ暗で、何の気配も感じられなかった
『どこ・・!?どこ行っちゃったんですか?巽さん、居たんでしょう?ね、御崎さんってば!!』
みことがまだ呆然としている御崎の肩を揺らす
『・・恐らく、あの”水”の中へ・・行かれたのだと・・・』
まだ信じられない・・といった口振りで御崎が呟く
『えっ!?”水”の中!?でも、いったいどうやってここから?』
『・・・青龍の力が発動したのなら、可能です。体の中に取り込んだ”水”と同化して行ってしまわれたのでしょう・・・』
呆然として動こうとしない御崎の肩を、みことが更に強く揺する
『何グズグズしてるんですか!?分かっているんなら早く行かないと・・!!』
『・・・みこと様、一緒に来ていただけますか!?』
御崎の口調が急に真剣になって、みことを見据えた
『え・・!?僕が行っても良いんですか?』
行きたいのはやまやまだったが、最初の段階で足を引っ張っているみことである
そんな自分を御崎が連れて行ってくれるとは思ってもいなかったのだ
驚いて目を見開いているみことの腕を掴んだ御崎が、有無を言わさぬ口調で言った
『なぜだか分かりませんが・・あなたが、どうしても必要な気がするんです!行きますよ・・!』
御崎の声が響き渡った途端
二人の姿も巽と同じように、陽炎のように霞んで・・掻き消えてしまった
御崎に腕を掴まれて、一瞬、身体が溶けて流れたような感覚に陥ったみことが、ハッと我に返った時
目の前に、初めて見るサングラスを外した御崎の顔があった
『み、御崎さん!?』
瞼のない、まばたきをしない灰色の瞳を思わず凝視するみことに、御崎が告げる
『私は、人ではありません。虎鮫と呼ばれる妖魔です。みこと様、これを持っていてください。この”水”を封じるのに必要な貝です』
御崎がみことの手に大きな二枚貝の貝殻を握らせる
『え・・!?こんな貝で!?』
『そうです。大ハマグリは”蜃(しん)”とも書きます。妖しの妖力で作られた”蜃気楼”ともいえるこの”水”、”蜃”は”蜃”に封じる事が出来ます』
『へーー・・そうなんだぁ。お前って凄い奴なんだ。よろしくね!』
フワッと両手で包む様に貝を優しく撫で付けるみことの姿に、御崎が一瞬、目を見張る
(・・・やはり!私は一度この方と会った事がある!?みこと様の持つ、この・・優しい気配・・いったいどこで・・?)
キリッと締め付けるような頭痛に再び襲われた御崎の顔が歪み、先ほど感じた既視感が失われていく
フッと御崎が顔を上げた時には、もう何も覚えてはいなかった
『・・では、私は巽様のところへ行ってまいります。この結界の中なら溺れる事もありませんからご安心を・・』
そう言うが早いか、スル・・ッと二人を包んでいた泡のような球体の中から”水”の中へ抜け出た御崎の身体が、たちまち半人半魚の姿に変わり、長い尾をひるがえして真っ直ぐに”水”の下の方へ向っていく
『あれが、御崎さん?!』
御崎の変貌した姿を驚愕の表情で見送りつつ、みことは自分が丸い泡の様な球体の中に居る事と、あの”水”の中に浮かんでいる事に気がついた
『ここ・・あの”水”の中なんだ・・。ってことは、巽さん、どこ・・!?』
どこまでも藍色のように濃い蒼い水・・・
下に行くにつれ、黒く・・闇色に変わる水の色が、一瞬、紅蓮の炎の色に染まる
『・・っ巽さん!!』
御崎の消えていった闇色の水の先で、紅い炎が渦巻いている
その炎の中心に、巽の姿があった・・・!
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