ACT 25
御崎とみことが”水”の中に現れる少し前、巽は”水”に呼ばれるままこの場所へ導かれていた
自分の周りに結界を張って”水”の侵入を防ぎ、漂う泡のように浮かんでいる
『・・・どこに居る?でて来い!海蛇!!』
巽が目を閉じて、深い藍色の水の気配を探る
水の中を泳ぎまわる様々な古生代の魚や貝・・・そのどこにも邪気と取れる気配はなかった
ただ・・
「帰りたい・・・」
そんな郷愁の念だけが漂っている
『邪気がない!?だから・・下見の時にも何も感じ取れなかったのか!?』
考えてみれば、この怪現象が直に何か人に危害を及ぼしたわけではない
ただ夜になると、どこまでも続く深い水を湛えて、人の侵入を拒んでいただけである
そう思って考え込んだ巽のはるか下の方・・・
深い闇色へとその色を変えている水の底から、うねるような水の塊がせり上がって来た・・!
『海蛇か!?』
巽がそのうねる水の塊を寸前でかわす
相変わらず姿の見えないうねる水の塊の中に、時折キラッと光る鱗のような物が見える
そのうねる水と共に強烈な意識・・・!
「帰りたい・・!!」
その強い思いが体の中の”水”を通じて巽の意識のなかにも流れ込んできた
『こいつ・・?!こいつもただ帰りたいっていうだけなのか!?』
巽の中に戸惑いが生まれる
みことが引きずり込まれたのは、ただ媒体としての鱗を持っていたからで・・・みことをどうこうしようという意志があったわけではない
けれど、結果として死にかけた事は事実・・・
そして、この状態のまま放って置く事も出来ない・・!というのも避けられない現実だった
『気は進まないが・・お前をこのままにしておくことも出来ないからな・・。悪く思うな・・!』
巽の灰青色の瞳に真紅の輝きが宿り、その体から紅蓮の炎が立ち上る
その炎が渦巻いて、うねる水の塊を包み込んだ
一瞬、その炎に怯んだように見えた塊が、次の瞬間、巽の放った炎を包み込むほどの大きな”水”のうねりを呼び寄せて、瞬殺してしまった
『・・・クッ!!”水”の量が多すぎる!』
巽の顔に苦悶の表情が浮かぶ
その炎を異物と捉えたように、水の中を泳いでいた古代の生き物達がうねる水の元に集まり始め、ザワザワと目に見えなかった海蛇の身体を作り上げていく
巨大なとぐろを巻いた大蛇に見える身体全体に尖った鱗が輝き、鋭い牙をむき出しにした顔には、爛々と燃えるような赤い目
首と思しき所には黄金色に輝く長い毛が生えている
海蛇としての身体を作り上げた途端、巽に向って突進してきた
巽の体を取り巻く炎を衝撃で蹴散らすように、何度も結界の壁に体当たりしてくる
巽もその衝撃に耐えながら、何度目かの攻撃を見定めた後、海蛇の燃えるような赤い目に焦点を絞りつつ体当たりをかわし、細く長い炎の剣を作り上げてその海蛇の目を刺し貫いた・・!
”水”全体が震えるように大きく揺れ、海蛇の身体が痛みに悶えるように無秩序に暴れまわる
その海蛇の尾に弾き飛ばされた巽が、クルクルと弧を描きながらかなりのスピードで飛んでいく
飛ばされた巽の体を全身で受け止め、自らの尾でその衝撃とスピードを殺した御崎が叫ぶ
『巽様!ご無事ですか?!巽様!?』
弾き飛ばされた衝撃で、一瞬意識を失いかけた巽が、その御崎の声に我に返った
『・・あっ?!御崎さん!奴は!?海蛇は!?』
『まだ暴れています。しかし、この”水”の中では朱雀の力も半減してしまいます。”水”の源であるあの真珠を見つけないと・・!』
『ええ。一瞬でもあの真珠の本体が姿を現せば何とかなるんですが・・・』
『朝まで待っていたのでは、こちらがもたないでしょうし・・。しかし夜の間でなければ、あの海蛇達もろとも封じ込む事が出来ない・・。困りましたね』
『朝・・!?朝の日の光・・・』
巽がハッとしたように御崎を見返す
『御崎さん!少しの間海蛇を引き付けておいてもらえますか?あの真珠、今は完全に”水”の中に溶け込んでいるでしょうけど、朝になれば必ずどこかにその本体を現すはずです。一瞬だけかもしれませんが、そいつを騙せれば・・!!』
『騙す・・!?どうやって?!』
巽の意図が分からず、御崎が困惑気味に問い返す
『朱雀の炎を最大限に引き出したら、朝日の輝きくらいにはなるはずです。日の光の嫌いな”水”ならば、必ずいったん身を隠そうとするはず・・!』
『・・ッ!!分かりました!海蛇の方は私が何とかいたします。真珠の方は、みこと様が上にいらしゃいます!みこと様に見つけていただきましょう!』
『みことが・・!?』
驚いたように上を見上げた巽の視界に、はるか上のほうで浮かんでいる泡のような球体が飛び込んできた
『・・分かりました。みことに頼んできます。御崎さんは海蛇の方をお願いします!』
下の方へと向う御崎と別れた巽が、みことの居る泡のような球体に向う
『・・・あっ!?巽さん!!』
近づいてくる巽の姿を見つけ、安心したようにみことがホッと安堵のため息をもらす
みことの居る球体のすぐ側で止まった巽が、少し不安げな表情で聞いた
『もう、体のほうは大丈夫なのか?本当ならこれ以上お前をこの”水”の中に近づけたくなかったんだが、仕方ない。”水”の中のどこかに真珠が潜んでいるはずだ。そいつを見つけて、お前が持っているその貝の中に封じ込めてくれ。・・・出来るか!?』
心配そうな巽の表情に、みことがむくれたような顔を向ける
『大丈夫です!ちゃんと出来ます!僕だってちゃんと巽さんの役に立ちたいんですから!真珠って、あの時計にはまっていた真珠ですよね?絶対見つけます!心配しないで下さい!!』
そう言いつつも、胸の前で握り締めた貝を持つ手が震えている
巽がフ・・ッと笑みを浮かべてみことの球体に手を伸ばし、スルッと中へ手が挿しこまれた
その巽の手がみことの銀色の髪を優しくなでる
『もう、充分役に立ってるよ。頼んだぞ!』
そう言って、スゥ・・と遠ざかり、みことの居る場所より更に上の方で巽の姿が止まった
『・・・巽さん!』
みことの頭をなでていった巽の手の暖かさと、巽の言葉が震えていたみことの手を止めた
『あ・・!不思議、怖くなくなった・・。さっきまで本当はこの”水”の中に居るの怖かったのに・・!』
半分以上気を失っていたとはいえ、一度”水”の中で溺れたみことである。その恐怖はそう簡単に消えはしない
けれど巽が側にいて、触れていってくれたことが何よりもみことの心を落ち着かせていた
『お前、”蜃”だっけ?お前の力、僕に貸して・・!一緒に見つけよう!!』
再び優しく貝を撫で付けたみことが、深い藍色の水の中を何一つ見落とすまいとジッと見つめた
巽ははるか下の方で海蛇と格闘している御崎を目の端で捉えつつ、ゆっくりと瞳を閉じる
自分の中に入る朱雀の意識と自分の意識を重ね合わせ、朱雀本来の姿・・・鳳凰の姿へと自らの身体を変化させていく
次第に輝きを増す巽の体から、紅蓮の炎をその身にまとった鳳凰がゆっくりと羽を広げてその神々しい姿を現した・・!
フワリ・・と羽をはためかせつつ、その炎の熱量と目もくらむほどの輝きを濃い藍色の水の中に放つ
突然現れた、まるで太陽のような輝きに、藍色の水がさざめき立つ
御崎と格闘していた海蛇が、その輝きから逃れるように更に水の底へと沈んでいった
みことは突然現れた鳳凰の美しさに一瞬、目を奪われていたが、手の中でカチカチ・・と小さく音を鳴らす貝の動きにハッと我に返った
鳳凰によって明るく照らされた水の中を、みことが球体に張り付いて水の中を隅々まで見渡す
・・・と
みことの手の中にあった貝が、グイッと凄い力でみことの手を引っ張るように動いていく
『何!?居たの?!どこ?どこに・・?!』
貝の動く方へ目を向けたみことが、水の中でキラッと何かが光ったのを見た
『あっ!今の・・!!』
小さな砂粒のような光る何かが漂っている
その小さな光の周辺の水がさざめきだって、陽炎のように揺らぐ
みことの手の中で、貝がカチカチ・・と続けざまに音をたて始めた
その貝を自分の顔の前に差し出したみことが、巽に教えられた言葉を思い出していた
(「いいか?何かの力を借りる時は、そいつに名を与えてその名で縛れ。名を与えることはそれに命を与えるのと同じ事だから・・」)
『ふふ・・もう名前呼んじゃってるけど、正式に行くね。お前に名前を与える!お前の名前は”蜃”だ!”蜃”あの真珠を吸い込め!僕に、力を貸して!!』
みことの手の中で、グワッと大きく口を開いた貝が、先ほどより少し大きくなった光に向って水の中に飛び込んでいった
小さな白い真珠の形になったその光を、ガ・・ッと咥え込んだ”蜃”がその貝の口を固く閉じる
『戻れっ!!”蜃”!僕の所へ・・!!』
そのみことの声に反応して、貝が再びみことの手の中に飛び込んできた
その固く口を閉じた貝を大事そうに両手で包んだみことが、外の水がまた元の濃い藍色に戻った事に気づき、巽の姿を探す
『巽さん・・!?どこ?巽さん!!』
力をかなり消耗した巽は、鳳凰の姿から元の人間の姿に戻り、漂うように水の中に浮いていた
かろうじて保っている意識で結界を保ちつつ、みことの声のする方へ顔を向ける
自分の方へ近寄ってくるみことの球体を見つけ・・その下の方から、凄いスピードで迫ってくる海蛇の姿に気がついた
海蛇は真っ直ぐにみことの球体に向かって突進していく
『みこと・・!!』
巽は残った力を振り絞って海蛇の体当たりを受け止めた
その衝撃に弾き飛ばされた巽が、力尽きて意識を失った
その途端、巽を包んでいた結界の壁が弾け、巽の体は無防備なまま直に”水”の中に投げ出されてしまった
『巽さんッ!!』
巽に守られて、海蛇の体当たりを免れたみことが、真っ青になって巽に近づこうとしたが・・・
その目の前に、片目を潰された海蛇の燃えるような赤い目が立ちふさがった!
『・・ヒッ!!』
両手で握り締めた貝を、ギュッと自分の体で隠すように身を縮めたみこと目掛けて、泡のような球体を海蛇が牙を剥いて食い破る
途端にみことの身体をくるんでいた球体が弾け、みことの身体も”水”の中へ投げ出されてしまった
『みこと様!!』
水の底から追いついた御崎が、海蛇の首元を掴んでみことから遠ざけようとするが、逆に海蛇の長い胴体に巻きつかれ、投げ飛ばされてしまう
再びみことに向かって牙を剥き、突進した海蛇の体が、突然、何かに弾き飛ばされてはるか彼方へ吹き飛んでいった・・!
身を縮こまらせたままのみことの身体を抱きかかえるようにして、海蛇を弾き飛ばしたのは・・・
力を使い果たして意識を失ったはずの、巽だった・・!!
みことの身体を再び球体状の結界で包み、結界も張らず直に”水”の中で悠然と立ち上がった巽の口元が笑みを浮かべていた
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