ACT 27

 

 

 

『さ、初仕事の仕上げよ!とりあえず一番近い港でいいわね』

美園とみことを乗せた車が走り出す

もう朝方に近い時刻だけに走っている車もほとんどなく、グイグイと美園がスピードを加速していく

『み、美園さん!ちょっと・・怖いです!!』

軽く100キロを超えたラインで行き来するメーターを見つめ、みことが息を詰めている

『やーねえ、これくらい全然平気よ!それより、なーんか悶々と悩んでなーい?みこと君?』

いきなり心のうちを見透かされて

『・・えっ!?』

と、みことが銀色の瞳をまん丸に見開く

さっきまでは仕事の事で頭が一杯で、悩んでいた事などすっかり忘れてしまっていたのだが、巽と別れて車に乗ってから・・・やっぱり思い出してしまったのだ

『私に隠し事なんて出来やしないんだから、さっさと自分から喋っちゃいなさいよ!相談相手くらいにはなれるつもりだけど?』

まだ心をブロックする事を知らないみことに対しての、美園のせめてもの思いやりであった

それに気づいたみことが、口ごもりながら顔を真っ赤にして喋り始める

『あの・・僕の身体の中から”水”を出さなきゃいけなかったから・・巽さんが朱雀の炎の力で蒸発させようとしてくれたんです。・・・でも、すっごく熱くて”水”が暴れて気持ち悪くって、僕の身体が持ちそうになかったから・・巽さんが僕の中の”水”を吐き出させてくれて・・・それで・・・え・・・と・・・。
その吐き出した”水”を・・巽さんが・・・口移しで飲んじゃって・・・そ、それで・・・その・・・』

そこから先をどう説明して良いか分からず、みことが口ごもる

『はーーーーん、なるほど。つまり、それがみこと君にとってはファーストキスだったわけね。そりゃショックよねー、よりによってその相手が男で、しかも巽だったんだから!』

その美園の言葉に、みことが思わず反発する

『あ・・ち、違います!そういうのがショックだったんじゃなくって、いや・・やっぱ、ちょっとはショックだったんですけど・・その、相手が巽さんで嫌だったとか、そういうんじゃなくって・・・』

必死に説明しようとするみことの心情を代弁するように、美園が静かな声で聞いた

『嫌じゃなかったって事は、嬉しかった?それともただショックだった?それとも・・何とも思わなかった?』

『・・・えっ!?え・・と、ショックはショックでしたけど、嫌じゃなくて・・その時はビックリして何も考えられなかったんですけど・・後でよく考えたら、相手が巽さんで良かったかな・・て。他の人だったら・・?って思ったら、そっちの方が嫌でした・・』

『そう。で、みこと君そういう風になっちゃった事が仕方なく・・っていうか、自分にとっては凄くショックだった事が、巽にとっては何ともない事なんじゃないか・・?て思えて、それが悲しかったりしてるんだ?』

『へ!?ど、どうして・・美園さん・・?!』

あまりにも今の自分の心情を的確に言い当てる美園に、みことが唖然とした表情を向ける

『どうして分かるかって?そんなの簡単よ。人を好きになったら皆そうなるの!』

『え・・?好きになったら・・?』

『そうよ。みこと君て今まで誰かを本気で好きになった事ないんでしょう!?だから自分の気持ちがどうしてそうなるのか分かんなくて悩んでる。素直に考えてごらんなさい、相手が男だろうが女だろうがそんなの関係ないの。要は、その人が自分にとって、かけがえのない大切な人かどうか・・・それが大事なのよ』

『自分にとって、かけがえのない大切な・・人・・』

みことが心に刻み付けるように言って、考え込む

『そう、その人を失ってしまったら・・そう考えたら怖くて、自分が生きて行けなくなってしまいそうな人。一緒にいられるだけで嬉しくて、その人の声や顔を側に感じられるだけで幸せだと・・不安なんか吹き飛んで、心が暖かくなれる人よ・・』

『・・・あ!!』

みことの顔が見る見るうちに笑顔に変わっていく

『誰だった・・?』

美園がその笑顔を見て、楽しそうにたずねる

『あ・・あの、た、巽さん・・です』

みことが真っ赤になりながらも、満面の笑顔で答えた

『そう。じゃ、後は二人で解決しなさいね。私が出来るのはここまでだから・・・』

『え・・・?』

いきなり突き放された気がして、不安げな表情になったみことを尻目に、キキッと車が急停車した

『・・・わっ!!』

みことが反動で思いきり頭をダッシュボードにぶつけて

『美園さーん、もうちょっと静かに止めてくださいよぉー・・!』

涙混じりに情けない声を上げる

『ゴメンゴメン!ほら、この貝、海に帰すんでしょ!』

美園がみことに貝を手渡す

受け取ったみことが車を出て、防波堤の端の上に立ち、思いきり良く海の中へ貝を投げ込んだ

白く弧を描いて海へ落ちた瞬間、青い光がサーーーーッと広がり、波とは違う巨大なうねりが外海に向って行くのが見えた

『頑張ってちゃんと帰るんだよー!!迷ったりしちゃダメだからねーーー!!』

思いきり叫んだみことの声が、暗い海に吸い込まれて消えていく

『・・・もう少し、見送ってきます!!』

みことが足元を照らす街灯さえない、海に向って突き出した細い防波堤に沿って走り出す

『えっ?あ、ちょっと!みこと君?!そんな暗いとこ、危ないったら・・・!!』

慌てて車を降りた美園がみことの後を追う

ところが・・・

街灯のないはずの防波堤が、薄っすらと明るく輝き始めた事に気づいて、美園が思わず足を止めた

『・・・え!?みこと・・君・・?』

海へと伸びる細い道の先で立ち止まったみことの身体から、淡い桜色の光が発せられている

そして・・・打ち寄せる波の音の合間から、美しい歌の旋律が聞こえてきた

それは、みことが亡き母から譲り受けた鎮魂歌・・・

遠ざかっていく黒いうねりを導くように、みことの歌う旋律と共に金色の波のような波動が、海と空の間に消えていく

その、聞く者を魅了して止まない妙なる歌声と、金色の波動を受けた美園の身体がドクンッと震えた

『・・ッ!?これ・・・って!?』

美園の体の中に在る邪気を相殺する「殺生石」・・それがみことの放つ金色の波動の影響を受けて、浄化され始めたのだ

『う・・うそ・・!?』

とっさに美園が自分の周りに結界を張り、その金色の波動を遮った

けれど、みことの歌う旋律はその音そのものにも浄化の作用があるようで、聞こえてくる歌声を遮る事が出来ずに美園の身体から確実に生気を奪い去っていく

(なによ・・・これ!?冗談じゃないわ・・!私は・・まだ人間なんだから・・!!)

耳を塞ぎ、膝をついてうずくまった美園の腕や足が・・・見る見るうちに艶を失いシワだらけの老化した肌へと変わっていく

美園の異変に気づいたみことが歌うのを止め、慌てて駆け寄ってきた

『美園さん!?どうしたんですか?!大丈夫・・・!?』

みことの身体から発せられていた光も既に治まっていたおかげで、美園の老化した顔も肌もみことには見えてはいない

美園の身体を気遣うように手を伸ばしてきたみことの手を、美園がパンッと払いのける

『離れて・・!!これだけ力を失ったら・・見境なく・・周りのものを・・襲ってしまう・・・!!』

聞こえてきた声は、それまでの美園のものとはまるで違う・・しわがれた老人の声・・だった

『・・えっ?!美園・・さん?!』

その声の変わりようと、美園の言った言葉の意味が理解できずに、みことがなおも美園に近づいた瞬間

鋭い、重々しい声が降り注いだ!

(『バカ者!!それ以上その者に近づくな!!生気を吸い取られて死にたいか!?』)

突然、みことと美園の間に白銀の巨体が現れて、みことの身体を後へ突き飛ばす

『痛っ!!・・白虎?!』

突然現れた白虎にみことが驚きの声をあげ、その巨体の首筋に噛み付いている美園に気が付いて目を見張る

(『・・・力は、満ち足りたか?』)

ハッと我に返った美園が、噛み付いていた白虎の首から顔を離す

すでにその顔は、もとの若々しい美園の顔に戻っていた

『白・・虎・・?!どうして?!』

白虎の妖力を存分に吸い取った美園が、その輝きを半減させて立つ白虎を唖然として見つめる

(『わが主、みことの命を助けてくれた虎鮫の主であろう?助けられた礼儀を返したまでだ。・・一度私の妖力を取り込めば、もうみことの歌う呪力によって浄化されることもなくなる。だが、もしまた再びみことを襲う事があれば、その時は容赦はしない!覚えておくが良い』)

そう言い放つと、スゥ・・とその白銀の巨体が掻き消えた

『・・主!?・・って、まさか・・みこと君が!?』

突き飛ばされて打ちつけた腰をさすりながらみことが立ち上がり、美園に駆け寄った

『美園さん、ひょっとして白虎の妖力を吸い取っちゃったんですか!?』

ビックリ顔のみことが美園の手を取って、引っ張り上げる

そのみことの様子に、自分の醜い老化した姿を見られてはいないと知った美園が、ホッとした様に安堵のため息をもらす

『そうみたい・・って!それよりみこと君!白虎の主って・・本当なの!?』

みことに負けないビックリした表情で美園がみことを見つめる

『あ、主・・っていうより、僕にとっては大事な友達・・なんですけど・・』

『友・・達・・!?あの白虎が!?・・・プッ・・!あははははは・・・!!』

急に美園が可笑しくてたまらない・・というように笑い始める

『あーーー、もうっ!何でそこで笑っちゃうんですか?本当に本当なんですってば!!』

みことがプーーーッと頬を膨らませて膨れっ面になった

その表情に更に笑い声を高めた美園が、笑いすぎて涙さえ浮かべながら謝る

『ご、ごめん!そんなつもりじゃないのよ!ただ、あんまりにも、みこと君と白虎のイメージにギャップがありすぎて・・!しかも四聖獣と言われるあの猛々しい白虎を友達なんて言うから・・!』

ようやく笑いを収め、平静さを取り戻した美園にみことが問いかけた

『・・・でも、美園さんって、本当に妖力とか吸い取っちゃうんですね・・』

『そうよ。驚いた?でも、おかげでみこと君の歌がこれからは安心して聞けるわね!凄く歌うまいじゃない!何で黙ってたの!?』

『うまい!?僕の歌が・・ですか!?』

みことがキョトンとした表情で美園を見返す

『何?ひょっとして、自分の歌声がどれほどのものか・・知らないわけ!?』

『え、だって・・人前で歌った事なんてないし・・誉められた覚えも・・・』

『もったいない!!・・・あ、でも、ひょっとして・・巽の前では歌った?』

『あ、はい。歌いました・・・けど?』

その答えに、美園が意味ありげに含み笑いをもらした

『美園・・さん・・?』

『ふふ・・。あの、これまでに誰にも心を開かなかった巽が、あなたを連れてきた理由が何となく・・わかった気がする』

『・・え?』

ポカン・・とした顔つきのみことの頬に軽くキスを落とした美園が、クルッときびすを返して車の方へ向う

『あ・・・』

真っ赤になって立ちすくんでいるみことを、クスクスと笑いながら振り返った美園が叫ぶ

『白虎に助けてもらったお礼よ!みこと君も悶々悩んでる暇があったら、巽にキスの一つや二つお返ししちゃいなさい!!』

『な・・ッ!何言ってるんですか!!美園さん!!』

耳まで真っ赤になったみことが、美園の後を追いかけて車へと駈け戻っていった

 

 

 

トップ

モドル

ススム