ACT 28

 

 

 

美園に送られて家に着いたみことが、御崎と入れ替わりに家の中へ入っていった

『・・・どう?巽のほうは?ちゃんと寝てる?』

御崎に運転席を譲りながら、美園がたずねる

『いえ、やはりみこと様の事が気になっておられたようで・・・』

『巽らしいわね。それより、巽の様子・・ちょっと変じゃなかった?』

美園の顔が真剣な表情に変わる

『はい・・。実はあの貝に水と海蛇を封じたのは巽様のはずなんですが・・3人ともに記憶が曖昧で、巽様自身もよく覚えていらっしゃらないご様子・・。私も、申し上げにくいのですが・・よく、分からないのです』

珍しく御崎が自信なさ気に答えを返す

『珍しいわね・・あなたがそんな風に分からない・・なんて言うなんて・・!』

『はい・・申し訳ありません』

美園が肩をすくめて独り言のように呟く

『・・・嫌な感じがするわね。海蛇が現れるのは不吉の前兆・・・て、言い伝えられてるくらいだし。嫌な感じ・・!!』

『・・・私もです』

小さく呟き返した御崎が、静かに車を発進させた

 

 

 

 

家に入ったみことが、パタパタとリビングに向かう

『・・あれっ?巽さん!?部屋で寝てたんじゃないんですか!?』

リビングのソファーに深々と身を沈めていた巽が、ゆっくりと身体を起こす

『・・・ちゃんとお前が仕事を終わらせたか確認しないと心配でね・・。寝てなんかいられなかった』

『うーーーー。なんか、信用されてない気がする・・。心配しなくてもちゃんと海に帰してきました!』

むくれたように言い返したみことを、巽がムッとしたような顔つきになって手招きする

『な、なんですか・・?』

機嫌を損ねたのかと・・みことが恐る恐る近寄ると・・

ス・・ッと伸ばされた巽の手が、みことの頬に添えられた

『・・・おばあ様にやられたのか?』

巽の指先が触れたその場所は、先ほど美園にキスされた場所だった

『えっ!?口紅とか残ってます!?』

みことが真っ赤になって慌てて巽の手から逃れると、頬をゴシゴシ・・とシャツの袖でぬぐう

『いや、残ってないよ。まったく・・あの人は!油断も隙もあったもんじゃないな・・。他には・・何もされてない・・ようだな』

『さ、されてませんよ!!何にも・・・!!』

言い返しながら、口紅も残っていないのにどうして分かったのかと・・みことが不思議そうに巽に視線を戻した途端、みことのお腹がクルクル・・と情けなく悲鳴を上げた

『わ・・ッ!?あ、そういえば・・今日は朝から何にも食べてなかったっけ!』

『・・・そういえば、そうだったな』

『あ、じゃあ、カップ麺食べます!?お湯沸かしますね!』

キッチンに入ったみことがヤカンを火にかけて、ゴソゴソ・・とカップめんを取り出す

キッチンカウンターに移動した巽が、カウンター越しにみことを見つめた

『珍しいな・・お前が丸一日何も食べないなんて。どんなに体調が悪くても飯だけはしっかり食べる奴だと思ってたんだが、俺の思い違いか?』

からかうような口調で巽が聞く

カウンターとくっ付くように置かれたテーブルに座ったみことが、カップ麺を準備しながら不機嫌そうに呟いた

『ひどいなー!僕にだって、ご飯食べれなくなる事だってあるんですから・・!』

『何だ・・?何か、あったのか?』

そんな答えを返す巽を、みことが上目遣いに見上げ・・シュン・・と視線を落とす

『・・おい?なんだ?何かあったんなら、はっきり言えよ・・?』

心配そうな声音になった巽に、みことが返す言葉が見つからず・・ジッとカップ麺を見つめている

『何だ?そんなに体調が悪かったのか?もともと俺のせいなんだから、俺に気を使わずに本当の事を言えよ?』

『ち、違います!!身体の調子は午前中でだいたい元に戻ってたから・・・そのせいじゃないんです・・!』

『・・・?じゃ、何で?』

『・・・・・』

黙り込んだみことを、更に追求しようとした巽を遮るように、ヤカンの沸騰した音が鳴り響く

『あっ!沸いた沸いた!!』

心底ホッとしたような表情になったみことが、妙に明るい声で喋りながらカップ麺にお湯を注ぐ

『どっちがいいですか?醤油味と豚骨味!僕はどっちかっていうと、豚骨味の方なんですけど・・?』

『じゃ、醤油でいい・・』

それ以上追求するのをあっさりとあきらめた巽が、みことの向かいに腰を下ろしてジッとその顔を見据える

『な、なんです・・か?』

上目遣いに巽を見返したみことが、心の動揺を隠すように低い声で呟いた

『・・別に。さっさと食べて寝るぞ』

急に無表情になった巽が黙々とカップ麺を食べ、みことも黙々とカップ麺を平らげた

みことが食べ終えたのを見届けた巽が、おもむろに口を開いた

『お前・・ひょっとして、俺が口移しであの水飲んだこと、気にしてたのか?』

『うっ・・・!』

見る見るうちに真っ赤になったみことの顔が、それが図星である事を雄弁に物語っている

『・・・悪かった。お前がそんなに気にしてるとは思わなかったから・・。だから、忘れろ。俺も忘れるから・・』

ガタンッと立ち上がったみことが、目を潤ませて巽を見据えて言った

『・・・なんで・・なんで、謝っちゃうんですか!?なんで忘れろなんて言うんです!?巽さんが忘れたいんなら忘れればいいでしょう!!僕は・・忘れませんからっ・・!!』

『みこと!?』

ポロポロと涙をこぼしながら言い捨てたみことが2階へ駆け上がり、バタンッ!と拒絶の音を響かせて部屋へ入ってしまった

みことの態度が理解できず、巽がテーブルの上にゴンッと両拳をぶつける

『なんなんだ・・!?お前が気にしてると思ったからああ言ったのに・・!!俺にどうしろっていうんだ!?』

ムッとした表情のまま、巽も2階の自室へ向かい、真向かいにあるみことの部屋の前でフ・・ッと足を止めた

かすかに・・みことの泣き声が漏れ聞こえていた

思わずドアに手を掛けようとして・・思いとどまった巽が、大きなため息をつきつつ自分の部屋に入っていった

 

 

 

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