ACT 29

 

 

 

 

次の日のお昼過ぎ・・・

未だ誰も起きてこない家の中に、ソッと足音を忍ばせてみことの部屋へ入っていく人影があった

泣き疲れて眠ってしまったらしい泣き腫らしたまだ濡れている頬を、ツンツンと白い指先が突っつく

『・・・う・・ん・・・?』

モゾモゾ・・と身じろぎしたみことが、薄っすらと目を開く

『・・・れ!?美園・・さん・・!?』

ガバッと起き上がったみことの目の前に、クスクスと笑う美園が立っていた

『ど、どうしたんですか!?』

目をまん丸にして驚いているみことに、美園が悪戯っ子のような顔で言った

『だって、気になるじゃない?あれから巽とどうなったのか・・!』

『・・・う・・美園さぁん・・・!!』

再びポロポロと泣き出したみことの横にストンと腰を下ろした美園が、みことの頭を自分の方に引き寄せて優しく髪を撫で付ける

『はいはい・・。やっぱりすれ違っちゃったわけね。まったく!世話の焼ける孫達だこと!』

『う・・ッだ、だって!巽さん、忘れろって言ったんですよ!おまけに「悪かった」って謝っちゃうし・・!』

『あらら・・それはかなりショックだわね。でも、それって・・みこと君がその事を気にしてるってこと、どっちが言ったの?』

『・・・え?あ・・巽さんが・・・』

みことがキョトンとした顔つきで美園を見つめる

『あのね・・みこと君、巽の方からそう言ったのなら、巽もその事を自分で気にしてたんだと思うわよ?こう言っちゃなんだけど、あの子自分でまったく関心のない事に関しては全然気がつかない子だから。本当に何とも思ってなかったんなら、みこと君が自分で言うまでまったく気づかなかったはずよ』

『・・・へ?そうなんですか・・!?』

まだ疑わしい目つきで美園を見るみことに、美園がウィンクを返す

『そうねぇ・・・ちょっと私も久々に巽のこと虐めてみたいし・・!みこと君、先にあの店に行っててくれる?理由は後で説明するから・・ね!?』

『い、虐めるって・・!美園さん!?』

『やぁねえ・・!言葉のあやって奴よ!気にしない、気にしない!ほら、さっさと支度して・・!』

追い立てるようにみことを家から追い出した美園が、巽の部屋に入っていく

『たっつみーーー!!起きなさーーい!!もうお昼過ぎてんのよっ!』

耳元で思いっきり叫んだ美園が、次々とカーテンを開け放つ

眩しい昼の陽射しが降り注ぎ、巽の閉じている瞼の裏に突き刺さる

『う・・・おばあ様・・なんなんですか?仕事の方はもう片付いてるはずでしょう・・・?』

言いながら更に布団に丸まって、出て来ようとしない

『残念でした!まだ終わってないのよ!忘れたの?あの真珠を消しちゃってるんだから・・!!』

バサッと巽が布団をめくり、顔を出す

『そういえば・・!あの真珠、消すな・・とか言ってましたっけ!?』

『思い出した?まあ、この事件を解決しようと思ったら、あの真珠をどーにかしなきゃ収まらなかったでしょうからね。仕方のないことなんだけど・・先方の機嫌を損ねちゃったまま・・ってのはまずいでしょ。しょーがないから私が直に掛け合って、別の条件を取り付けてきたわ!』

『別の条件・・・?!』

巽がムクッと起き上がり、美園を見上げる

『・・・そ!あの真珠のお披露目も兼ねて、今夜レセプションを行う予定だったんですって。だから、真珠の代わりにみこと君の歌を目玉にする・・!ってことでね!』

『・・・な!?』

思わず巽が目を見張り、美園に食って掛かった

『ちょっ・・!おばあ様!?なに勝手な事を言ってるんですか!?だいたい、みことの意志は確かめたんですか!?』

『とーぜんでしょ!?二つ返事でオッケーしてくれたわよ?もうとっくにお店の方へ行っちゃったしね!大丈夫!みこと君のあの歌声なら、真珠なんかより数段価値があるってものよ!』

食って掛かる巽をいなすように挑戦的に言い返した美園が、サッときびすを返して部屋を出て行く

『私も今からあの店に行って、音響テストに付き合うんだけど・・一緒に行くなら早くしなさい!5分だけ待って上げるから・・!』

唖然とした表情で美園の後姿を見送った巽が美園の車に乗り込んだのは、きっちり5分後のことだった・・・

車をスタートさせた美園が、可笑しそうにクスクス笑っている

『・・・なにがそんなに面白いんですか?!』

巽が不機嫌この上ない顔で美園を睨む

『だって・・!みこと君が相談もなしに勝手に決めちゃった事にムカついて、みこと君の歌声が自分以外の人の前で披露され事にムカついてます!って顔なんだもの・・!!』

『・・・なっ!!』

巽の顔がサッと赤らむ

『ほーら、図星なんじゃない!・・だいたい、なんで私たちに白虎の事やあの子の歌の呪力の事、黙ってたわけ!?』

『ッ!?おばあ様、それをいつ!?』

『昨日の夜。ビックリしたわよ。まさか・・そんな守護や能力の持ち主だとは思ってもなかったし!』

巽がハア・・・ッと深いため息をついて、深々とシートに身体を沈めこむ

『・・・本当は、そういう能力の使い方と制御の仕方を教えたら、もとの・・普通の生活へ戻そうと思っていたんですよ。こんな、どこまで行っても暗闇しかない・・薄汚れた世界はみことには似合わない・・・』

『ところがいつの間にか、その闇の中を歩くのに必要な・・一点の白い光そのものになっちゃったってわけね』

『それは・・!』

『なぁに?違うとでも言うの!?いつでもあの子の存在を確かめてるくせに!暗闇の中で浮かび上がる、あの淡く輝く姿にホッとしている自分がいないとでも!?』

あまりに核心を突く美園の言葉に、巽が返す言葉を失ってうなだれる

『ようやく・・雅人の影から逃れる事が出来たんでしょう!?もっと素直に自分の心と向き合いなさい。あなたの事を好きだと言ってくれる人もいるんだから・・・もっと周りをよく見て、関心を持ちなさい!』

『そんな奴、居ませんよ・・!』

あからさまに、何をバカな事を・・!?と言いたげな表情になった巽を、横目であきれたように睨みつけた美園が嘆く

『まったく!!どうやったらそこまで鈍感で居られるのかしらね!?頭痛くなってきたわ!!』

『何が言いたいんですか!?』

ムッとした顔つきで不機嫌そうに言う巽に、美園がため息をもらす

『ま・・・いいわ。これから起きる事でどうして自分がそんな気持ちになるのか、それをよーく考えなさい!!』

『なに・・企んでるんです?』

巽の顔に、不安と警戒の色が浮かぶ

『なーーんにも!たまには私の気まぐれに付き合いなさい!今回の借りはこれでチャラにしてあげるから!ね?

美園が軽くウィンクを投げる

その態度に、既に企み事に乗せられているのだという事を再認識し・・この日何度目かのため息を付いた巽だった

 

 

 

トップ

モドル

ススム