ACT 30

 

 

 

 

美園に言われて一人で家を出たみことの後ろから、まるで闇の中から染み出るように、物陰から一人の男がス・・ッと現れ、声を掛けた

『・・・ひょっとして、桜杜 みこと・・か?』

『えっ!?』

突然自分の名前を呼ばれたみことが、驚いて振り返った

そこには、巽とほぼ変わらない・・180は越えていると思われる長身で、ガッシリとした体躯の男が立っていた

どことなく巽や美園に似た雰囲気の秀麗な顔立ちではあったが、そこにある双眸は鋭く射抜くような眼光を放ち、冷たい瞳をしている

『あ・・あの・・?』

その男の放つ氷のような冷たい視線に、みことが背筋を凍らせる

けれど、初対面であるはずの見ず知らずの男に、そんな視線を受ける覚えもいわれもないはずである

みことはジ・・ッと不躾に自分を見下ろす男の視線を跳ね返すように、正面からキッと見返した

『・・・へぇ、女の子みたいだからもっと気弱な奴かと思ったら・・そうでもないようだな』

平然と人を見下したような目つきと言葉を返す男に、みことがムッとした表情になって声を荒げる

『いきなり初対面の人間に対して、それは失礼じゃないですか?だいたい、あなた、誰なんですか!?』

そんなみことの反応を楽しむように、クッ・・と冷笑を浮かべた男が、冷たい視線を注いだまま、感情のこもらない声音で言った

『これは失礼・・俺は鳳 空也(おおとりくうや)。鳳家の分家の方の人間でね、巽とは親戚関係にある。もっとも、巽はそんな風に思っちゃいないと思うがね』

『・・・分家!?親戚・・・?』

みことの表情に困惑が走る

巽の口から、今までにそんな言葉が出たことなど一度もなかったのだから

『ああ、やっぱり何も聞いていないようだね。相変わらず冷たいというか、分家の人間の事なんて眼中にないっていうか・・昔からそうだったが、あの嫌味な性格は直っていないってわけだ』

巽の悪口を面と向かって言われたみことが、怒りの表情に変わる

『な、なに言ってるんですか!?巽さんはそんな人じゃありません!!それに、僕にそんな事を聞かせるために声を掛けたんなら、これでもう失礼します!!』

キッと、空也と名乗った男の顔を睨みつけると、みことはクルッときびすを返しスタスタと歩き始めた

その後姿を、ニヤ・・ッと狡猾そうな笑みで眺めながら、空也が再び声を掛ける

『ずい分と気の強いボーヤだね。顔・・見るだけのつもりだったんだけど、気が変わった。もう少し・・遊んで行ってもらおうか!』

刹那、空也の瞳に更にも増した冷たい光が宿り、みことの周りにゴウッと風が巻き上がる

『・・えっ!?』

身体ごと浮き上がった途端、黒い人影がみことの身体を捕まえて、守るように覆いかぶさった

・・・と、

同時にピシッピシッと、何かの裂けるような音がみことの耳元を掠めていく

何が起こったのか分からず、自分をしっかりと抱き抱えているのが前鬼であるという事と、自分の目の前にある前鬼の腕に鋭い切り傷が刻まれていく事を、呆然と見つめていた

『・・前鬼!?これっ!?』

ハッと我に返ったみことが問い返すより早く、みことを背後に庇うようにして空也に向き直った前鬼が、冴え冴えとしたサファイヤのような青い瞳に怒りの色をみなぎらせて見据えていた

『何のつもりだ!?挨拶にしては少々、度を越えているぞ』

前鬼の出現に驚く風でもなく、空也が冷笑を浮かべたまま答える

『まさか、この程度の術を防御できないほどの低能力者とは思ってもみなかったものでね。それにしても、お前が巽以外の人間を身を挺して守るとは・・どういう風の吹き回しだ?それとも、このボーヤ、巽にとってそれほど大切なもの・・なのかな?』

探るような目つきを空也が前鬼に向ける

『貴様らが使う低俗な式神風情と同列に見られるとは片腹痛いな。目の前を気に入らない奴がうろつくのが我慢ならない・・それだけだ!』

そう吐き捨てるように言うと、空也に向かって片腕を振り抜き、青白い刃のような光を放つ

その刃に切り裂かれた空也の身体が、ザァ・・ッと掻き消え、ヒラヒラと真っ二つに裂かれた白い人型の紙が前鬼の足元に舞い落ちる

その紙を前鬼が忌々しげに足で踏みつける

血こそ流れていないが、人間の身体とよく似た構造を持つ前鬼の腕の傷に、みことが震える自分の手を添えた

『ごめんッ・・!前鬼、大丈夫!?痛くない!?何で・・僕なんか庇ったの!?』

改めて見る前鬼の背中にも、そこら中に裂けた切り傷がある事に気づき、みことが息を呑む

『お前が謝る必要などない!こんな傷、妖魔の俺には痛くも痒くもないしすぐに元に戻る。そんな事より、あの男には気をつけろ!出来ることならあの男の前で白虎を使うな。お前の能力を知られないようにしておけ・・!分かったな!?』

前鬼が背中を向けたまま、振り返りもせずにそう言い捨てるとフィッ・・と掻き消えてしまった

『あっ待って!前鬼!!』

前鬼が消えると同時に周りの空気が一斉に動き出したかのようにざわめきだす

『あ・・?ひょっとして、結界・・張ってくれてたんだ・・』

いくら人通りの少ない通りとはいえ、普通の住宅街の道である

車も通るし、人目もある

そんな場所で、自分の意思ではないとはいえ、あんな事が起こっては一騒動になっていたかもしれない

『・・・お礼、言いそびれちゃった・・・』

普段、口を開けばケンカの様になって意地悪な奴・・!と思っていた前鬼が、まさか自分を庇ってくれるとは夢にも思わなかったみことは、驚きのあまり「ありがとう」の言葉が素直に出てこなかったのだ

後鬼に言われた「シャイで天邪鬼」という言葉の意味を、本当の意味で理解したみことが、力なくトボトボ・・と歩きながら深いため息をつく

『う〜〜〜〜・・・なんか僕ってサイテー。でも、お礼とか言ったら、またケンカになっちゃいそうだしなー・・。あーあ、どうしよう・・・』

うなだれてブツブツ・・と独り言を呟きながら歩いていたみことの前に、白い人影が現れて道を塞ぐ

『・・・?』

怪訝な表情で顔を上げたみことの目の前に、にこやかな笑顔の御影 聖治が立っていた

『こんにちは。身体の方はもう大丈夫みたいだね?それにしても、災難だったね。空也が現れたってことは、仕事の方はもう片付いたってことかな?』

『み、御影先生・・?!さっきの、見てたんですか!?』

みことが銀色の瞳をまん丸にして、聖治の笑顔を見つめる

『うん。ちょうど君の容態を見に行こう思って来てみたら、たまたま・・ね』

『えっ!?ありがとうございます!でも、もう全然元気です!あれ・・?でも、結界張ってあったのに・・・?』

結界の外からは、中で起こった事は見えなかったはずだ

聖治は意味ありげにニヤッと笑うと、涼しげな顔で言った

『ああ、僕の場合ちょっと・・違うから。ま、もっともこんな仕事にばかり関わってると、多少の特技も身に着くからね。結界の中ぐらい覗けるんだよ・・』

『へぇ・・そうなんだ。あのっ!それより、さっきの空也って人、知ってるんですか!?あの人っていったい・・!?』

みことがありすぎる疑問を一気にぶつけるように、聖治に迫る

その迫力に、聖治がクスクスと笑い声を上げた

『それより、どっか行くとこだったんじゃないの?良かったら送っていくよ?その間にみこと君の質問にも答えられると思うけど・・?』

そう言って、少し離れた所に停めた自分の車を指差した

『あっ!美園さんに仕事の依頼のあったお店に行っといてって言われてたんだった!!』

みことがすっかり忘れきっていた自分の本来の目的を思い出して、頭をかく

『・・そこなら場所も知ってるし、乗っけてってあげるよ。おいで』

クックッ・・と楽しげに笑いながら車に向かう聖治の後を、みことが慌てて追いかけていった

 

 

 

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