ACT 31
『でも、御影先生って私服でも白い色の服着てるんですね。似合ってるけど』
車に助手席に乗り込んだみことが、開口一番、聖治の初めて見る私服姿を興味深げに眺める
みことの言ったとおり、白いざっくりとしたセーターにオフホワイトのジーンズという、白一色の出で立ちは聖治によく似合っていた
『それはどーも。昔から白衣ばっかりだったからね、この色が一番落ち着くんだよ。それより、空也の奴、なんて言ってたの?』
車を走らせながら、聖治がにこやかに問う
『なんか、巽さんの事あんまり良く言わないし・・僕の事も女の子みたい・・とか言うし!初対面の人間にそれはないでしょう!?』
みことが憤慨したように、胸の前で拳を握り締めている
『巽はともかく・・君の場合、見たままなんじゃない・・?』
聖治がからかうような口振りで言葉を返す
『御影先生まで!そりゃ、たまには言われますけど・・けど、言い方ですよ!あの人、なんか、ものすごーくカチンとくる言い方するから!!』
みことの悔しげな顔を横目で眺めつつ、聖治が苦笑する
『それが空也のやり方だよ。あいつは人を言葉で挑発して、先に相手に手を出さすように仕向けるからね。そうなったら向こうの思うつぼさ。正当防衛と称して好き放題やりまくる・・みこと君も気をつけとくといい、あいつの口車には絶対に乗らないこと!もっとも、今日は珍しく自分の方から手を出していたけどね。空也は巽がらみになると異常に執念深くて攻撃的になるから・・』
『え・・?何でですか?』
みことが不思議そうに問い返す
『空也はね、鳳家の分家の当主の息子なんだよ。巽達本家の人間の能力を利用してのし上がってきたのが分家でね、まあ、お互いにいい感情を持ってるわけでもなくて・・微妙な関係なんだよ。特に巽は今までと違って異国の血が混じってるだろう?だから小さい時から分家の人間から疎まれてね、よく虐められてた。その虐めの筆頭が空也だったわけ。
ところが巽はあの性格だろう?分家の奴らに何を言われようがされようが、動じなくてね。それがかえって空也を刺激した・・・ってところかな。何かにつけてちょっかい出してくるのさ・・・』『巽さんが!?なんか・・信じられない・・・』
似たような境遇を辿ってきたみことの顔に、一瞬暗い影がよぎる
『みこと君も似たような境遇だったんだろう?巽が君を同居させたのは、その辺でシンクロしちゃったせいかもね』
自分の心を見透かすような聖治の言葉が、グサリとみことの心に突き刺さる
(・・・そうなの・・かな。同情されちゃってるのかなぁ・・)
見る見るうちに泣き出しそうな表情になって、黙り込んでしまったみことに、聖治が困ったように苦笑を浮かべる
『まったく!そんな風にあからさまに落ち込まれると、こっちが居たたまれなくなるだろう!?頼むから、そういう顔、しないでくれる?』
『・・・えっ!?あ、ごめんなさい!そんな・・ひどい顔してました?』
『・・・してたよ。少なくとも・・落ち込ませようと思って言った本人が、それを後悔するぐらいのね・・・』
『え?今・・なんて・・・?』
聖治の呟きは小さすぎて・・みことの耳まで届かなかった
聖治があきらめ顔でため息をつく
『・・・一つ、昔話をしてあげるよ。まだ巽が小学生の頃、捨て犬を見つけてね、誰にも内緒でこっそり空き地で飼ってたことがあったんだ。それを空也に見つかって・・・どうなったと思う?』
聖治がみことに視線を投げて、答えを問う
『え・・・どうなったんですか?』
聖治の横顔に、痛々しい表情が浮かんだ
『車に・・ひかれて死んだよ。巽の目の前でね・・・』
『・・・っ!?まさか・・!?』
『そう、そのまさかだよ。誰にも犬が死んだ事を言わなかったのに、空也の奴は知ってたんだ。確証がないから巽も面と向かって責められない・・・それ以来、巽は周りの物に一切関心を示さなくなった。ましてや、自分の方から何かを望む・・なんて事も絶対、しなくなった・・・』
『あ・・だからあの人・・僕の事を・・・?』
『そーゆーこと!だからみこと君も用心しとかないと、空也の奴に殺されちゃうよ?』
『ま、まさか・・・!』
青ざめた表情になったみことを横目で眺めつつ、聖治がクスクス・・と笑う
『ま、それは冗談として、いろいろと嫌がらせされるのは覚悟しとくんだね。それと、最後にもう一つ質問!空也みたいな奴が居るって分かってて、同情とか、シンクロとか、そーんな安っぽい軽い気持ちで誰かを側に置くようなバカな奴が居ると思う?』
『・・・え・・それって・・・!?』
ハッとしたように、みことが聖治の横顔を見つめる
『・・・分かったら、自分の身ぐらい自分で守れるようになれ!そうでなきゃ、巽の側に居る資格なんてない!!』
笑顔を一転して、真面目な顔つきと厳しい声音で言い放つ聖治に、みことが言葉を失う
けれど
グ・・ッと唇を噛み締めたみことが、強い意志を秘めた銀色の瞳で聖治を見つめ返した
『僕も、自分で決めたんです!巽さんの側に居たいって!だから・・今はまだ無理でも、絶対、何かの役には立てるように・・自分の身ぐらい守れるように、頑張るから・・!だから・・!!』
『・・合格!』
フッと笑顔を浮かべた聖治が、言った
『・・・へ!?合・・格・・?!』
気合いを思い切りそがれたみことが、唖然とした表情で聖治の笑みを湛えた横顔を見つめた
『・・・そ。とりあえず・・ね。あれくらいでへこんでるようじゃあ、たかが知れてるからね。精神的にも強くならなきゃ、この世界やっていけないよ?みこと君?』
まるで何かを面白がっているかのように、聖治の眼鏡の奥の瞳がいっそう細められている
つかみ所のない聖治の笑顔に、みことがどう切り返したらいいんだろう・・と呆然としている間に、車が静かに目的地に到着した
『さ、着いたよ。僕も行っていいよね?』
みことの返事も聞かず、さっさと車を降りた聖治につられたように車を降りたみことが、スタスタと先を歩く聖治の背中に問いかける
『み、御影先生って・・いったい・・・?』
『んーーーー?』
みことの方を振り返った聖治が、にこやかな笑顔で答える
『鳳家専属の医者で、巽の主治医。・・・ま、電話一本でどこへでも出張していく大変便利なお医者さん・・ってとこかな?』
『そ、それだけ!?なんか・・御影先生って、巽さんと同じ匂い・・っていうか、普通の人じゃないような気がするんですけど・・・』
そのみことの言葉に、店の階段を降りかけていた聖治の足が止まる
『へえ・・・?』
突然止まった聖治の背中に、ドンッと軽くぶつかったみことが、バランスを崩して尻餅をつく
『ッ痛!あ、ごめんなさい!階段の方に気を取られていたから・・・』
打ちつけた腰をさすっているみことの前にしゃがみ込んだ聖治が、その顔を覗き込む
『普通の人じゃない・・て、どういう意味?』
『え!?深い意味なんてないですよ!ただ・・何となく・・・』
『何となく・・・?』
いつになく険しい表情になった聖治に、みことが慌てて謝る
『ごめんなさい!変な事言っちゃって・・。あの、気分悪くしました?僕、昔から変なこと言っちゃうらしくって・・本当にごめんなさい!!』
『ふう・・・ん・・』
それでもまだみことの顔を鋭い眼差しで見据える聖治に、みことが思いきりうろたえる
『ほ、本気で怒ってます!?あの、ほんとにごめんなさい・・!!』
涙目になって必死に謝り続けるみことに、聖治がフッと笑顔を見せた
『いい目をしてるね。君の方こそ普通じゃない、透き通った綺麗な目をしてる。そういう目で見えるものって、どんな風なんだろうね・・・?』
『え・・・?』
『あーーら?何で二人してこんな所に居るのかしら・・・?』
みことと聖治の上に二人分の影がかかる
階段の入り口に美園と巽が立っていた
聖治が立ち上がりながら笑顔で言った
『偶然出会ったみこと君を送ってきたんですよ。なんか面白そうだから、僕も混ぜてくれませんか?いいでしょう?』
『ふーん・・ま、別にいいけど・・?じゃ、こっち来て!』
おもむろに巽と聖治の腕を取って店の中へ引っ張り込むと、店のスタッフに挨拶し二人を店の奥の方のソファーに強引に座らせる
『ハイッ!じゃあ、そこで大人しくしてなさい!』
あっけにとられた二人を残して外に出た美園が、外の階段の所でまだ座り込んだままのみことの前にしゃがみ込む
『ね?みこと君、ここに来てもらったのは、あなたにもう一つ仕事をしてもらいたいからなの。やってくれるわね?』
『仕事・・ですか?』
「仕事」という言葉にみことの顔がキリッと引き締まる
『そっ。あなたに歌ってもらいたいの。今日は音響とか、音楽関係のテストをすることになってるから』
『歌!?僕がですか!?で、でも、僕、ちゃんとした歌なんて歌ったことないですよ!?』
驚いて慌てたように立ち上がったみことが、焦りの色を浮かべた
『あらっ大丈夫よ!今日はテストだし。それに・・私の受けた仕事よ?ことわる気・・!?』
美園にジッと見つめられたみことが、「うっ!」と絶句する
断るなど・・そんな事が出来る人間が居るなら見てみたい!と、みことが心の中で叫んでいる
『オッケーね!はい、じゃ、こっち来て!!』
無敵の笑顔と強引さで、美園がみことを店の中へ引き入れた
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