ACT 6





「もう一つだけ、聞いていいですか?那月(なつき)さんって、誰なんですか?」

美園が『那月に顔向けできない』と言った時、巽の顔に痛々しい表情が浮かんだのをみことは見逃さなかった。

「那月様は…美園さまのご子息、巽様のお父様です。…もう、随分前にお亡くなりになりましたが…」

「…やっぱり…」

美園の言い方と巽の態度に、ある程度の察しはつけていたが、やはり…ちょっとみことの顔が悲しげに曇る。

「これ以上は私の口からは申し上げられません。私との約束は守っていただけますね?」

その言葉に、ハッとしたようにみことが御崎に笑顔を返す。
その御崎の後ろから、美園と巽が顔を出した。

「…さ、もう時間もない事だし、さっさと仕事にかかりなさい!今日の昼間に下見できるように手配しておいたから!夜になったら海人と一緒にその怪現象ってのを体験してらっしゃい!!」

「あ…、はいっ!分かりました!!」

みことがピョンッと立ち上がり、巽について部屋へ向う。

「じゃあ、出かける支度をしてきます。御崎さん、また夜にお願いします」

巽が部屋に入り際、振り返って御崎に軽く会釈を返しつつそう言った。

「はい、お迎えに上がりますので。また後ほど…」

そう答える御崎の腕に、美園が腕を絡めて部屋に入る二人を見送った。

「…で、どう?あの子、見込みありそう?」

腕を絡めたまま、美園が自分より高い位置にある御崎の表情を伺う。

「今の所、合格点です。後は…どれだけの能力の持ち主なのか…。それを見てから、と言う事で」

「そう…。私はちょっと、不安なのよね…」

御崎が御園と視線を合わせるように少し顔を傾げる。

「お珍しいですね。美園様からそんな言葉が出るなんて?」

「…見えないのよ。みこと君の未来(さき)が…。巽と同じように」

「えっ!?」

御崎が驚いたように美園を正面から見据える。

「それは…つまり、巽様と同程度の能力の持ち主、と言う事ですか!?」

美園は小さくかぶりを振り、視線を落とす。

「分からない…。あの子にそんな能力は感じないわ。だから、多分、巽の未来(さき)にあの子が大きく関わっているんだと思う。それなら、納得がいくわ…」

「美園様ほどの『先見(さきみ)』の能力者でも見えないとは…!」

「海人、そう買いかぶらないで。私より那月の方がもっと未来を見ていたわ…『先見』より上の、『夢見(ゆめみ)』の能力者としてね。その那月にも巽の未来は見えなかった。那月はきっと、私なんかでは想像も付かないずっと未来を見ていたんだと思う。そんな息子の子供よ?私には到底及びもつかないわ…」

「美園様…」

寂しげな笑みを浮かべた美園の肩を抱き、御崎が囁く。

「少し、お疲れのようです。お休みになられた方がよろしいかと…」

「そうね…後は、あなたに任せるわ…」

御崎がパキッと指を鳴らす。
すると、あっという間にテーブルセットが掻き消えて、続いて御崎と美園の姿もフ…ッと空気に溶け込むように見えなくなった。

「…あれ?御崎さんと美園さんは?」

オフホワイトのタートルネックに濃紺のジーパン、揃いのジージャンといういでたちでリビングに降りてきたみことが、キョロキョロと庭を見回す。
ついさっきまで居たはずの二人も、テーブルセットも跡形もなく消え失せていた。

「…もう帰った。早めに事が済んで助かった、俺の仕事が片付かないからな」

フィ…ッとみことの前に現れた前鬼が、ツカツカ…とキッチンに向う。

「あーーーっ!!前鬼!隠れてるなんて卑怯だぞ!!」

みことがキッチンで皿を洗い始めた前鬼の背中に詰め寄った。

「なんだ?お前、俺が今日一日雑用をこなせなくなってもいいというのか?お前が代わりにやるとでも?」

青い、冴え冴えとしたサファイヤのような瞳をキッと細め、前鬼がみことを睨みつける。

「え?どういうこと?」

みことがポカンと口を開ける。

「よく考えろ!若い体を保つって事は、それなりの代償が必要だ。あのばあさんの場合、人間の生気や妖しの妖力を食って保ってる!俺なんかがノコノコ目の前に現れてみろ、人間の姿を保てなくなるほど妖力を吸い取られて2〜3日使い物にならなくなる!」

「うそっ!そうなの!?」

素っ頓狂な声を上げて、みことが美園達が居た庭の方を思わず振り返る。

「つくづく気楽な奴だな、お前は!それでよく生気を吸い取られなかったものだ!」

前鬼の言葉に、みことがハッと巽が言った言葉を思い出していた。

『額にキスくらいで済んだのは奇跡に近いな』

その言葉の意味していた事を、みことはようやく理解した。

「うぅ〜〜〜〜〜、それってやっぱ僕がお子様だから遠慮したって事なのかなぁ…?」

ハーーーー…と、深いため息をついてしょげ返るみことの背中に、更に容赦のない前鬼の言葉が突き刺さる。

「お前にしては察しがいいな。お前の生気を食っても腹の足しにもならんという事だ!」

みことはズブズブと落ち込む所まで落ち込んで、カウンターの上に突っ伏してしまった。

「いい加減にしろっ前鬼!おばあ様の事だ、仕事の事を考えてみこと手を出さなかっただけの事だろう。ああ見えて、その辺の事はしっかりわきまえてる!これから仕事だというのに、そんな状態では仕事にならないぞ!?」

黒いツィードのジップアップのシャツにブラックジーンズ、グレーのスプリングコートを手にした巽が、あきれた表情でリビングの入り口に立ち、言い募った。

「こいつが真に受けるのが悪い…!」

前鬼は拗ねたように言い放ち、黙々と皿を洗い続ける。

「うう、ごめんなさい…気をつけます…!」

みことがムクッと起き上がり、パンパン…っと自分のほほを軽く叩く。

「もう大丈夫です!さ、行きましょう!巽さん!!」

みことの立ち直りの早さに、ちょっと意外そうに目を見張りつつ、巽が玄関に向う。
その後を追ったみことが、リビングを出際に

「い〜〜〜〜〜〜〜っだ!!」

と、前鬼にしかめっ面を投げたのは言うまでもない。





トップ

モドル

ススム