ACT 7
目的地にたどり着いた巽とみことが、その向かい側にあるカフェに座って店の見取り図を見入っていた
みことは、先ほどから不思議そうにキョロキョロと店の中を見渡している
「どうした・・?」
巽がふと視線を上げ、訝しそうにみことを眺める
「え、いや・・ここに来るまで結構周囲の視線集めてたのに・・ここに入った途端、なんか皆眼中にないって言うか、コーヒー持って来てくれた女の子も全然無関心だったし・・・」
みことの言うとおり、ここに来るまでの電車の中や雑踏の中で、常に二人は目立っていた
みことの容貌が人目を引くのは言うまでもなかったが、田舎と違って都心では外国人の容貌(みことの容姿はパッと見、プラチナ・ブロンドの外人のようだ)など見慣れたものなので・・みこと一人歩いていてもそう、振り返られることもない
けれど・・・
長身でトップモデル並の容貌とスタイルを持つ巽と並んで歩いていると・・・例え巽がサングラスで素顔の一部を隠していても、目だってしまうのだ
それなのに・・・
この店に入った途端、周りの空気が一変し、ほとんど二人に対して無関心になってしまったのだ
巽は、
「ああ・・・」
と頷くと、みことのジャケットのポケット付近を視線で指し示した
「・・へ?」
ゴソ・・とポケットに手を突っ込んだみことが、ここに入る前に巽に渡された小石を取り出した
「さっき、それを渡す時「この石と同化しろ」って言っただろ?今、その石の意識を拡大させて俺とお前の体を包んでる。だから他人から見れば俺たちはこの石と同じ、どこで何をやったって気にも留めない記憶にも残らない・・・そんな存在になってるんだ。もっと慣れればそんな石を持たなくてもお前一人で思うだけで出来るようになる」
「あ・・・!!」
と、みことが小さく嘆息する
毎日のように周りのこまごまとした物や生き物に意識を集中する練習をさせられていたみことは、巽の一言で瞬時にそこにある”物”と同化できるようになっていた
もちろん、こんな短期間でここまでのレベルにはなかなか至らない
半精霊であるみことの精神と、天性の素直さがそれを可能にしていたのであった
「でも、どうして?」
どうしてそんな事をする必要があるのか?みことが疑問符いっぱいの表情で問う
「おばあ様にも言われただろう?仕事上、俺たちは存在しないことになってるんだ。存在しないはずの人間が目立ってしまったら仕事にならない。ただでさえ俺とお前は目立つんだから・・・」
「そう・・なんだ・・・」
一瞬、冷たい汗がみことの背中を流れ落ちる
巽と一緒に仕事をする・・・
それは、こういう事なのだ
決して普通ではない・・後戻りなど出来ない世界に身を置く事
そこは・・どこまでも深く、底のない闇の中へ足を踏み出したのと同じ・・その場にいた痕跡や記憶・・その全てを自ら消し去って生きて行かなければならない世界なのだ・・・
震えそうになった唇を噛み締めたみことが石をポケットに戻し、ポケットの中でその石をきつく握り締める
その冷たい硬い感触に、今の自分の存在を刻み付けるように・・・
そんなみことの表情をジッと見つめていた巽が、フ・・と視線を見取り図に戻す
「・・・それより、この店・・入り口があまり目立たないように造られてる所から見ても、VIP並みの会員揃いなんだろうな。おまけに間口は狭いが奥行きはかなりある・・・変な物に溜まって下さいと言わんばかりだな」
「ホントだ。何だか入り込んだら出口が分からなくなりそう・・」
客の出入り口は一箇所だけで、従業員用の出入り口は更に奥まった反対側にあった
しかも、客のいるところとはカウンターで仕切られていてまるで袋小路に入り込んでいくかのような造りなのだ
「とりあえず、中に入って調べてみるか・・・」
そう言って巽はコーヒー代をテーブルの上に置き、みことと一緒に店を出た
誰一人振り返らず・・『ありがとうございました』の声もかからない・・・
みことは思わず不安になって、巽のコートの袖をギュッと掴んでしまっていた
「・・・無理はするな。自分でこの仕事が嫌だと思ったら即、やめていい。まあ、とりあえずそこ・・掴んでろ。俺は消えてなくなったりしないから・・・」
「う・・・はい」
自分の心を見透かされて、消え入りそうな返事を返したみことだったが・・・
巽の言った言葉にホッと胸をなでおろしていた
(うん・・!巽さんは、絶対消えてなくなってりしない!今、ここに居るんだから!)
出来ることなら巽の指先でもいいから握っていたいみことだったが、そこまでしてしまったら本当にお子様扱いされる・・!
そう思って、掴んでいた袖先を握る手に力を込めるだけで留まった
店の入り口は階段状になっていて、地下へと続いている
階段の幅は結構あって、3人ぐらいは横に並んでも大丈夫そうであった
バタバタと店の工事関係者らしき人間が二人の横を通り過ぎて行ったが、二人の事など目に入っていないようである
店の入り口は開け放たれ、調度品の最終チェックなのであろう数人の男達が、ほとんど出来上がっている店内をウロウロと歩き回っている
巽がそのうちの仕切り役らしい一人の男に声を掛けた
「えっ!?」
と、驚いた風だった男が、にこやかに二人の前に来て案内を始めた
どうやら、こちらの存在を認めさせつつ目立ちすぎない事も可能らしい
「オーナーからお話は聞いております。こちらのインテリアに興味がおありだそうで・・いやぁ、嬉しい限りです!ここの一番の売りはこの大理石です。わざわざギリシャから直輸入した逸品でしてね・・他ではちょっとお目にかかれない代物なんです」
そう言って、店の壁一面に張り巡らされた大理石の壁面を、コンコン・・と叩く
確かに・・・
壁一面、天井まで張り巡らされた大理石は、見るものを圧巻させる雰囲気を漂わせている
「その次の売りが・・・・」
と、天上から下がるシャンデリアや重厚な造りのソファー、床に敷き詰められたフワフワの絨毯まで・・・
男の説明によると、その全てが”売り”であるらしかった
確かに、見事なまでの豪勢な造りと調度品である
しかも・・そんな中にもちゃんと落ち着きと気品のある趣が漂っていて、センスの良い造りだと言わざるを得ない
ひとしきり説明を終えた男は
「どうぞ、ごゆっくり見ていってください!」
と、にこやかな笑顔を見せると、元の仕事へ戻って行った
「ふわぁ・・・!本当にすごいですね!こんな贅沢な店、初めて見ました」
みことが感慨深げにしきりとその辺の物に触りまくっている
「・・・へえ、見ろ!ピアノがあるぞ。生演奏を聞きながら酒が飲めるとは・・いい趣味してる」
巽の視線の先に、白いシーツを被せられたピアノらしき物が置いてあった
「う・・わぁー!本当だ!あ・・でも、これどうやって中へ入れたんです?大きすぎて入らないんじゃあ?」
確かに、そこにおいてあるピアノのサイズでは大きすぎて、あの階段や入り口を通過しそうにない
「これだけ凝った造りにするオーナーだ。部品と職人を運び込んで組み立てたんだろう・。かなり良いピアノだ・・・」
白いシーツを捲り上げて覗き込んだ巽の瞳が輝いている
「巽さん?ピアノの事とか分かるんですか?」
巽の様子に、みことがビックリした口調でたずねる
「ああ・・・父親の影響でね。少しだけ・・・」
曖昧な言葉で口ごもる巽に、それ以上突っ込んで聞く事をためらったみことが、再び壁の大理石に視線を移す
「・・・あれ!?これ・・って、ひょっとして、アンモナイト!?」
みことが大理石の一箇所を指差して歓声を上げた
「・・・どれ?ああ、ホントだ。いわれてみれば・・・あちこちあるぞ、この大理石・・・」
巽とみことが再びグルッと壁と天上を見渡す
確かに、大理石のあちこちに貝のようなものや虫の様な化石が含まれていた
「はるばるギリシャから日本へようこそ!って感じですね!」
みことがツィ・・とアンモナイトの化石部分に触れる
(・・・あれ!?)
一瞬、変な気配を感じてみことの手が止まった
「どうした!?何か感じたのか!?」
巽がみことの顔を覗き込む
自分よりもみことの方が感受性が高く、僅かな気配を察知する能力に長けている事を承知している巽である
みことの表情の変化を見逃すはずもなかった
「今、一瞬・・・あ、でもダメだ・・・消えちゃった。何だったんだろう・・?今の・・?」
みことが「うーーーーーん・・・」と、眉間にシワを寄せて考え込む
「どんな感じだった?何でもいいから言ってみろ」
「・・・はい。ええと・・初めになんかキラッと光った感じがして、次に・・なんか、ブワッて大きいうねるような物を感じたんですけど・・・すぐに消えちゃいました」
みことが申し訳なさそうにうつむく
「そうか・・・そう落ち込むな。俺には感じ取れない微かな気配をお前は感じ取る事が出来るんだ。もう少し自分に自信を持て!」
そう言って、巽がみことの頭をポンポンと、励ますように撫でる
「う・・・頑張ります!」
みことが小さくため息をつきながら呟く
巽の言葉とは裏腹に、その行為はまるっきり子供扱いだ
(う〜〜〜・・・よーし!絶対さっきの感じの正体を見つけ出してやるっ!)
みことは真剣な表情になって、再び大理石のあちこちに触ってみる
けれど・・・
もう、さきほどのような気配は微塵も感じられなかった
「・・・なんか、やっぱ僕って役立たず?」
再び落ち込んだ気持ちを上向かせるように天井の大理石を見つめながら歩いていたみことが、まだ片付いていない工事用の工具につまずいて、つんのめる
「ワッッ!?キャンッ!!」
子犬のような悲鳴を上げて、まともに顔面を打ち付ける!
はずが、何かにしっかりと支えられて空中で止まっている
「・・・えっ!?」
「・・・全く!お前、本当にどこでもこける奴だな。気をつけろ・・・!」
巽の腕が、しっかりとみことの体を抱きとめていて、耳元にため息と共にそんな呟きを落とす
その、耳朶を震わす声音と伝わる巽の体温に、みことが真っ赤になって硬直した
巽はストン・・とみことを降ろすと、何事も無かったかのように壁のインテリアとして飾られている絵画や置物などを見入っている
「う〜〜〜〜〜〜・・・」
その巽の後姿を見つめていたみことが、いじけたように低い唸り声をもらしてうずくまった
「そ、そりゃあね・・よくこけるし、巽さんからしたら僕なんて子供で・・こういうのも平気なんだろうけどさ・・・」
勝手に跳ね上がってしまった鼓動と体温を静める様に、みことが深く深呼吸する
自分は真っ赤になってドキドキしているというのに、巽は全く気にもかけていない・・ように見えて、なんだか悔しい上に胸が締め付けられるように苦しくなった
(・・・あ・・れ?なに・・?何でこんなに苦しいんだろう?)
その感情をなんと呼ぶ物なのか・・・まだみことは理解できないでいる
苦しい胸を抱え込んで思わずうずくまったみことの目の端に、キラッと光る物が飛び込んできた
フロアに置かれたソファーの下の方で、一瞬、何かが光ったように見えたのだ
みことは這いつくばってソファーの下を覗きこんだ
「あ・・・あった!これだ!!」
ソファーの僅かな隙間に手を突っ込んで取り出したものは・・・
薄っぺらい親指大の半透明なものだった
「これ・・・なんだろう?」
光に透かしてみると、木の年輪のように細い線らしき物が半円を描くように全体に広がっている
受ける光の角度によって、キラキラと反射して微かな輝きを放っていた
「大理石の欠片・・・?でもないよね?こんなの見たことないや・・・」
(後で巽さんにも聞いてみよう・・・)
そう思って、みことはその破片のような物をジャケットのポケットの中に無造作に突っ込んで立ち上がった
トップ
モドル
ススム