ACT 8
巽のほうを振り返ると、巽は壁に取り付けられた大きな振り子時計を見入っていた
「・・・なにか、感じるんですか?」
みことが巽の横に立って時計を見上げる
「いや・・。この時計、動かないんだな・・と思ってな。いい時計なのに・・・」
残念そうに時計を見つめている
かなり年代物の、古めかしい木製の振り子時計だった
文字盤や針、振り子等の金属部分は所々剥がれ落ちていたが、それがかえってその時計の持つ年輪を感じさせて・・・アンティークとして申し分のない風情を漂わせている
残念ながらもう動かないようで、時計の針はよく時計屋などでもそうなっているように、10時10分を指して時を止めていた
その文字盤の下に続く大きな振り子の先に、大振りな白い石のようなものがはめ込まれている
それをジ・・ッと見つめていたみことが上ずった声で巽に問いかけた
「た・・巽さん!これ、ひょっとして真珠!?」
みことが驚いたのも無理はない・・・
その真珠は、普通の真珠の軽く2倍はあろうかと思われる大きさだったのだ
「ああ、多分本物だろうな。残念ながら形が歪んでしまっているから価値的には下がるだろうけど・・これだけ大きい物ははじめて見た」
巽の言う通り、その真珠は表面が大きく波打ち、形も歪んでいる
「でも、キレイですよ」
感嘆の声を上げたみことの背後から、先ほど案内してくれた男の声がかかる
「・・・あ、それ、いい感じの時計でしょう?大昔の難破船から引き上げられた時計らしくって、中はサビついてもう使えないんですけど、インテリアとしては最高でしょう!?その下についてる真珠もその時に一緒に発見された物で、後ではめ込まれた物らしいです。形さえ歪んでなかったらもっと価値があったんでしょうけど・・でも、結構な値打ち物ですよ!」
そう言って、再び自分の仕事に戻って行った
「・・・さて、とりあえず下見は済んだな。怪現象がどういうものなのか分からない以上、これ以上は調べようもない。久しぶりに外で昼ご飯でも食べて帰るか?」
”ご飯”という言葉に反応して、みことのお腹がクルクルクル・・・と鳴き声をあげた
「食べますっ!!久しぶりにハンバーガー食べたい!!」
嬉々とした笑顔を浮かべ、みことが巽の腕を引っ張る
先ほどまで落ち込んでいたのが嘘のような満面の笑顔に、巽が苦笑を浮かべながら引っ張られるままに店を後にした
「お前、絶対食べ物につられるタイプだな・・・」
「だって!お腹は空くでしょう!?食べなきゃいい知恵も浮かびませんって!!」
久しぶりに食べるハンバーガーのメニューが頭の中をちらついて・・・みことはポケットの中に突っ込んだ物の事など、すっかり忘れ去ってしまっていた
その頃・・・
鳳家本家に戻った美園は、鳳家の分家に当たるもう一つの鳳家の当主・・・鳳 静(おおとりしずか)と対面していた
「お久しぶりです、美園さん。相変わらず若々しくていらっしゃる・・・」
そう言って、にこやかに笑う静も50歳とは思えない程の張りのある肌に艶やかな長い黒髪を結い上げ、落ち着きのある品の良い着物姿だ
アーモンド形の少しつりあがった大きな黒い瞳には油断のならない輝きが宿っており、その華のある美園ともどこか似た美麗な面立ちは、年齢を感じさせない美しさを醸しだしている
古来よりこの国の権力者と呼ばれた者達に助言と神託を与える事を生業としてきた一族の末裔だけに、その佇まいや雰囲気は他の者を圧倒させ、平伏させる威厳に満ち溢れている
しかし
この静の美貌と威厳を持ってしても、美園と並ぶとその差がありありと見て取れる
見た目には母と娘ほどの年の差があるようにさえ見えるのだが、持って生まれた天賦の才・・・とでもいうのだろうか、言うなれば”格”という物が明らかに違っている
見た目若く見える美園の方に、冷や汗をかくほどの威圧感と惹き付けられる何かがあった
もっとも、美園は実年齢的には90歳を越えており、静よりはるかに年上なのではあるが・・・
「静さんの方こそ相変わらずお綺麗ですこと。それにしても珍しいわね、腰ぎんちゃくのお二人が見当たらないようだけど・・・?」
お互いに鉄壁の笑顔を張り付かせ・・・その瞳は油断なく相手の動向を伺っている
「空也(くうや)と薫(かおる)も、もういい年なんですよ?まさか、お忘れではないでしょうね・・?」
「あら・・・ごめんなさい。年齢の事となるとぜんぜん無頓着なもので・・精神年齢でしか見れないのよね。そういえば空也は順調にキャリア組みとして昇進、薫は財界のトップ各務財閥総帥の片腕になったらしいわね。相変わらずめぼしい要所への弱みは握りまくれる、てとこかしら?」
ふふ・・・と含み笑いを返す静と美園の間に、目に見えない静かな火花のような物が飛び交っている
静の夫は政界を裏から操っていると噂される大物代議士
長男の空也は将来を約束されたも同然の、キャリアの警察官僚
長女の薫は財界を代表する財閥、各務グループ総帥の片腕としてその世界では一目置かれる存在
鳳家の分家は代々こうした権威や財力を操れる立場に属し続けてきており、今に始まった事ではない
・・・が
それが出来るのも、ひとえに本家である美園や巽達の持つ特殊な能力・・・及び分家の血の中に受け継がれる陰陽師としての能力の高さからもたらされる物であった
それゆえ、鳳家では古来より血族としての血のつながりを何よりも重要としてきた
本家と分家・・・その関係は本家の特殊な能力をその血の中に受け継がせていくために子孫を残す・・その一点にあったといっていい
そのために、本家の人間は必ず分家の人間との間に子供を作り、その子がまた本家の人間となっていったのだ
だが、その血を残すことは代償を払わねばならなかった
本家の人間の持つ特殊な力・・・聖獣”朱雀”をその血の中に囲い、時として美園のように外見の若さすら保つ能力・・それを普通の人間から生み出すにはあまりに強すぎる力であった
通常の人間との間では、子孫を残す事は不可能・・だった
分家の中でも特に強い力を持つ者のみが、生み出した者の死を代償としてその子孫を残してきたのだ
そう・・・医学の発達していなかった時代までは
だが・・・
「・・・巽さんはまだ承知してはくれないようですね?」
静の瞳に一際強い輝きが宿り、美園を真っ直ぐに見返す
「当然ね。実験用のモルモットじゃあるまいし!なんだって精子提供しなきゃならないの?もともと本家の血なんて残すべき物じゃないのよ。人の命を犠牲にしなきゃ生まれない物なんて、生まれるべきじゃない!」
その静の瞳を見返す美園の瞳にも、妖しい輝きが宿る
「だからこそ言ってるんじゃありませんか。今はもう昔のような犠牲なんて必要ないんですから・・・!」
「犠牲がないですって!?」
美園の瞳に怒りが満ちたと思った途端、静の結い上げた髪に飾られていた珊瑚の飾りの一部がバチ・・ッと弾けとんだ
ハッと息を呑んだ静が青ざめた表情で目を見開き、飛び散った紅い珊瑚の欠片を視線で追う
「・・・今はまだ私が本家の当主のはず。私が生きている間は巽に指一本触れさせない・・・そう言ったはずよね?静さん?」
「わ・・わかったわ。だけど、一つだけ確認させて。高野からの一件以来、巽さんと一緒に住んでいる子がいるそうじゃありませんか?その子は一体・・・?」
口元に薄い笑いを浮かべた美園が、上目遣いに静を見つめる
「心配しなくても男の子よ。那月の二の舞になるんじゃないかといても立ってもいられないかしらね?あなたが未だに那月への思いを引きずってるのは勝手だけど、それを巽にぶつけるのはあまりに大人気ないんじゃなくって・・・?」
「な・・何を言ってるんです!美薗さん!?」
顔を引きつらせた静が勢いよく立ち上がり、唇を噛み締めて美園を見据えた
「あら、違ったの?今まで本家の血が継がれてきたのは、自分の命と引き換えだとしても本家の子供を生みたいと分家の人間が望んできたからじゃなくて・・・?」
「・・・もう結構です!とにかく、依頼した仕事だけはきっちりこなすように巽さんに伝えておいて下さい!失礼します!」
美園の瞳から一時も早く逃げるように、静が青ざめた表情で部屋から出て行った
その後姿を見つめていた美園が、ハア・・ッとため息をもらす
「・・・全く、神経使うわね・・・あの”静御前”には・・・」
”静御前”とは静のあだ名のようなものだ
プライドが高く、鳳の家のため、子供のためならどんな事でも手を染めるやり方と、唯我独尊な考え方・・まさに静にぴったりのあだ名だった
「美園様、なにも那月さまの事を引き合いに出さなくても・・・」
静がいなくなるまで雲隠れしていた御崎が、ス・・ッと美園の背後に立った
「ああでも言っておかないと、みこと君にまで手を出してくるでしょうからね。仕事中は大丈夫として・・・片付いた後が心配だわ」
「美園様・・・私はあなたの方が心配です。分家は御影と鳳の関わり合いを知らなすぎる・・・」
「・・・だから何?知る必要なんてないわ・・知った所で誰にも、どうしようも出来ないんだから・・・!」
御崎が見下ろすサングラスが、美園の憂鬱な表情を映しとって見つめていた
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