ACT 9

 

 

すっかり夜もふけた頃

御崎が黒のベンツを運転して、巽とみことと一緒に問題の店に向っていた

「着替えの方はお持ちになられましたか?」

御崎がバックミラー越しに後部座席の巽とみことに視線を走らせる

「ちゃんと持ってきました!でも、何でこんな物いるんですか?」

みことが不安げに御崎に質問する

「美園様が必要とおっしゃるのですから、必ず役立つはずです。ご心配には及びません」

御崎が自信たっぷりに答えを返す

「どういうことですか・・?」

御崎の答えの意味が分からず、みことが再び問い返す

ク・・ッと笑って答えようとしない御崎に代わって、巽が答えた

「おばあ様は”先見”といって、未来が少しだけ分かるんだ。だからおばあ様が必要と言うのなら、必ず後で必要になって来るはずだ」

「”先見”!?未来が分かる!?すごい・・!」

みことは改めて着替えの服を見つめた

「ついでに言うと、”悟り”といって、人の心を読むことも出来るから、今度読まれないようにする方法を教えといてやるよ」

「ええっ!?」

みことが目をむいて巽を見つめる

「そんな!じゃあ、僕の考えてる事全部分かっちゃってたって事ですか!?」

「多分・・な。でも、お前の場合考えてる事と言ってる事がストレートだから、読もうと読まれまいと同じ事だと思うけど?」

「ちょ・・っ巽さん!!それって誉めてるんですか?けなしてるんですか?」

ムッとした表情になったみことをなだめるように・・・でも笑いをかみ殺したような巽の声が響いた

「一応誉めてるんだよ。それに人の心を読むのはすごく疲れるらしいから、おばあ様だって本当に必要な時以外、使わないはずだ」

その言葉にちょっと安心したみことが安堵のため息をつく

そんな二人のやり取りを聞いていた御崎の、サングラスの下の瞳が驚きで大きく見開かれていた

今まで巽がこんな風に楽しげに人と話すことなど、聞いたことがなかった

御崎や美園の前では普通に喋ってはいたが、それ以外の人間とは一定の距離を置き・・決して心を許す事も、ましてや楽しげに話すことなど皆無だったといっていい

そして・・巽に対するみことの反応

何の気負いもなく、その視線にはその美貌に対する畏怖も、機嫌を伺う風な素振りも見られない

そして巽はそんなみことの反応が・・・その言葉の一つ一つ、変わる表情一つ一つを見るのが楽しくて仕方がない・・・といった風に見える

ほんの一ヶ月

たったそれだけで、これだけ巽を変えたみことの存在・・・

御崎の目には、みことがそれだけの影響力を持つ人間だとは到底見えなかった

けれど、今まで以来の仕事に関してわがままなど言ったことのない巽が、みことのために美園に頼み込んできたのは事実だ

(・・・この方に一体どんな力が秘められているというのでしょう・・・?)

バックミラー越しにみことを見つめる御崎の瞳が、サングラスの下で細められていた・・・

 

 

昼間とは全く違った雰囲気を覗かせる街角で、音も無く闇に溶け込むように一台の車が止まった

「着きましたよ。時刻は11時ちょっと過ぎ・・・おそらくはもう、怪現象は始まっているはずです」

御崎の静かな声が車内にこだまする

バタンッと車を降りた3人が地下へと続く階段を降りていく

もうすでに照明の取り付けられた階段は、昼間と変わらないくらい明るい

まだオープン前だけに、昼間は開け放たれていた扉も今は固く閉ざされていた

ベルベッドの布張りが施された重厚な扉の鍵を、御崎が開錠する

「開けますよ・・!」

ス・・・ッと、思いきり両開きの扉を引き開けた・・・!

その、扉の向こうに広がる空間に・・・3人が絶句して立ちすくむ

そこには・・・海!!

しかも、扉の所で何かに仕切られたように・・部屋全体が濃い、藍色の水で満たされていた

「これ・・・水?っていうか、この匂い・・海水ですよね?何でこんな・・・!?」

みことが漂ってくる潮の匂いに鼻をひくつかせつつ、銀色の瞳をパチパチと瞬いている

「確かに、見ないと納得できない現象だな、これは・・・」

巽も灰青色の瞳を見開いて、その海の水を見つめている

御崎は後に退いて、後方からまるで仕事振りを見張る監視役のように二人を静かに眺めていた

「あ・・あれ!魚みたいですよ、巽さん!!それに・・あれ、あれって、ひょっとしてアンモナイト!?お・・泳いでますよッ!!」

初めて見るアンモナイトの泳ぐ姿に、みことが歓声をあげる

その・・・どう見ても幼い子供がはしゃいでいるようにしか見えないみことの様子に、御崎がククク・・・と、肩を震わせて笑いを堪えている

「・・・お前な、水族館じゃないんだぞ?」

背後で笑う御崎の気配を感じつつ・・巽がため息混じりに苦笑を浮かべた

扉で仕切られた水の壁に巽が手を当てる

まるで分厚いガラスのように、冷たい・・硬い感触が返ってくる

みことも興味津々・・といった顔つきで、巽の横で水の壁をコンコン・・と叩きながらしゃがみ込み、水の底を覗き込むように硬い壁に額をくっ付けている

「これじゃあ、中にも入れないし・・・どうします?巽さ・・・」

言いかけたみことが、水の中にうねるような物体が蠢く気配を感じて、食い入るように水を見つめた

「・・・巽さん、あれ、見えます?っていうか見えないんだけど、何か・・大きいのがクネクネうねってる様な・・・」

「うねる!?何が?!」

みことの言葉と視線を追った巽も水を見つめるが、水の中には何も見えない・・・

・・・が、

確かにその水の中に何か・・巨大な物がいる気配は感じられた

「なんなんだ?この気配?!」

二人がどこまでも蒼く、深い海の水を食い入るように見つめている

・・・・と、

(・・・・帰りたい・・・)

どこからか、遠い声がみことの耳元を掠めていった

「・・・えっ!?」

みことがキョロキョロと辺りを見回すが、誰もいない

その声は巽の声でも、御崎の声でもなかった

しかし、確かに自分のすぐ側で聞こえたような気がしていた

巽には聞こえていなかったようで、水の中を見つめ続けている

フ・・・ッと違和感を感じて、Gジャンのポケットに手を入れたみことが・・・ハッと思い出して、昼間拾った何かの欠片のような物を取り出した

その欠片を掴んだ途端、その正体がみことの頭にひらめいた!

(・・・これっ!魚の鱗だっ!!)

そう認知したと同時に、みことの意識が引きずられるように鱗と同化していく

(・・・帰りたい・・・)

その思いがまるで波のように体の中から沸き上がる

その・・声なき声に巽が気づいて、ハッとみことに視線を向けた

その、目の前で・・・

みことの体が、スル・・ッと硬いはずの水の壁の中へ、波紋を広げながら落ちていった

「っ!?みことっ!!」

伸ばした巽の手が、虚しく硬いガラスのような水の壁に叩きつけられる

濃い藍色の水の中に浮かんだみことの体が、うねるような・・姿の見えない水の塊に巻きつかれるように、遠ざかっていく

「みことっ!!みことっ!?くそっっ!!この壁、何で抜けられないッ!?」

巽が血が滲むのも構わずに、水の壁に拳を叩きつける

「・・・くっ!壁を抜けられないなら!!」

ギリ・・っと唇を噛み締めた巽の顔が険しくなり、全身からオーラのような気力が立ち上る

妖しい輝きが灰青色の瞳に宿り、巽の指先が水の壁にルーン文字を書きつけようとした瞬間、

「いけませんっ!この水の壁を壊してしまったら中の水があふれてしまいます!この水は海と繋がっている。それを崩壊させたらどうなるか、お分かりのはずです!!」

御崎が巽の体を無理やり水の壁から引き剥がして、後へ突き放した・・!

 

 

 

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