赤銅色の月の下












ACT 4








「もう一つ・・・?」

注がれた声音に、七星の背筋にゾクリと震えが走る

柔らかく抱き込まれた胸の中で、久しぶりに感じる体温と舵の匂い

不意に覚えた渇きに、喉の奥がひりついた

「うん・・・浅倉の身体の方も」

「な・・・っ」

慌てて身を捩ろうとした七星の耳朶に、舵の熱い唇が押し当てられた

「七星・・・」

熱い吐息と共に注ぎ込まれた名前に、七星の全身に震えが走る

柔らかい産毛の感触を楽しむかのように耳朶を食まれて、身を捩る体から力が抜けた

「ん・・・っ」

全身が粟立つような感覚

でもそれは決して不快なものではなくて

その先に与えられるものを知った身体が、それを待ち望んでいるのだと七星に知らしめる

「うそ・・・だ」

呟いた七星の口内が、渇きを訴えて干上がっていく

「なにが・・・うそ?」

耳元に注がれる問い

七星の背中に回されていた舵の悪戯な指先が、シャツの裾からスルリと入り込んでその地肌に触れた

「あ・・・・・っ」

粟立って触れられる事を望んでいた肌に、自分のものではない体温を感じて、思わず声が漏れる

心の中では「うそだ」と叫んでいるのに、背筋を辿る指先の感覚に反応して身体が反り返る

「あ・・・・く・・・・っ」

拘束感もなく緩やかに抱かれてるのだから、簡単にその腕の中から抜け出せる・・・!はずなのに

七星の意に反して、その神経は肌を辿る舵の指先の軌跡とその辿る先ばかりを追うように、どんどん敏感に研ぎ澄まされていく

「認めて・・・浅倉、こんなに身体は欲しがってる」

それが試していた事なんだと、意味深長に滲ませて舵が囁く

その言葉を認めたくなくて、七星がイヤイヤをする小さな子供のように髪を揺らす

「俺は・・・ずっと欲しくて、会いたくて、会いたくて・・・堪らなかった」

吐息よりも熱い言葉が、七星の動きを封じてその心に染み入ってくる

「こんな風に、誰よりも近くで体温を感じて、浅倉の不安がなくなるまでずっと、抱きしめてやりたかった」

注がれ続ける言葉に、訴え続ける乾きに、七星の喉がヒクリと震える

「怖がらなくていいから・・。浅倉も俺に会いたくて、俺を欲しがってるだけなんだから」

ただそれだけの事だから・・・怖がる必要はないことだから・・・

口に出さない言葉が、舵の体温を通じて染み入ってくる

ずっと怖くて、不安だったはずなのに、こうして触れ合っているだけでそんな気持ちが溶け出していく

言葉にして舵に伝えることなど絶対に出来なかった、思い

でもそれは

言葉なんかにしなくても、舵にはちゃんと通じていた

「・・・・・・・ぅ」

小さく漏れた声と共に、耳元に寄せていた舵の唇に流れ込んできた暖かな滴が、その口元を潤していく

ちゃんと答えを返したいのに

ちゃんと・・・会いたかった・・と、欲しかった・・と伝えたいのに

湧き上がってくる慟哭で、七星の口から言葉が出ない

「・・・・七星」

溢れてしまった涙をこぼすまいと、上を向いた七星の顎を捉えた舵が、その涙で潤った唇で七星の乾いた唇を塞ぐ

「ふ・・・ん・・・・・・、」

七星が抗うことなく、受け入れた途端

緩やかに背中に回されていた舵の腕に力がこもり、不意に強く引き寄せられた

「っ!?・・・っ、んぅ・・・・!」

反射的に逃げを打った身体を、骨が軋むほどの勢いで抱き込まれて、一層深く口内を探るべく舵の熱い舌先がねじ込まれる


ずっと会いたくて

こうして抱きしめたくて

キスしたかった


貪るようなキスから伝わってくる言葉

口に出して語る言葉より、もっと

情熱的で、嘘の欠片も混じる事のない、雄弁な言葉

思ってはいてもなかなか口に出せない七星が、それを伝える術を見つけたように、深く探って絡みつく舵のキスに、言葉の代わりに自分を差し出す

干上がって乾いていた口内に満ちる、互いの体液

それと同時にようやく潤った七星の渇き

けれどそれは満たされたわけではなくて

渇きは飢えへと変わって全身に広がっていく

少しでも離れるのを惜しむかのように密着させていた拘束を緩め、邪魔な衣服を互いに剥ぎ取っていく

その間もキスは解かれることはなくて

頭の芯に霞みがかかり、思考が溶け落ちていく

「あ・・・・・くっ・・・」

背中に感じたシーツの感触を味わう間もなく、その背が浮く

背を抱いていた指先が脇腹のラインを確かめるように辿り、綺麗に張った胸筋の頂きに爪を立てられて、堪らず七星の塞がれていた唇から嬌声が漏れた

解かれた唇はそのまま首筋を這い、もう片方の頂きへと降りる

「んっ・・あっ・・・・」

濡れる感覚と共にざらついた舌先が、突起をなぶる

もう一つの突起も指の腹で押しつぶされ、それでもその存在を主張するように固く尖りを失わない

「・・・・・やっ、あっ、・・・・っ!」

堪らずにシーツを握り締めた七星の手を、舵の手が包み込んで引き剥がし、そんな物など握るなと言わんばかりに指先を絡めあう

執拗に与えられる愛撫は、触れられる喜びに飢えていた身体には刺激が強すぎて

握り締め、爪を立てる指先だけでは耐え切れず、止めどもなく漏れようとする嬌声を七星が自らの手を押し当てて殺し、歯を立てる

「浅倉・・・!」

咎めるような声音と共に手首を引き剥がされて、歯型のついた痕にひどく優しいキスが落とされる

「・・・・声も聞かせて・・・?」

濡れた瞳を覗き込んで言う舵に、七星が引き剥がされた手をその首筋に回してすがりつく

「あ・・・んた、も・・・!」

悔しげに舵の耳元で言い放ち、七星がその耳朶を甘噛みする

「・・・っ、」

思わず漏れそうになった声を殺した舵が、突起をもて遊んでいた指を滑らせて、もう疼いて痛いほどだった七星の下肢に絡めて煽り立てた

「っぁ!あぁ・・・っ」

同時に上がった嬌声が、舵の鼓膜を震わせ熱く濡れた吐息を注ぐ

「・・・・く、」

思わぬ刺激に思わず呻いた舵が、七星の肩を荒々しくシーツに縫いつけて唇を塞ぎ、指先に絡んでヌルつくそこに軽く爪を立てながら煽っていく

「−−−−−−−っ!!」

声に出来ない嬌声を舵の舌に吸い上げられて、強すぎる刺激に潤んだ漆黒の瞳から涙がこぼれた

そのまま一気に登りつめさせられて、七星の身体がシーツに溶ける

弛緩して力を失った七星の膝を割り、舵が強引に腰を割り入れた

「な・・・ん・・・?」

力の入らない瞳で舵を見上げていた七星の双眸が、次の瞬間大きく見開かれる

「や・・・っ、舵、やめ・・・っ!」

放った白濁でヌルつく指を七星の体内に差し入れたかと思うと、もう片方の指先が膝裏を掴み上げて、大きく身体を開かされた

「か、じっ、・・・うぁ・・・っ!」

反射的に閉じようと抗うも、体の中に入り込んだ指の動きにその力を奪われる

更に胸の上にのしかかる様にして肌を合わせてきた舵に、七星が慌ててその身体を押し返そうと突っ張った両腕は、そのままひとまとめに掴まれて、頭上で縫い付けられた

目を見張った七星の目の前で、憎らしいほどの笑みを浮かべた舵が、その七星を見下ろしている

これ以上の痴態はないだろうと思われるほど、押し開かれた身体を

指で繋がれて、その動きに翻弄される表情を

舵に、見られている

押さえるものを失って喘がされ、後で思い出すだけで死んでしまいたくなるようなあられもない有様の自分を

舵が、見ている

耐え切れなくて、固く瞳を閉じても

間近に感じる覗き込む、あからさまな視線

「い・・やだ、舵・・・っな・・んで・・・っ」

羞恥に耐え切れず問う声も、息が上がって喘ぎ声にしか聞こえない

「感じてる七星が見たいから・・・」

「だ・・・れが、感じて・・なんか・・・・っ」

「・・・感じてるよ・・・欲しがってる・・・」

言葉と共に体内を深くえぐられて、七星の背が反り返る

「あぁっ!く・・ぅ・・・どうし・・・」

固く閉じた瞳から流れる涙を、舵が舌先ですくい取る

「・・・もう、俺の誘いを断ったりしない?週に一度は必ずここに来てくれる?」

「な・・・!?」

思わず見開いた視線の先に、笑みが消え、代わりに切実な願いなんだと訴える舵の真摯な瞳

「七星が怖がってるものは俺が全部見たから。俺以外、誰も見ないから・・・だから大丈夫」

「・・・っ!」

見下ろす栗色の瞳に写る、羞恥でどうにかなりそうなほど、あられもない自分の姿

それでも繋がって呑み込んだ指先を、そこは決して離そうとはせず、ヒクツいて欲しがっている

認めたくなどないけれど、認めざる得ない・・・剥き出しの自分

「・・・っ、ひ・・きょう・・もの・・・!」

「うん・・悪いのは全部俺だから・・・。だから浅倉がそんな風になるのも全部、俺のせいにして?」

後で七星が自分に嫌悪を抱かないように

その矛先を全部自分に向けて欲しい・・・と、身勝手な卑怯者が憎らしい笑みを浮かべて囁きかける

「・・・っだったら、手・・・!」

叫ぶように言った七星に、舵が頭上で縫い付けていた両腕を解き放つ

その腕を舵の首に廻して引き寄せた七星が、舵の耳元に唇を寄せる

「だ・・れが、全部・・見せてやる・・もんか・・・!」

首筋に廻した腕に力を込め、七星が舵から顔が見えないようにその肩にすがりつく

「・・・・じゃ、遠慮なく・・・!」

七星の精一杯の強がりに、フ・・ッと目を細めた舵が無造作に埋め込んでいた指を引き抜く

「く・・・・・っぅ・・・っ、」・

喪失感と同時に舵の腰が更に押し入ってくる

「あ・・・っあっ、・・・・く・・・・ぅっ!」

どうしても反射的に強張る身体そのままに、七星が舵の背中に爪を立てた

片手で七星の腰を支えた舵が、強張った体をほぐすようにもう片方の手でその下肢を高めていく

「ん・・・っ、あ・・あ・・・っ!」

弛緩した身体に深く埋め込まれて、七星の膝が舵の腰を誘うように締め付けた・・・その後は

もう二人の間に交わされる言葉はなく

身勝手で卑怯者の男の望むままに、全てをその男のせいにして、羞恥に肌を染めながら、しっとりと汗に濡れたしなやかな肢体を、思う様見せ付けていた











「浅倉、そこ、もう少し右に上げて!・・・うん、オッケー!」

文化祭展示用に与えられた教室で、白石と七星が最後のチェックとばかりに展示パネルの位置を微調整している

「これで準備万端、ってとこだな」

パンパン・・と制服の裾についた埃を払いながら、七星が完成した展示品を眺め回す

教室の入り口から出口にかけて、皆既月食の様子を映し出したパネル写真がグルッと飾られている

壁という壁、窓という窓に暗幕が張り巡らされ、電気を消してしまえば完全に視野の効かない暗闇になる

その部屋全体をスクリーンにして、暗幕いっぱいにプラネタリウムの星空を投影させ

降る様な星空の中、足元から照らすライトで誘導し、写真に写る月をライトで浮かび上がらせて、まるで本物の月食を見ているかのような視覚効果を狙った造り

効果音として流す音楽も、幻想的で優美なもので編集した

高校の文化祭の出展にしては、かなりハイグレードでムーディーな仕上がり

カップルなんかには、良い感じの雰囲気で受ける事請け合いだ

その辺の宣伝も、白石が校内新聞で存分に書きたてていたので、かなり盛況になる事はほぼ間違いない

「じゃ、俺、新聞部の方に顔出していくから・・・浅倉は?まだ帰らないのか?」

「あ・・・舵に最終チェックしてもらわないといけないから、もうちょっと」

「そっか。じゃ、俺はこれで!」

「うん。悪かったな。部員でもないのにこんな時間まで付き合わせて・・・」

「気にすんなよ。結構良い写真が撮れたから、俺的にはすげぇ嬉しいんだ!じゃあな!」

そう言ってきびすを返した白石が、片手を振りながら廊下の角に消えた

その背中が見えなくなるまで見送った七星が、入り口用に隅に寄せられていた暗幕を元通りに広げる

中に入ると、外が夕暮れ時で既に薄暗い事もあって、真っ暗だ

プラネタリウム投影機のスイッチを入れ、足元を照らすライトと月を浮かび上がらせるライトも点灯させる

「・・・即席に作ったにしては、上出来だな」

満足げに呟いた七星が、目を細めて降る様な星空を見上げる

実はこのプラネタリウムもライトも、全て七星のお手製だ

幼い頃から父・北斗の公演の裏方を勤めてきた七星だけに、マジックの仕掛けや大道具・小道具・スポットライトや電気配線・・・その他諸々

限られた資金の中から工夫して、見栄えと共に機能性も重視した道具類を作る事に長けていた

昔から、そういう細々した物を作るのが全く苦にならない性分

それに

自分の手で一から造り上げていくという作業は、七星にとって、唯一の慰めであり喜びでもあった

今でも、北斗から七星に届く公演内容の相談メールの大半は、マジックの仕掛けやそれに要する小道具の設計や改良・・・で

この夏に家族旅行がてら行った北斗の公演先でも、そこに居合わせたその道の一流スタッフから一目置かれるほどだったのだ

「だ〜〜れだ?」

他に聞き間違えようのない、ふざけてるんだか真面目なんだか・・・イマイチ掴めない声音とともに、七星の両目が背後から廻された手で視界を奪われる

「っ!?」

一瞬にして相手を悟ったものの・・・

護身術の条件反射として身体に染み付いた動きは、止める事はできなかった

背後にあった脇腹目掛けて、肘鉄拳が見事にクリーンヒットする

「っぅぐ・・・!!」

確かに効いたと思える呻き声と共に、舵の身体が七星の背中にのしかかる

「・・・ひどい・・・浅倉・・・マジで効いた・・・」

涙声で訴える舵に、何度その声を聞いたことか・・と七星が懲りないその行動に、あきらめにも似たため息を吐く

「・・・あんたも懲りないな。条件反射だって言ってるだろ・・・少しは・・・」

言いかけた七星の言葉を遮るように、舵が両腕をその腰に廻して抱きよせ、耳元で声を潜めて言った

「・・・ベッドの中じゃそんな事しないくせに・・・」

「っ!!!」

一瞬にして真っ赤になった七星が、その腕を解き放とうとしたが、首筋を柔らかく吸われてあっけなく力が抜ける

「・・・ばっ、ここ・・どこだと・・・っ」

「ん?天文部文化祭展示教室・・・でもって、カップルには垂涎モノのムーディーなスポット!」

白石が校内新聞で書きたてた宣伝文句を、そのまま読み上げた舵が続けて感嘆の声を上げた

「しかし・・本当に凄いな。これ、浅倉が全部一人で・・・?」

「え?あぁ、父さんの手伝いでこういうの・・・慣れてるから」

七星の腰を抱いたまま、広がる星空を舵が見上げる

その視線を追うように顔を上げた七星も、その胸に躊躇なく身体を預けて、舵の肩にもたれかかるようにして星空を見上げた

本物の星空ではないけれど

こんな風に、誰かの体温を直に感じながら見上げる星空が得られるなんて・・・!

思いがけない出来事に、七星が一人静かに幸せを噛み締める

「・・・・いつか、本物の星、一緒に見に行こうな」

「・・・・え?」

「その辺の星空じゃなくて、本物の・・・星が今にも降ってくる様な星空を」

「っ!」

たった今、心の中で望んだ思いを同じ言葉で告げられて、七星が言葉を失う

黙り込んでしまった七星に、ひょっとして・・機嫌を損ねたかと、舵が慌てて言い繕う

「あ・・・ゴメン、メインは月の方だもんな。うん、月食もまた今度・・・」

「っ、いい!!」

不意に舵の言葉を遮って、七星が舵の胸の中で身体を反転し、その双眸に手を当てて視力を奪い去った

たった今感じた幸せな思いを、あの・・・赤銅色の月の下で見た男に奪い去られるような気がして・・・七星の指先に力がこもる

「浅倉・・・!?なに?」

「だから、月食はもういいんだって。病んだ月なんて、あんたは見なくていい!」

叫ぶように言い募った七星に、舵が目に当てられた七星の手を解きながら、その・・・少しムッとしたような表情を見下ろした

「急にどうした・・・?病んだ月って、あれか?人が犯した罪悪を代わって・・・・ウプ・・ッ!?」

言いかけた舵の口元を、七星の手が塞ぐ

あんな不吉な男と同じ言葉を、舵の口から聞きたくなどない

それでなくても

なぜかあの時・・・似た雰囲気を探してよぎったのが、よりにもよって舵だったのだから

「もう言うなって!あんたは、俺と見る星空だけ考えてればそれで・・・」

言いかけて、七星がハッと口を噤む

言う気などなかったのに・・・!

慌てて舵の腕の中から逃げ出そうとしたけれど、七星の言い放った言葉を舵が聞き逃すはずもなく

舵が腕の中の七星を思いきり抱き寄せる

「・・・っ、約束!絶対、一緒に見に行こうな・・・?」

「ちょ・・っ、そういう問題じゃなく!離せ!」

言ってしまった自分を呪いながら、七星が腕を突っ張って身を捩る

「約束しないと、他の誰かと行くかもしれないぞ・・・?」

「!?」

その言葉に、急に大人しくなった七星が、チラリと上目遣いに舵を見やる

「・・・・行けば?そしたら俺も別の奴と行くから」

「っ!」

この時期の少年の成長は著しくて

そんな言い返し方も、あっという間に身につけていくんだったと・・・舵が目を見張る

「・・・・・嘘です・・・。浅倉以外とは絶対、行きません・・!」

惚れた弱みとばかりに、舵が早々に降参ポーズをとって負けを宣言する

「・・・・・だったら、約束なんていらないだろ」

上目遣いのまま素っ気無く返された答え

目が合った瞬間、互いに浮かんだ笑み



それだけで

言葉も約束も必要のない事だってあるのだと

その笑みが星空の下で告げていた





=プロローグ・終=


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