求める君の星の名は   ACT 1









「おーーーっ!浅倉くーん、また1年間よろしくー!」

そう言って、机越しに背中に飛びついてきた伊原 猛を、七星がうんざり顔で振り返る

「またお前か・・・腐れ縁とはこのことだな」

「あっ、ひでーな!去年一年、理数系に絞って頑張った俺の努力をそーいう風に言うか!?」

「・・・それは認める。お前、よくこっちのクラスに入り込めたよな」

感心したように言った七星の横顔の向こうで、満開の桜が咲き誇っている

季節は4月、雲海のように眼下に広がる、桜ヶ丘学園名物の桜坂の桜だ

今2人が居るのは、高校生活最後の1年間を過ごすこととなった教室・・・進路ごとに成績順で振り分けられる・・・理数系上位者クラスの3−A

理数系下位クラスが3−B、文系上位者クラスが3−C、下位クラスが・・・

という風に、成績と進むコースによって順にクラス編成がなされている

文系と理系・・・どちらにしようか悩んでいた七星だったが、去年赴任してきた理系の教師、舵と紆余曲折あって恋人関係になってから、理系に進むことに決めた

大学は海外に・・・!と、日本での保護者的立場にある叔母・華山美月に言い渡されてしまったため、理系の方が進みやすい・・・という理由もある

そして伊原も、元は文系志望だったのだが、舵と出会ってから理系の面白さに目覚め、2年の後半から志望を理系に変えたのだ

そんな時期からの志望変更で、この上位クラス入り・・・伊原の頑張りが並大抵のものではなかった事は容易に想像できる

「ふっふっふ・・・何しろ白石と2人で猛ダッシュ掛けたからな。舵にもめちゃくちゃ協力してもらったし!」

その答えに、七星がふと視線を教室内を走らせる

「そういえば・・・白石の奴、どこ行ってるんだ?」

こちらも腐れ縁・・・的古くからの付き合い、白石守も伊原と同じく文系から理系に志望変更して、このクラス入りを果たしている

「あ、あいつは新聞部だから、新任教師の写真取りとインタビューでもやってんじゃない?」

「・・・・なるほど。相変わらずだな、あいつも」

そう言った七星が、フ・・・ッと口元に笑みを浮かべる

その七星の笑みをマジマジと見つめた伊原が、ニヤ・・・と笑った

「浅倉ってさ、去年の後半ぐらいから急激に変わったよな。よく笑うようになったし、トゲトゲして近寄りがたかった雰囲気も半減したし。写真も撮られるの嫌がらなくなったし・・・。それってやっぱさ、舵のせい?」

「・・・・っな!?」

いきなりの核心を突く問いに、思わず七星が言葉に詰まる
実を言えば昨日の昼間、春休み最後だからとか言いくるめられて舵とドライブに出かけ・・・その時の事が甦ってカッと体が熱くなった

「ふーーん・・・そっか、やっぱそーなんだ・・・・へーほーふーーん」

伊原が意味深な笑いを口元に浮かべ、薄っすらと耳朶を朱に染めて絶句している七星の顔を、下から覗き込むようにして眺めてくる

どう考えても、七星のその反応を見て楽しんで居るとしか思えない・・・ニヤニヤ笑い全開の顔つきで

「べ・・別に、舵は関係ないだろ!」

言い募ってみたものの・・・既に耳朶は朱に染まってしまっている

「えーー?なになに?それってどういう反応なわけー?」

鬼の首取ったり!とでも言いたげな雰囲気で、伊原の顔がますますニヤケ顔になっている

「う、うるさい・・・!ほっとけ!!」

これ以上顔を覗き込まれたまるか・・・!とばかりに七星が顔を背けた途端

「新学期早々、楽しそうな話題だねぇ・・・?先生も混ぜてくれないかなぁー?い・は・ら君?」

「っ、うげ・・・っ」

不意に聞こえた舵の声と、苦しげに唸った伊原の声音

「・・・え?」

振り向いた七星の目の前で、伊原が舵にヘッドロックをかまされていた

「ちょっ、か、舵・・・ギブギブ・・・!!」

「誰のおかげで理系に進めたと思っているのかな〜?」

「か、舵大先生様のおかげですっ!!」

「分かればよろしい」

パッとヘッドロックを解いた舵が、ニコニコと七星に笑いかける

「おはよう、浅倉」

「え!?お、おはよ・・・・って、何であんたがこの教室に居るんだよ!?」

呆然と2人の様子を見つめていた七星が、ハッと我に帰って疑問を口にする

この3年の教室は、舵が使う生物化学準備室より一つ下の3階・・・通りがかりなら話は分かるが、今日は始業式で授業もないはず

それなのに舵の手には、生徒名簿と思しき黒表紙のノートや何種類かのプリントが抱えられていた

「さて・・・なぜでしょう?」

フフフ・・・と如何にも楽しげに笑った舵の背後から、両手に大量のプリントを抱えた白石がヒョイッと顔を出した

「・・・ッたくよー、舵、人使い荒すぎ!何で俺がこんな雑用やらなきゃなんねーの?」

「この時間に職員室でウロウロしてる生徒を、担任自ら教室まで引率してやってるんだ。当然だろう?」

「・・・・えっ!?」

七星と伊原が同時に驚きの声を上げる

「担任って!?舵が3年の!?まじで!?」
「あんた、昨日そんな事一言も・・・」

2人同時に言い放って、七星が慌てて口を噤む

幸いにも伊原の大声に七星の言葉はかき消されていて、聞き取ったものは居ないようだった

その伊原の大声に、教室中の視線が一斉に舵に注がれた

「えー?舵先生ってまだ赴任して2年目だろ?」
「去年来たばっかでもう3年担任って、聞いたことねーぞ」
「進路指導とかできるのか?」
「普通はもっとベテランが担任だろー?」

あからさまな声があがる

そんな声を無視して教壇に上がった舵が、ニッコリと誰もが思わず見惚れる笑みを浮かべて言い放つ

「そういうわけで、今年3−Aの担任になった舵貴也だ。3年の担任は以前の学校でも経験済みだから安心しろ!それから、進路や勉強のことばかりでこの一年を費やすな!高校生活最後の一年間だ、思い切り楽しむ事も忘れないように!以上、よろしくな!」

一瞬静まり返った教室内から、如何にもエリート組・・・といった風情の生徒が手を上げる

「舵先生に質問します。先生の最終学歴を教えて下さい・・・!」

そのランクによって、態度をガラリと変える気なのが容易に見て取れる・・・挑戦的な視線がほぼ生徒全員から注がれる

舵がフゥ・・・と溜め息をついて、教室全体を見渡した

「・・・先にこれだけは言っとくぞ。世の中学歴だけじゃ渡って行けやしない。本当の意味で生き残れる奴は、どんな状況に陥ってもそれを楽しめる奴だ」

一瞬言葉を切って、舵が静かに言葉を続ける

「・・・俺の最終学歴は、オックスフォードだ。以上、他に質問がある奴は後で個別に来るように!ホームルームを始めるぞ。白石、そのプリント前から回していってくれるか」

「・・・え、あ・・・はいっ」

水を打ったように静まり返った教室が、その白石の返事とプリントを回す動作に、徐々にざわついていく

「うそだろ?今、オックスフォードって言ったよな?」
「それって、イギリスの超名門校だろ?」
「でも、噂で海外の有名大学出た先生が居るって聞いた事ある」
「あ、それ、親も言ってた。海外の大学も進路に見込める・・・とかなんとかって」
「あ、それ俺も聞いた・・・!」

好き勝手なひそひそ話が横行する中、舵の「静かにー!」という叱咤とプリントの説明が響き渡る

「・・・・っ、そんな話、今まで一言も・・・!」

顔を上げて舵の顔を見ることも出来ず、唇を噛み締めた七星が、配られたプリントの端をグシャっと握り締めていた




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