求める君の星の名は










ACT 12










「なーなー、昨日、どうだったんだ?舵?」
「あ、あれ?姉だってさ!みえみえの嘘だよな〜」
「そりゃ嘘に決まってるよ。俺、相手の女の顔見たけど、全然似てなかったもん」
「そーそー、舵ってどこか外人っぽい顔立ちだけど、女の方は純和風美人って顔立ちだったもんな!」

登校して教室に入った途端、七星の耳がそんな会話を聞きつける
昨日、舵を駐車場まで追いかけていった面々が、その時の様子をネタに騒いでいた

「・・・・・・・・姉・・・ねぇ」

複雑な表情で、七星が呟く
確かに、よくあるパターンの言い訳だが可能性がないわけじゃない
だが、続いた会話の内容に、七星が思わず聞き耳を立てていた

「でもさ、舵と駐車場で待ち合わせしてた男!あれ、モデルかなんかやってんじゃねぇ?なんかすっげーかっこよくなかった?」
「あ、そうそう!あれって女の取り合いかな?」
「違うだろ、だって舵の奴、真一君・・・って呼んで、かなり親しげだったじゃん」
「だよなー・・あ!じゃあもしかして、相手の女の弟とか?だったら既に家族ぐるみのお付き合い〜!?」
「あ、ありえるな、それ!うわ、じゃ、結婚まで秒読み!?」

勝手な憶測で面白半分に盛り上がっていく会話に、七星が唇を噛み締めながら席に着き、鞄に入れていた携帯を取り出した

昨夜

ちょうど大吾の店が込み合うだろう・・・時間帯だったことから
大吾に『お聞きしたい事があるので、仕事が終わり次第電話をかけて欲しい』・・・という主旨のメールをした

すると

深夜近くになって、電話ではなくメールで『すまんけど、急に真一が休む事になってしばらく暇がない。水曜が定休日やからその日にしてんか?』と、送られてきたのだ

そのメールを開いた七星が、確認するように表示された文字列を目で追う
間違いなく、昨日舵が会っていたのは、あの真一だ
バチンッ!と、勢いよく携帯を閉じた七星が、今にも握りつぶしそうな勢いで携帯を握り締めた

「・・・っ、なん・・・だよ!?」

自分には会いに来るな・・・と言っておきながら、真一とは会っている
しかも、おそらくは、真一の仕事を急に休ませて・・・だ

不意に

初めて真一と会った時の、あの、舵を見つめていた寂しそうな眼差しが、七星の脳裏に甦る
あれは・・・どんな意味のこもった眼差しだったのだろうか?

もしも・・・あれが舵に対する恋情からくるものだったとしたら
ひょっとしたら、真一の方から舵に会いに来たのかもしれない
わざわざ車で2時間もかかる場所から、学校の駐車場まで来て待ち合わせしていたのだ・・・
そう考える方が妥当・・・だろう

「・・・・はっ、そうだよ・・・舵が呼んだとは限らないじゃないか」

みぞおちが締め付けられるような痛みを、七星が逃げ道を見つけて何とかやり過ごす

けれど

その日のHRに現れた舵の顔を、七星は結局まともに見ることは出来なかった









「浅倉ー、お前って、このままエスカレーターで桜ヶ丘系列だったよな?どこにすんの?」

2人ずつ行われていた一対一の進路指導も、今日の伊原と七星で最後
一緒に進路指導室に向かって歩いていた伊原が、器用に後ろ向きで歩きながら七星に問いかけた

「・・・・・オックスフォード」

「へ!?」

一言で返された七星の言葉に、伊原の足が思わず止まった

「オックスフォード?!って、イギリスの!?」

「・・・・・そこ以外のどこにあるって言うんだ?」

立ち止まって進路を塞ぐ形になった伊原を、七星が邪魔臭そうに避けながら素っ気無い返事を返す

「・・っ、ちょ、まって・・まじで!?」

慌てて七星の斜め前に出て、その横顔を覗き込みながら、伊原が聞き返す

「・・・・・俺が冗談を言うとでも?」

「だって・・・、お前、ずっとこのまま桜ヶ丘系列で行くって・・・・!」

「ああ、麗と流も留学することになったからな、変えたんだ。出来れば近くに居たいし・・・」

華山家や「AROS」との関わりを明かすわけにもいかない七星が、当たり障りなくあながち嘘でもない答えを告げる

「だからあいつら、片桐に行ったのか!」

「こっちより、片桐の方がスポーツ留学制度と奨学金が整ってるからな」

「・・・・・マジ、なんだ・・・」

呟いた伊原が、いつものハイテンションはどこへやら・・・すっかり意気消沈して、たどり着いたはずの進路指導室のドアの前でうなだれた

「・・・?なんだ?どうした?」

いつもとは打って変わって本気で沈んでいるらしき伊原に、七星が訝しげに問いかける

「・・・・・悪い、浅倉、順番変わって?」

本当なら先に進路指導のはずの伊原が、うなだれたままそう言った

「?・・・・・・いい・・・けど、なに?お前、マジで大丈夫?気分悪いなら保健室行くか?」

いつにない伊原の態度と言動に、七星が一転、心配顔になって無理やり伊原の体を反転させ、俯いたままの額に手を当てる

「っ、ば、ばか!熱なんてねーよ!俺・・・まだ進路はっきり決めてねーから、決まってるお前の方が早く終わるだろ?待たせるの、嫌だし・・・!」

焦ったように七星の手を振り解き、伊原が指導室のドアを開け放って七星の身体を無理やり押し込んだ

「すみません!浅倉からお願いしまーす!」

「え、お、おい・・・ちょっ伊原・・・・!?」

何がなにやら・・・という間に押し込まれ、ドアを閉ざされた七星が、否応なく中に居た舵と顔を合わせるハメになる

「・・・・ハイ、了解です。じゃ、浅倉、始めるから座って?」

いつもの、教師前とした笑顔を浮かべてそう言った舵が、すぐに視線を資料のプリントへと移してしまう

ドア一枚隔てて、伊原が居る

この舵の反応は、至極自然なことなんだと・・・七星が外された視線に対する不安を押し殺した

「えーーと、浅倉はオックスフォードが進路希望でいいんだな?」

「・・・・・はい」

手元の資料から視線を上げずに質問する舵に、七星もその資料を見つめながら短く返事を返す

「・・・TOEFL260点以上、GMAT650点以上、GRE1200点以上・・・は既に取得済みだから、英語力・学力に関しては問題なしだな。後は、エッセイとレコメンデーションレター、インタビューの練習になってくるか・・・。それと、10月には受験だからそのつもりで」

「・・・ッ、10月!?」

あと、ほんの5ヶ月ほどしかない・・・!
さすがに七星の表情にも、焦りの色が浮かぶ
その気配を察したらしき舵が不意に視線を上げ、真っ直ぐに七星を見つめ返した

「大丈夫。俺が付いてるから」

そう言い切った舵の栗色の瞳が、怖いほど真剣に七星を見つめてくる

「・・・っ」

その視線の強さに、思わず目を反らそうとした途端、それをさせまいとするように舵が続けて言い募った

「・・・浅倉、周りはいろいろ言ってくるし、不本意な雑音も多いかもしれない。だけど浅倉ならできるから・・・俺を信じてくれないかな?一緒に合格できるよう頑張ろう?」

思わず七星が目を見張る

それは・・・進路指導の言葉を借りてはいるが、朝方聞いた噂に対する舵からのメッセージだ
一瞬唇を噛んだ七星が、その真意を謀るかのように負けじと舵を見つめ返して言った

「・・・・・先日、イギリスの事に詳しい人と知り合ったんです。今度、その人にいろいろと詳しく聞かせてもらうつもりです」

七星の言葉に、舵の片眉がピクリと上がる

「・・・・・そうか。じゃ、あと、これが大学の案内書と学科の全リスト。どの学科に進むかもう決めてる?」

口ではそんな言葉を吐きながら、一枚の用紙をひっくり返した舵が「大吾?」と書き綴って、七星の前に用紙を差し出してきた

「・・・・・・いえ、まだ決めてません」

七星も言葉を返しながら差し出された用紙に「だったら?」と書き綴る
なぜ真一じゃなく大吾だとすぐに分かるのか?それに七星が誰に会おうと舵に口出しされる謂れはない・・・!そんな意味合いを込めた一言だ

「・・・・・・じゃ、次の進路指導までに選んでおくように」

七星の書いた一言に、舵の瞳が何か言いたげに揺れる
だが結局その瞳は用紙へと落とされ「大吾は酒癖が悪いから、気をつけるように!」と、少し乱暴に書き綴ってきた

それを読んだ七星が、大学の資料を手早くまとめて立ち上がった

「はい、分かりました。じゃ、失礼します」

口頭と紙面、両方に対する答えを一言に集約し、七星が一礼を返して舵に背を向ける

七星から見えなくなったその背後で、舵が思わず呼び止めそうになるその口を、ほんの少し伸ばせば届くだろうその手を、グ・・・ッと唇を噛み締め、両手を握りこんで・・・耐えていた

叶うなら

いつものようにその髪に触れ、撫で付けるくらいしてやりたかった
けれど、一度触れてしまったら・・・それだけでは済まなくなる・・・!

どんなに猜疑心を抱かれていたとしても・・・今は何もしてやることが出来ない

特別でもなんでもない、ただの教師と生徒・・・
七星を巻き込まないためにも、それは貫き通さなければならない態度だからだ

「・・・失礼しました」

七星が舵の方へ視線を向けることなく礼をしてドアを開け、外で待っていた伊原と視線を合わせる
「・・あ、終わったのか」と、もたれていた壁から背を浮かせた伊原は、相変わらず沈んだ顔つきのままだ

「本当に大丈夫か?なんだったら終わるまで待っててやるけど?」

いつも無駄にハイテンションで騒がしい伊原の、いつもと違うそのテンションの低さに、七星が真顔でそう言った

「え・・・!?い、いや、いいよ!俺、多分時間かかるから。それに、なんか待たれてると思うと、落ち着かないし」

「・・・・・そうか。じゃ、また明日な」

「ああ、気をつけて帰れよ」

心配をかけまいとするかのように笑った伊原が、ドアの中へと入っていった

それを見送った七星が、浅くため息を吐いて手にした資料に視線を落とす
舵の事も気になるけれど、受験の事だって考えなければ
重い足取りで、七星が校舎を後にした

進路指導室に入った伊原が遠ざかる七星の足音を確認しつつ、ツカツカ・・・と舵の歩み寄り、無遠慮にドッカリと対面する席へと腰を下ろす

「・・・・・・伊原?」

いつもはそれなりに礼儀正しい伊原のその態度に、舵が眉根を寄せた

「あんたのせい!?」

不意に舵を睨みつけた伊原が、低い押し殺した口調で言い募る

「・・・?なんだ?なにが・・・」

「浅倉が急に進路変更したことだよ!あいつ、ずっとこのまま桜ヶ丘で行くって、ずっとそう言ってたのに!なんでだよ!?」

その伊原の突然の憤りに、舵が静かに問い返す

「・・・伊原?今はお前の進路指導中のはずなんだけど?」

「っ、そんなのどうでもいい!それより・・・」

「伊原!」

舵が更に言い募ろうとした伊原を、強い眼差しと押しの強い声音で一喝した

「・・・それじゃあ、そこらの興味本位の連中と何も変わらないぞ?」

「っ!!・・・わ、分かってるよ!けどっ・・・」

「浅倉が自分で決めたことだ。周りの言うことなんかで左右されるような奴かどうか・・・お前が一番よく知ってるんじゃないのか?」

返す言葉を失って、伊原がグ・・ッと唇を噛み締める

七星と同じクラスになりたいから・・・そう言って去年の後半から白石と共に舵の指導の下、猛勉強してきた伊原である
桜ヶ丘系列の大学なら、七星と一緒に進学できるはずだったのだ

「・・・・自分の事をどうでもいいなんて、そんな風に言う奴に浅倉は追えないぞ?」

言い放たれた舵の言葉に、ハッと伊原が目を見張った

「か・・じ・・・?」

「今のお前の学力じゃ、海外は無理だ。だけど、1ランク上げた大学なら共同研究なんかで交流の深いところもある・・・どうする?」

見つめた先にある舵の口元が、意味ありげにニヤリ・・・と上がる

追いたければ自分の力で追えばいい・・・と
なんのために俺がここに居る・・・と

伊原と真っ直ぐに視線を合わせた舵の意志が、明確に流れ込んでくる

「・・・・っんだよ、また、去年みたいな死ぬ思いしろってか?」

「甘いぞ、伊原。去年以上だ」

ニッコリと微笑んだ舵が、即答する

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まじで?」

「お前ならやれるよ」

真顔で
目の前で

舵に自信たっぷりにそう言いきられて、その気にならない奴など居ない

「・・・・・舵ってさ、性質の悪い詐欺師だよな」

「・・・・・最上の誉め言葉だ」

「・・・・・しゃーねーな、騙されてやるよ」

フッと笑った伊原の顔つきが、ほんの少し大人びたものへと変わっていた




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