求める君の星の名は











ACT 13









「あ・・・れ?これ・・・・」

家に帰った七星が、もらって帰った大学の資料を広げていると・・・中に一枚、他の生徒の指導要項が紛れ込んでいた

「うわ・・・これってまずいだろ・・・」

ただでさえ個人情報流出にはうるさいご時世だ
一生徒であるとはいえ、成績の結果から進路希望、希望に対するこれからの指導方法・・・が書かれたものが校外に出る事自体、あってはならない

「ったく!何やってんだ・・・」

悪態をつきかけて・・・ふと思う


・・・・・・・・・・ひょっとして、さっき、動揺・・・してたのか?


傍目には、ムカつくほど落ち着き払って動揺した様子など、欠片も感じなかった
だが、こんなミス、その普段の舵からは考えられないことだ

そう思った途端、スゥ・・・と心が軽くなった
大吾に会いに行くと知った時の何か言いたげに揺れたあの瞳が、本当は行って欲しくない・・・と、そういう意味合いだったのかもしれない

用紙に書いた「大吾は酒癖が悪いから気をつけるように!」という言葉からは、行くことを容認したとしか思えなかったけれど

「・・・・とにかく、これ・・・返さなきゃ」

こんな物がここにある事自体、七星にとってもこの本人にとっても、良い事であるはずがない
すぐにでも返しておかなければ・・・!

だが、今から学校に戻っても、もう舵は居ないだろう・・・時間帯だ
残っている他の教師に手渡せば、舵の責任問題にもなりかねない
一番の解決方法は舵に直接手渡しすること・・・
家には来るな・・・と言われたが、これは不可抗力・・・の範疇に入るはず・・!

そう思い至った七星が、舵の家へと向かった










夕暮れから夜へと変わる頃たどり着いた舵の家には、明かりが点いていなかった
確認してみた駐車場に舵の車が停まっていた事から、買い物か何かに出ている可能性が高い

「・・・・・・・・・・・」

舵の部屋のドアの前で、七星が思案気に立っている

鍵は、ある
他生徒の指導要項だけに、下の郵便受けに入れておくような代物でもないと思い、部屋まで上がってきてしまったが・・・

ドアの新聞受けに入れておいて良いものなのか・・・
それとも鍵でドアを開けて中に入り、書き置きと共に部屋の中に置いてきた方が良いものなのか・・・

どちらの行動にもでられずに、七星がため息を吐く

バカみたいだと、我ながら思う
毎日顔を合わせているくせに・・・舵に会いたいのだ
学校以外の場所で、教師前としていない、舵に

「・・・・帰って来るまで、待つか・・・」

呟いて、ドアに背を預けた途端
低い振動音と共にエレベーターが上昇し、ドキリと七星の心臓が跳ねる
いったん階下で止まり、違ったか・・・とホッと息をついた次の瞬間、すぐに上がってきたエレベーターの扉が、伸びる一筋の光を吐き出した

ハッと振り返った七星の漆黒の瞳が、大きく見開かれる

その光の中に浮かび上がった・・・二人分のシルエット
扉が閉まると共に眩しい光がなくなって明確になったその2人もまた、驚いた表情で七星を見つめていた

「っ!?あ・・さくら!?」

明らかに動揺した舵の声音
だがそんな声など耳に入っていない様子で、七星が凝視しているもの・・・

舵の横に立って、夕食用だろう買い物袋を手にしている・・・野上 真一・・・だった

一瞬交わった七星の視線を、バツが悪そうに真一が反らす



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんばんは」



自分の口から流れ出た、あまりにも冷静な声と言葉・・・そして2人に見せた笑顔に、七星が心の中で苦笑する


いつだって
自分の感情に蓋をする事は、こんなにも、容易い


思わず握り締めてしまった指先を、浅く吐き出した呼吸と共に解き・・・ジャケットの内ポケットに入れてきた指導要項の用紙を手に取った
僅か数歩でそれが手渡せる位置にたどり着き、七星が舵にそれを差し出した

「これ、もらった資料の中に紛れてました。持ったままなのも嫌だったんで、届けに来たんです」

あからさまに、よそよそしい敬語

「あ・・・・・っ」

差し出された見覚えのある用紙を受け取った舵が、一瞬、安堵の表情を浮かべる

きっと
失くしたと思って探していたのだろう・・・事を伺わせるに十分な、その顔つき
その顔を見れただけでも、来た甲斐があったかと・・・そんな風に七星が思う


人の心は不思議だ
都合の良いものしか見えなくなる
全然違う事を考える事で、感じる痛みを麻痺させる事が出来る


笑い出したくなるくらい、流れ出る言葉は的確で、冷静だ

「人に見られていいものではないと思ったので、俺も中身は読んでません。それでは、失礼します」

軽く一礼を返した七星が、エレベーター横に在った非常階段へと、舵の横をすり抜けていく

「っ、ちょ・・・ま・・・・っ!?」

慌てて七星を追おうとした舵の腕を、真一が掴んで引きとめた

「貴也さん・・・っ!」

どう聞いても制止の意味合いがこもったその声音に、舵の体がビクッと止まる
非常階段を駆け下りていく七星の足音が、どんどん遠ざかっていく

「・・・・・・こんばんは・・・・か」

呟いた舵の口元に、歪んだ笑みが浮かんだ

「・・・・・・聞いていいですか?」

掴んでいた舵の手を解き、真一が片手で顔を覆って項垂れてしまった舵の横顔を覗き込む

「・・・・・・聞くなよ・・・言いたいことは分かってるから・・・」

「じゃあ話は早いですね。・・・・僕、つけこんで良いですか?」

「・・・・・・・は・・ぃ?」

「落ち込んでる貴也さんを慰めるのも、”恋人”の役目でしょう?」

「っ!?」

思わず見つめ返した舵の瞳の中で、真一がニッコリと微笑んでいた









『貴也さん・・・っ!』

聞こえたあの声が、耳にこびりついてはなれない



あれは



『行かないで・・・っ!』

そういう意味合いで呼ばれた名前だった



人間、本当に頭にくると、逆にどんどん頭が冷え切って何も感じなくなっていくのだと・・・七星が初めてその身で実感していた


なんなんだろうか・・・?
この冷静さは?


虚しく非常階段を駆け下りていた時
ついに舵が追いかけてくる足音は響いてこなかった
「なぜ?」とも思わなかった

ただ「・・・・・そういうことか」と、そう思っただけだ

舵は学校帰りそのままの、スーツ姿だった
けれど
真一は、その辺のコンビニに行ってきます・・・というラフな出で立ち
どう考えても、舵の部屋で待っていて、帰ってきた舵と一緒に買い物へ行った・・・そんな風にしか見えなかった

つまり、舵の部屋に泊まっていた・・・と、そう考えるのが自然だ

家に帰るまでの電車の中で、ずっと舵にもらった鍵をポケットの中で握り締めていた
「こんなもの・・・!」そう思って、電車の扉が開くたびに投げ捨ててやりたい衝動に駆られた

けれど

握り締めたその手を、解くことなど出来ないと
その小さくて硬質で、あっという間に人肌を吸い、同じ体温になるたった一つの存在に・・・思い知らされる

どうしてこんな物を渡した?
どうして「待っていて」だなんて言った?
どうして教師になんてなった?
どうして何も話してくれない?

どうして?なぜ?なに?
疑問符ばかりが止めどもなく湧き上がってくる

さっき

舵と真一を見て、何一つ言えなかった
いや、違う
何一つ吐き出せる言葉を持っていない自分に気がついて・・・愕然としたのだ
自分は、舵に何か言えるだけの事をしていない

当たり前のように注がれる笑みに
当たり前のように差し出される腕に

ただ、甘えて、寄りかかって、手に入れた気になっていただけ

見つめてくるその瞳が
抱き寄せてくれるその腕が

何を考えて、どんな思いを抱いているか・・・
そんな事、真剣に考えた事などなかった
そうされることが当たり前で、何も考えなくて良いんだと庇護されている事に気がつきもしなかった

頭にきたのは舵に対してではない

何も言える言葉を持っていなかった
舵と対等になろうとしていなかった

自分自身・・・!



『人が後悔してもしきれないことは、どうして何もしなかったんだろう・・・という後悔よ』
『手に入れたいなら、何が何でも手に入れなさい』



美月に言われた言葉が今更ながら、重く甦る


・・・・・・・・・・何もしないままあきらめるなんて、冗談じゃない!


決意も新たに帰宅した七星が、自室へと向かう
「AROS」に関わると決めた時点から、七星の部屋には専用のパソコンが設置され、美月や七星が関わる事業とのホットラインになっていた

華山グループや「AROS」に関わる全ての場所に入り込めるパスワードを、七星は持っている
美月が何らかの形で舵の経歴に関わっているか、知っている・・・事はまず間違いない

それならば

美月に関する情報の中に、舵に繋がる物が必ずあるはずだ

何かを吹っ切って、無心に画面を見つめる七星の横顔には、今までには見られなかった七星自身の強い意志が、滲んでいた




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