求める君の星の名は












ACT 14









「・・・・・お!七星く〜〜ん!」

桜ヶ丘高校の正門横から顔を出した人目を引く派手な金髪が、屈託のない笑顔を浮かべて大げさに手を振った

「っ!?だ・・いごさん!?」

帰宅する生徒達が、その見慣れない派手な容貌の男と、名前を呼ばれた七星に一斉に注目する

その視線を痛いほど浴びながら、七星が大吾の下へ駆け寄った

「どうしたんですか?急に?」

「いやー、びっくりさせたろーかな?思たんやけど・・・なんや、えらい目立ってしもうたかな?」

まるでその状況を楽しんでいるかのように、大吾がジロジロ・・と2人を眺めながら正門を出て行く生徒達に、おどけたように手を振っている
今日は水曜日で、大吾の店の定休日

舵と真一が二人で居るのを見た、あの日から
七星は美月に関する情報の中から、舵に関係しそうなものを探し出そうとした

だが

七星の調べうる美月の情報は、美月が社長になってからの華山グループ絡みの情報
そして、去年発足した「AROS」での事業参画・・・
つまりは舵が渡英する以前の年代の情報は、得ることは出来なかったのだ

だからといって、その努力を無駄に終わらせる気は、七星にはサラサラなかった
美月に関する情報は既に頭の中にインプットされている
後はその中の何かに引っかかるキーワード・・・それさえ掴めれば、そこから必ず何か得ることが出来るはず・・・!

そう思って、キーワードが掴めそうな唯一の存在・・・真一の不在で多忙らしき大吾に

『・・・・・・・・・時間があれば話を聞きに行きたいのですが?』

という内容のメールは打ったものの、返事がなくて・・・この突然の訪問だった

「でも、よくここが分かりましたね?あ・・・そうか、前に店に予約を入れた時に・・・?」

七星は、メールでこの桜ヶ丘高校の事も場所も、一切触れていない
それで大吾がここに来れた・・・ということは、舵から聞いていたから・・・と考えるのが普通だ

「あ?ちゃうちゃう。真一から聞いたんや。駅から一本道やしすぐに分かって助かったわ」

”真一”から・・・その言葉に、七星の鞄を持つ手に力がこもる
けれど、その揺れた心情はあの日以来何も感じられないままで・・・その表情を変える事すら許してはくれなかった

「・・・そうですか。とりあえずここじゃなんなんで、場所変えませんか?」

どう考えても注目の的の現状の方に神経を向け、七星が苦笑を浮かべながらそう言った
その態度に、僅かだったが大吾の片眉がピクリと上がる

「・・・せやったら、駅前のファミレスでも行こか。あそこの女の子、結構ハイレベルやったし目立つ所にあるしな」

「・・・・目立つ所?」

大吾の意味不明な言葉尻を、七星が耳さとく聞き返す

「ん?ほら、俺目立ちたがりやから!さ、そうと決まったら早速行こか!」

屈託なく返された笑顔と言葉

七星もそれ以上突っ込んで聞くことが出来ずに・・歩き出した大吾の背中を追って歩き出していた










帰宅中の学生の集団に混じって歩いていた七星が、ふと眉根を寄せる

しばらく感じなかったはずの・・・あの視線
あからさまに興味本位で、獲物を狙うハイエナのようだった・・・あのパパラッチと同じ視線・・・

思わず振り返ろうとした途端
いきなり伸びてきた腕に肩を組まれて、反射的に護身術が染み付いた身体が相手の脇腹に肘鉄を繰り出していた



「ヒュウ♪やるねー。けど、振り返るんはナシや」

そんな言葉とともに、繰り出したはずの肘鉄は大吾の手で掴まれて動きを封じられ、組まれた肩にこもった力強さに振り返ることも叶わない

それは

かなりの反射神経と実戦経験がないと出来ない動きで
大吾の派手な外見と雰囲気からして・・・かなりケンカ慣れした結果の動き・・・だと思わざる得ないものだった

「え・・・っ!?」

「せっかく尾行されてんのを利用してんねんから、気付かないフリしといてくれんと、ここまで来た俺の苦労がなくなってまうやん」

まるでじゃれあっているかのように肩を叩きながら、大吾が笑顔で七星の顔を覗き込んでくる

「・・ッ!?尾行・・って!?」

「ん?あ、俺、ただいま尾行され中・・・!っつー感じ?」

「は・・・!?なんで!?」

「まーいろいろと・・・。ま、とりあえず、詳しい事は座ってからにしよか」

組んでいた肩と掴んだ肘を離した大吾が、到着したファミレスの中へ七星を押し込むようにして入りこんだ

ファミレスの中に座っても、どこからか・・・感じる視線
大吾が言うように、誰かが尾行していることに間違いはないらしい

「尾行・・・って、いったいどうして?」

コーヒーを二人分注文し終えた大吾に、七星が声を潜めて聞く

「それ、話す前に・・・ちーとばかし聞いてええか?」

不意に真面目な顔つきになった大吾が、七星を見据えた
嘘、偽りを語ることを許さない・・・あの、相手の心の奥底を見透かすような・・・真っ直ぐな視線で

「・・・七星君は、貴也のことをどう思ってるんや?」

「っ!?」

あまりに単刀直入な質問に、七星が目を見開く

「会ったんやろ?貴也ん所に居る真一に。さっきも俺が真一の名前だしたけど・・・反応ほとんどなしやった。貴也は七星君を恋人や・・・言うてたけど、あれは貴也の勝手な思い込みで、七星君にとっては恋人でもなんでもない・・・ちゅうことか?」

「っ、違・・っ!!そんな事ない・・・!!」

思わず大きくなりかけた声に、七星が思わず口を押さえて自制する

「じゃあ、どういうことや?」

「・・・っ、」

真っ直ぐに見つめてくる大吾の真剣な眼差しとその声音に、どうして大吾がここに来たのか分かった気がして、七星が自分の中で渦巻く感情を言葉に変える

「・・・・俺は、舵に甘えていたから・・・。自分の居場所を与えてもらって、それが当たり前で・・・疑問にも思わなくて・・・。まるっきり庇護された子供だったから・・・。だから真一さんと2人で一緒に居る所を見ても、何も言えなかった。言えることを何一つ持っていない自分に気がついて、自分に腹がたったんです」

言いながら、ゆっくりと七星の顔が上がる
ほんのり上気した顔に、すべき事を見つけた確固たる意志を持ちえた表情を浮かべ、その漆黒の双眸が大吾の真っ直ぐな視線を凌駕して見つめ返す

「だから、俺は庇護される子供じゃなく、舵と対等の場所に立てるだけの人間になりたい。そのために、俺が知らない舵の事を知っておきたい。メールで聞きたいことがあるっていったのは、そのことなんです」

その言葉に、大吾の顔つきが一層厳しいものに変わる

「七星君が知りたい思うてる事が、貴也にとって一番辛くて苦しい事であってもか?」

その問いに、七星の表情に静かな笑みが浮かぶ

「だったら尚更です。俺も、そうだったから。舵に一番知られたくなくて誰にも言えなかった苦しさを軽くしてもらった。だから、俺が舵のそういうところを知らないのは、フェアじゃないし、俺にそういう部分を見せないのは、卑怯だし許せない」

それは恋愛感情でも怒りでも悲しみでもなく
ただ、舵と対等な位置に立ちたい・・・という切実な願い

見つめ返してくる七星の視線には、無意識に大吾の心のうちさえ見透かそうとするような・・・そんな新たな輝きが宿っていた

その言葉とその瞳の輝きに、大吾が愁眉を解いてニヤリ・・・と笑み返す

「・・・・・・尾行してんのは、貴也の姉貴に雇われた素行調査の探偵や」

「っ姉!?探偵!?」

「沙耶っちゅう、えらい貴也にご執心の姉貴らしくてな、5年前に貴也が大学院まで進む予定やったんを辞めて帰国したんも、その姉貴のせいなんや」

「・・・・・沙耶」

呟いた七星が、唇を噛み締める
その名前は確か、学校の中庭で舵の名前を呼んだ女に対して、舵が呼びかけていた名前・・・だ
あれは、本当に舵の姉だったらしい

「でも・・・探偵を使って尾行なんて、いったいどうして?」

「んーーーー・・・俺も詳しい事情はよう知らん。貴也の奴、自分の事となると貝みたいに頑なに喋らへんからな。分かってるんは、貴也は実家を継ぎたくなくて、姉貴は是が非にでも継がせたい・・・ちゅう事ぐらい。で、今回その実家の後を継がへん・・って正式に言って来た貴也の周辺を調べ上げて、そう決意させるに至った原因・・・を排除するため、言うところやろな」

「原因を・・排除?」

「そ。一目で見抜きよったらしいから・・・女の勘、いうんは怖いな。貴也が恋人のために今まで逃げてきた事に決着つける気になった、いうことにな。せやから、その恋人を見つけ出して何としてでも別れさせる!そんな所や」

「え・・・、それ・・って・・!?」

目を見張った七星に、大吾が指先で拳銃を形どって「バンッ!」とおどけたように七星を射抜く

「そ。浅倉 七星君、君の事や!」

「っ!?で・・も、舵は、真一さんと・・・」

「本人さんがそう思い込むくらいやから、まー役者やな、あの二人も」

「っ!!」

七星が言葉を失って絶句する
あれが、全て芝居?
未だに耳の奥底でこだまする「貴也さん!!」そう呼んだあの真一の声が?

大吾の話が全て本当なら、急に舵が自分を遠ざけた理由も納得がいく
あの時、追いかけてこなかったのも、今と同じく誰かに見張られていたから
七星の存在を隠すために仕組んだ、恋人としての擬態

冷たく冷え切っていた心に、ようやくトクン・・・と温かな血液が流れ始める

けれど

どこかで

まるで溜まった澱のように・・・何かがわだかまっている
未だに消えない真一の声が

芝居で・・・擬態・・・
そんな言葉で打ち消せないほどの、強い意志のこもった声音
大吾の店で舵と七星を見た時の、真一の寂しげで意味ありげな瞳

疑えばきりがない・・・
分かってはいても、ざわつく心を止める術を、七星は知らない

「・・・んで、ちょっとまずかったのが、こないだ貴也の所に七星君が行ってしもうたことやねんけど」

「え・・・っ!?」

絶句したまま放心していた七星の顔を覗き込むように、思いがけず近くにあった大吾の顔に、七星が目を瞬かせた

チョイチョイ・・・と指先で顔を寄せるように手招きし、内緒の話をするように大吾が七星に声を潜めて囁きかける

「そのせいで七星君もあちらさんの監視内に入ってもうた。しゃーないからここで設定を一つ追加する事にしたわけや」

「は・・・?設定を・・追加?」

「そ。こういう奴を・・・な」

ニコッと笑った大吾の顔が、不意に急接近したかと思うと、かわす間もなく七星の頬に大吾の唇が押し当てられていた

「な・・・・っ!?!?」

思わず飛び退るように身を引いた七星が、驚愕の表情でニコニコ・・・と屈託なく笑っている大吾を凝視する

「追加設定その1、俺と七星君は恋人同士〜♪よろしくな♪」

唖然としたまま言葉もない七星の前で、大吾が悪戯に成功した子供のように、悪びれた気配の欠片もない満面の笑みを浮かべていた




トップ

モドル

ススム