求める君の星の名は
ACT 15
「・・・・七星!」
いつものように夕食の準備をしていた七星の耳に、いつもの「ただいま」という声よりも先に、自分の名前をまるで咎めるように呼んだ麗の声が聞こえてくる
「・・・・麗?なんだ?どうし・・・」
バタバタ・・・といつもの麗らしくない足取りで駆け込んで来たかと思うと、振り返った七星に詰め寄って言い放った
「七星!一体どういうこと!?」
「・・・は?」
思わぬ迫力に面食らいながら、問われた意味が分からずに七星が目を瞬く
「は?じゃない!なんでド派手なパツキン野郎なんかとデートしてるわけ!?」
「っ!?な・・んで、お前、それ・・・っ?」
その七星の言葉に、一層麗の眉がつり上がる
「それ・・・ってなに?ただのデマじゃなくて本当ってこと?そのパツキン野郎って、一体誰!?」
どうして麗が大吾とのことを知っていたか・・・
理由は簡単
大吾と七星が会っていたファミレスは駅前の一等地
おまけに二人が座っていたのは、大吾が意図的に選んだ目立つ窓側
店の従業員からも、更には外に居る者達からも、よく見える場所だった
その上麗は、そのファミレス従業員の女の子、さらには店長とも、メル友の間柄・・・
桜ヶ丘学園の学生達、果ては先生達のうわさ話まで・・・駅前一等地という利点があるだけに、そこで行き交う情報は豊富で確かなもの
七星とは学校が離れてしまう状況の麗が、桜ヶ丘で起こる情報収集を怠るはずもなく
七星に関して目撃されたり、噂になったことは、たちどころに麗の携帯にメールで送られてくる・・・という情報網が張り巡らされていたのだから
そういえば・・・あの席、外からもよく見える場所だったよな・・・そんな事を思い出した七星が、その辺りから流れた情報だろう・・・とため息を吐いた
「大きな誤解だ、麗。俺が会ってたその人が、前に言ってた舵の友達、川崎大吾さん。デートじゃなくて、舵の話を聞いてた・・・ただそれだけだ」
「へ・・・ぇ?」
麗の青い瞳に冷たい輝きが宿る
「・・・・じゃ、聞かせて欲しいね。どんな話の流れでほっぺにキス・・なんていう状況になりうるのか・・・!」
「っ!?」
思わず七星が目を見開いて絶句する
なんだってそんな事まで・・・!?
というより、麗がそこまで知っている・・ということは、当然、他の誰かがそれを見ていたから・・・と考えるのが普通で
よりにもよって一番目立つ窓側の席に座っていたのだから、ほんの一瞬の出来事だったとはいえ、見られていたって不思議ではない
何しろあれは、大吾が尾行している人間に意図的に見せ付けるためにやった行為・・・なのだから
「どうなの!?」
詰め寄った麗に、仕方なく七星がそうなった経緯を説明する
舵の突然の帰国理由と姉の存在、その姉による尾行とその理由であるらしき舵の実家の後継ぎ問題
七星を巻き込まないために行っている、舵と大吾と真一とで組んだ設定上の芝居
「・・・というわけで、あれは恋人同士に見せかけるための、一種の芝居。それに、頬にキスくらい海外じゃ挨拶代わりによくするじゃないか。大吾さんだって結構長く渡英してたんだし」
だからそんなに大したことじゃないだろう?・・・そう、七星の表情が言っている
・・・・・・・・・・・・・冗談じゃないっ!!
麗が心の中で、思い切りその七星の安易な考えを全否定する
ここは日本だ
海外の挨拶が日常的に通用する場所柄でも、それを安易に認知する人種で構成された土地柄でも、ない
おまけに
話で聞く限りでも、大吾ははっきりと明確に”恋人”を演じる・・・ために七星にキスしている
つまり、そのキスは挨拶じゃなく、”恋人”としてのキスなわけで
何が許せない・・・・って、
七星がそれを自ら認めたうえで、その行為をした大吾を許してしまっている!
このことだ
それは
これから先、その舵の実家絡みとかの問題が片付くまで、大吾は七星に対して同じ名目で”恋人”としての態度を取り続ける・・・事を七星が容認した、という事
いささか強引とも思える方法で、七星にそれを容認させた大吾という人物が、それだけですます程度の人物とは、麗には思えない
何しろ調べ上げた大吾の経歴の中の渡英する以前・・・日本に居た頃の中学時代は、ケンカ沙汰やら傷害事件やら・・・とんでもない補導歴がひしめき合っていたのだ
渡英してからだって、そこまで記録が残っていないだけで・・・そういう臭いの染み付いた人間の周りには、自然そういう輩が付きまとうもの・・・
・・・・・・・・・・・・・・・そんな場数踏んでるような奴が
七星を前にして手を出さないでいる保証なんて
そんなもの、あるわけないじゃないかっ!
北斗の妖艶な美貌と雰囲気をそのまま受け継いでいる七星は、はっきりいって、その気のある人間には垂涎ものの獲物だ
公衆の面前とも言える場所で、七星にかわす間も与えず頬とは言え、キスするような人物である
そういった手練手管には長けているし、相手が友達の恋人だろが頓着しない無節操な性格だと考えるのが妥当だ
聞いた話では結婚しているとか言っていたが、つまりは男でも全然いけるバイだということ
往々にして、結婚しているバイの人間は、男との行為をただの遊びとしてしか見ていない性質の悪い輩が多い
普段の七星なら、他人に触れられるような行為を絶対に許しはしないし、警戒心を怠る事もない
だが今回は違う
もう既に、七星は大吾が”恋人”として触れてくることを、容認してしまっている
その上、それがどんなに危険なことか七星自身は微塵も気がついていない・・・!
舵の友達・・・ただそれだけで”疑う”という概念が七星の中で欠落しているのだ
そんな七星に注意を促したところで・・・ただの心配性と捕らえられて終わりだ
それならそれで、こっちが先に相手の本性を見極めて、本当にヤバイ人物なら七星の前から排除しておく必要がある
「・・・・・・そう、そういう理由なら仕方ないね。でも、受験だってあるんだし、あんまりそういう事にかまけてる余裕、ないんじゃないの?七星?」
思わず口をついてでた辛口の麗の言葉に、七星が苦笑を浮かべる
「確かにな。悪かったよ麗、心配かけて・・・。これから気をつける」
さすがに受験・・・の一言は効いた様で
七星の表情が気を引き締めたように、怜悧なものへと変わる
その表情を、ため息を吐きつつ見据えた麗が、着替えのために2階の自室へときびすを返した
部屋の中に入ってドアを閉めた途端
麗の顔つきがス・・・ッと一変する
「・・・・・・さて、これで重点的に調べるものが決まったね。これからはお遊びの興味本位じゃなく、本気で調べ上げさせてもらう・・・!」
3台のパソコンを立ち上げた麗が、以前調べかけて放置したままにしていた・・・麻薬密輸摘発事件の項目を、画面上に呼び出していた
「えー・・・まじ?うそだろ?」
「いや、ほんとだって・・・!見た奴がいるんだから!」
「ってか、それって・・・男でもオッケ!ってこと?」
「北斗だってバイで有名だもんな。・・・でも、それってさ・・・」
「・・・・だよな?」
「・・・・修学旅行・・・だもんなぁ・・・?」
「・・・・もと男子校のなごり・・・消えてねーもんなぁ・・・?」
コソコソ・・・と、教室のあちこちで固まった何人かが、チラチラ・・・と先ほど登校して来た七星を盗み見しながら、似たような会話を交わしている
話題は、当然七星がド派手なパツキン男と一緒にファミレスデートをしていた事・・・!
ほんの一瞬の、七星にしてみれば挨拶程度・・・なキスだったが、思春期真っ只中の少年達にとっては、十分すぎるほどの刺激的話題
その上、往々にしてそういった噂は尾ひれがついて膨らんでいくもの・・・
気がつけば
七星は北斗譲りの男もいけるバイで、今の恋人はド派手なパツキン・・!
という話になっていた
そんな話が至極当然のように噂されるのには、理由がある
桜ヶ丘学園はもともと男子校だった時期があり、その名残は共学になった今でもなんとなく・・・根付いている
それというのも、この3年の段階で振り分けられる理系・文系成績別クラス編成が原因で
理系成績上位クラスの3−Aは、ほぼ毎年男ばかりのクラス構成になる
今年はそれが特に顕著で、3−Aは男子のみ、3−Bも女子はほんの数人・・・というまさに男子校の雰囲気そのままのノリになってしまっていた
それ故
修学旅行と卒業式・・・という2大イベントにおいては、男女間での色恋沙汰における告白は当然の事として、男同士での告白もまた、根強く伝統として残っている
そんな基礎があった上での、この状況・・・・だった
そんなあからさまなひそひそ声と視線の中・・・
七星は気にかける風でもなく平然としている
確かに、大吾に触れられた事は驚いたし、怒りも覚えた
だが
そこにあった必然的な理由と、屈託なく子供のように笑う大吾の態度
怒れるような雰囲気には到底成り得なくて
仕方がないか・・・そう思わせてしまう妙な何かが、大吾にはあった
実際
父親である北斗を筆頭に、自分も含め浅倉家の面々は何かにつけて同性と縁がある
今更それを否定する気にもなれなかったし
舵との事だって、教師と生徒という倫理観・・・未成年という自分の年齢
舵の教職失職の可能性
それさえなければ、その関係を隠す気など、七星にはサラサラなかったのだから
その噂話と七星の態度に我慢が出来なかったのは、むしろ自称親友だと豪語してはばからない伊原と白石で
ガタン・・・ッ!
と立ちあがった伊原が、無遠慮にも七星の真後ろでそんな話をしていた、クラスでもリーダー格ばかりが集った集団に向かって言い募っていた
「お前ら!いい加減にしろよ!!そんなでたらめ話真に受けやがって・・・!」
伊原のその言葉に、言い募られた面々が気色ばむ
「何がでたらめだよ!?見た奴がいるんだからな!それとも何か?浅倉と出来てんのは俺の方です・・・って、宣言でもするつもりか?お前ら二人、昔っから浅倉の金魚の糞だもんな・・・!」
その毒のあるおどけた言い方に、教室中が沸き返る
「っ、言ってくれるじゃねーか!」
「っ、・・んだと・・・このや・・・・」
今にも殴りかかろうと身構えた伊原と白石の腕を、ガシッ!と七星が掴んで引き戻した
「っえ!?」
「っ!?あ、さく・・・」
二人を引き戻しつつ、ゆっくりと立ちあがった七星が、その集団へと向き直り・・・怜悧な眼差しを注いだ
その
まるでオーラが立ち昇るかのように周囲を圧倒する七星の威圧感に、沸き返ったはずの教室が、一瞬にして凪ぎかえる
「俺自身の事で何を言われ様が一向に構わないが、関係のない奴まで巻き込んで嘲笑するのは許さない。だいたい、挨拶代わりのキスがそんなに物珍しいか?なんだったら・・・」
言葉を切った七星が、集団の中心にあった机にダンッ!と拳を叩きつけた
「今ここで、噂話の元凶を再現してやろうか・・・!?」
北斗譲りの美貌と迫力で、七星が伊原と白石を笑いものにした面々をねめつける
その身震いするほどの迫力と、七星の底光りする強い意志と怒りを秘めた漆黒の双眸に・・・クラス中の人間が息を呑んだ
静まり返って動く気配のない雰囲気の中、蛇に睨まれたカエル状態の面々からス・・・ッと視線を外してきびすを返した七星が、もと居た場所へと戻ってくる
途端に張り詰めていた緊張感が一気に溶けたように、教室中がざわつき始め・・・
もうそれ以上、噂話をするような輩など、一人として存在しなくなっていた