求める君の星の名は











ACT 17








バタンッ!!

誰も居ない家の中で、七星の部屋のドアが後手に思い切りよく閉められた

バシンッ!!

机の上に叩きつけられた学生鞄が、その勢いそのままに跳ね上がって中身を吐き出しながら床へと転がる

それと同時にベッドへと身を投げていた七星が、ボスッ!!と頼りない感触の枕に拳を叩きつけていた

「・・・・・ッ、クソ!!」

それ以上吐きだす言葉がない

真一に言われた言葉が、耳の奥でいつまでも消えない


『父親の代わりなんじゃないの?』
『本当に人を好きになったことがあるの?』
『貴也さんを好きだとは思えないよ』


そう言われて、反論できなかった
舵が、自分の取った態度で落ち込んでいるだなんて、考えもしなかった

でも

舵が何も言ってくれなかったせいでもある
一言、言ってくれてれば・・・!

言わなかった・・・いや、言えなかった理由・・・
それはやはり、過去に真一と付き合っていた事を知られたくなかったから?

沙耶からその存在を隠したかったのも、七星を傷つけたくなかったから?

「・・・・・っ、そんなに、俺は子供なのかよ・・・!」

口に出して言ってみて、その現実に七星が唇を噛み締める

まだ18歳で、高校生
舵とは教師と生徒

一般常識にいっても、その関係がバレて責任を問われるのは大人である舵だ
七星が舵の意に従わざる得なかったのも、その一点にあるといって過言ではない

もっと大人だったら・・・!
せめて、教師と生徒なんかでなかったら・・・!
もっと・・・違っていただろうか?


・・・・・・・・・・・・そんなのはただの言い訳、問題はそんな事じゃない・・・!


ハァ・・・・と、七星が大きく息をついてゴロン・・・と寝返りを打つ
灰暗い天上を見つめ、もう一度大きくため息を吐き出した

「・・・・・・・・・・・・・・・好き・・・ってどんなだ?」

呟いたその一言に、七星の眉間にシワがよる
七星が好き・・・だと言える物は、全て家族だ

以前、舵は七星に家族と比べて「俺は何番目?」と聞いた
その時七星は、順位など付けられない同列に舵は居る・・・!そう思った

でも

それならば、舵は七星にとって家族と同じ・・・ということ
真一が言った「父親の代わりなんじゃないの?」という言葉を否定できなくなる

「父さんの・・・代わり?舵が・・・?」

確かに

舵が撫で付けてくれる仕草だとか、抱き寄せてくれる広い胸の温もりだとか・・・
それは
七星が望んでも与えられず、ずっと心のどこかで求め続けていた・・・父親や母親からの愛情と酷似している

七星が舵の事を好きなのか?と意識し始めたのだって、舵から「浅倉は俺の事が好きになったんだよ」と、言われたのがきっかけだ

無意識に求めていた父母からの愛情を舵に求め、舵から言われた言葉によってその思いを好きだと認識してしまっている可能性がないわけじゃない

「・・・俺の好きは、本当に好きってことじゃない・・・?っ、ああ、もうっ!わっかんねーよ!!」

イラただしげに七星が叫ぶ
ずっと
ずっと・・・
何も感じないように
そんな感情を殺し続けて、蓋をして、そうやって自分を保ってきたのだ

その感情が何なのか、七星に分かるはずもない

再び盛大にため息をつき、一瞬静まり返った部屋の中で、「ブルルルルル・・・ブルルルル・・・」といつもマナーモードに設定している携帯の着信を知らせる音が、フローリングの床を振動させる

「・・・え?」

慌てて飛び起きた七星が、先ほど床の上にばら撒いた鞄の中身から、メール受信だったらしく短い着信音で振動をやめた携帯を拾い上げた

一瞬、舵か!?と、淡い期待を抱きつつ開いた画面上には、大吾の名前が表示されていた

「っ、だ・・いご・・さん?」

訝しげな表情で開いたメールには

『よー!元気してるかー?一応恋人やし、メールしてみてん!』

大吾の性格そのままのような、気の抜けるほど軽い内容
思わず七星の顔に苦笑が浮かぶ

けれど

今の七星には、そんな軽さと明るさが何よりありがたかった
考えてみれば
七星にはこんな悩みを相談できる相手が居ない
今現在、七星の置かれている状況を把握して相談できるのは、大吾だけだった

ジ・・・・ッと携帯を見つめていた七星の指先が、返信のボタンに伸びる

『お店までの行き方を教えて下さい』

そんなメールを送信した
自分ひとりでは判断できそうにないこの感情を、誰かに聞いて欲しい
そんな切実な思いを、その一言に集約して

送信ボタンを押して、携帯を閉じた途端

「ブルルルルル・・・!」

と、七星の手の中で携帯が振動する

「えっ!?」

思わず滑り落としそうになった携帯には、メールではなく、大吾からの着信表示・・・!

驚きで目を見張りつつ、七星が再び携帯を開いた

「・・・はい」
『あ、俺。なんや?なんか用事か?』
「・・・あ・・・はい、ちょっと・・・聞いて欲しい事があって・・・」
『・・・・・そうか、俺もこれから忙しくなるしな・・・。ほなメールで行き方送ったるから、今から来いや』
「え!?今・・から!?」
『せや。溜め込んでるとロクな事にならへん。そういうもんは、とっとと吐き出してもうたほうがええ。今日は貸切で早く終われんねん。こっちも都合がええんやけど、あかんか?』
「っ、いえ、大丈夫・・です・・けど」
『そうか。ほな待ってるわな』
「え、あの、だ・・・」

大吾が言い終ると同時に、既に通話は切られていた

茫然としながら通話終了ボタンを押すと、すぐに大吾から店までの行き方メールが送られて来た

「・・・・・・早・・っ!」

その大吾の早業に息を呑みつつも、大吾らしい気安さと思い立ったら即実行!な行動力に、七星もまた心の中にあった迷いを払拭させる

弟達に行き先を記したメモを残し、夕闇の迫る駅への道を歩き出していた











電車を乗り継いでバスに乗り換え、七星が大吾の店に到着したのは夜の8時を過ぎた頃だった

貸切だ・・・・と言っていたとおり、店の中は客でいっぱいで
裏口に廻った七星が、厨房の勝手口から中を覗いてみると、大吾と杏奈の二人とも接客中らしく誰も居ない

そろそろお開きの時間も近いのだろう
厨房の至る所に、下げられて来たらしき皿や食器類が積上げられていた
チラ・・・と見ただけだったが、結構大人数な団体のように見えた
あの数を二人だけでこなしているのには、恐れ入る

「凄いな・・・」

感嘆の声を上げた七星が、おもむろに腕まくりをして溜まった食器の洗い物を片付け始めた

無心に食器を洗っていると、大吾の陽気な声が厨房内に響き渡った

「っ、おーーーーっ!!来たな助っ人!」

「っ!?助っ人・・・?」

ハッと声のした方へと振り返った七星に、大吾が黒いソムリエエプロンを投げてくる

「・・・え!?」

「それつけとけ、服汚れるしな。あと、グラス類はこっちの洗浄器使った方が早い」

そう言って、すぐ横にあった洗浄器の使い方を七星に説明する
下げられた食器のほとんどが平皿とグラス類・・・

「・・・立食パーティー、ですか?」

「お?食器見ただけで分かったか?さすがやな。人数多くても立食やと下準備できるし給仕も大していらんからな。いきなり働かせてなんやけど、後できっちり相談相手になるよって、相談料代わりや思たらそっちも気ぃ楽やろ?」

ウィンク付きの無邪気な笑みでそう言われると、さては手伝わせるのが目的だったか・・・と分かっても、怒るような気にもなれない
クス・・・と笑った七星が笑み返す

「分かりました。相談料分はきっちり働きますので」

「そうか、やっぱええ子やなぁ七星君は!ほな、頼んだで!」

そう言って、舵と劣らぬ大きな手で七星の頭をフワ・・ッと撫で付けて、店のほうへ戻って行った
その大吾の仕草に、七星が複雑な表情でため息を吐く

「・・・・・やっぱ、俺って子供にしか思われてないんだろうな」

大吾と舵と、同じ仕草であっても、七星の中でその意味合いが大きく違う・・・のに
そこに気がつかないまま、七星が再び皿洗いへと意識を向けた






皿洗いのバイト等には縁はなかったが、毎日の家事を効率よくこなす七星にとってはただの応用
あっという間に山のように積んであった食器類が、棚の中に整然と片づけられていく

店の方もお開きの時間になったようで、大吾と杏奈の「ありがとうございました・・!」という声が何度も響き渡っていた

不意にバタバタバタ・・・という足音が聞こえてきたかと思うと、小柄でボーイッシュな杏奈が厨房へ駆け込んできた

「やだっ!本当に手伝わせちゃって・・・・・!?」

勢い込んで言いかけた杏奈が、あっという間に片づけられてしまった食器類を唖然と見つめて言葉を失う
続けてその背後から顔を出した大吾が、その七星の仕事振りに、ニヤリ・・・と口の端を上げて笑った

「ほらな?言うた通りやろ?七星君は普通の子とちょっとちゃうねん。せやから杏奈ちゃんは心置きなく2次会に行って来たらええ」

「え!?だめだって、そんな・・・!後片付けだってあるのに!!」

何やら事情があるらしい・・・と踏んだ七星が、杏奈に向かって笑み返す

「あの、俺の事でしたらお気になさらず。勝手にやり始めたのは俺の方なんで。何か用事があるんでしたら行って来て下さい。後片付けもお手伝いさせて頂きますので」

「ほら、七星君もこう言ってくれてるんやし!久々の同窓会やろ?2次会くらい皆と一緒に騒いで来いって!!」

七星の言葉に同調して言い放った大吾が、どうやら杏奈の同窓会による貸切だったらしき事を匂わせて、戸惑っている杏奈の背を玄関の方へグイグイ・・・と押しやって行く

杏奈が出てくるのを待っていたのだろう
玄関先で「わーー!」という歓声が湧き起こり、にぎやかな声が段々と遠ざかって行った

しばらくして戻ってきた大吾が、残りの洗い物を片づけている七星に呼びかける

「七星くーん!そこ、後でええから、こっち来て腹ごしらえせぇへん?残りもんで悪いけど・・・」

そう言って、大吾が店の方へ七星を手招きする
呼ばれるままに七星が店のほうへ行くと、どういうわけか店内はほどんど片付けられた状態になっていた

「・・・・え?いつの間にこんなに片付けたんですか?」

大吾が先に座っていたテーブルの上に、彩りよく寄せ集められた残り物ののった大皿が数枚置かれていた
「こっちこっち」と手招きされて大吾の横に腰を下ろした七星に、大吾がさっそく料理を小皿に取り分けて手渡してくれる

「さっきのな、杏奈の高校の時の同窓会やってん。時間と日時がどうしても合わせられへん言うから、ここでやらせたんや。仕事しながら・・・にはなるけど、皆と会えるし話せるやろ?そんで皆、杏奈が2次会に来られる様に最後に片付けまで手伝ってくれたんや」

「へぇ・・・なんか、いいですね・・そういうの」

そう言った七星に

「・・・なんてな」

と、大吾が答えを返す

「・・・・え?」

一瞬、聞き間違いか・・・?と思った七星の目の前で、大吾の口の端が人の悪い笑みを浮かべていた




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