求める君の星の名は
ACT 18
「だ・・いご・・さん?」
訝しげな表情になった七星に、大吾が頬杖をついて意味ありげに言い放つ
「人の言うことを鵜呑みにしとったら、あかんで?」
「え・・・?どういうことですか・・・?」
「つまり、今俺が言ったことは詭弁・・・言うことや」
「詭弁?」
「そ。俺、そんな出来た奴やないし、ええ人でもないから」
「え・・あの・・・?」
わけが分からない・・・という表情の七星に、大吾がフ・・ッと笑って七星の方へ身を乗り出して顔を寄せる
「つまり、俺がここで杏奈の同窓会させたんは、俺の関われへん所へ杏奈を一人で行かせたくないから。あいつらが片付けまでしていったんは、俺が幹事役の奴に、杏奈連れ出したいんやったらそれぐらいしろ!ってプレッシャーかけたから・・・!」
「っ!?」
「ついでに言うと、七星君が来てなかったら杏奈は2次会に行かせてないで?」
「俺が?来てなかったら?」
「そ。七星君は言うたら俺の客やろ?杏奈は客ほったらかしで遊べる女やない。周りのもんにもすぐに抜け出す言い訳がつくから早く帰ってくる。要は2次会行っとっても、俺のことしか考えられへんいうことや。そう思って、七星君を呼んだんやから」
七星からのあのメールで、大吾はそこまで考えていたらしい
そして恐らくは、七星が手伝いに入ってくれるであろう事も予測して
七星が唖然として、目の前で人の悪い笑みを湛えている大吾を凝視する
「・・・つまり、俺は利用されたってわけですか?」
「ん?ま、その分、しっかり相談に乗ったるし、わざわざ来てもうたんやから多少遅くなっても家までの足は準備してるしな。で?真一に何か言われでもしたんか?」
思わず七星が目を見開いて絶句する
「そないビックリせんでもええやん。貴也の事が好きな七星君が、俺に相談がある言うたらそれしかありえへんやろ?こないだので手の早い節操なしや・・・いうんは分かってるんやし?」
ニヤリ・・・と更に人の悪い笑みに拍車をかけ、大吾が七星の顔を覗き込む
「っ!」
弾かれたように身を引いた七星に、大吾がクスクス・・・と肩を震わせて笑いを耐える
「そ、そない心配せんでもええって!俺、今酒飲んでへんしな・・・!」
完璧に遊ばれてる・・・!と分かって、七星が耳朶を染めつつも大吾の言葉尻にふと眉根を寄せる
たしか・・・舵も『大吾は酒癖が悪いから気をつけるように!』と言っていた
「・・・・なんで、酒飲んでないと心配いらないんです?」
「あー、俺、酒が入ると記憶が飛ぶらしくってな。どーも、その・・・理性も飛んで無節操に拍車がかかるらしいねん。あ、酒入ってなかったら大丈夫やから!心配せんで!」
警戒心丸出しになった七星に、大吾が慌てて言い繕い・・・苦笑いを浮かべながら頭をかいた
「それで、なんて言われたんや?」
「・・・・・・・・・・・・・・・俺は子供にしか見えないって。舵は父親の代わりじゃないのか・・・って」
「あ〜〜〜・・・、それな。悪いけど、俺もこないだ七星君に会いに行くまで、そう思てた。貴也にしても、何でこんな子供相手にマジになってんねや?・・って、不思議でしゃーなかった。けど、逆やってんな」
「逆?」
「そ。七星君は、貴也の前でだけ、子供っぽいねん。それ以外の人間の前では、全然大人や・・・・普通の高校生なんかやない」
「っ、」
一瞬、七星がハッと息を呑む
真っ直ぐに見つめる大吾の視線が、射すくめるような眼差しに変わっていた
「・・・・・お前、何もんや?」
言い放たれた言葉に、七星の表情が一変する
どうやら
この大吾という人物は、最初に感じたとおり人の本質を見抜く目を持っているらしい
その上、相当場数も踏んでいるらしく・・・誤魔化しは効きそうにもない
大吾の射すくめるような強い眼差しを、七星が気後れもせず見つめ返す
それは野生動物同士の勝負と似ている
視線を反らした方が、負け
その眼差しの強さに押された方が、負け・・・だ
「ふ〜〜〜〜〜ん、なんや・・おもろそうやな。自分」
視線を合わせたまま、不敵な笑みを浮かべつつそう言った大吾が、不意にその視線に込めた鋭さを消し去って、ニッコリと実に嬉しげに笑った
「ええなぁ。俺、こういうゾクゾクすんの大好きなんや。貴也も真一も、あの得体の知れん所がええんやろな。我ながら難儀な性質やで」
「・・・・え?真一さん・・・も?」
親しい友達じゃないのか?と、物言いたげな七星の視線に大吾が屈託なく笑み返す
「そ。あいつに比べたら、貴也なんか可愛いもんやで?・・・・と、せや、今は七星君の相談事のほうが先やったな」
まるで真一の事に触れるのを避けるように大吾が話をもとへ戻したかと思うと、不意に手を伸ばしてその髪を撫で付けた
「・・っ、え!?」
反射的に身を引こうとした七星を、大吾が笑顔で制す
「ちょい待った!ちょっと実験するだけやから、今から俺が言う事をちゃんと聞くこと!」
「は・・?実験・・・!?」
「そ。せやから警戒せんで?ちょっとばかしスキンシップ過多にはなるけど、そうせな七星君が感じてる疑問の答えが出ぇへん思うから」
「疑問の答え・・・?」
「そ。要は、貴也の事が本当に好きなのかどうか?言うことやろ?間違いやったら謝るけど、七星君は貴也以外、恋人とかそういう意味で好きになったことがないん違うの?」
「っ、・・・・・は・・い」
警戒心は捨てきれず、七星が様子を伺いながら答えを返す
その七星の態度に、大吾がますます嬉しげに笑みを深めた
「ええねぇ。そうそう、人の事を簡単に信用したらあかんで?・・・で、今俺に頭撫でられて、何か感じる?」
「・・・・?いえ、特には・・・。やっぱ子ども扱いなのかな?って思うくらいで」
さっき、厨房で大吾に同じ様に触れられた
子ども扱いか・・・と少しムッとした・・・その程度
「せやろな。じゃ、貴也の時は?」
「え・・・舵・・の時?」
「そ。貴也もよく同じようにやってるやろ?あん時はどう感じてる?」
「・・・・・・・舵の時・・・」
思案気に七星の瞳が揺れた
目の前にある大吾の屈託のない笑みと雰囲気が、どことなく舵と似ている
それが・・・鮮やかに七星の記憶を甦らせた
舵の時は、触れる以前・・・伸びてくる手を見ただけでドキッとする
その大きな温かな手で触れられる期待で胸が震える
そして
触れられて感じる・・・安心感
不安でどうしようもない時も、そうやって触れられるだけで不安がどこかに消え去っていく
体の内側からほんわかと温かくなっていく
「・・・・・・・子供扱いされてるとは・・・思わない・・・」
答えてみて、改めて七星が思う
舵は七星を子ども扱いしているのではない
ただ、確かめているのだ
七星がそこに居ることを
触れられるすぐ側に、七星の存在があることを
だから安心する
ただそこに居るだけでいいんだと
ただ側に居るだけでいいんだと
そう伝わってくるから
それは、子供だとかどうだとか・・そういうレベルのものじゃない
「せやろ?だいたい貴也は父親代わりになんて、なれへんで?不安で不安でしゃーない子供なんは、貴也の方やねんから」
「え・・・っ!?舵が・・・?」
「そ。見てて笑えるくらい必死やで?七星君の側にいたくて、でもみっともない自分は見せたくなくて。教師と生徒・・・いう関係がなくなったら、どうなってしまうんやろ?って、不安でな」
「そんなの・・・っ!俺の方が・・・!」
七星が憤る
家族とも別れ、舵とも別れて卒業するのは七星のほうなのに
慣れ親しんだ場所から、右も左も分からない新天地に一人で行かねばならないのは七星なのに
そんな七星の頭をポンポン・・・といなした大吾が、指先を七星に突きつける
「さて、それじゃあ問題の好きかどうか・・・という二人の関係やねんけど・・・」
「え・・・・っ!?」
言いながら、大吾が突きつけた指先で七星の額をグイ・・ッと押した
思いがけず強い力で不意に押され、バランスを崩しかけた七星の肩に手を掛けた大吾が、そのまま肩を押さえ込んで七星を押し倒す
「っ!?な・・・ちょっ、大吾さん・・・!?」
慌てた七星が大吾の体を押しのけようとするも、両肩をがっちりと押さえ込まれて、下肢も大吾の両足でしっかりとホールドされて身動きできない
その上
「大丈夫やって!俺、酒飲んでないしな。それより、俺と貴也って雰囲気似てると思わへん?その理由、知りたない?」
そんな意味ありげな言葉を吐いて、七星にその状況からの脱却を、一瞬、忘れさせた
「理由・・・!?」
「そ。俺と貴也はな、同じ関西出身やねん」
その言葉に、七星が目を見開く
「う・・そ!だって、舵は・・・」
「そーやねん、貴也の奴、関西人のクセに標準語オンリーやろ?あれに皆騙されんねんな。しかもめっさベタに京都やで?・・ってことで、貴也の実家、何やってる家やと思う?」
「え・・・!?大吾さん、それ、知って・・・!?」
七星の前では、よく知らない・・・という態度を貫いていたのに!
人の言葉を鵜呑みにするな・・・とは、こういう事・・・!?
七星の驚いた表情に、大吾がニヤリ・・・と口の端で笑う
「言うたやろ?俺、ええ人やないって。・・と、まあ、それは置いといて。ほんまに思いつかへん?貴也の事よう見とったら分かるはずやで?」
「よく・・見てたら・・・?」
「そ。ちょっとした仕草とか、普通とちょっと違うな・・・思う所、あるやろ?あと、空気みたいに溶けそうになってた事、ないか?」
その言葉に、七星がハッと春休み最後の日に行った花見の事を思い出す
あの時・・・!
よく考えてみたら、あの日から舵の態度が変わった・・・ような気がする
「その顔はあった・・・いう顔やな。その時に貴也の言うた事とか態度とか、よう思い出してみぃ?」
「・・・言った・・・こと・・・?」
そういえば・・・!
あの時舵が言った、普段は言いそうにない言葉・・・
理系なクセにそんな知識も詳しいんだな・・・と漠然と思った、あの言葉!
”花は野にあるように”
あれは・・・
たしか、千利休の言葉・・・!
「・・・・・ぁ?」
眉根を寄せて考え込んだ七星の表情に、大吾が押さえ込んでいた肩から手を外し、舵がよくやるようにその髪をソッと撫で付けた
その仕草に、七星がはっきりとその違いを認識する
舵の仕草は、そのどれもが普通とは、少し違う
立ち上がり方
礼の仕方
箸の持ち方
タバコの吸い方
歩く後姿
ピンッと背筋が伸びて、隙がない
思わず見とれる優美さと、凛とした清々しさ
どこかで同じ物を見た
舵の事を思い起こさせた、その動きと雰囲気を・・・!
七星の中で点と点だった物が、一気に線になって繋がっていく
「・・・・・分かったみたいやな?」
記憶の断片を繋ぐのに夢中で、自分の置かれた状況を失念していた七星が、鼻先が触れ合うぐらい間近にあった大吾の顔と、艶を含んだその声音にハッと息を呑んだ