求める君の星の名は
ACT 19
「な・・・・っ!?」
ハッと我に返って、その状況を目の当たりにした七星が目を見開く
その七星としっかりと視線を合わせた大吾が、鼻先が触れ合うほどの至近距離で笑みを浮かべて言った
「比べてみぃへん?」
「は?」
その状況は、どう考えても襲われる一歩手前・・・なのだが
目の前にある大吾の屈託のない笑顔と、悪戯好きな子供のような眼差しは・・・どう見ても本気で襲おうとしているとは思えない
人一倍そういう事に対して敏感な七星だけに、本気じゃない・・・というのが直感で分かってしまう
緊迫感がないせいだろう・・本気で抗おうという気になれないでいた
「好きな奴と好きでない奴との違い」
「え・・・?」
「貴也と俺とでどう違うか、比べてみたらええねん」
「っ!?」
さすがに大吾の言った言葉の意味と、その状況の不味さに血の気の引いた七星が、顔を背けて大吾の下から抜け出そうともがいてみたが、如何せん、大吾の方が身体が大きい
細いように見えて実戦で身に付けたのだろう・・・無駄のない筋肉を遺憾なく発揮して、大吾が七星の身体をしっかりと組み敷いている
「っ、ちょ・・・大吾さ・・っ!?」
必死で腕を突っ張る七星の抵抗を物ともせず、大吾に耳朶をやんわりと食まれて、七星が息を呑む
そこは七星が一番感じるウィークポイントだ
「・・・ぁ・・・くっ・・・」
七星の意思に反して、勝手に全身に震えが走る
それは舵によって覚えさせられた身体の自然な反応で、七星に止める術はない
おまけに
以前、最後に舵と肌を合わせてから結構な日にちが経っている
若い10代の性欲とその先にある快感を知った身体が、乾いた飢えを勝手に訴えていく
思うように力が入らない指先で大吾の腕を握り締め、漏れそうになる声や吐息を唇を噛み締めて、七星が耐えている
その様は、嗜虐心を掻き立てられるほどに艶っぽくて・・・
大吾が目を細めながら七星の首筋に唇を這わせていく
もしも大吾が襲う・・・という状況に相応しい目つきや雰囲気、暴力的な触れ方をしていたなら、七星も全力で何が何でも抗えたはずだ
けれど、そんなギラついた雰囲気を微塵も感じさせず、おまけに恋人に対するような触れ方と、場数を踏んでいるのであろう手慣れた仕草と触れるポイントが、確実に抗う力を奪っていく
・・・・・・・・・・あの・・時、ほんとに言いたかったの・・・って、こういう・・こと・・かっ
以前、舵は何か言いたげに瞳を揺らしながら・・『大吾は酒癖が悪いから気をつけるように・・!』と紙に書き綴った
あの言葉とその態度の裏には、恐らくこのことも含まれていたのだろう
けれど
その手慣れた仕草も
確実に弱い部分を攻めてくるその触れ方も
舵とは違う
ほしいのは、これじゃない
身体は勝手に疼くけれど
心はどんどん冷え切っていく
自分が求めているものが何なのか・・・はっきりと、分かる
「っ、止めて下さい!」
氷でさえももう少し温かいだろう・・・と思えるほどの絶対零度の冷たさを響かせて七星が言い放ち、渾身の力を両腕に込めて大吾を引き剥がした
引き剥がされた大吾が、残念そうな・・ホッとした様な・・複雑な表情で七星を見下ろした
「・・・危なかったな。ギリギリセーフ、やで?もう少し遅かったら、俺、完璧に理性飛ばしてるとこや。俺も大概性質が悪いと思うてるけど、七星君のはそれ以上やし」
七星の上で四つん這いになったまま、大吾が苦笑を浮べてそう言った
「・・・俺が?」
先ほどの絶対零度の冷たさそのままに、不服そうに七星が問い返す
その七星の表情に、更に大吾がため息を吐いた
「・・・・ったく!これだけははっきり言っとくで?お前、妙に男をそそる雰囲気と半端じゃない色っぽさがあんねん、それ自覚しとかなこれから先痛い目に・・・」
言いかけた大吾の言葉を遮るように、荒々しく開け放たれた玄関の音と駆け寄ってくる足音
そして
「お。帰りの足のご到着やで?」
と、七星の上で大吾がニヤ・・と意味深に笑った・・・瞬間
「・・・っ、大吾!!」
聞き覚えのある声が怒声を響かせたかと思うと、横殴りに大吾の身体が吹っ飛ばされていた
「っな・・!?」
大吾が派手な音と供に横にあったテーブルの上に転がったせいで、七星の視界に殴った男の姿が入り込む
「っ、舵!?」
叫んだ七星の声も耳に入っていないように、舵が机の上に転がって殴られた片頬を押さえ込んでいる大吾の襟首を掴み上げていた
「・・ッの、ちったー手加減いうもんを覚えろや!アホ貴也!!」
「なにが手加減だ!さっきの状況でよくそんな事を・・・!」
更にもう一発殴りかかりそうな勢いの舵に、慌てて飛び起きた七星が、振り上げられた舵の腕にしがみつく
「ちょ、まって!舵!!誤解だ!!大吾さんは何もしてない・・・!」
「あー!嘘はあかんで、七星君!俺、悪戯はしたし、半分マジやったし!」
せっかく七星が弁護しているというのに!
大吾が舵の怒りに火に油を注ぐような事・・・だが、否定出来ない事実を言い放つ
「っ!?だ、大吾さ・・なに言って・・・・!?」
あからさまに動揺した七星の声音に、舵が七星の制止の腕を振り解いた
「っ大吾・・・!!」
さっきよりも一段と低く押し殺した怒声を響かせた舵が、拳を降り下ろす
が、
その拳は大吾の眼前で、『ガシッ!』と、大吾自身の手によって遮られていた
「二度も喰らうか!ボケ!他人に触れられのがそないに嫌やったら、自分のもんくらい自分で管理せぇっ!それでなくてもこの子は危なくてしゃーない所があんねんから!それくらい、お前かて分かってるやろ!」
言い放たれた大吾の言葉に、舵が反論できずに唇を噛み締める
その舵の襟首を掴んだ大吾がそのまま身体を引き起こし、舵の耳元に顔を寄せた
「だいたい、今回の絵を描いたんは俺でもお前でもない、真一の方や・・・!」
「っ!?」
耳元で囁くように言った大吾の言葉に、舵がハッと目を見開いた
「・・・・誤解させられてるで?多分、思いっきりな・・・!」
言い放った大吾が、舵の身体を突き放す
弾かれたように、舵が七星を振り返った
「浅倉・・・!お前、真一君に何を・・・?」
”真一”という言葉に、たちまち七星の表情に暗い影が落ちる
「・・・・・あんたの方が、よく知って・・・」
視線を反らした七星が、低い声音で言い終わらぬうちに・・・舵が七星の腕を取って歩き出していた
「っ!?なん・・っ!?か、舵・・・!?」
「大吾!殴った事は謝らないからな・・・!」
七星を有無を言わせぬ迫力で引っ張っていきながら、舵が振り向きもせずに大吾に言い放つ
「そんだけの事はさせてもうたし、油断しとったらこれからもするしな・・!謝りいらんわ!」
まるで悪びれた気配のない、むしろ舵の反応を楽しんでいるかのような大吾の陽気な声音に、七星の腕を掴んだ舵の指先に力がこもった
「っ、二度とさせるか・・・!」
吐き捨てるように言った舵が、困惑顔の七星を連れて店を出て行った
「・・・大吾?居るんでしょ?ねぇ、さっき出て行ってたの、舵さんと七星君じゃ・・・」
舵と七星と入れ違いに帰ってきた杏奈が、なにやら不穏な気配の残る店の中へ入り込み、片頬を腫らして苦笑いを浮べている大吾を目の当たりにする
「・・・・・・・・・・・あら、大吾が負傷してるだなんて、天変地異の前触れかしら?」
「あんなちゃーん、だいじょうーぶ?とか、そういう言葉は思いつかへんの?」
ガックリと肩を落とした大吾が、片側だけ唇の端を上げて器用に笑う
乱雑になった机や散らばった料理の残骸からして、一騒動あったことは容易に察しがつく
けれど
当の杏奈はそれらを日常茶飯事・・・であるがごとく無視して大吾に歩み寄り、腫れ上がった頬を観察した
「ふーーーーん、また思いっきりよくやられたもんね。で?七星君に何したわけ?」
「いややなー、ちょっとばかし押し倒して悪戯しただけやって」
あっけらかんと言う大吾を、杏奈が「はいはい」と聞き流し、あきれた顔つきで聞いた
「・・・・・・わざと?」
「そ。わざと」
にっこりと、無邪気に笑って言う大吾の顔を、杏奈が覗き込む
「・・・・・・で?ちょっと本気になっちゃって、その頬になったわけね?」
「・・・・・・いやぁ、あんなに色っぽくなるなんて・・・ちょっと計算外で・・・」
「へぇ〜〜〜〜〜・・・・」
腕組みをした杏奈が、机の上に腰掛けている大吾を、冷たい視線で見下ろす
「あ〜〜・・えーと、杏奈ちゃんも一発殴っとく?こっち、空いてるけど?」
舵に殴られたのとは反対側の頬を指差して、大吾がチラリ・・・と杏奈の顔色を伺う
そんな大吾に、杏奈が盛大なため息を吐いた
「・・・・・・大吾って、ほんっと、器用貧乏よね」
「き、器用貧乏・・・?そりゃ、俺、金はないけど・・・」
「あーもう!そういう意味じゃなく!!つまり、あっちこっちに気ぃ使いまくって、おせっかいばっかして、結局自分が悪者になって・・・!ほんっと、あきれてものも言えないってこと!」
怒ったように言い募る杏奈に、大吾がニッコリと嬉しげに笑み返す
「ええねん。杏奈ちゃんがそれ、分かってくれてるから」
「ご、誤魔化されないわよ!いい加減ちゃんと説明して!何なのよ!?5年前の借りって!?真一君の事にしたって・・・」
不意に鳴り響いた大吾の携帯の着信音に、杏奈が言葉を遮られる
取り出した携帯の表示を見た大吾の表情が一変し、杏奈にシィ・・・ッと、唇に指を押し当てて静かに!と、目くばせして携帯を開いた
「・・・おう、なんや?」
『あ、大吾さん?貴也さん、無事にそっちに着いたのかな?と思って』
聞こえてきた真一の声は、どこか楽しげで
知らず大吾の眉間にシワが寄った
「・・・やっぱ仕掛けてたんはお前か。しっかし相変わらずよく分からん奴やな、貴也と七星君を別れさせたかったんやないんか?」
『嫌だな。全部お芝居じゃないですか。それに、七星君は追い詰めなきゃ動かないタイプだって言ったのは、大吾さんですよ?』
その真一の言葉に、大吾の眉間のシワが更に深くなる
ただ単に
舵と七星の間に割って入って、二人の気持ちを掻き乱して傷つけて・・・
その状況を楽しんでいるだけだと思っていたのだ
なのに
どう考えても今回の事は、あえて自分の行動で二人の関係を危うくし、お互いの気持ちに気付かせてやった・・・ようなものだ
「・・・真一、お前・・・何考えとるんや?」
『え?決まってるじゃないですか。貴也さんと七星君が幸せに・・・』
「ほぉ?じゃあ、去年の夏に聞いた噂で貴也が忘れられんでこっちに来た・・・いうんはデタラメやって認めるんやな?」
『デタラメ?まさか!本当に一日だって忘れた事なんてなかったんですよ?貴也さんの事は』
そう言って、クスクス・・・と真一が笑う
その笑い声が、ザワ・・・ッと、大吾の神経を逆なでにして、確信させた
確かに
真一は、忘れたことなどなかったのだろう
好きだとか・・・そういう感情とはまったく別の、違う意味合いで
「・・・・そうか、やっと分かったわ。5年前の「絵」描いたんも、お前やな?」
『ふふ・・・大吾さんって勘がいいから退屈しないなぁ』
「っ、お前っ!」
『そんなにマジにならないで下さいよ。ただのゲームなんですから・・・』
「ゲーム・・・!?」
その一言に、大吾の脳裏に未だに消えない男の声が甦る
『・・・・・ただのゲームだ。俺が楽しむためのな』
どんなに忘れたくても
絶対に消す事が出来ない・・・あの、背筋を凍りつかせた冷たい声音・・・!
「まさか・・・あいつか?あの・・・冷たい声の・・・!?」
『本当に勘が良くて嬉しくなっちゃうな。貴也さんと七星君には、しっかりくっついていてもらわないと、困るんですよ。あの人が楽しむためにね』
「っ!?あの人?それがあいつか!?」
ふふ・・・・と、携帯越しに真一が、笑う
『大吾さん、ゲームはまだ終わってないんですよ・・・?』
「なん・・・!?おい、しん・・・・!?」
真一の楽しげな口調と供に、既に電話は切られていた
「・・・っ、くそっ!!」
すぐに掛け直したものの、既に電源が落とされている
いつにない険しい視線で携帯を睨みつけている大吾に、杏奈が怪訝そうに声を掛けた
「・・・ちょっと、なに?今の真一君でしょ?一体なにがどうなっちゃってるわけ!?」
バチンッ!と、勢いよく携帯を閉じた大吾が、不意に表情を一変させて顔を上げ、ニッコリと笑う
「あーんーなちゃん♪」
「っ!?な、なによ!?」
「ちょーーーーーーっと、出かけてもええ?」
「は?どこへ?」
「京都♪」
「京都!?何しに!?」
「ん?借りっぱなしの借りを返しに・・・な」
笑う大吾の表情の中で、その瞳だけが、笑っていなかった