求める君の星の名は











ACT 20










「・・・っ、か・・じ!舵、ちょ、痛いって・・!」

大吾の店を後にした舵が、きつく七星の腕を掴んだまま振り返りもせずに歩いて行く

七星が、先ほどから何度も舵に呼びかけているというのに
舵は全く聞こえていない・・・といった雰囲気で、街灯の照らす灰暗い道を駐車場に向かって歩いていた

車にたどり着いた途端
有無を言わせず七星を助手席に押し込め、自分も運転席に乗り込んだかと思うと、すぐさま車を急発進させた

その行動と態度は、七星の知っている舵のものではなくて
七星が困惑気味にチラリ・・・と、運転席の舵の横顔を盗み見る

その横顔には

どう考えても、今まで見たことがないくらいの怒りの色が滲んでいる・・・ようにしか見えない

しかし

いったいどうして、舵はあの絶妙なタイミングでここへ来たのか?

思い当たる事といえば、大吾が「帰りの足も準備してあるしな」と、言っていた事
舵が来た時も「お。帰りの足のご到着やで?」と言っていた

つまり、大吾が舵をここへ呼んでいた・・・と考えるのが無難だ
だからあんな風に七星にイタズラを仕掛けてきた

七星が、自分の気持ちに気がつけるように
舵が、七星を遠ざける事の危うさに気がつけるように


・・・・・・・・・・・・・・・敵わないなぁ


七星が一人静かに感嘆の溜め息を吐き出した

でも
大吾のおかげではっきり分かったことがある

父に求める愛情とか
家族に対する好きだという思い
それと比べて、舵に対して抱いている感情は、全く違うものだ

父や家族・・・その存在は例え遠く離れていても、精神的に繋がっているだけで大丈夫だと思えるものだ
家族一人一人に違う誰かが側に寄り添っていても、その存在を疎ましく思ったりなんてしない
胸が苦しくなったり、痛くなったりも、しない

だけど、舵は

違う

遠く離れていたら、会いたくて仕方がなくなる
精神的な繋がりだけでは、我慢できなくなる
違う誰かが側に居ると思うだけで、胸が苦しくて、痛くて・・・堪らなくなる


・・・・・触れてほしいと、触れていたいと・・・身体が求めてしまう


それが、家族とも他の誰かとも決定的に違う
舵以外、無防備なままの自分を曝して、触れたいとも触れられたいとも、思わない

それを、大吾に触れられた時、はっきり自覚した
七星が唯一求めて、触れて欲しいと思うのは、舵だけなのだ

「・・・・・・舵、」

不意に七星がその名前を口にする

けれど

舵の横顔は真っ直ぐに前を見て運転していて、七星の方を向こうともしない
それでも七星は、その横顔をジッと見つめながら言葉を続けた

「・・・あんた、真一さんと寝たのか?」

七星のその言葉に、舵が急にハンドルを切って路側帯に車を急停車させた

タイヤが軋むほどの急停車に、七星がドアの窓ガラスにしたたかに肩と側頭部をぶつけて抗議の声を上げる

「っ痛!!急になにす・・・・!?」

クラクラする頭を上げた途端、いきなり腕を引かれてシートの背もたれに身体を押し付けられる

その七星に覆い被さる様に身を乗り出した舵が、怒りを含んだ声で言い募った

「・・・浅倉は、そう思ってるわけ?」

今まで聞いた事がないくらい低い、不機嫌な声音
周囲は街灯すらない暗闇で、唯一の明かりであるヘッドライトが舵の身体を逆光に照らしていて、その表情すらおぼつかない

「・・・思うも何も真一さんが、」
「俺よりあいつの言葉を信じるのか!?」

畳み掛けるように問われた七星が、ムッとして言い返す

「信じる?何をだよ!?あんた、俺に何を言った?何にも言ってないくせに!」

言った途端、暗闇に慣れた七星の目が、舵の苦痛に歪んだ表情を捉えた
見ていることすら辛くなる・・・そんな舵の顔を
思えば
今まで七星は舵のそんな顔を見たことがない

いつも

舵は、七星の前で平気そうな顔をしていたから

「・・・か・・じ?」

ハッとした様に言った七星の視線から逃げるように、舵が七星をシートから引き剥がして抱き寄せ、顔を見られないようにしてしまう

「・・・真一君に何を言われた?」

「・・・昔の恋人なんだろ?忘れられなくて追いかけて来たって・・・」

「ッ、違う!」

憤った声音で舵がはっきりと否定して、七星を抱く腕に力をこめる

「恋人なんかじゃない。俺にとってはただの友達だ、昔も今も・・・!確かに昔は言い寄られたりしてたけど、きっぱり断った」

「・・・っ、でも、俺が部屋に行ったせいで付け入る隙が出来たって・・・!」

「確かに付け入れられたよ。あのまま帰らせるつもりだったのに、浅倉を全くの部外者にしたかったら、このまま一晩俺の部屋に泊まって自分が恋人役を演じる以外ないってね。俺も落ち込んでて、説得するだけの気力もなかったし・・・」

「っ、嘘付け!その前の日から泊まってたんじゃないのかよ?」

「まさか!朝一番に押しかけられたから、仕方なく留守番させてただけだ。泊めたのもあの日一晩だけだし、昔一度断った俺にもう一度言い寄るような事もしないよ。真一君はプライドが高いからね」

「・・っでも、じゃあ、なんで俺に、あんな事・・・?」

「昔からそうなんだ・・・真一君の悪いクセ。面白そうな事には必ず首を突っ込んで、掻き回さないと気が済まない・・・。浅倉にいろいろ言ったのも、俺との事を誤解させて楽しんでたんだろ。で、いつもそれをフォローするのが大吾で・・・。
頼んでもないのに浅倉の恋人役はするし、こうして俺を呼び出したりするし・・・。
まったく・・・昔からとんでもない悪友だよ」

ハァ・・・と、舵が七星の背中越しに大きな溜め息を吐きだす

「・・・じゃあ、なにも大吾さんをあんなに殴らなくても・・・」

「あれは・・・!大吾が自分で避けなかったんだ!」

舵の口調に再び怒りの色が滲んでいる

「・・・え?どういう・・・?」

「あいつは、自分が悪い事をした時は、必ずそれ相応のバツを自分に課すんだ。つまり、例え一瞬でも本気になってたってこと・・・!」

言い放った舵が、不意に七星を抱いていた腕を解いて、その顔を真っ直ぐに凝視した

「・・・・・・浅倉は?」

「は?」

「大吾の事をどう思ってるわけ?」

「っ!?」

思いもかけない問いに七星が驚きながらも、先ほどの舵の行動と怒った横顔の意味をようやく理解した

「・・・それって、まさか・・俺と大吾さんの事を疑ってるって事?信じられない・・どうしてそうなるんだ!?」

あきれた口調で言う七星に、舵がムッとした表情のまま言い募る

「じゃあ聞くけど、俺にはメールしてくれないくせに、何で大吾には頻繁にメールしてる?初対面なのにメアド交換した時だって、どれだけ俺が焦ってたと・・・!」

「それは・・っ!あんたの友達だし、断れないだろ!?メールだって、あんたが何にも言ってくれないから、だから・・・」

言いかけて、七星がその先をどう言おうかと逡巡する
勝手に舵の過去を調べていた事を知ったら、舵はどう思うだろう?
そんな勝手な詮索を快く思う人間など、まず、居ない・・・

「だから・・・?」

あからさまに疑いの眼差しを注ぐ舵に、下手な嘘は火に油を注ぐだけか・・・と判断した七星が正直に告白する

「・・・ごめん。勝手に舵の過去を調べてた・・・。でも分からない事ばかりだったから、大吾さんから何か掴めないかな・・・と思って。だからメールしてた、それだけだ」

チラ・・・と舵の表情を伺うと、案の定、眉間にシワを刻んでいる

「・・・・・で?大吾から何か聞いた?」

「舵が、京都出身だってことだけ・・・」

「っ、あ・・いつ!他には!?」

「他には何も言ってない。ただ、舵をよく見てれば分かるはずだって・・・」

「俺を?よく・・見てれば・・・?」

更に眉間にシワを寄せた舵が、ジ・・・ッと自分を見つめ返す七星の静かな視線に、ハッとした様に問いかける

「・・・分かった・・・のか?」

「・・・多分、少しだけ・・・だけど」

「・・・言ってみて?」

「・・・あんたの実家って、茶道の家元かなんか・・だろ?実家を継ぐ継がないっていうのは、両親の離婚絡み?だから名前も、今と以前とでは違ってるはず。
あと・・・佐保子さんっていう人、ひょっとして、舵の・・・お母さん?」

七星の推察に、舵が驚いたように目を見開いた

「っ!?ど・・うして!?どこで、彼女と!?」

七星の方もその舵の反応に、正直驚いていた
否定しないということは、佐保子はやはり、舵の母親・・・ということだ
母親か・・・?と聞いたのは、かなりな憶測に過ぎなかったのだが

「俺の叔母さんで、華山グループの社長・華山美月さんに紹介してもらって、お茶を淹れてもらったんだ。その時の仕草を見てたら、舵に、似てて・・・それで」

「・・・み・・つき!?華山グループ・・・そうか、華山財閥のお嬢様・・・!」

ハハ・・・と、舵が自嘲気味な笑みを浮べて項垂れる

「舵・・・?」

「・・・そうだよ、すっかり忘れてた・・・。あの人の門下生の一人だったはずだ。あの人が本家を離れてもそのまま・・・」

彼女・・といい、あの人・・といい、どうやら佐保子の・・・自分の母親の事を言っているらしいのに
まるで他人のような舵の言い方に、七星が眉根を寄せる

「・・・どのみち、浅倉にばれるのは時間の問題だったわけだ。まあ、沙耶からは浅倉を守れたわけだから、無駄でもなかったか・・・」

「その、沙耶・・・って?」

「ん?姉だよ。年が離れてたせいもあって、小さい頃からずっと俺の面倒を見てくれてて・・姉というより母親に感覚が近いんだ。おかげで未だに子離れ出来ないっていうか、世話を焼きたがるっていうか・・・。おまけに、どうしても俺に家を継がせたいらしくって・・・困った人なんだ」

ハァ・・・・ッと、舵が大きなため息を落とす
なんとなく
その沙耶という姉の存在が、舵の周囲に女性の気配がほとんどなく、男相手に手慣れていた・・・ことの要因の一つなんじゃ・・・?
そんな思いが七星の脳裏をよぎる

「・・・・なぁ、舵の名前、もう一個あるんだろ?」

「ああ・・・うん、正確には今のとあわせて3つ・・・かな。前は、村田 貴也(むらたたかや)で、茶号は宗栄(そうえい)だったから」

「え・・・?」

思わず七星が舵を見据える

京都で、村田・・・といえば、その方面に関して知識の薄い七星でも、聞いた事があるくらいの旧家で・・・確か、その道ではかなりの名門、だったはず
おまけに茶号まで戴いているということは、その道で既に認められている・・ということだ

「ちょ・・・まって、それって・・・かなり大きい茶道の家元なんじゃ・・・?」

「・・・・・・・・らしいね」

「っ、らしい・・って!そんな他人事みたいに・・・!」

「うーーーん、でも、ほら、俺ってコーヒー党だし。和菓子より洋菓子の方が好きだし。あ!ほら、ハイティーの紅茶も最高だし・・・!」

「あんたな、ふざけてる場合か!?それって、そんなに簡単に言えるもんじゃないだろ!?」

茶化すように言う舵に食って掛かった七星に、舵が静かに言い放つ

「・・・浅倉、これは俺個人の問題だから。だから浅倉が口出すことじゃない」

「っ!?」

絶句した七星が悔しげに唇を噛み締めた
確かにそうだけど・・そんな風に言われたらどうする事も出来なくなる

少しでも舵に近付きたいのに
ようやく、その背中が見えてきたのに・・・!

なのにまた、舵は遠ざかろうとする

そんなのは、許せない
そんなのは、卑怯だ

七星の中で行き場を失った感情が、言うつもりのなかった言葉を押し出していた

「・・・っ、そう・・だよな。俺なんか・・・その程度だよな。簡単に・・真一さんに俺のカップ使わせて、割られるくらいだもんな・・・!」

言ってしまって、自分で七星が驚いていた
どうやら、七星の中でその事が一番引っかかっていたらしい

昔、真一と舵がどんな関係であろうと、それは七星が舵と知り合う以前の事
それは今更どうしようもない・・・とあきらめも付く
舵の家の事もそうだ
確かに、七星が口を出せる範囲のものじゃない

だが

カップに関しては、今の舵と七星との間に真一が入って・・・のこと
唯一、舵との関係の中で、形としてあったはずの物・・・のこと
これだけは、七星が口を出してもいい事のはず・・・!

「え!?」

舵が驚いたように目を見開く

その表情が、どうしてその事を知っているのか?と、あからさまに問いかけていて
やっぱり本当の事だったのか・・・!と、七星の心臓を深くえぐる

「俺のマグカップ、真一さんが割ったんだろ!?」

「っ!?真一君が、そう、言ったのか!?」

「そうだよ!なに?口止めでもしてたのかよ!?」

ムッとしたように言い募る七星に、舵がフ・・・ッと笑み返す

「っ、な・・んだよ!?なにが・・おかしい!?」

不機嫌マックスで言う七星を、舵が不意にもう一度シートの背もたれに押し付けた

「ちょ・・っ離せ・・・!」
「浅倉!」

強くその名を呼んだ舵が、意味ありげに七星を間近に見据える

「な・・んだよ!?」

「真一君じゃないよ、割ったの」

「え?」

「俺が、割った」

「っ!?」

七星が、一瞬、呼吸を止めた




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