求める君の星の名は












ACT 21









「俺が、割ったんだよ、浅倉」

もう一度、舵が意味ありげな笑みを浮べたまま、そう、言った

呼吸を止めたまま舵の顔を見つめていた七星が、ようやく息を吐き出した

「・・・な・・・んで、あんた・・が?」

「・・・本当は、ずっと割りたかった」

「は・・・?」

わけが分からなくて
でも胸が痛くて

七星が、舵の腕を掴んでいた指先に力を込める

「なんで・・・?あれは、あんたが、買って・・・」

「うん、そう。俺が、七星のために買ってきた」

舵が笑みを浮べたまま、涼しげに言う

「っ、だから、なん・・」
「浅倉が選んだ物じゃないから」

「・・・・え?」
「浅倉が、望んだ物じゃないから」

舵が、同じ意味合いの言葉を繰り返す
だが
繰り返されても、七星にはその真意が計れない
舵の心が、七星には見えない

困惑顔のままの七星の髪を、舵がフワリ・・と撫で付ける
いつもなら
そうされるだけで心が落ち着くのに
今は、ただ、見えない舵の心で、不安ばかりが大きくなる

「・・・真一君が部屋に居座るつもりだな・・・ってわかった時に。絶対、使われるって分かってたからね、だから俺のカップと一緒に割った。あれは、唯一、浅倉と俺との間で形としてあった物だから」

そうだ、
それが分かっているのなら、なおさら・・・それに、

「え・・・?あんたのも・・・?一緒に?」

それもまた意味が分からない
どうして、自分の物まで?

「・・・側に居るって約束したから。例えそれが物であっても、浅倉の物である限りそれは俺にとっては浅倉そのものだから・・・だから、一緒に割ったんだ」

「な・・・・っ!?」

思いがけない答え
本当にそうなら、それは、七星の不安を一掃する答えだ・・・だけど

「だ、だけど、ずっと割りたかったって、あんたさっき言ってただろ!?」

あの一言の意味が、どうしても分からない
わざわざ選んで買ってきて来たくせに、どうして!?

「・・・・浅倉が、何も欲しがってくれないから」

「っ!?」

「本当は、ずっと一緒に買いに行きたかったんだ。使ってたカップを割ったら、欲しがってくれるかな?って思って。ついでに俺のも割ったら、一緒に選んでくれるかな?って。はは・・・バカみたいだろ・・・?」

自嘲気味に乾いた笑いを響かせた舵の腕を堪らず強く握り締め、七星がその顔を真っ直ぐに見つめ返す

「なん・・・だよ、それ・・・!?なんで、言わない!?」

「・・・言えないよ、いい大人が・・・みっともなくて」

「な・・っ、いい大人って・・そんなの・・・!」

憤った七星の額に、舵がコツン・・・と軽く自分の額をぶつける

「・・・な、気が付いてる?俺と浅倉、もう同じ身長になってる」

「え・・・?」

七星が意外そうに目を見張る
そんな事、今まで一度も気にした事がなかった
でも、言われてみれば・・・確かに以前は僅かに見上げていたはずが、いつの間にか同じ目線になっていたような・・・気がする

「・・・きっと、もうじき追い抜かれるな。俺なんかあっという間に追い越して、手が届かないくらいに」

「ば・・・っ!なに言ってんだよ!そんなに伸びるわけ・・・!」

言いかけて、舵の至極真面目な表情に言葉が止まる
今の言葉の意味が、身長の事を言っているのではない・・・と、その表情が教えてくれる

「・・・浅倉が卒業しても、側に居たい。だから、真一君とも何もなかったよ。昔も、今もね。・・・信じてくれる?」

「・・・・・・っ」

返す言葉が見つからない
これは・・・信じる、信じない以前の問題
七星自身の、心の問題

何も欲しがらなかった
何も求めなかった

七星自身の・・・!

「・・・・浅倉?」

きつく舵の腕を握り締めて項垂れ、返事のない七星に、舵の声音が不安げに揺れている


・・・・・・どうして、気が付かなかったんだろう


七星が舵の心が見えなくて不安なように
舵もまた、七星の心が見えなくて不安なのだ

だから、何も言えなくなる
相手が自分の事をどう思っているのか、分からなくなるから

舵はいつも側に居たいと
七星が好きだと

そう言ってくれた

だけど

七星は、まだ一度だって、その言葉を口に出して言った事がない
一度も、七星の方から舵を求めたことがない

本当は、ずっと言ってみたい言葉がある
でも
その、ほんのちょっとした、たった一言でさえ、なかなかきっかけがなくて言えないでいる

「・・・っ、ごめ・・・俺・・・、」

「?、どうして浅倉が謝るの?謝らなきゃいけないのは、こんな事に巻き込んでる俺の方なのに」

「違・・っ、そうじゃない、そうじゃ・・ない、俺が・・・」

今もそう
胸が一杯で、
言いたいことがたくさんありすぎて

上手く言葉にする事が出来ない

項垂れたまま弱々しく首を振る七星の耳元に、舵がソッと唇を寄せた

「・・・・今はまだ、そのままでいいから」

「!?」

耳朶に触れる舵の体温に、ビクリ・・・ッと七星の肩が揺れる

「俺はまだ浅倉の教師でなきゃいけないから・・・だから、そのままでいい」

「え・・・?」

顔を上げた七星と、屈託なく笑う舵の視線が混じり合う

「浅倉にいろいろ言われたら、とてもじゃないけど理性が持たないから。だけどその分・・・」

意味ありげに言葉を切った舵が、睦言を囁くように再び七星の耳元に唇を寄せた

「卒業したら、俺があーんな事やこーんな事、いっぱい言わせるから・・・だから覚悟しておくように・・・!」

「っ!?」

その言葉の意味を察した七星の顔が、カア・・・ッと一気に朱に染まる

「な・・・っ、何言ってんだ!このエロ教師・・・!」

「お、やっといつもの浅倉!」

弾かれたように舵の顔を引き剥がした七星に、舵が嬉しそうに言う

「あ、あんたの方こそ・・・!」

軽く睨み合って、ようやく柔らかい笑みが同時に浮かぶ

「・・・・・修学旅行まで、もう少し・・・だったよね?」

不意に問われた問い

「え?そう・・だけど?」

不思議そうに答えを返した七星に、舵が「ハア・・・・ッ」と、大袈裟にため息をついた

「・・・・それが・・なに?」

「・・・・だって、このまま一気にカーセックス!といきたい所なんだけど、それやっちゃうと溜まってる分歯止めが利かなくて、キスマークだらけにしそうだから・・・」

「・・・!?っバ、バカか、あんた!?何考えて・・・っ!?」

更に真っ赤になって身を引こうとした七星を、舵がしっかりと腕の中に閉じ込める

「ちょっ、」
「大丈夫!冗談だって!今回はマジでカタが付くまで、浅倉に手を出さないって決めてあるから!」

「え・・・?」

ギュ・・・ッと七星を抱く舵の腕に力がこもる
七星の肩越しに、舵がまるで自分に言い聞かせるように、言葉を続けた

「さっき浅倉が言ったとおり、これは簡単に済ませられる事じゃない・・・。だから、一番大事な物を足かせにする。そうでなきゃ出来そうにないから・・・。浅倉が居てくれないと、これは出来ない事なんだ」

「舵・・・・」

肩越しにあって、顔の見えない舵の表情が、見たこともないくらい厳しい顔つきになっている事が、気配で分かる

それくらい、大変で、多分、舵にとって辛い事

それを舵は、七星が居てくれから、出来るのだと言う
でも、それなら
七星だって、それがどういうことなのか、知りたい
舵にとって辛い事を、少しでもいいから分けてほしい

だから、自分に出来る最大限の事を、しておきたい
後で後悔なんて、絶対にしたくないから

「修学旅行が終わるまで・・・そう言ったよな?旅行中に何があるんだよ?」

「・・・・・・茶事・・があるんだ。村田の家の重鎮が一同に会する大きな茶事でね、偶然、、自由行動の日にあるんだ。だから、その日にはっきりとカタをつけて来る」

「・・・・偶然?」

眉間にシワを刻んで、小さく七星が呟き返す


・・・・それは、違う


これは偶然なんかじゃない、必然だ
舵の事に、美月が絡んでいると分かった以上、それ以外ありえない

そして

これは、勘、に過ぎないけれど

それだけじゃない
あの美月が、自分と関係のない家の後継者問題にここまで肩入れするはずがない
美月の目的は他にある

もしも

美月の目的が舵にとって良くない物であったなら
例え相手が美月であっても、それを見過ごすわけにはいかない


・・・・『ほしいものがあるのなら、何が何でも手に入れなさい』・・・・


美月は七星にそう言った
あれは恐らく七星に対するメッセージだ
だったら、遠慮する事はない

舵に閉じ込められた腕の中で、七星の表情もまた、今までにない厳しさを滲ませていた




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