求める君の星の名は










ACT 22









ガシャン・・・ッ

背中を預けた金網が、不意に揺れた

「・・・・よ、」

夕日の光を受けて、一層赤みを増した髪が、麗の視界の端に映りこむ

「何か、分かった?」

「・・・ああ、真偽のほどは確かじゃないが、場所だけは」

答えた流が、手にしていたスポーツ飲料を一気にあおる

二人が今居るのは、片桐インターナショナルアカデミーの、グラウンド
サッカー場とテニスコートが金網によって区切られ、周囲では部員達がそれぞれの練習メニューをこなしている
その金網越しに微妙な距離を保って、麗と流が背中合わせに互いの存在を目の端に捉えていた

「しっかし、マジで片桐和也なのか?ホントなら、麗、お前と張ってない?」

「俺と?」

意外そうに麗が目を見開く

「だって裏があるってことだろ?しかもあの目立たなさからすっと、性質の悪さじゃあっちの方が上手じゃねぇ?」

「・・・へぇ?誰の性質が悪いって?」

聞こえた冷え切った声音に、流が慌てて背を浮かした

「さ、さーて、とにかく、今夜昴とその真偽を確かめてくるから、七星にいい訳、頼むな」

「・・・昴も?そんなにヤバいトコなのか?」

「あー、いや、そうじゃねぇ。場所がな、いわゆる発展場なんだよ。一人で居ると、うぜぇから」

「ああ、なるほど。来る者拒まずなのは、雰囲気で分かっちゃうからねぇ?」

「っけ!麗に言われたかないね!」

肩をすくめた流が、再び練習に戻っていく
その後姿をチラリ・・と流し見た麗が、小さく嘆息した

「・・・今回ばかりは流の協力無しじゃ、無理っぽいからなぁ」

麗と流では、付き合う種類の人間が、まったくと言っていいほど違う
麗はその洗練された容姿とクールな性格から、どちらかというと、社会的地位や財力をある程度身につけた・・・セレブ的人種に言い寄られる事が多く

一方、流は、その精悍で野性味溢れる容姿と、どう間違っても上品とはいえない言葉使い、ケンカっ早さ、大抵の事は受け入れてしまう大らかな性格から、いわゆる不良や柄の悪い人種との付き合いが多かった

それ故

お互いに、全く違う情報網と人脈が形成されていて、その二つを合わせて得られる情報量はかなり豊富で、多方面で広範囲なメリットがあった
今回は、その流の分野での情報収拾が、必要不可欠になってきたのだ

麗が仁から得た片桐和也の情報及び、大吾と真一の経歴と七星に対する行動
それらから、もう一度詳しく調べなおしたところ、予期していなかった事実を浮かび上がらせる結果に繋がっていた

その経緯は、こうだ




川崎大吾と野上真一、この二人の事を本格的に調べ始めた麗は、舵が帰国した時期と同じくしてに起こった麻薬密輸事件に焦点を絞っていた

その事件の周辺で、当時その密売ルートに関わったとされる大きな製薬会社が、アゾット製薬という会社に吸収合併されている
そのアゾット製薬が、片桐コーポレーションと関わりの深い会社だったのだ

その製薬会社を足がかりに、片桐は本格的に海外、特にインド・アフリカを拠点にした新薬開発に乗り出している
今回、京都で七星の修学旅行と時期を同じくして行われる「IDPC」(国際薬物プロファイリング会議)誘致にも、アゾットを通じて片桐がかなり根回しをしている気配があった

それに加えて

先日の、成田 仁からの情報
片桐玲に代わって、片桐和也が仕切っている・・・というその会議誘致の接待関連

どうにも気になって、片桐和也の事も洗い直した結果
片桐における新薬開発及び薬剤輸入・・・製薬部門に関する事は、全て玲ではなく和也が関わっていた

学校内においてその存在は、玲の影に隠れてしまって・・・まったくと言っていいほど存在感がない
勉強に関してだけは、常にトップクラスではあったが、主席を取るわけではなく、常に3番手4番手の地位に甘んじている

片桐家の十八番、テニスに関してもたいした腕はなく、麗に全敗中
いつ見ても、野暮ったいメガネに無頓着な髪
背の高さも高くもなく低くもなく・・・
とにかく、不思議なくらい目立たない人物・・・

おかげで麗も、仁からの情報が得られるまで、全くと言っていいほど眼中に入れていない・・・という、失態に陥っていたのだ

もしも、これが、

ワザとそうなるように振舞っているのだとしたら、これはかなりの要注意人物という事になる

ひょっとしたら、片桐玲さえ、その本質に気がついていないのかもしれない
七星が、ずっと麗の影の部分を見過ごしてきたように

その上、5年前の麻薬密輸事件と片桐が何らかの関わりがあったとしたら・・・(というよりも、麗の中では既に確定事項なのだが)
これは、ただ単に舵の過去うんぬん・・という問題ではすまなくなる

なぜなら

5年前といえば・・・ちょうどその頃、七星たちもハサン王子の誘拐事件に巻き込まれていた
その時、その誘拐事件を起こした首謀者・・ファハド国王の義弟・サウードが、ファハド国王の手によって人知れず闇に葬られている

そのサウードが主力資金源の一つとして力を入れていた会社が、アゾットに吸収合併された製薬会社だったのだ

それまで吸収合併などありえない勢いのあったはずの会社が、突然、そんな状況に陥った理由・・・それがそのトップであったはずのサウードの喪失にあった

どういうことかと言えば

裏の闇ルートから得た情報によると、サウードはその製薬会社を通じて、世界中に合成麻薬を秘密裏に輸出していたらしい
その手段は実に巧妙で、ICPO(国際警察機構)も手をこまねいて見ていることしか出来なかった

そんな時

その麻薬密売の全指揮をとっていたと思われるサウードが、消された

当然、それまで巧妙に行われていた取り引きにも、影響が及ぶ
トップを失って指揮系統に生じた乱れ
危機を感じて、早々にその取り引きから撤退する者達

そんな穴あき状態になった所に落とされた、決定的なダメージ

その会社で製造していた最新型の錠剤型麻薬・MDMAの成分が明らかになり、その製造に必要な薬剤の入手・運搬経路、売人の摘発・・などから辿って、ついにその製造場所を押さえられ、摘発された

それが、麗が調べ始めた麻薬密輸摘発事件の全容

そこにどういう絡みで舵と大吾と真一が関わっているか・・・
そこまでの詳しい履歴は、ICPO内部の情報にも残されていなかった

だが

名前の記録まではなかったが、数名の一般人の協力者が居た形跡が残っていた
それも、当時ICPOと協力した日本警察における報告書の中に

それが彼らだという確証はどこにもない
これは単なる麗の勘・・・だ

仁からの電話を受けた時に感じた、何とも言えない胸騒ぎ
調べてみて分かった・・・ファハド国王、ハサン王子との関わり

更に言えば、身元が簡単に追えない舵を桜ヶ丘に受け入れ、七星の側に置く事を容認した美月
それは普段の美月の用意周到さを知る麗にとっては、およそ考えられない行動だとしか言いようがない
けれどそこに、ファハドとハサン・・・ひいては「AROS」が関わっているとなれば、話は別だ


全てが、どこかで、繋がっている


そう考えるのが自然で、納得もいく

それを踏まえてシラミ潰しに当たっていた・・・クスリ関連の売買が書き込まれる、いわゆる闇の裏サイト
そこで書かれていた、去年の夏辺りから出回り始めたらしい、「エフ」と呼ばれる最新型の錠剤型麻薬に関するコメントが妙だったのだ

どうやらそのクスリは、今、ICPOでもその出所と売買ルート割り出しに必死になっているものであるらしく
通常なら、高額で取り引きされているはずのものだった

「スピード」や「エル」などと称されるLSDより更に、”フラッシュ”や”ラッシュ”と表現される快感を伴うエクスタシーが得られるクスリ・・・!
数年前に出回って以来、なぜかホンの僅かな量しか市場に出回っておらず、幻のクスリとも言われている代物!

いつの頃からか、”フラッシュ”の頭文字、「エフ」をとって、「エル」と区別化されるようになった

それが最近になって急に、なぜか一部の・・しかも10代後半の若年層で、「もらった」とか「安く買えた」といった書き込みが頻繁になされていたのだ

そのクスリを使った時の状態を、こと細かく書き綴ったコメントと供に
その大半が”キョウ”と名乗る売人に売ってもらったと書き記してあった

それを書き込むことが、クスリを「もらえる」「安く買える」条件であるらしかった

そこに、更に麗の勘がひっかかった
これは、そのものズバリ、薬物使用に対するプロファイリングだ
こんな物を見返りに求める売人・・・
ただの売人には、絶対にありえない譲渡・売買のやり方・・・
その上自ら”キョウ”と名乗り、その名前を誇示しているような気配

これは新しいクスリの効能を確めたがっている存在を、示唆している

クスリの製造そのものに関わった、何者かを

それに、気になる・・”キョウ”という名前
その名前が、今度の京都で行われる「IPDC」(国際薬物プロファイリング会議)に引っ掛けられた、何らかの意思表示だと考えられなくも無い

その京都に、同時期

会議参加のために和也が
修学旅行のために舵と七星が
更に、接待絡みで美月が

居る事になる

偶然にしては、あまりに出来すぎだ




そんな事実を踏まえて、麗は独自に真相解明に乗り出すことを決めた
はっきり言って、舵や真一、大吾の事などどうでもいい

問題は、七星

七星が「AROS」や舵を通じて巻き込まれる可能性がある以上、手をこまねいて見ているわけには行かない

とりあえずは、手近に居る片桐和也の裏の顔を探る事が一番の近道だ

そういったクスリが出回る場所・・・と、そういう分野に情報網を持つ流に協力を求めた結果が、今夜の流と昴の外出だった

麗の目立つ容姿では、とてもじゃないがそんな場所には出入りできないし、何より片桐和也も警戒して出ては来ないだろう

その点、流と昴なら、ちょっとした変装でその容姿を誤魔化すことが出来るし、流に関しては、既にかなり以前からそういう場所に出入りしている

「・・・・とりあえず、二人の結果待ち・・・だな」

眉間にシワを刻みつつ呟いた麗が、次のトレーニングメニューをこなすべく、寄りかかっていた金網から背を浮かせて、コートへと歩いて行った




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