求める君の星の名は
ACT 23
「なー、流、七星、大丈夫かな?」
昴が、すぐ横に居る流に向かって、耳元近くで話しかけている
それというのも、ちょうどにぎやかなヒップポップ系の音が鳴り響いていて、そうでもしないとお互いの会話さえままならないからだ
「あ?ああ、七星か、大丈夫だろ。ああ見えて、ヤバくなった時の七星は半端じゃないからな」
「え!?半端じゃない?七星が?」
流の答えに、昴がキョトンと目を瞬く
「あー・・・、昴はまだ、マジでヤバい状況になった時の七星を見たことなかったんだっけ?ま、あれだ・・多分、そのうち見れると思うから、楽しみにしてな」
流がニヤリ・・と口の端だけを上げて笑う
そんな会話になった原因、それは七星の不在だった
流と昴、それに、麗
彼らが帰宅してみると、家に七星の姿は無く、代わりにリビングのテーブルの上に書き置きのメモが一枚
そこには、川崎大吾なる人物の店に行って来るから・・・とだけ記されてあったのだ
それを見た途端、血相を変えた麗が七星の携帯に電話を入れたものの、繋がらず
一瞬の思案の後、舵に連絡を取ったところ・・・今からその大吾の店に向かう所だから心配するな、と告げられたらしい
今から流と昴が外出する・・という日でなかったら、麗は確実に大吾の店に自ら乗り込んでいっていただろう
だが今日に限っては、七星が居ない事の方が都合がいい
なにしろ、流たちにもしもの事があった場合に備えて、麗もその場所の近くに行ける・・・という絶好の状況になったのだから
そんな経緯の後の、今の状況はといえば
大勢の若者でにぎわう、今人気のクラブ
ここはいわゆる男女を問わない発展場にもなっていて、あっちこっちから物色しているような視線が交錯しあっている
そんな店の中で、流と昴がカウンターに陣取って、傍目には恋人同士であるかのように振舞っていた
流はその赤い髪を目立つ柄のバンダナできっちり覆い隠し、色味の薄いサングラス、シルバーの派手目なピアスに指輪、ジャラジャラと鎖系のアクセサリーの付いた黒い擦り切れた革ジャンとパンツ・・・で、いかにもヤバ気な雰囲気の漂うロッカー崩れ・・といった出で立ち
昴は、水で洗い流せるタイプのカラーメッシュで髪の色みを変え、ジャンクなデザインのTシャツに穴あきだらけのジーンズ・・・と、ストリート系な出で立ち
なのだが
「お、リュウじゃないか!なに?こっちの方に河岸替え?」
「へぇ、今夜は男の子?今度会ったら誘ってよね」
そんな意味合いの言葉が、流に向かって異口同音に注がれていた
男女を問わず、流に声をかけてくるものが後を絶たない
流はそれに適当な返事を返し、今日の相手はこいつだから・・と、昴の肩に手を廻してサラリとかわしている
「・・・・・ふ〜〜ん、”リュウ”ねぇ・・・。夜中にコソコソ出掛けてるとは思ってたけど」
昴が意味深な流し目で、流を見据える
「・・・・お互い様だろ?お前だって週末に深夜の居酒屋バイトやってんだから」
「げ、嘘!?ばれてた?」
「ったりめーだ。部屋が隣なんだから気が付くだろ、普通」
「じゃ、なんで七星に言わなかったの・・・?」
形勢逆転された感のある昴が、意気消沈気味に聞く
「あの居酒屋、道場に来てる奴の店だろ?俺達も知ってる人だし、変な店でもないしな。それに・・・お前の不安だって分かるし」
「・・・・え?」
目を瞬いた昴の、カラーメッシュでごわつく髪を、流がポンポンと撫で付けた
「しっかり働いて、自分で金貯めて、いつでも俺達の所へ遊びに来たらいい。自分の力で貯めた金で、来たいんだろ?」
「る・・・いっ!」
思わず昴が目を見張る
七星、麗、流の3人は来年揃って留学し、日本を離れる事になる
だが
まだ中2の昴は留学など出来るはずもなく・・・華山家の持ち物である今の家を引き払って、林の家で居候になる事になっていた
当然、生活面での資金は北斗から十分に与えられるが、海外に居る兄達の所へ遊びに行くとなると・・・それ相応の金がかかる
出来るなら、その資金ぐらい自分の力で調達したい・・・!
いつまでも末っ子の甘えん坊・・・なままで居たくなどない昴の、精一杯の思いつき
そんな昴の思いに、流は気が付いていたらしい
もっとも、昴自身が知らないだけで、林から七星にバイトの話は伝わっている
七星も麗も、流と同じ気持ちなのだ
自立しようとしている昴を、皆一様に心配しつつも、見守っている
何しろ昴は、誰がなんと言おうと、浅倉家の一番可愛い末っ子なのだから
今日、流がこの場に昴を連れてきたのも、確かに声をかけてくる者達を牽制するため・・・ではあったけれど
それプラス、昴をきちんと一人前として扱っている・・・という意思表示でもあった
七星を華山家の後継ぎとして後押しすることを決めた日から、麗、流、昴の間で七星を守り、ひいては家族を守る・・・!
という、暗黙の不文律が出来上がっている
ましてや昴は、一番その気持ちが強いのだ
「っつーわけで、頼りにしてるぜ!何しろお前が一番腕が立つんだからさ」
「っ!任せといてよ!」
笑顔全開で言い放つ昴は、どこからどう見ても華奢で小柄な・・・女の子でも十分通用するほどの可愛らしさだ
これで合気道をやらせたら既に師範代の腕前、なんだから詐欺だよな・・・と、流が苦笑を浮かべていると、不意に背後から声がかけられた
「・・・リュウって、あんた?」
その言葉に、ゆっくりと流が振り返る
「・・・そーだけど?なに?俺、今日はもう相手決まってるんだけど?」
そう言いながら、流が声をかけてきた人物をじっくりと見分する
身長は高からず低からず・・・軽く流した黒髪に、楽しげに少し細まった黒い瞳
その左目の端にある、小さな泣きボクロ
シンプルな白いシャツにスレンダーな黒いパンツ、細みのシルバー・ブレス
派手さは全くないのに、妙に心をざわつかせる雰囲気
洗練された出で立ちと、それに見合った整った容貌
これが、あの、片桐和也か!?と、目を疑わずにはいられないほどの豹変振り
いつもの、あの野暮ったいメガネと、表情を覆い隠したボサボサな髪・・・その下にこんな容貌と雰囲気が隠されていたとは驚きだ
もっとも、兄である片桐玲のあの秀麗な容貌から考えれば、不思議でもなんでもない・・・といえばそれまでなのだが
麗にあらかじめ、その、いつもはメガネのフレームに邪魔されて見えない左目の端にある泣きボクロ・・・を示唆されていなければ、流だとて、絶対に気が付かなかっただろう
そんな感情をチラリとも表面には出さず、流が素っ気無く和也を無視するかのごとくカウンターの方に向き直ろうとした途端
「「エフ」、欲しがってるって聞いたんだけど?」
悪びれた気配など微塵も感じさせず、和也があからさまに問いかけてくる
流が数日前からクスリを買った事がある者達と接触し、”キョウ”が売っているクスリを試してみたい・・・と吹聴して廻っていた成果だ
最近、このクラブでよく買ってる奴がいるらしい・・・という情報を得て、ここへ来たのだが、どうやら首尾よく事が運んだらしい
ピタ・・ッと動きを止めた流が、もう一度和也に視線を注ぐ
「・・・悪いけど、俺、キョウが売ってるクスリってのにしか、興味が無いんだけど?」
「じゃあ、問題ないよ」
和也がにこやかに、相手を魅了してやまないだろう・・微笑みを浮べる
その笑みに、流の背筋がゾクリ・・と反応した
一番近くで、闇と光を使い分ける人物と接し続けている流だけに、それと同じ種類の人間を本能的に察知できる
これは、間違いなく、麗と同じ素質と性質の悪さを持って生まれた人間・・・だ
流が、いかにも驚いた・・・といった表情で、和也を見返す
「・・・へぇ、お前が噂のキョウ・・・!?」
「残念ながら違うよ、僕はただの使いだから」
「使い?ふぅ・・ん、で?本当にその「エフ」なのかよ?」
「信用できない?じゃぁ、一回試してみる?リュウって結構僕好みだから、ただで上げてもいいよ?」
意味深な笑みを浮かべ、和也が相手の自尊心を掻き立てて、”ただ”ということに対する警戒心を薄れさせる
「そりゃ光栄だけど、ただほど怖いものはねぇって言うからな・・・」
「そう?じゃあ、ネットの掲示板なんかにクスリの事書き込んで宣伝してよ。それが宣伝料代わりでクスリの代金ってことで」
「・・・めんどくせーな。俺、そういうの趣味じゃねぇし・・・それよか、俺とこいつで3Pってのはどーよ?代金分くらいはサービスするぜ?」
平然と言い放った流の言葉に、それまで黙って会話を聞いていた昴が声を荒げた
「はあ!?何言ってんだよ!?」
叫ぶと同時に立ち上がった昴が、流ではなく、和也に食って掛かかる
「なんなんだよ?お前!?さっきから聞いてりゃリュウにちょっかい出しやがって!」
昴の手が、今にも和也の胸倉を掴み上げようとした瞬間、
『・・・ッガッ!!』
不意に昴と和也の間に割って入った腕が、その昴の手首を掴んで捻り上げていた
「ッ、うわっ!?いててててて・・・っ!!」
条件反射で捻り上げられた手首を返そうとした昴の肩を、流がすばやく押さえて動きを制し、割って入った人物の腕を掴んで低い声音で言い募った
「てめぇ、何のマネだよ!?」
割って入ったのは、ダークスーツにサングラス姿の・・・一見して堅気ではないと知れる雰囲気の、男
男は答えを返す気配もなく、ただ無言で捻り上げた昴の手首を緩めることなく、和也をその背後に庇っている
「・・・っよせ、神谷!」
鋭く和也が言い放った途端、”かみや”と呼ばれた男が昴を解き放ち、流の腕をも突き放したかと思うと、仁王立ちで二人をサングラス越しに見据えている
「・・・なるほど、そうやって後でただが高くつく・・・って言う寸法か?」
昴が手を出さないように背後に押し込めて(もっとも、見た目には昴を庇っているようにしか見えなかったが)、流がいかにもシラけた様な眼差しを和也に注ぐ
「・・・まあ、そう思われても仕方のない状況だから弁解はしないけど・・今度会うことがあったら、誤解を解くチャンスがほしいなぁ」
全くその場の雰囲気を無視した、和也の楽しげな声音
「・・・そっちの、そのヤバイ野郎抜きなら、考えてやってもいいぜ?」
フン・・ッと、神谷を一瞥した流に、和也が楽しげに目を細めた
「さっき、僕の好みのタイプだって言ったのは嘘じゃないんだけどな、リュウ?」
「・・・そりゃどーも」
肩をすくめて気の無い返事を返す流に、意味深な笑みを返した和也が、クルッときびすを返して人波にその姿を溶かし込む
その和也の動きと供に、神谷もいつの間にか姿を消していた
「・・・・・神谷・・か、あいつがキョウってわけでもないみたいだな」
眉間にシワを寄せ低く呟いた流に、昴が捻り上げられていた手首を振りながら、不機嫌そうに言い募った
「っんだよ、流!俺、やられっぱなしかよ!?」
「悪いな、あの神谷って言う野郎がキョウかと思ってカマかけてみたんだけど、どうやら違うみたいだ。それに、お前だって分かっただろ?あいつ、強いぜ?あんなのとお前が本気でやりあったら、それこそ収集つかなくなるだろーが」
「うーーー・・・そりゃ、視線であいつに気がついた時から分かってたよ。だから流に合わせてケンカふっかけてヤッたんじゃん!」
二人とも、和也が声をかけてきた時点で、鋭い視線を注ぐあの神谷の存在に気がついていた
その正体を掴むべくカマをかけた流の芝居に、昴が合わせたのだ
「成長したな、昴。この阿吽の呼吸はお前でなきゃできねーよ!っつーか、お前、本気で嫌がってただろ?」
「あ、あったりまえだ!なんだよ、3Pって!冗談でも鳥肌立ったぞ!!」
「おーやだやだ、これだからお子様は・・・!」
茶化すようにオーバーリアクションで言った流に、昴が憤慨したように言い募る
「流や麗と一緒にすんな!俺はホントに好きになった奴としかやんねーよ!」
「バーカ、セックスなんざスポーツと一緒なんだよ!一回やってみな?すっきりするから!丁度よくお前には健一郎がいるじゃねーか。あいつとやってやれよ、10年越しでお前一筋だぜ?」
「っ!?け、健一郎はそんなんじゃねーよ!流のバカ!」
一瞬、目を見張った昴が全否定して言い放ちつつも、その顔が赤く染まっている
「・・・・ほぉ?」
その昴の顔を間近に覗き込んだ流が、ニヤニヤと意味ありげに笑う
「っ、な・・なんだよっ!?」
「・・・そーか、そーか、来年からは同じ屋根の下・・だもんなぁ?こりゃ、健一郎の奴にいろいろとやり方の伝授を・・・」
「なっ!?流!健一郎に何する気だよ!?」
思わず流の革ジャンの襟を掴んで詰め寄った昴の指先に、革ジャンの内ポケットに入れていた流の携帯バイブの振動が伝わる
「お・・っと、いけね、麗に筒抜けなの、忘れてた。遊んでる場合じゃなかったな」
ハッとしたように、二人の表情が瞬時にまじめな物に切り替わった
七星特製・超小型盗聴器(七星は、幼い時から北斗のショーの大道具・小道具作りを含む裏方全般で北斗のショーに携わってきただけに、そういう道具を作る事に長けている。これも七星と北斗で考案した道具の一つ・・なのだ)を仕込んでいたその携帯から、今までの和也と流達の会話は全て、クラブの近くのネットカフェに居た麗に傍受されている
取り出した携帯に出た相手は、当然、麗だった
『ったく!いつまで遊んでる気!?とっとと帰って来い!』
「・・?帰って来い・・ってことは、何か収穫あり?」
『おおあり。いいカマかけてくれたよ、流。昴もナイスフォローだ』
「・・・神谷とかって言う野郎関連か?」
『そういうこと。じゃ、一足先に帰ってるから』
そう言って切れた携帯を流がパチンッと閉じて、昴と軽く拳をぶつけ合う
「っしゃ・・!」
同時に言い放った二人がニヤリ・・と笑って、騒がしい人波の中へその姿を消し去った