求める君の星の名は
ACT 24
一足先に家に帰りついた麗の携帯が、メール着信の音楽を奏でる
「っ!?・・・・舵先生・・!」
慌てて開いたメールには
『今から七星を連れて帰るから、ご心配なく』
と、記されていた
どうやら七星は無事だったようだ
ホッと息を付いた麗が、ネットカフェで落としてきた情報を開く
”かみや”と、和也がその名前を呼んだ瞬間、麗は警察内部にハッキングし、検挙者リストや暴力団関係でその名前を検索にかけていた
その結果
”神谷”という名の男が、広域指定暴力団・新井組幹部に居た
片桐コーポレーションと新井組・・・概して企業は大きくなればなるほど、そういった組関係を囲い込んでいる事が多い
麗の掴んだ裏情報でも、片桐と新井はかなり関わり合いが深いらしい
これを引き当てた途端、麗の直感がそこに仕組まれた図式を構築していた
新井組はここ数年、関西方面にその勢力を伸ばそうと躍起になっている
だが
関西を牛耳る葛西組の勢力が強く、思い通りに事は進んでいないらしい
ところが
京都でICDP(国際薬物プロファイリング会議)が行われるのに伴い、薬物取締り強化を始めた警察によるガサ入れが頻発
葛西組が持っていた密売ルートや取り引き現場が次々と押さえられ、資金源としていたはずの基盤が崩れ始めていたのだ
そんな中、ネットを中心にその存在を誇示している”キョウ”という存在と、「エフ」という幻と称されているクスリ・・・もしもそんな物が、今、新井組の手によって京都に持ち込まれ、ばら撒かれたとしたら・・・!
それこそ一気に、関西での勢力図が塗り替えられる可能性がある
しかも、その下準備ともいえる水面下の動きに、直接、新井組は関与していない
葛西組も膝元で起こっている摘発の後処理に追われ、新井組の動きに気がついてはいないだろう
「・・・・・十中八九、間違いないな。だけど・・・」
麗の青い瞳がスゥ・・ッと細まって、”キョウ”という文字に注がれる
もう既にその名前で、何か得られる情報はないか・・・?と、調べつくした麗である
なのに、何にも引っかかってこない
一体どうして、和也はわざわざその名前を誇示するような真似をしているのか・・・?
しかも、和也は自分の事を”キョウ”の代理人だと言っている
「・・・和也の上に、まだ誰かが居るって事か?」
”キョウ”という響きで京都以外で思い当たる物と言えば・・・成田 仁の双子の兄、成田 恭平ぐらいなもの
だが恭平も、片桐 玲と同じくテニスの国際試合に参加する事になっている
おまけに和也が京都に居る間は、その試合の日程中だ
それに、今回の事に成田が関わっているとは、考えにくい
あれから何度か、仁に連絡を取ってその動向に探りを入れている
そこに特に目だって変わった様子も、和也と連絡を取り合っている気配も、感じられなかった
だが、しかし
それを鵜呑みにするのは危険だな・・と、見過ごしていた和也の本性を思って、麗が唇を噛み締める
今までなら、降りかかってくる火の粉を振り払うだけでよかった
マジシャン北斗の子供・・・という、兄弟を個人個人で扱う事をしない、大きな隠れ蓑的存在があったのだから
でもこれからは、そうも行かなくなってくる
七星を筆頭に、麗、流、昴・・・各々が自分の目指す分野でその存在を誇示し始めることは、まず間違いない
これからは、その存在を隠してくれていたはずの北斗の存在が、逆に各々の存在を浮き彫りにしていくだろう
特に七星は、華山グループと「AROS」両方に身を置くことになる
それだけ敵も増える・・・ということ
後手後手に廻る受け身では、今回のように巻き込まれる事を未然に防ぐ事が出来ないのだ
国内だけでも、華山グループと敵対すると思われる企業は数社ある
その中でも財閥系企業で名を馳せるもの達には、特に注意が必要だ
華山 泰三と関わり合いが深いだけに、そこにどんな因縁が絡んでくるか・・・予想が付かない
「AROS」絡みになれば、敵は世界中・・・・
今まで以上に情報を集めて、先手を打っていかなければ到底太刀打ちできないだろう
「・・・それにしても・・・」
親指の爪を噛みながら呟いた麗が、未だにハッキリと見えてこない気がかりな点に眉根を寄せ、イラただしげに言葉を押し出す
「・・・一体どこで、美月さん、AROS、舵先生の周辺と繋がってるって言うんだ?」
「え?舵先生が、京都出身で、号まで戴いた茶人!?」
帰ってくるなり、お腹が減った・・・と手早くお茶漬けを作って食べている七星から舵に関する情報収集をしていた麗が、意外な事実に思わず叫んでいた
「・・・らしい。俺も驚いた。で?そっちは?」
一息にお茶漬けをかきこんだ七星が、フゥ・・・と息を付きつつ麗を見据えた
「え?そっち・・・て?」
「・・・誤魔化すな麗、俺もそんなにバカじゃない」
真っ直ぐに見据える七星の瞳が、麗の青い瞳の中にある嘘を捕らえている
その瞳は、まさに北斗そのもの
捕らえられたら最後、本当のことを話すまで・・自らその視線をそらす事が出来ない、魅入られる何かを秘めた瞳
麗の背筋をゾクゾク・・・と言い知れぬ心地良さが駆け抜ける
これが、本来の七星・・・!
今までずっと、北斗を、弟達を・・・好奇な眼差しとあからさまな攻撃から守ってきたのは、他の誰でもない、この七星なのだ
一見穏やかそうに見えて、その実、北斗から受け継いだ明晰な頭脳と運動神経、恐らくは祖父である華山 泰三の血筋だろう・・・恐ろしく肝の据わった度胸と、敵対するものに対する容赦のなさには、北斗でさえ一目置いている
その七星が、どうやら本気になったらしい
受け身のままではラチがあかないな・・・と思っていた麗だけに、願ったりな状況だ
フ・・・ッと不敵な笑みに切り替えた麗が、七星の瞳を真っ直ぐに見つめ返す
「・・・分かったよ、面白い事がいろいろと・・・ね」
「・・・やっぱり」
浅くため息をついた七星に、麗が今までの経緯を話し始めた・・・
「・・・麻薬密輸に片桐、おまけに「AROS」・・・か」
眉間に深い縦ジワを刻んだ七星が、小さく呟き返す
・・・・・・なんだってそんな物まで絡んでいるのか
どうやら、事は単純ではないし、下手をすると危険なことにもなりかねない状況に向かっているらしい
「・・・麗、その事件、本当に舵や大吾さんも絡んでいるのか?」
「残念ながら、確かな証拠は何も残ってない。ただの俺の勘、だよ」
「勘・・・か」
そう・・・ただの勘
だが、決して侮れない勘・・・だ
しばらく思案気に目を閉じていた七星が、ゆっくりとその瞳を開いた
「・・・麗、大吾さんの方が派手な経歴だけど、あの人は裏がない。これも俺の勘だけど、実際は真一さんの方が絡んでて・・・大吾さんと舵は巻き込まれたんじゃないかと思うんだ。真一さんの経歴、何か不審な点はなかったか?」
以前、麗が調べた経歴では、真一は元は老舗の酒造り蔵元の一人息子だった
それが父親の病死よって資金繰りが悪化して、倒産
それと同時に日本を離れ、単身フランスに渡っている
若くして一流ホテルのソムリエ見習いになれたのも、その素養が下敷きとしてあったからだろう
「不審な点どころか、真一っていう人、かなりな苦労人ぽいよ?会社の倒産と供に母親も心労からか亡くなってて・・・どうやらその保険金で借金を返済して渡欧したみたいだし。その後も特には・・・」
「・・・他人の同情を引いて付け入るには、絶好のエピソードだな」
七星のいつにない冷たい言い方に、麗が片眉を上げる
七星は根拠もなく、相手の事をこんな風に言ったりは絶対にしない
そう言わせるだけの何かが、真一との間にあったということだ
「そいつも裏の顔があるってこと?」
その言葉に、七星の背筋をあの時感じたザラリ・・としたなんとも言えない嫌な感覚が駆け抜ける
あんな感覚は初めてだった
この人間に近付いてはいけない・・・・何かに、そう、警告されたような・・・そんな気さえする
「・・・ああ、それも一筋縄ではいかない、かなりの・・・な。麗、当時日本からICPOに協力して報告書を書いた刑事、割り出せるか?」
「もちろん、できるよ」
「じゃ、その名前と所属、携帯番号・メアドも」
「会いに行く気?でも、一介の高校生相手に話してくれるかな?」
「会いに行く必要なんてないし、こっちの素性を明かす必要もない」
「・・・?なに?どういうこと?」
「裏サイトとはいえ、それだけ書き込まれてれば警察だって気が付いてるはずだ。もしも今回の事が以前の事と関係があるなら、当然その刑事も絡んでくるはず・・・。お前なら携帯の履歴ぐらい簡単に調べられるだろ?」
ニヤリ・・・と意味ありげに笑う七星の意図が掴めずに、麗が眉根を寄せる
「出来るけど・・・そんな物調べてどうするの?」
「もしも本当に当時二人が関わっているのなら、必ずどちらかと連絡を取るはずだ。恐らくは、大吾さんと・・・」
七星のその言葉に、麗の口元も僅かに上がった
「なるほど、あれだけ派手な経歴の持ち主だ・・・まず間違いなくその動向を探るだろうね。となると・・・警察方面の情報もほしいなぁ・・・」
思案気に麗が眉根を寄せる
今現在、麗の持つ情報網の中に警察関係のものはなかった
これはひょっとすると・・・そういった関連の情報を得るパイプ作りに絶好の機会かもしれない
こちらの正体を明かさないまま・・・それでもあちらから情報を引き出す方法・・・
そんな麗をジ・・・ッと見据えていた七星が、呟くように言った
「・・・実物の「エフ」を手に入れてみるか?」
「え?」
思わず目を見開いた麗が、見惚れるほど怜悧な瞳をした七星を見つめ返す
「気に入った人間にもう一度会ったら・・・麗なら、どうする?」
その問いに、麗もフ・・ッと目を細めた
「そうか、見かけたらあっちの方から声をかけてくる。それに実物の「エフ」とその出所は警察も喉から手が出るほど欲しい情報のはず・・・」
「・・・釣れるか?片桐和也を」
「”リュウ”の名前で例のサイトにメッセージを書き込めば、恐らく・・・。詳細は明日学校で流と打ち合わせしとくよ」
「ああ、頼む。俺もこれから下準備しとく」
そう言って立ち上がり、自室へと向かった七星の背中に麗が問いかける
「下準備って?」
「修学旅行の有効活用プランを練らないとな。せっかく美月さんも来るんだし」
リビングのドアを出際に顔だけ振り返った七星が、意味深な言葉を吐く
「・・・単独行動は許さないよ?いろいろ小道具だってあるんだから」
「分かってるよ。だから、下準備するんじゃないか。お前たちが勝手に危ない事をしないように」
七星があきらめ顔で肩をすくめる
「さすが七星、分かってるね」
ニッコリと、麗が微笑み返す
麗、流、昴が、何かある・・・と分かりきった京都に行く七星を、手放しで見ているわけがない
今までも、そしてこれからも
降りかかる火の粉は、兄弟で互いに協力しあって回避する
これは口に出すまでもなく、浅倉家の家訓・・・なのだから
「お前も早く寝ろよ、麗」
「七星もね」
そんな会話を交した二人の部屋の窓からは、朝まで明かりが消える事はなかった