求める君の星の名は











ACT 25









「・・・・・なに?俺が餌?」

部活の朝練のために、麗と一緒に七星たちより早く家を出た流が、あからさまに嫌そうな顔で振り返る

「あれ?不満?裏の顔の片桐和也は、それなりにイケてたんだろ?」

「・・・・・・俺の趣味じゃねぇ」

「ああ、そうか、肌の色が白すぎ?」

麗の何かを含んだようなその言葉に、流が視線を険しくした

「てめぇ・・何が言いたいんだよ?」

「いいかげん自覚しなよ。アリーが「AROS」代表としてメディアに乗る度に、夜遊び率が高くなるのもどーかと思うよ?」

「・・・っ」

思わず流が、言葉に詰まる

去年、美月が「AROS」に参画したことで日本はもちろんの事、アジア各国で「AROS」の新規事業が発足している
それ関連のニュースがメディアで報道される度に、その代表であるアリーの姿もまた、煩雑にメディアに登場するようになっていたのだ

「AROS」絡みの情報は、七星が必ずチェックを入れる
それはつまり
必然的にアリーの姿が載った雑誌やニュースが、流の視界に入る確率が高くなる事を意味していた

そこに、直接、あの存在は、ない

けれど
いや、だからこそ

流の脳裏には、逆にクッキリとその姿が浮かび上がってしまう

あの、他の誰にもない、強い意志を秘めた射抜くような鋭い視線
飾り気のない白い衣装に映える、黒々とした艶やかな短髪
耳元で揺れる黄金のイヤリング
ブロンズの彫刻のようだった、引き締まった浅黒いしなやかな肢体

『俺は俺のやり方で、お前に近付く』
そう言って別れたあの日から、交わした言葉も、触れ合った温もりも
記憶から薄れるどころか、不意に襲うフラッシュバックがその感覚を何重にも刻み込んでいく

その存在のすぐ側に居る

自分と同じ赤い髪、赤い瞳
その赤い瞳で自分を見下げた、あの、嫌味な男・・・!

まだ学生で
まだ何も出来ず
まだ誇るべき物も何もない子供な自分

その落差と格の違いを見せ付けるように、アリーは「AROS」代表としてその姿を流の前に誇示してくる
まるで、”必要とされているのはお前じゃない”とでも言いたげに

「・・・誰が、あんな野郎の事!ってか、関係ねぇだろ!?とにかく、今夜また、あのクラブで座ってりゃいいんだな?」

「うん、そう。”リュウ”の名で昨夜、あっちこっちに誘いをかけてあるから・・・多分来るよ。お持ち帰りされそうになったら、助けた方が良い?」

「俺が!?冗談!!それに趣味じゃねぇって言ってんだろーが!」

「分かってるって。流は俺と違って、健全なスポーツ・セックスだからね。感情や打算が絡むと絶対寝ないし、誰とも付き合わない。誰かさんのおかげでね」

語尾に力を込めて言った麗に、流がキリリ・・ッと眉を吊り上げた

「・・・・麗、その一言多い性格、なんとかした方がいいぞ」

「流も、その誰かさんの前でだけなる天邪鬼な性格、なんとかしたら?」

麗が実に楽しげに、流の顔を覗き込んでくる
その、悪魔の心を持った天使の笑みに、流が盛大なため息を吐いた

この麗と、まともに口で勝負して、勝てるはずもない

「・・・ったく!やめやめ!麗と言い争って割にあわねーのはこっちだもんな。それよか、京都の方はどうすんだ?今回は美月さんの協力無しでいくんだろ?あっちで何かあったら・・・」

「ああ、それね・・・」

ふふ・・・と意味深に笑った麗の瞳に、何事か企んだ色合いが浮かぶ
その瞳に、流が肩をすくめた

「・・・んだよ、もう企み済みってか?」

「まあね。もっとも、相手が乗ってきてくれなきゃどうにもならないんだけど」

麗のその答えに、流が嘆息する

「乗らなくても乗らせる・・・の、間違いだろ」

「まーね。それもひとえに今夜の流の頑張りにかかってるんだ。頼んだよ?」

ふふふ・・・と、麗の青い瞳が如何にも楽しげに細まり、今夜の作戦を流と綿密に打ち合わせ始めた

















「悪いな、今日は先約済みなんだ」

今日何度目かの同じ台詞を、昨日と同じカウンター席に座った流が口にする
その横に、今日は昴の姿はない

そのせいか・・・

昨日よりももっと煩雑に、流に声をかけてくる者が後を絶たない
流はその度に、にこやかな笑みを浮べて愛想良く・・・遠まわしに相手に断りの意を伝えていた

それくらい”リュウ”という名前と、その容姿・・・というより、その頭に巻かれた一目見たら忘れない黒地に深紅の龍の描かれたバンダナは、誰にも本気にならない上、同じ相手とは二度とは寝ない・・・というのでこの界隈に知れ渡っている

だから

一度は”リュウ”を本気にしたくて
一度は”リュウ”に誘われてみたくて

そこに居るだけで、誰もが噂し、声をかけてくる

もともとイタリア人の母親を持つ流だけに、日本人離れしたその容姿と恵まれた体格は、いつも実年齢よりも上の印象を与えてきた
一体誰が、その”リュウ”という名の人間が、流という名の高校生だなどと思うだろうか

大勢の若者が踊るホールに背を向けて座っている流が、注がれて感じられる視線に神経を研ぎ澄ませていた

不意に・・・背中に感じた突き刺さるような視線に、流の口元が僅かに上がる

この視線には覚えがあった
昨日、和也を庇った・・・神谷とかいう男の放つ視線だ


・・・・・ようやくご登場か


時刻は既に深夜を過ぎ、今日は外れか・・・?と思い始めていた矢先だっただけに、流の赤い瞳がサングラスの下で細まった

「・・・・自分から誘った奴しか相手にしないので有名なリュウが、誰と待ち合わせ?」

かけられた聞き覚えのある声に、ゆっくりと流が振り返る
その言葉から察するに、どうやらどこかから流の様子を伺っていたらしい

「・・・・なんだ・・昨日の奴か」

あからさまに落胆した声音で言った流が、そこに立っていた和也を一瞥しただけで、すぐに素っ気無く向き直ってしまう

「随分つれないなぁ・・・チャンスをくれる気はないわけ?」

流の素っ気無い態度など全く無視して、和也がスルリ・・・と流の横の席に腰掛ける

「・・・それが欲しけりゃここから消えな。お前のおかげで昨日の奴に振られちまったんだからな」

すぐ横でほお杖を付いた和也を、流が軽く睨み返す

「あれ?そうだったの?ああ、じゃあ、あの書き込みは昨日の可愛いあの子に対してだったんだ?」

クスクス・・・と全く悪びれた風もない笑みを浮べた和也が、笑う
麗がリュウの名で書き込んだ内容は、誰宛て・・・というわけではなく、


”昨日の店、同じ場所で”


ただそれだけだったのだ

「・・・分かってんなら、さっさとそこ、どきな」

冷たく言い放った流に、和也の表情が少し強張った

「・・・へぇ・・・「エフ」ももう要らないんだ?せっかくリュウに上げようと思ってたのに」

「・・・ヤバイ野郎抜きなら考えてやる、って言ったはずだ」

チラリ・・・と流が神谷の方を視線だけで流し見る
相変わらずその男はダークスーツにサングラス姿で、二人の様子を伺っていた

「・・・じゃあ、神谷が居なけりゃ誘う気があるってこと?」

不意に流の耳元に顔を寄せた和也が、艶めいた口調で囁く

「・・・そーだな、ただっつーのはどうにも信用ならないから、それが交換条件っていうんなら、乗らないでもないぜ?」

流の口元に、誰にも本気にならない男の悪い笑みが浮かんでいる

「・・・商談成立」

フ・・・ッと笑った和也が短く言い放つと、くるりと身体を反転させて神谷の元へ歩み寄った
和也に何事か告げられた神谷が、ギロリ・・!と今にも殺されかねないほどの鋭い視線の圧力を、サングラス越しに流に注ぐ
何度か首を横に振り、和也に対して何か言っていたが・・・和也の不機嫌そうな声が「行け・・!」と言い放つと、更に鋭い視線を流に送りつつもドアの方へ歩き出す

流と和也の方に気を取られていた神谷のすぐ横を、フードつきのパーカーを目深にかぶった男がすれ違いざまに軽く接触していったが、神谷は気にもかけずに鋭い視線を流に向けたままだった

神谷が本当にドアの外へと出て行くのか・・を確認していた流の元へ、和也が再び歩み寄る

「条件はクリアしたよ?」

男を誘う眼差しを向けながら、和也がスル・・・と流の腕に自分の腕を絡ませた

「・・・オーケー」

流がガタン・・・と、椅子から立ち上がった途端

ワーーーッ・・・という、なにやらヤバイ雰囲気の騒ぎ声がクラブのドアの外から聞こえてきた

「っ!?」
「なん・・っ!?」

ハッと同時に流と和也が振り返る
振り返った流の視界に、荒々しく開け放たれたドアから雪崩れ込んで来る数人の男達が映りこんだ

「ガサ入れだ・・・!逃げろ!!」

どこからかそんな大声が響き渡る

途端にフロアで踊っていた若者達がドアの方へ殺到し・・・店の中はなだれ込んできた警察と暴れる若者で大騒ぎになった

「・・・ちっ、来い!」

舌打しつつ叫んだ流が、和也の腕を掴んだかと思うとカウンターを乗り越えてバーカウンターの中へと入り込む
既に抜け目なく逃げ出す体勢に入っていたバーテンダーが、店の裏口から外へと飛び出し、停めてあったバイクに鍵を差し込んでいると・・裏口を張っていたらしき刑事に捕まえられて再び店の中へと引きずられていく

それを裏口のドアの影に隠れてやり過ごした流が、刑事とバーテンダーが店の中へ入ったのを見届けると同時に、和也と供に外へと飛び出していた

「ほら、乗れ!」

素早くキーの差し込まれたままのバイクに跨った流が、突然の事に戸惑ったままの和也の腕を引っ張って、バイクの後に強引に乗せる

「しっかり掴まってろよ!」

叫んだ流が、深夜になっても未だ眠る事を知らない活気に満ちた街の喧騒の中へと、バイクと供にその姿を消し去っていた




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