求める君の星の名は









ACT 26










「・・・ほらよ、着いたぜ?」

荒々しい流のバイクの運転とスピードに放り出されないよう、ただ夢中でその背中にしがみついていた和也が、「え?」と顔を上げる

「・・・まん前っつーのもどうかと思ったから、一応一つ角の手前・・だけど」

「っ!?な・・っ!?」

流の言葉と、バイクの停まったその場所に、和也が驚愕の表情で流を凝視している

そこは
片桐の本宅・・・通常の何倍もの敷地を誇る豪邸を囲った塀の、角一つ手前・・・だった

「・・・・うそ・・・気が・・ついて・・・!?」

信じられない・・・と言った雰囲気で、和也が呟く

「お互い様だろ?お前だって俺の事、気がついてたんだから」

「ッ!」

ク・・ッと和也が唇を噛み締める

そう・・・
いくらサングラスや派手なバンダナで誤魔化していても、もとの流を知っていて、近くで見れば「似ているな・・」と、思うはず

ましてや和也は裏の顔と表の顔を使い分ける、麗並に油断のならない人種なのだ
滅多にない桜ヶ丘からのスポーツ推薦入学生
その上、サッカーの花形スター選手として目立つ流のその顔に、和也が気がつかないはずがなかった

その和也の頭に、バイクに跨ったまま振り返った流が手を伸ばしたかと思うと、グチャグチャ・・と流して整えてあった髪を掻き乱す

「っ、ちょ、なに・・・っ!?」

慌ててその手を振り払いつつバイクから降りた和也は、掻き乱されてボサボサにされたせいで・・・いつも学校に居る時と同じ髪型になっている

「ほーーーら、やっぱそうじゃん」

満足げに言い放った流に、和也がハッと髪に手を当てて項垂れた

「・・・いつから、気がついてた?」

低く、慎重な、警戒に満ちた声音
どうやら状況を把握し、冷静に戻ったらしい

「・・・その、目尻の泣きボクロ。お前、部活で顔洗う時だけメガネ外すだろ?サッカー部とテニス部の水場、共同だからな」

麗から与えられていた情報を確認した方法を、流が告げる
もう一度驚いたように、和也が流を凝視した

「こんな・・・小さいもので・・・!?」

「それに、俺、耳がいいんだ。特に作ってるわけでもない限り、声で分かる」

「っ、じゃ、なんで黙って・・・!?」

「それはこっちの台詞、お前こそ、なんでだよ?」

不意に和也が押し黙る




和也はもともとテニスが好きなわけではない
片桐の家に生まれた・・・ただそれだけでテニス以外の選択肢を与えてはもらえなかった
流が片桐に入学してからというもの、好きでもないテニスを仕方なく・・・やっている時、すぐ横のサッカー場で活き活きとグラウンドを走り回る流の姿を自然と追うようになっていた

どこにいても目立つ赤い髪をなびかせて、いつも心底楽しそうに、流はボールを追っていた
野性的で精悍な顔立ちに、いつも陽気な笑顔を浮べて・・・!

今まで例のなかった桜ヶ丘からのスポーツ推薦入学・・なのだ、もともと片桐に居た者達から部外者扱いされて浮きまくるのがオチ・・・なはずだった
なのに、流はその持ち前の明るさと端整な容貌、気の置けないオールオッケーな性格で、たちまち周囲の者達に溶け込んでいった

気がつけば、いつでも流の周囲には明るい笑い声と人垣が出来上がっている
いつしかその姿は、まるで輝く太陽そのもののように、和也の視線を釘付けにするようになっていった

決して敵わない・・・優秀な兄の存在
兄ばかりが大事にされ、弟の存在はいつも二の次・・・
そこでは、兄と対等になる事も、兄より抜きん出ることも、許されはしない

ただ和也に許され、求められていたのは
兄を惹き立てるための、惹き立て役
それでも片桐の名を辱めない、優秀さ・・・

だから兄が得意ではなかった新薬開発・製薬部門に、その能力を発揮した
決して目立つ事のない、地道で気長な役どころ
だが、なくてはならない重要なポストでもあった

そこでやがて知ることになった・・・片桐の裏の顔が、和也にとって最適の役割になったとしても、それは仕方のない事だったといって良い

和也には、麗のように華やかな一面を持つ事が許されない
常に目立たず、常に影でいなければならない

だから、憧れ、自然と求めてしまう

太陽そのものの輝きと、明るさを放つ、存在を

それが、流、だった・・・ただそれだけのことだ

だから”リュウ”に裏の顔で出会った時、すぐにその”リュウ”が流だと気がついた

自分と同じく夜の顔を流が持っていたことに、堪らない嬉しさを感じた
常に影の存在で居なければならないときとは、わけが違う
ここでなら、対等に流と話が出来る

いつも遠くから眺める事しか出来なかったその存在を、手に入れることが・・・
例え手に入れられなくても、触れる事が・・・出来るかもしれない

そう、和也は思ったのだ

なのに・・・!




押し黙り、項垂れて唇を噛み締めている和也に、不意に流が明るい声音で聞いた

「なぁ、いつもかけてるあのメガネって、伊達メガネか?」

不意を突かれた問いに、ハッと顔を上げた和也が、ただ頷き返す

「じゃ、外せよ」

「・・・え?」

「してない方がお前に似合ってるぜ?」

その答えに、和也が顔をカ・・・ッと朱に染めつつも流を睨み返す

「なん・・にも知らないくせに・・・!」

悔しげに言い放った和也に、流が嘆息する

「事実と感想を言ったまでだ。それと、”リュウ”は片桐和也なんて奴を知らないし、片桐和也も”リュウ”なんて奴を知らない。これで今夜の事は帳消しだ。いいな?」

「っ!?」

思わず和也が目を見張る
それは、つまり、和也の裏の顔を他言する気はない・・・ということ
再びどこかで夜の街で出会っても、知らない他人だ・・・ということ

和也にとって願ってもないこと・・・であると同時に
もう二度と流を手に入れる機会がなくなった・・・ということを意味している

”リュウ”は自分から誘った、遊びと割り切った相手としか寝ない
”リュウ”は一度誘った相手を、二度とは誘わない

そういうことだ

「・・・もう、「エフ」にも興味なし・・・ってこと?」

一縷の望みを託すように、和也が聞く
もともと”リュウ”が「エフ」に興味を持ったから、こうなったのに・・・そう言いたげに

「・・・そうだな、実際、ヤバイ奴とは関わりあいになりたくねぇってのが正直な所。・・・・・でも、俺が知ってる片桐和也はボサボサ髪に伊達メガネで、ヤバイ奴も付いてねぇ・・ただの同級生だ」

ニヤリ・・・と流が意味ありげに笑う

「・・・え?」

和也がその真意を問いかける間もなく、流はバイクを反転させて和也の横をすり抜けていた

「じゃ、また明日学校でな!マジでメガネ外してる方が似合ってるぜ!」

そんな捨て台詞を残して、瞬く間に流の後姿が闇に溶けていく

「・・・・今の・・・学校じゃ、今までどおり・・・ってこと・・・?」

半信半疑で呟きながらも、和也の目がゆっくりと細まっていく
その和也の脳裏には、さながら太陽のように輝く流の笑顔が浮かんでいた












「・・・・・いったい流の、どこが良いんだろ?」

そんな聞き捨てならない台詞を吐いた昴に、流が突っかかる

「てめぇ、ケンカ売ってんのか!?」

「だって、サッカーバカでただ走り回ってるだけなのに、なんでそんなにもてるんだよ?」

「どっかの格闘技バカと違って、顔と性格がいいんだよ!決まってるだろ!」

「うっわ、自信過剰!!どこかの俺様王子と張り合えるわけだ!」

その一言に、流のこめかみがヒクリ・・・と痙攣する

「・・・・いい根性してんな、昴。今度健一郎にその生意気な口を聞けなくする方法、教えといてやるから覚悟しときな」

「っ!?流・・・・っ!!」

あわや室内乱闘・・・になりかけた昴と流を、麗が強引に引き剥がす

「いいかげんにしろ!七星が集中できないだろう!」

叫んだ麗の背後では、七星が耳につけたイヤホンに意識を集中していた






昨晩、麗はあのクラブのある地域管轄の警察に、タレコミ情報メールを送っていた

文面は非行少年グループ同士の抗争による縄張り争い・・・といった雰囲気を匂わせて

一時期はチーマーやカラーギャングなどと呼ばれて流行した非行少年グループだったが、今ではすっかり下火になっている

だが

非行少年グループの対立がなくなった・・・わけではない
そのほとんどが暴力団に取り込まれ、表立っては見えない裏の世界で以前よりもっと陰湿で悪質化している・・・といって過言ではない

つまり
非行少年グループ同士の抗争は、そのまま暴力団同士の縄張り争い・・・ということ
その中でも今、特に警察がマークしてるのが、関東系暴力団・新井組と関西系暴力団・葛西組・・・だ
そんな雰囲気の言葉も滲ませて、「エフ」の売買があるらしきことも匂わせておいた

どうやら
思った以上に新井組と葛西組・・・この2つの暴力団同士の抗争は水面下で激化しているらしく
警察の反応も期待以上に素早かった

そして

神谷が流と和也に気をとられている隙にすれ違った・・・パーカーの男
それが七星だった
スーパーマジシャン、指先の魔術師・・・という異名を持つ北斗を父に持つ七星は、その類稀なる才能を一身に受け継いでいる
以前、舵が懐深く隠し持っていた写真を、ほんの一瞬で舵に気づかれる事なく抜き取り・・・舵を驚かせた経緯がある

だが、今回は、相手が油断のならない暴力団の幹部・・・
そんな輩相手に全く気付かれることなく仕掛ける事は、いくら七星でも容易ではない
そのために
流はわざわざ和也にあんな芝居をうって、神谷の注意を引いたのだ

神谷が「エフ」を持っているかどうか・・・は、賭けでしかなかった
だが、和也を守るか、もしくは監視?している以上、持っている可能性が高い

そして、賭けは的中した

その、気を取られているほんの僅かな隙に、七星は神谷が隠し持っていた「エフ」を掠め取り、そのスーツのポケットに小型のライター型盗聴器を滑り込ませていた
一見して、それが盗聴器だと気が付く者はまず居ない・・・ちゃんとライターとしても使える七星特製の代物だ

目的を果たした七星がクラブを離れると同時に、警察と思しき面々が店の中へ入っていった

それを近くのネットカフェで監視していた麗と昴の内、昴がバイクのメットを持って立ち上がり、クラブの裏口付近へと、バイクを転がしていく
もしも流が運良くバーテンダーのバイクに当たっていなかったら、たまたま近くでバイクを停めていた昴のバイクを奪って逃走・・・そんな筋書きになっていたのだ

そして、和也の命令によりクラブのドアからは外に出た神谷だったが、やはり、そのドアの側からは離れなかった
そこへ来た警察のガサ入れ
しまった・・・!と思う間もなく、新井組幹部として知られる神谷だけに、すぐさま事情聴取という名目の元、捕らえられた

神谷一人なら、振り切って逃げ出していただろう
だが、クラブの中に和也が居る
神谷にしても、動くに動けなかったのだ






「・・・・でもさ、せっかく神谷って奴が捕まっても、「エフ」は七星が盗っちゃったんだろ?すぐに釈放されちゃうんじゃないの?」

ジ・・・ッと真剣な表情でイヤホンに集中している七星を気遣って、小声になった昴が麗に聞く
リビングのローテーブルの上には、七星によって掠め取られた・・・一見するとどこにでもあるありふれた薬・・・のようにしか見えない、錠剤型の「エフ」が無造作に置かれている

「すぐ・・・には無理だろうね。警察だって馬鹿じゃない、なんだかんだと名目を引っ張ってきて、拘留するはずだ。そうすると・・・どうなると思う?」

ふふ・・・と麗が、さも楽しげな口調でそう言った

「どう・・なんの?」

思い切り疑問符だらけの表情で聞き返した昴の後頭部を、流がピンッ!と指で弾いた

「いてっ!」
「バーカ、出て来るに決まってんだろ!その親玉関連の権力が!通常なら弁護士立てて・・・だろうけど、今回は、多分、そうはならねぇ・・・そういうこった」

さっきの二の舞をしでかす気は毛頭ない昴だけに、ムッとした表情で流を見据えつつも、わけが分からなくて麗に「どういうこと?」と疑問符を投げる

「つまりね、新井組と繋がりのある権力者・・・ま、どっかの大物政治家・・・ってとこだろうけど、そいつが上から有無を言わさず釈放させるだろうってこと。
何しろ神谷は、和也に付いて京都に行かなきゃならないからね・・・拘留させておくわけにはいかないはずだ。
権力が動けば、それを辿るのも比較的容易い・・・新井組がどこと繋がってるか探る絶好の機会ってわけ。
そして神谷は持っていたはずの「エフ」を盗られていた上、そのクラブで補導された面々から実際に「エフ」の売買があったことが証明される。
新井組は真っ先に葛西組が仕組んだ・・・と思うだろうし、葛西組はそこに新井組幹部の神谷が居た・・・ってことで、新井組の動向に注意を払うようになるはずだ。
抗争の沈静化を計るためにも、これから本格的に警察は「エフ」を追わざるえない。
一石二鳥・・・だろ?」

「え・・っと、でもさ、それってヤバいって事じゃないの?大丈夫なの?俺達が疑われるって事はないの?」

昴の最もな意見に、麗がクスクス・・と笑いながら流を盗み見る

「だから、流にあんな芝居させたんじゃないか。流は「エフ」に興味がないって事を和也に印象付けられたはずだし、わざわざ自分の正体を知られた相手を刺激するようなバカなマネもするわけがない。警察に至っては俺達のことなんて尻尾の先だって掴めやしないし・・・そこから七星や俺達に繋がる可能性はまずないね。それに、和也はますます流に惚れ直してるはずだし・・・そうだろ?流?」

意味ありげに笑う麗を、流がギロリ・・ッと睨み返す

「言っとくけどな、俺はそんなんでやったんじゃねぇ!・・・・似てんだよ、あいつ、どっかのバカと。だから放っておけなかった・・・ただそれだけだ」

チラリ・・・と昴を盗み見た流が、フン・・・ッと不機嫌そうに言い放つ

兄に比べられ、自分自身の存在を見てはもらえない・・・その立場は昴とよく似ている
いつも昴をからかって遊んでいるのは、一歩間違えば、和也のようになってしまう危険性を流が感じ取っていたから
天真爛漫な性格と、愛すべき無邪気さを、失ってほしくはなかったから・・・だ

その流の様子に、麗の瞳が更に楽しげに細まった

「・・・そういう流だから、あの和也が興味を持ったんだろうけど・・・その優しさが後でどんな墓穴を掘るか、見物ではあるね」

「・・・何が言いてぇんだよ、麗?」

実に楽しそうに細まった麗の青い瞳から漂う何かを企んだ色合いに、流が警戒心を露わにする
今まで一度だってこの瞳に曝されて、無事に事が終わった例がない

更に麗を追求しようとした流の視界の先で、仕掛けた盗聴器からの音に聞き入っていた七星が、ようやく顔を上げた




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