求める君の星の名は
ACT 27
「どう・・・?」
顔を上げた七星に、麗が問いかける
「・・・麗、”キョウ”って言う奴に関しては、何にも手がかり無しだって言ってたな?」
「うん、そう。本当にそんな奴がいるのか、それとも何かの隠語なのか・・・さっぱり。それが?」
「・・・どうやら、神谷・・・というより、新井組だな。その”キョウ”って言う奴を探してるみたいだ」
神谷のポケットに滑り込ませたライター型盗聴器は、持っていても不審がられるものではないので、押収もされず神谷の取調べの様子を窺うことが出来た
「エフ」を何者かによって盗られたことは、神谷にとっても驚愕の事実・・・ではあったが、今回ばかりはそのおかげで麻薬所持法違反で即刻逮捕・・・にならずに済んでいた
いつの間にか入っていたライターも、不審に思いつつもそこで自分のものではないと騒ぎ立てるほど、愚かな男でもない
後でゆっくり調べればいい・・・そんな経緯をへて、盗聴器は神谷のポケットに入ったままなのだ
取調べを受けた神谷は、「エフ」をばら撒いているのは”キョウ”だと言い、自分もその人物を探しているのだと言った
新井組のシマを勝手に荒らしている”キョウ”と言う売人を探していて、あのクラブへ行ったのだ・・・と
”キョウ”は、和也が流布している名前である事を承知しているはずの神谷が、そんな情報を警察に洩らす・・・ということは
和也と神谷が”キョウ”の名を語り、その人物をあぶりだそうとしている
そう考えるのが妥当だ
そう考えれば、わざわざ”キョウ”と名乗ってクスリをばら撒いている不自然さが、納得できる
「じゃあ、”キョウ”って言うのは、実在の人物・・・ってことだね。でも、なんでそんな事までして探し出そうとしてるんだろ?」
「・・・「エフ」を使ってあぶりだそうとしてるんだ。そのクスリと関係があるんだろうけど、神谷はそれっきり黙秘権で何も喋らないしな・・・。釈放されるまでこっちから得られる情報は何もなさそうだ」
そう言って、七星が耳につけていたイヤホンを取り払う
「・・・と、なると・・・」
意味深に笑った麗が、流を見据える
その麗のまなざしに気が付いた流が、吐き捨てるように言った
「・・・っ、冗談!俺はこれ以上、片桐和也に関わる気はねぇし、話しかける気も更々ねぇ!」
「流はそうでも、あっちはどうかな?多分、和也の方から話しかけてくると思うんだけどなぁ・・・?」
笑う麗の笑みが一層深くなる
「だったとしても、俺は何も聞きだす気はねぇ!学校に居る時のあいつは、ただの同級生だ!」
言い捨てた流が憤然と立ち上がり、リビングを後にする
「・・・麗、いい加減にしとけ」
あきれたように言った七星に、麗が軽く肩をすくめた
「やだなぁ、軽い冗談だったのに・・・。でもさ、ああいう所が流の長所であり欠点だよね。ああいう半端な思いやりって、かえって残酷なのに」
「麗だって一緒じゃん!」
間髪をいれず突っ込んできた昴に、麗が冷たい視線を注ぐ
「一緒にしてもらっちゃ困るな、昴。俺の場合は思いやりなんてこれっぽっちも持ってない。ただの純粋な駆け引きだ。皆それでもいいって言うんだから、立派な相互扶助だろう?」
麗の悪魔な思考を窺わせるに十分なその言葉に、昴と七星が同時にため息を吐く
「・・・そこまで割り切れるのもどうかと思うがな」
「・・・っていうか、ついていけない・・・」
「そぅ?ヘタに期待もたせて生殺しにするより全然マシだと思うんだけど?あ、それより七星、このクスリ俺が管理する・・・ってことでいいんだよね?」
テーブルの上にあった「エフ」を手に取った麗が、七星に問いかける
「ああ、そっち関係は麗に任す。ただし、最終的には警察に渡す事。それと、わかった事は逐一俺に報告、ヤバい事には首を突っ込むな」
「やだな。分かってるって」
満面の笑みを返す麗を、どこまで信用していいものやら・・・と、七星が密かに溜め息を吐いていた
「さて・・・と、乗ってきてくれてるかな・・・?」
自室に戻った麗が、フリーメールの受信箱を開ける
そこにあった「新着メール1件」という文字に、楽しげに目を細めた
警察にタレコミのメールを打つと同時に、麗は葛西組にもメールを打っていた
新井組と勢力争いをしているだけに、こちらの地域にも葛西組の支部がある
そこへ
あのクラブに警察のガサ入れが入るから、その周辺を避けた方がいい・・・
新井組が水面下で何か企んでいるかも・・・
という様な内容のメールを何度も送りつけておいたのだ
そのメールの効果が効いたのだろう、今日の事で掴まった葛西組の準構成員(葛西組組員の下っ端である不良グループ)は一人としていなかった
そうなるであろう事を予測した上で
そうして、その経緯と結果が報告されるであろう事を予測して
麗はある人物にメールを打っておいたのだ
”葛西組にとって見過ごせば、致命的になりかねない「エフ」に関する情報を持っています”
と・・・
そのメールを出した相手・・・それは葛西組と繋がりが深い代議士・飯沼(いいぬま)、その公設第一秘書・秋月 真哉(あきづき しんや)だった
関西を基盤とする葛西組に関する、こういった情報は、全て成田 仁からのものだ
老舗の料理旅館が基になっている成田だけに、そういった裏で繋がる密会の場を提供する事が多い
普段は口の堅い仁であっても、麗の手にかかれば造作もなかった
昨今はどの議員もHPかブログを持っていて、閲覧者がメールを出すことが可能
そのメールチェックをするのは大抵の場合、本人ではなく秘書・・・
飯沼の秘書である秋月真哉は、国内で5本の指に入るスーパーゼネコン秋月建設・・・その秋月家の末弟息でもある
葛西組と飯沼を繋ぐ直接的窓口であり、実質、葛西組を仕切っている人物・・・
葛西組トップの面々も真哉には頭が上がらない・・・
そんな情報を踏まえて、麗はその短いメールを一度だけ打った
イタズラだと思われて、歯牙にもかけられない・・・普通はそうだ
だが
返事は来た
しかも、秋月 真哉の名で、真哉専用のメールアドレスのみが記されたメール内容で
「へぇ・・・勘が良いだけじゃなく、用心深い。・・・こいつは使えるな」
ふふ・・・と意味深な笑みを浮べた麗の青い瞳に、一瞬、アレクサンドライトの持つ変光性・・・赤い色味が揺らぐ
京都で行われるIDPC(国際薬物プロファイリング会議)には、飯沼も担当省庁代表の一人として出席する事になっている
つまりは、秋月真哉も秘書として同席する・・・ということ
最初は「エフ」をICPOの刑事に渡してそこから情報を得ようと画策した麗だったが、携帯の履歴を追ったその刑事がとんでもない切れ者で・・・逆に麗に追跡をかけてきたのだ
これは下手に手を出すべき人間ではない・・・!
即断した麗は、すぐさまそこから手を引いた
自分が残した痕跡を二度と追えない様に、何重にもフェイクをかけて・・・
その代わりとして
麗は秋月にメールで取り引きを仕掛けることにした
送られてきたアドレスに、「エフ」の画像を添付して送りけたのだ
その画像以外、何のメッセージも添えずに
後は、秋月の出方次第
「・・・・・さて、どう出る?秋月真哉・・・!」
麗の口元にはその状況を思う存分楽しむかのような、不敵な笑みが浮かんでいた
とある京都のホテルの一室
川崎大吾が、鳴り続ける携帯の着信音に目を覚ましていた
「ぅ〜〜〜・・・・・誰や、こないな時間に・・・!」
呻くように言いながら、明け方近い早朝の時間帯だというのに無遠慮に鳴り続ける携帯に手を伸ばした
「・・・?誰や・・・これ?知らん番号やな・・・」
携帯に表示された番号は、大吾の記憶にない番号だった
こないな時間に人の迷惑顧みず・・・!と、そのまま切ってしまおうと思った大吾の指先が、不意に止まった
「ちょぉ・・・まて、人の迷惑・・・・っ!?」
ハッとした表情になった大吾の指先が、思わず携帯の通話ボタンを押した
昔
一時期、こんな電話に辟易した事がある
こちらの都合など全く意に介せず、己の都合のみを押し通した・・・ある男のせいで!
「・・・・誰や?」
思った以上に警戒心に満ちた声音が、大吾の口から流れ出る
途端に感じた・・・電話の向こうでほくそ笑んでいる気配
『・・・・久しぶり。ずっと携帯番号を変えなかったのは、貴也君から連絡が来ることを期待して・・なのかな?』
「っ!!!」
聞こえたその声と言葉に、大吾の指先が反射的に通話を切ろうとした・・・が
『切っても無駄なのは身に沁みてるだろ?それより、野上真一の行方を知らないか?』
「!?」
続けられた言葉に、思わずその指が止まった
「・・・・・高城(たかじょう)さん、なんで真一を!?」
『お、名前、覚えててくれたんだ?嬉しいね』
「っ、人の事散々利用してくれたICPOきってのトラブルメーカー、高城 海斗(たかじょうかいと)!誰が忘れるいうんや!」
『うわ、大吾君、それってまるで愛の告白のように聞こえるよ?』
「あんたな・・・っ!!」
クスクスクス・・・と笑う、如何にも楽しげな笑い声
その笑い声に、大吾の脳裏にくっきりと高城の顔が甦ってくる
警察庁刑事局・国際刑事課に属し、科学捜査全般においてICPOと協力・合同捜査のために出向していた刑事
どこか漂々として掴み所のない性格
天然ボケかと思える行動の裏に見え隠れする、鋭い洞察力と推理力
トラブルメーカーの異名をとるに相応しい、事件解決のためなら違法捜査も物ともしない強引なやり口
そのくせ、美青年・年齢不詳・・・という形容詞以外思いつかないほどの端整な容貌に浮かぶ笑みでその本質を覆い隠し、「営業スマイル」だと言ってはばからなかった・・・優男!
『まあまあ、短期は損気だよ?大吾君?あれから5年・・・いや、正確にはもうすぐ6年か・・・。皆元気?』
高城のその言葉に、大吾がハァ・・・ッと盛大なため息を落とした
「・・・相変わらずええ性格してるやないか、高城さん。皆・・って、いつから俺達を張ってた?」
『・・・その言い方で言うなら半年前、かな』
「真一を追って・・・か?」
『へぇ・・?ようやく気が付いたんだ?ああ、じゃあ、その行方を知ってるわけないか』
「っ!?ようやく・・って、あんた、あの時から気が付いてたんか!?だったら、なんで俺達に・・・!」
『嫌だな、敵を欺くにはまず味方から・・・って、言うだろ?』
「ちょぉ、まてや。誰が味方やて?」
『あれ?俺を敵にまわすつもり?・・・いい度胸してるじゃないか』
言い放った高城の冷えた声音に、大吾の脳裏に薄笑いを浮かべたあの口元が鮮明に浮かび・・・もう一つの出来事を思い起こさせる
「そうか・・・!あんた、まだあの時殉職した奴の事・・・」
言いかけた大吾の言葉を遮って、高城が言い募る
『遺体が見つかってないのに、殉職なんて言葉使ってほしくないね。それより、何で君、京都に居るの?』
「へ・・っ!?何で俺の居る所・・・!?」
『警察を舐めてもらっちゃ困るな。そこに着いてから、愛しの杏奈ちゃんに電話したでしょ?携帯の電波経由地点を辿ればどこに居るかぐらい、すぐに分かるんだよ』
思わず目を見開いた大吾の携帯を持つ指先に、グ・・ッと力がこもる
「高城っ!あんた、プライバシー侵害とか個人情報の漏洩とかいう言葉、知ってんのか!?職権乱用甚だしいやろ!」
『年上を呼び捨ては良くないな、大吾君。言っとくけど、君も立派な容疑者の一人なんだよ?捜査上やむを得ず・・・さ』
「はあ!?容疑者!?なんやそれ?どういうことや!?」
『「エフ」・・・って覚えてるよね?』
「っ!?、忘れるはずないやろ・・・!」
『その名を語るクスリが出回ってる。その出所を追っててね・・・かつて「エフ」に関わった者は全員、俺の容疑者リストの中・・・ってこと』
「なんやて・・・!?そうか、だから真一の奴、ゲームはまだ終わってないって・・・」
茫然と・・・呟くように言った大吾の一言に、高城の声音が一層冷え切っていく
『やっぱり、君にはいろいろ聞かなきゃいけないことがありそうだ。Rホテルのロビーに7時。このホテルの朝食は美味いよ?君にもいい勉強になる。じゃ!』
「はぁ!?なに勝手に・・・って、この・・・っ!!」
言いたいことだけを言い放つと、高城は躊躇なく電話を切っていた
「ったく!!変わってねーな!!高城の野郎!!」
携帯に向かって叫んだ大吾が、ガックリと肩を落とす
Rホテルといえば、今、大吾が居るホテルからそう遠くない所にある、国連会議なども行われる格式の高いホテルだ
と、言うことは、既に高城も京都に居る・・・ということ
「・・・っつか、いい勉強になる・・ってどういう意味や・・・?」
駆け抜けた一抹の不安に、大吾の眉間に深いシワが刻まれていた