求める君の星の名は










ACT 30











「っ!やっぱり・・・!」

米良に告げられたはずの真哉より先に、麗が驚きの声を上げた

「・・・・やっぱり?それは、どういう意味?」

真哉が訝しげな表情で麗に問いかける
だが麗は、真哉のその問いを無視して米良に問いかけていた

「ひょっとして、あなたは”キョウ”という人物を知ってるんじゃ・・・!?」

麗のその言葉に眉一つ動かさず、米良が低い通る声音で言い放つ

「・・・先に秋月さんの問いに答えるのが順序というものですよ」

「っ、」

自分の失言を間髪なく指摘され、麗が思わずグ・・・ッと言葉に詰まる
ハァ・・・と詰めたその息を吐き出した麗が、真哉に真っ直ぐに向き直った

「・・・すみません、気になっていた答えを得られたものですから」

そう言って素直に非を詫びた麗が、真哉の前に「エフ」を差し出した

ここへ来る少し前、学校から帰った麗は、七星から盗聴器から得た情報を聞き、七星の言う「エフ」が未完成品だ・・・という意見に賛同した

だが、それは単なる憶測に過ぎない

”完璧なエフ”との成分分析で比較でもしない限り、わからない事
ICPOの刑事ならその”完璧なエフ”の分析結果を持っているはずだったが、その刑事を相手にするのは避けた方がいい・・・と決断した麗には、確める術がないはずだった

それが、期せずして得られた、その、”答え”

麗が、一呼吸置いて、真哉を見据えた

「これは、今、新井組がバラ撒いている「エフ」です。クスリの裏サイトの掲示板でこの「エフ」の話題がのぼっているのはご存知ですよね?」

真哉に向けたその麗の表情は、今までのものとは違う
あきらかに、対等に、勝負を挑む者の顔つき・・・だ

その麗の変化に、真哉が「ほお・・・?」と言わんばかりに目を見張ったが、すぐにその表情は代議士の秘書に相応しいものに変わった

「・・・知ってはいたが、それが新井組によるものだと知ったのは、恥ずかしながら君が警告メールをくれたあのクラブの摘発で・・・だ」

「では、新井組と片桐コーポレーションが裏で密接に繋がっている・・・という事は?」

「・・・君!?」

麗が何故そんな事まで知っているのか?そんな疑問符が真哉の表情に見て取れる

新井組と片桐の繋がり・・・この情報は、華山家・・・というより、華山泰三がライバル会社や旧華族の一族に関して、ゴシップ屋を雇って得た物
表には決して出回らない性質の物だ

秋月真哉も旧華族の流れを汲む秋月家の人間
往々にしてどこの一族でも、そういった裏情報の入手ルートを持っている

麗は、美月にWeb上での”キャッツ”と”ホープ”が自分であると見破られた時から、華山に協力する代わりとしてそういった裏情報を知る事を許されていた

そんな経緯で知り得た情報だったが、それをわざわざ真哉に告げる気など、麗には毛頭ない

「ご存知なら、今回の新井組の企みも、もうお分かりですよね?表立った抗争で自分達の勢力を削ぐ事無く、葛西組の勢力を削ぐ・・・。そのために片桐の力で薬物関連の国際会議を京都に誘致し、関西での薬物取締りを強化、葛西組のシマを警察に摘発させた・・・」

「・・・なるほど、それで?」

麗と視線を合わせ、真哉が麗の話に対して興味津々・・・といった表情で話の先を促す

その表情と雰囲気に・・・、麗の中で打算としてあったものが確信に変わっていく

真哉は飯沼の秘書になる前は敏腕弁護士でその名を馳せていた
それが・・・なぜか、弁護士は開店休業して秘書へと転身している

それに

新井組しか持っていないはずの「エフ」を持っている・・・という時点で、麗が新井組のS(スパイ)もしくは、警察の潜入捜査という疑いを持つのが普通
だが、真哉にはそんな警戒心は全く感じ取れず、むしろ麗と出会ったこの状況を心底楽しんでいる・・・としか取れない雰囲気が漂っていた

まるで警察の潜入捜査ではないという確信を持ち、新井組のSだったなら、逆にそれを利用しようとしているかのような・・・

「・・・・葛西組にとって今の現状はかなり苦しい物があると思うんですが・・・気にはならないんですか?」

真哉のそんな雰囲気に、麗が問いかける

「どうしてそんな風に思うのかな?」

ますます楽しげな雰囲気になった真哉は、巧みに問いを問いにして切り返してくる
なるほど、敏腕弁護士という風評は伊達ではないらしい

「・・・・こちらが腹を割って話さなければ、何も答えるつもりはない・・・と、そういうわけですか?」

「・・・・嘘には嘘が、真実には真実が返ってくるのが道理だとは言うね」

にこやかな、あきらかに優位な立場に居る事を示す、真哉の笑み

もともと、先に正体を見破られたのは、麗の方だ・・・確かに分は悪い

おまけに

どうやらこの真哉は、妙に人の口を滑らかにする天性の聞き上手・・・相手から巧みに真実を聞きだす稀有な才能を持ち合わせているらしい
まさに弁護士にはうってつけの才能・・・
葛西組トップの面々が真哉に対して頭が上がらない・・・というのも、その才能によって聞き出した裏情報や裁判沙汰での真哉の活躍・・・などによる物なのだろう

ならば

「・・・・Web上の”ホープ”という存在をご存知ですか?」

麗の、不意の話題転換に、真哉が用心深く頷き返す

「ああ、俗にホープ・ダイヤモンドとも言われている、正体不明の株の天才カリスマバイヤー・・・え?それが・・・君!?」

麗の表情とその話の流れから、素早く麗の言いたいことを解した真哉が驚きの声を上げた
1を知って10を知る・・・真哉の頭の回転の素早さに、麗の口元が楽しげに上がる

一瞬、米良と視線を交し合い、米良がその視線に答えるように頷き返す
持っている薬の成分さえ嗅ぎ分けるこの男は、嘘をつく時に人間が発する匂いと本当の事を言っている時の匂いまでも、瞬時に嗅ぎ分けるらしい

「今回の「エフ」に絡んで、今度の京都での国際会議上で新しく発見された画期的な新成分の発表がある・・・という情報を掴んだんです。
その内容如何で、相場が大きく変動する可能性がある。だからそれが本当かどうか、探りを入れたくて・・・それであなたに・・・」

意味深な艶のある眼差しで、麗が真哉を見つめる
十分に相手を誘う魔性の笑みを浮べて・・・

「・・・っ、そういう情報収集のやり方はあまり感心しないな。君はもっと自分の価値ってものを大事に・・・」

麗の、その自分自身を量りにかける態度をたしなめる様に言いかけた真哉に、麗がククク・・・ッと、肩を震わせて笑いを耐えながら言った

「・・・ああ、すみません。思ったとおりの人だと思って・・・つい!」

「思ったとおり・・・?」

眉根を寄せた真哉に、麗が打算を得るに至った推測を口にする

「ICPOの高城海斗刑事に10年来、一途に片思い、でしょ?」

「な・・・っ!?」

今までの余裕のある表情から一変、驚愕の顔つきになった真哉が、にこやかな笑みを浮べた麗を凝視して絶句した

麗の推測は図星だったらしい

「あなたが送ってくださった携帯のアドレス、高城刑事の携帯の履歴にたくさんあったんで、少し調べさせてもらいました。
同じ大学の同期生・・・その上あなたが弁護士活動を休止して飯沼の秘書になったのは、高城刑事がICPOの出向から一時帰国した直後。・・・随分と仲が良いんですね?」

驚愕の表情から、唖然・・・とした顔つきになった真哉が、不意にク・・・・ッと肩を揺らした

「・・・そうか、海斗の履歴を辿って、その海斗でさえ追跡できないようした奴って、君だったんだ・・・!なるほど、情報通でカリスマバイヤーの誉れ高い”ホープ”ならではだな!」

高城を下の名前で呼び捨てで呼んで、真哉がその親しさを露わにする

「・・・で?なんでそれだけで俺が海斗に片思いだって分かるのかな?」

「・・・ただのカンです。同じ匂いがしたもので」

麗のその意趣返し的言葉に、真哉が米良と視線をあわせて更に肩を揺らした
反面、米良は変わらず黙々とグラスを磨いている

「同じ匂い・・・って言うのは意味深だね?ひょっとして、君もそういう相手がいるのかな?」

「目の前に居る相手を、無意識にその人と比べてしか見られない・・・ほどなら」

思わず目を見開いた真哉が、苦笑を浮かべた

「・・・・なら、俺も君の想い人に似てるのかな?」

「あなたの場合は顔の作り・・・みたいですね。俺の場合は声、ですけど」

確かに

麗の絶対的な美貌は、高城のそれと通じる物がある
そして、真哉の声音もまた、七星の低く静かに染み入るようなそれと、よく、似ていた

だから

麗はその声音に、笑み返し
真哉はその顔を見て驚いた

同じ穴のムジナだ

「ま、それだけ見抜いてれば、ある程度推察はついてるだろうけど・・・俺は海斗と一緒に「エフ」を通じて繋がる奴らを追ってる。
君に誘いをかけたのも、その一部かと思ったからだ。株の売買情報で「エフ」に興味を持ったのなら、金輪際関わらないでくれないかな?
約束してくれれば今夜の事はなかったことにするつもりだから」

真摯な表情と眼差しは、押し付けるわけでもなく・・脅しているわけでもない
真剣に麗の身の上を心配して言っていることが、窺える

「・・・・・なるほど。葛西組も新井組も・・追っているって言う奴らも、あなたにとっては本当はどうでもいいんですね。高城刑事を守っていられれば・・・」

だから葛西組や新井組がどうなろうと、気にもしない
そのためなら、自らを政治家の飼い犬に貶める事も厭わない

「っ、君は・・・っ」

にこやかな笑みを浮べつつ真実を突いた麗に、真哉が一瞬息を呑んで・・更に言葉を続ける

「・・・じゃあ、ひょっとして、君が”ホープ”なんてやってるのも・・俺と声が似てるって言う人のため・・・なのかな?」

「ご想像にお任せします」

変わらぬ笑みで返した麗が、ス・・・ッと視線を米良に注ぐ

「ご忠告に従って「エフ」には関わりませんので、さっき聞いた質問にだけは答えてもらえませんか?」

注がれた麗の視線に、一瞬、米良の視線が重なる

「・・・”キョウ”に関われば「エフ」にも関わる事になりますので・・・」

そう言って、米良が再び沈黙する
それはつまり、”キョウ”が「エフ」と深く関わっている事を意味する
そして、米良か真哉・・・もしくは高城が”キョウ”が何者か知っている・・・ということ

この状況では、これが得られる限界の情報だろう

後は・・・

予想外に繋がった・・・警察と政治家関連の情報源
これを如何にして持続させられるか・・・!

「そうですか・・・ちょっと興味があっただけなんで、やめておきます。この「エフ」の処分もお任せして構いませんか?」

少し残念そうに・・・・でも、あっさりと引いた麗が、真哉の前に差し出した「エフ」に視線を落としてそう言った

「もちろん。こちらとしても現物が欲しかったのでね・・・当然入手ルートは聞かないけど、それで良いのかな?」

結局は麗がなんの見返りも受けていない事に、真哉が問いかける

「・・・・・・そうだなぁ・・・・」

ふふ・・・と笑った麗がポケットから先ほどのプリペイド携帯とは違う機種の携帯を取り出して、何事か操作しながら言った

「・・・以前に送ったメールの履歴、消去してもらっていいですか?」

「え・・・?」

一瞬、あからさまに残念そうな表情になった真哉だったが、すぐにそんな感情を覆い隠す

「・・・ああ、分かったよ」

自分の痕跡は徹底して消しておきたいってことか・・・と、言いたげな顔つきになった真哉が携帯を取り出して、メールの履歴を全て消去する

「・・・ん、間違いなく消し・・・っ!?」

言いかけたその声を遮るように、真哉の携帯がメール着信のメロディーを響かせた

「・・・・え!?」

送られて、表示されたその画面に、弾かれたように顔を上げた真哉が麗を見返す

既に携帯をパチン・・・ッとしまいこみながら立ち上がっていた麗が、真哉にニッコリと笑み返した

「遠赤通信っていうんですよ、それ。”ホープ”としての携帯はプリペイドなんで・・・。次からはその名前で呼んで下さいね。それじゃ・・・」

言いたいことだけを言い放った麗が、クルリと反転して振り返りもせずに店のドアを出て行った

唖然・・・とした顔つきでその後姿を見送った真哉に、米良が訝しげに問いかける

「・・・・なんです?」

「・・・・遠赤通信・・・か。便利な機能があるもんだな」

フ・・・ッと笑った真哉が、携帯に表示された画面を米良の視界に入れる

「っ!?これ・・・」

思わず目を見張った米良が、真哉と視線を合わせた

一瞬でメールアドレスと電話番号を相手の携帯に登録させる機能・・・によって、真哉の携帯には、麗の名前と供にそれが登録されていた

「・・・浅倉・・・麗、これが”ホープ”の本名か・・・。まさにぴったりな名前だな」

意味深な笑みを浮べて携帯を閉じた真哉に、米良が呆れ顔で言い募る

「・・・まったく、秋月さんも懲りない人ですね」

「よく言うな、米良。俺としては、海斗に出したのと同じ酒を出した理由をお聞かせ願いたいんだけど?」

「・・・忠告のつもり・・・だったんですが」

「・・・もう遅いよ」

楽しげにそう言った真哉が、飲み干して空になったグラスを掲げ、深いため息を吐いたバーテンダーにお替りを催促した




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