求める君の星の名は









ACT 31






<修学旅行初日・大阪行新幹線・車内>



「ほら、次、浅倉の番だぜ!」

修学旅行で京都へと向かう新幹線の4人がけシートに陣取った七星、白石、伊原の面々が、トランプでババ抜きのまっさい中だ

「あ?ああ・・・」

如何にも眠そうな表情で答えた七星が、伊原の持つトランプからカードを一枚引き抜く

「・・・あ、さ、く、ら〜、せっかくの修学旅行なんだぜ〜もっと弾けようぜ!」

「・・・・そうしたいのは山々だが、悪いな、上がりだ」

引き抜いたカードで早々に手持ちのカード全てを引き当てた七星が、シートの背もたれに深くもたれかかった

「っへ?!もう!?っくそ!浅倉ってカードゲームで負けねーよなー」

「・・・・血筋だ、あきらめろ」

アクビを耐えながらそう言った七星が、「悪い、ちょっと寝る・・・」と、窓枠に寄りかかるようにして目を閉じた

「えらく眠そうだけど・・・なに?寝てないの?」

白石が伊原にカードを引くように催促しながら、七星に問いかける

「・・・・いろいろ、準備に手間取って・・・な・・・」

目を閉じたまま答えた七星の声がゆっくりと途切れ、規則正しい寝息へと変わった

窓枠に寄りかかり、俯き加減で居眠りを始めた七星を、早速・・・!とばかりに新聞部兼修学旅行クラス撮影係として首から下げていたカメラを構えた白石が、写真に収めてしまう

途端

「しーらーいーしー!浅倉の許可はもらってるのか!?」

全員が席に付いたかどうか確認して廻っていた舵が、白石の背後から声をかけた

「わっ、ビックリした・・・舵か。当然もらってるよ!油断してたら撮り捲るから覚悟しとけよ!って」

「・・・そっか。ならいいけど・・・出発したばっかだってのに、もう居眠りっていうのは・・・浅倉、何かあったのか?」

お前たち、何か知ってるか?と、問いかけながら空いていた七星の横の席に舵が座った
白石と伊原が顔を見合わせ、さあ・・・?とばかりに肩をすくめ合う

「浅倉のことだからさ、弟君たちを残しての初の旅行だし、色々家の中の事やってたんじゃね?さっき準備に手間取って・・・とかって言ってたし」

「でもさ、珍しいよな浅倉が居眠りなんて。今までそんな姿見たことなかったから、つい、カメラ向けちゃったし」

「あ、言われてみりゃそうだよな・・・!うん、珍しい・・・」

言われて気が付いた伊原が、白石と一緒になって七星の寝顔をみようと下から覗き込む
その二人の様子に、素早く着ていた上着を脱いだ舵が、うつ向き加減で眠る七星の頭からすっぽりと・・・寝顔が見えないように着せ掛けてしまった

「こら、人の寝顔なんてジロジロ見るもんじゃないだろ!浅倉に起きたら上着返しに来いって言っといてくれるか?じゃ、あんまりハメを外して騒ぐなよ」

言い捨てた舵が、再び確認作業のためにそれぞれの席を覗き込んで行く

「ちぇー、顔、見えなくなっちまったじゃねーか」

さすがに着せ掛けられた上着をめくってまで、その顔を覗き込むことなど出来ない伊原が、恨めしそうに舵の上着を睨みつける

「・・・っていうかさ、ありゃ、どー見ても・・・」

再び顔を見合わせた白石と伊原が、クスクス・・・と笑いながら囁きあう

「・・・・嫉妬心、まるだし!」
「・・・・やっぱし!?」

「舵って案外心が狭いよな。寝顔くらい見たって減るもんじゃねーのに・・・!」
「・・・でもさ、それくらいじゃなきゃ・・・・な?」

白石の言葉に、不意に真顔になった二人が頷きあう





二人とも、去年舵が赴任してきてからの舵と七星の関係を・・・というより、七星の変化を、誰よりも一番身近に感じ、見てきたのだ
二人の仲がただの教師と生徒・・・という間柄じゃない事くらい、感じ取っている

そして・・・七星にとって、舵という存在がどんなに大事で必要不可欠な物になっているか・・・ということも

伊原にとっても白石にとっても、七星は特別な存在で・・・
親友だ・・・という自負と供に、やはり、そのカリスマ性とでも言うべき七星のもつ何かに、惹かれている

七星が他の友人達に比べて自分達を大切に扱ってくれる・・・親友としての位置を許してくれている・・・!

その事は、今では二人にとって他の何にも変えがたい喜びにさえなっている
その七星が、必要としている存在
そしてその七星を誰よりも守ろうとし、更には自分自身の事よりも浅倉のために友人である自分達を優先した・・・舵

七星の側に居たい、同じクラスになりたい・・・というその意志を理解して、その位置に立てるよう舵は二人の勉強に付き合い、そのささやかな願いを現実の物にしてくれた

本当に七星の事を思って、考えているからこそ、出来る事

そんな舵だから、いつしか二人は七星と舵の関係を認め、密かに応援しよう・・・と心に決めた

叶うなら、高校を卒業してからも、ずっと・・・





「・・・・伊原、ランク一個上げて進路変更するって、本気か?」

真面目な表情のままの白石が、伊原に問う

「あ?うん。浅倉の奴、オックスフォードなんてとんでもない所へ行くとか言うから・・・」
「うわ、やっぱそうなんだ。・・・そっか、じゃ、俺もランク一個上げるか・・・」

嘆息しながら言った白石に、伊原がニヤリ・・・と口の端を上げて笑いかける

「じゃ、また二人で舵に協力してもらおうぜ?舵もそう言ってたし」
「となると、またあの勉強三昧の地獄の日々の再演・・・になるわけか」
「・・・・甘いぞ、白石!それ以上だってさ」
「マジ!?でもしょーがないよな。頑張ってみるか!」
「おう!」

顔を見合わせて頷きあった伊原と白石が、まだ勝負のついていないババ抜きを再開した

その横で

ウトウト・・・としかけた途端聞こえた舵の声音に、思わず寝た振りを決め込んでしまった七星が、伊原と白石の会話に耳朶を染めていた



・・・・・っ、舵の奴、こんな物着せ掛けて・・・!バレバレだろ・・・!



まあ、でも、着せ掛けられたその上着のおかげで、朱に染まった顔を見られる心配はない

おまけに

舵の体温と体臭の残る上着に包まれる格好になったその状態は・・・・決して悪くない

まるで舵の胸の中に抱かれているかのような・・・そんな錯覚さえ覚えてしまうほどの温もり

いつものコロンの香りとタバコの匂いが入り混じった・・・舵の匂い

その匂いだけで、思わず腰に鈍い疼きが駆け抜ける
最後に肌を合わせてから・・・もう結構な日にちが経っている
その上、その最後の行為はいつになく激しくて・・・思い出す度に体の芯がカ・・ッと熱くなるほどのものだったのだ
その記憶と、この、舵の胸の中そのものの温もり・・・

少しでも気を緩めたら確実に、体の中心が反応してしまう
七星がそうなってしまわないよう、昨夜から朝方までかかった一連の準備を思い出して気を紛らわせていた




昨夜

サウードの息子らしき人物について、七星は父親である北斗に連絡を取ろうと試みた

だが、電話は電源が切られているのか・・・繋がらず
打ったメールの返事も、いまだ返って来ていない

北斗は今、久々に取れた休暇でバカンスの真っ最中のはずで・・・
滅多にないことだが、七星にもどこに行っているのか皆目見当が立たない

それというのも

休暇中という事は、当然、あのアルが北斗を独占できる唯一な時間なわけで
その貴重な時間内に、例え子供であっても邪魔が入る事を許すはずもなく
北斗の持つ外界との通信機器や時計の類は、アルに取り上げられているとみて、まず間違いがなかった

そうなると、休暇が終わるまで北斗からの連絡は、まず期待できない
北斗を通じて以外、ファハド国王やハサン王子とも直に連絡を取る手段もない

それに、サウードの息子が新井組と関わり合いがあったり、来日していたとしても、言ってしまえば七星たちには実害の及ばないことだ
とりあえず北斗にはメールを打ったのだから、それ以上関わり合いになる必要もないだろう・・・と、遅い時間に帰宅した麗とも意見の一意をみた

麗はどうやら、お目当ての情報網を開拓できたようで・・・いつになく上機嫌だった

いつまでも持っているとさすがにマズイだろう・・・と思っていた「エフ」も、情報網開拓の役に立ち、なお且つ警察の手に渡るよう首尾よく事が運んだらしい

出来ればこのまま・・・「エフ」や警察沙汰とは関わり合いになりたくはない

ただ・・・

気になるのは、あれから姿を見せない真一のこと

おまけに

舵に殴られた頬の様子が気になって電話した大吾も、野暮用で京都に行くと言っていた

麗が調べたICPOの刑事の携帯履歴から、大吾とその刑事が連絡を取った事は確かだ
その上驚いたことに、その中に、舵の実家付近にある探偵所の物まであった

大吾と高城刑事が繋がっているということは、当然舵も高城と繋がっている
そんな舵の、恐らくは姉である沙耶が雇ったと思われる探偵所と、高城が連絡を取っていた・・・ということは

麗が不思議がっていた、舵の経歴がなかなか追えない理由・・・が、恐らくこの高城とか言う切れ者刑事と深く関わっていると見て、まず間違いがなさそうだった

だが

一体何故、そんな事までする必要性があったのか?
その辺りの理由が皆目見当が立たない

恐らくは、舵が今まで実家から逃げ回っていた理由と何か関係がある・・・のだろう

一体、どういう理由で舵は実家を出て渡英したのか?
それに、実家を継がない・・・という事は、茶号まで頂いているはずの茶を辞めるという事になってくる

京都で村田といえば、すぐに「ああ、あの茶道の名門の・・・!」という答えが返ってくるくらい名の知れた旧家で、資産家だ 
確かに、そんな家の跡取りともなれば、そうそう簡単に継ぐ継がない・・・と言える代物でもないだろう

けれど

以前に聞いた、舵の『・・・だから、一番大事なものを足かせにする』と言ったあの声音と雰囲気からして、そんな程度の問題ではない・・・という気がする

家の事だとか、跡取りだとか

そんな物の問題ではなく、舵自身に関する事
だから、余計にその理由が知りたい

それを知るための唯一の方法として、七星が選んだ物・・・それは、舵が出るという茶事に七星自身が潜り込むことだった

茶事には、美月も客の一人として招待を受けている
美月に頼めば、簡単に連れとして茶事に出席する事は可能だった
でもそれでは、ごくごく表面的な事しか分からない
客の一人として、舵が茶を立てている姿を見る事が出来る・・・ただそれだけの事

それでは多分、意味がない

接待としての茶事が終わった後に、村田の家で5年ごとに行われているという・・・親族顔合わせの儀式
そこで家元の襲名や茶号の授受など、流派全体に関わる重要事項が話合われるのだという

舵はその場で、村田の家・財産・茶号など・・・全ての相続権を放棄することを、親族一同に表明する気らしい

そちらの方に、なんとしてでも潜りこみたい

それを可能にするたった一つの方法・・・・

それは、麗の友人で京都でも一番の老舗料理旅館であり国内のホテル・レストラン業界でトップを行く成田の後継者、成田 仁の協力を仰ぐ事だった

村田の家で行われる茶事で出される全ての料理は、成田が請け負う事になっている
その一切合財を取り仕切るのが、仁

その仁と挨拶がてら会いたい・・・と七星は以前に麗に連絡を取ってもらった経緯がある
仁の都合の良い日にちで、七星が会いに行ける日にちが、ちょうど自由行動の前の日・・・つまり茶事の前日

日程の中に組み込まれていた、京都市内観光
たまたま、成田屋の原点でもある老舗料理屋が、その観光コースの中で昼食を取る場所に当てられていた

そこに、仁が来てくれる・・・という

昼食の後、休憩及びお土産買いなどのために1時間ほどをそこで過ごす
昨夜の内に麗に連絡を取ってもらい、仁に七星がその茶事に潜り込める段取りを考えてもらっている
あとはその1時間内で仁と会い、打ち合わせすればいいだけだ

そんな諸々の準備と供に、やっぱり心配だから付いて行こうかな・・・などと言いだした麗に、何かあった時にすぐ居場所が分かるよう、携帯にGPSを付けさせられた上、神谷に仕掛けた盗聴機の受信機も取り上げられた

関係のない事・・・ではあるが、持っていればどうしても気になってしまう七星の性格を見越した上での、麗の判断だ

本当に付いて来る可能性大、な麗の性格をよく知る七星も、その辺は麗の気の済むようにさせた

一応、用心のために自分の身を守る武器になりそうな物も、何点か持って来ている

もともと小さい頃から、北斗と供に世界中を旅してきた経験のある七星だけに・・・危険察知能力とも言うべきカンに何かが引っかかる時は、用意周到な準備をするクセが抜けないのだ

おかげで

修学旅行前日だと言うのに、ほぼ貫徹な勢いで朝を迎えてしまった




その反動が、この、眠気

それでなくてもここ数日、「エフ」絡みで寝不足気味だったのだ
体の疼きが収まると、まるで舵の胸の中に居るかのようなその感覚は、七星に例えようのない安心感を与えていた

すぐ近くで聞こえていたはずの伊原と白石の他愛のない会話が、段々と遠くなっていく

そのまま・・・

大阪・京都を巡る修学旅行最初の目的地・大阪に無事に着き、舵にその肩を揺すられて起こされるまで、七星は久しぶりに深い眠りに落ちていた




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